【会員紹介】お祭りだったら山本さんを呼べ …唯一のお祭り評論家という生き方もある 文:小口 達也

引き出しから冬まつり
 1位 さっぽろ雪まつり/2位 なまはげ柴灯まつり/3位 新野の雪まつり/4位 横手かまくら・ぼんでん/5位 西大寺会陽/6位 長崎ランタンフェスティバル/7位 八戸えんぶり/8位 お燈まつり/9位 花祭/10位 修正鬼絵。
 世間の皆さまは、これらのお祭りの名、どれくらいご存知なのだろうか。恥ずかしながら、筆者が知っていたのは、1位と7位だけだった。暑さにはそこそこ強くとも寒さにはすこぶる意気地がない筆者、冬の季節は極力どこにも出歩かない。冬祭りにも縁がなかった。

「なまはげ」という男鹿のほうに伝わる風習については聞いていたが、ここで2位に挙げられた名を持つお祭りそのものは知らなかった。7位については、たまたまこの少し前、このお祭りの開催期に同地方面にまったく別件のリサーチで出向いたために初めて知った。9位「花祭」と聞けば、「ああ、あのお釈迦様のご生誕の…」と早や合点しかけたところ、それとはまったく別物であった。鎌倉時代から続く伝統の祭りだというが、これも知らない。1位と7位の祭り以外はすべて、山本さんに教えてもらった。

 もう6年も前の日付(平成25年1月5日)の「日本経済新聞」が引き出しから出てきた。普段、新聞紙の定期購読という習慣を持たない自分が駅売店で買って、なぜか大事にしまいこんでいたものだった。同紙に掲載された「何でもランキング」シリーズ「訪ねてみたい冬まつり」に取り上げられたこの冬祭りベストテンは、山本さんも加わった複数の選者たちによって選出されたものだった。

 冬祭りに対して、夏祭り。「みたままつり」(千代田区・靖国神社)/「花畑大鷲神社獅子舞」(足立区・花畑大鷲神社)/「羽田まつり」(大田区・羽田神社)。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」という番組に山本さんが出演したのは、平成28(2016)年7月15日のこと。その時節を踏まえ、山本さんが番組内で紹介したのがこの3つのお祭り。「今月すぐ行ける都内でオススメの夏祭りは?」との問いに答える形で名を挙げた。折りしも、「羽田まつり」では、4年に1度の「大神輿」が見られるときだった。

“唯一の”お祭り評論家
 山本さんとは、われらがライターズネットワークの有力メンバーにして、「お祭り評論家」である山本哲也さんのこと。前出ラジオ番組で、聞き手の堀井美香アナウンサーから「日本で唯一のお祭り評論家」と紹介された。「唯一」の意味、それは学術研究やお祭り開催者の立場ではなく、あくまで参加者、参拝者、観客、旅行者の視点からお祭りの楽しさや奥深さを伝えることに徹しているユニークさにあるのだろう。自らその一人である、根っからのお祭好き、お祭りをとことん楽しみたい、そこに行ってあの熱狂の輪の中に加わりたいと願う全国の人々のために、パイロット・ボート(pilot boat:水先案内船)の役割を担うことを仕事にしているのだ。

 この“日本で唯一の”お祭り評論家、学生時代に「青森ねぶた」を見たのが祭りの魅力にとりつかれたきっかけで、以来、訪れた祭りの数は200を優に超えるという。前職はIT技術者だった。コンピュータの専門学校でも教鞭をとり、情報処理を学生に教えていたほどのエキスパートである。それでも、祭りに対する情熱はやみ難く、教員として在職中、祭り情報サイトを立ち上げた。その縁から、NIFTY-Serve(現@nifty)『お祭りフォーラム』の運営管理人に就任することになる。それが、「大好き」と「仕事」を融合させる道を歩み始めた第一歩だったろう。「唯一のお祭り評論家」誕生の前史である。

 平成13(2001)年、じゃらん別冊『いい旅みつけた』にお祭り情報に関する記事を執筆して以後、編集プロダクションに勤務しつつトラベルライターとしての実績を積み重ね、「お祭り評論家」としての地歩を次第に固めていく。それに呼応するかのように各方面から声がかかり、お祭り関連の評論や執筆などの依頼も増え、さまざまなメディアでマルチに活動を展開してゆくようになる。

 そんな山本さんに、自身が「まさか」という経済誌デビューの機会も訪れた。「週刊ダイヤモンド」平成28(2016)年3月26日号で「ニッポンご当地まるごとランキング」が特集された際、お祭りの専門家として取材を申し込まれ、誌面に登場した。同特集中、お祭りランキングの部門で、名前と肩書き・写真が載ったのだ。お祭りをこよなく愛する山本さん、お祭りに序列をつけるランキング系の企画は原則として遠慮するという。しかし、このときはお祭りそのものに優劣をつけるものではないこと、複数人の審査による集計とすることや、個人の主観を出来るだけ排除する工夫がなされていることなど同誌の姿勢に理解を示し受けるに至った。そういえば、冒頭で紹介した日経の企画も同様な扱いだったと見受けられる。軽々に順位などつけられない。そんな言葉のうちに、お祭りに対する山本さんのそこはかとない敬愛の念が垣間見える。

