コミュニケーション障害?

1990年代、日本人がヨーロッパのブランド・ショップで買い物をすると、店員の態度がたいそう悪かったそうです。およそ客を扱うというものではなく、あたかも貧民に物を恵んで分け与える長者のような傲慢な態度の店員すらいたそうです。

店員がそのような態度をとった理由として、日本人の「コミュニケーション障害」が挙げられています。店に入る時も出る時も押し黙ったままで、買うときでさえ品物を指差したりするだけで一言も発しない日本人観光客は、ブランドショップの店員にとって極めて奇異に写ったそうです。

ヨーロッパの人達にとって、(仲間内を除いて)始終押し黙って商品を買っていく当時の日本人観光客は、極めて異様なものと感じられたのでしょう。少し前、中国人観光客が銀座で高級品を爆買いしているときに日本人が感じた「違和感」と同じか、もしくはそれ以上の衝撃だったのかもしれません。

コンビニで買い物をする人達の多くは、一言も発しないままレジを過ぎ去っていきます。レジの人達も、それが当たり前になっているせいか、特に違和感を抱いていない様子です。

私は、レジが多忙でなければ必ず一言「お天気の話」をします。「今日は寒いですねえ」という程度ですが、店が暇な時はけっこう天気の話で盛り上がります。レジが多忙な時でも、商品やお釣りを受け取った時は必ず「ありがとう」と言うようにしています(「ありがとう」は私の「口癖」で家の中でも頻繁に使っています)。

先般、フィットネスクラブのロッカールームで、やや高齢の男性とぶつかりました。私が着替えているすぐ脇を、その男性が何も言わずにすり抜けようとしたため腕と腕がぶつかったのです。私は思わず「失礼」と誤りましたが、相手は何も言いませんでした。「もしかしてコミュ障か?」と思っていたら、なんと彼は知人を見つけて大きな声で快活におしゃべりを始めたのです。

フィットネスクラブなどではこういうことは頻繁にあります。無言ですぐ目の前に腕が伸びてきて驚くと、当の本人は知人を見つけると盛んにおしゃべりを始めるのです。

日本の潜在的社会構造には、「内輪」と「よそ者」を区別する傾向が強く、その様子はあちこちで見かけます。一人だとしおらしくしているのに、仲間と一緒になると別人のように元気になる人達って多くないですか?老若男女を問わず。

大昔、検察修習で交差点で目が合ったのがきっかけで、相手をボコボコに殴った被疑者を取り調べた経験があります。こういう凶暴な輩だと、少し体が触れて黙っていると暴力を振るうかもしれません。「失礼」「すみません」それくらいは口癖として言えないと、わが身に危険が及ぶ可能性が高くなります。

まあ、コミュ障もほどほどに…ということでありましょう^_^;

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