――ここで大変恐縮ながら蛇足を加えさせていただければ、筆者は大の“電子ブック党”である。もう20年も前から電子ブックを志向している。電子化されているタイトルならば、紙の書籍や雑誌ではなく必ず電子版のほうを買って蔵書にする。このときは、古くからの会友である山本さんのことが「週刊ダイヤモンド」の記事になったので、発売後すかさず紙の雑誌で購入したが、その後kindle版が出たので、改めてこちらを買って永久保存としている。ただし、まだ、紙版でもこの掲載号は手に入るようである。――

 どちらかと言えば大柄の部類で、骨格逞しく、声もでかい山本さん。いかにも豪放磊落を思わせる風貌だが、ことお祭りのことになると繊細さや優しさがにじみ出て、謙遜な態度も常に忘れない。確かに、全国各地のお祭りの日程から、お祭りの歴史、お祭りの用具や装束、神輿の担ぎ方に至るまで、お祭り通・山本哲也の薀蓄は一通りではない。しかし、それにも増して、山本さんが自ら重んじているのはお祭り見物や参加のマナー、心構えなのだ。近年、お祭りというわが国の伝統文化、神事である行事に脚光が照らされ、地域振興にも結びついているとなれば、それは大いに喜ばしいことではある。だが、反面、行き過ぎた商業主義によってお祭りの精神を荒廃させ、当事者や周囲に迷惑を及ぼしている実情もある。それを、山本さんはとても憂慮する。

唯一の評論家の唯一の生き方?
 筆者は大学卒業後に就職した職場で、同僚であり先輩である人物から「一番好きなことは職業にしてはダメだ。二番目くらいに好きなことを生業として、一番好きなことは趣味に残して置け」という言葉を聞かされた。そのとき、貧乏性な自分は、妙にその言葉に感心してしまったことを思い出す。

 生業も、私生活も、社会活動も、ビジネスも、境なく渾然として、自分自身と密接不可分に結びつき一体化しているような逃げ場のない生き方にはとても耐えられぬと、そのとき思ったせいもある。果たせるかな、それが現実になった。まさに、二番目くらいに好きであったろう職種、何気に就いてしまったその仕事が、いつとはなしにライフワークになっていた。それを器用貧乏にこなすうち、「一番好き」がいつしか忘却の彼方に去ってしまった。否、「一番好き」が何なのかさえ、もはや自分でもわからない。どこかに自己の不完全燃焼を見る。

 僭越な想像に過ぎるが、山本さんは早い時期に「一番好き」を仕事にしようと志を立てた人なのではなかろうか。自ら意を決し、その一歩を踏み出した。ひたすら、がむしゃらに「一番好き」を求めて突き進んだ。かくて、「唯一のお祭り評論家」という自らの社会的地位を創り出した。「一番好き」がやがて「唯一」となったのだろう。

 「お祭り」、筆者自身はほとんど知見を持たないこの分野、そして、あの熱狂の中にはどうも溶け込めず、身を委ねることができないネクラの自分が、ずっと前から、拙いながらも、山本さんのことを書いてみたいと念じていた。だが、なかなか結実しなかった。

 かくも筆者の感興を喚起したもの、それはお祭りそのものではなく、山本さんでもなく、「唯一のお祭り評論家」という、彼の「唯一の」生き方ではなかったろうか。「唯一のお祭り評論家」を生きているとき、山本哲也さんは本当に幸福そうである。溌剌としている。活力がみなぎっている。そして、周囲もつい楽しくさせられる。

 お祭り評論家・山本哲也さんについて、そしてまた、お祭りのことをもっとよく知るには、彼自身が運営するサイトがある。メルマガも配信している。訪れれば、お祭りと山本哲也ワールドが眼前に広がってくるだろう。

山本哲也【会員番号301】お祭り評論家 ●お祭り評論家 山本哲也事務所お祭り評論家 山本哲也公式ブログ 面白人生研究所お祭り情報誌「わっしょい!」(メルマガ)
文責:・小口達也【会員番号43】
(一社)東京23区研究所理事・研究員。アイノバ(株)取締役・チーフエディター。リサーチャー,エディター&ライターの、二刀流ならぬ“三刀流”、二束の草鞋ならぬ“三足の草鞋”生活を送る。都市問題研究のシンクタンク研究員、大学の客員研究員からフリー、出版社嘱託などを経て現職。東京23区からスタートし、全国いたるところの問題にチャレンジ。
  

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