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「版元探訪」西日本出版社…本籍地のある本づくり 聞き手:山本哲也

 西日本出版社のオフィスは、地下鉄御堂筋線江坂駅から徒歩約15分の、静かなマンションの一室にありました。中に入ると入口近くには同社が制作した本が並べられ、社長以下、出版経理と営業の社員が壁ぎわに置かれたパソコンで黙々と作業をすすめておられました。
 このオフィスで、社長の内山 正之さんにお話をうかがいました。

山本 まずは、西日本出版社を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

内山 正之さん(以下、内山) 前職のエルマガジン時代、仕事をやりつくし、燃え尽きたのでしょう、妻から「専業主夫やるのならやめてもいいよ」と言われたので、会社をやめたのです。しかし、家事に向いてないことが分かり、だんだんと専業主夫生活にも飽きてきて…。
 それで、あまから手帖を出しているクリエテ関西と月刊Leafを出しているリーフ・パブリケーションズなどから営業顧問を引き受けました。

 ところが、この仕事も物足りなくなり、出版社しか勤めたことないので、結局、自分で出版社をやろうと決めたわけです。2002年のことです。
 エルマガジン社では、肩書きこそ営業次長でしたが、事実上、営業部門のトップで、辞めても引く手あまたかなと思ったのですが、ギャラが高いと思われたのか、ヘッドハント先が現れず、自分で出版社を起業したわけです。
 それに、取次に顔をだして打診すると「いいんじゃない」との返答だったので。

山本 出版社を立ち上げ、取次に口座を持とうと思えば、普通そこでつまづくケースが非常に多いのに、順調でしたね。

内山 その点は、不思議と順調でしたね。立ち上げ時に一番大変だったのは「企画がない」ことくらいで。ハコはできたけど企画がない(笑)
 出版業界は、基本、人間関係の世界なんですよ。取次の仕入れ責任者が昔お世話になった人だったとか、大阪の書店員のみなさんが「出版社を始めるんだったら推薦状書くよ」と言ってくださったのも大きいですね。取次の人にもこう言われました。「ジュンク堂の工藤さんや紀伊國屋書店社長の推薦状を持ってくる人は多いけれど、街の本屋さんばかり50件も推薦状を持ってくる人はおらん」と(笑)。

山本 出版社立ち上げ時の企画はどうされましたか。

内山 企画書にまとめてストックしてあった5〜6本くらいのシリーズと、3年間くらいの予算をまとめ、取次の審査に持っていきました。
 1冊目はNHK大阪放送局のアナウンサーだった寺谷一紀さんの『ぼくがナニワのアナウンサー』でした。初版をなんとか売り切り、2冊目はうどんブームをつくった田尾 和俊さんの『超麺通団』シリーズです。シリーズ最初の本が2万部位売れ、シリーズ5冊で合計15万部位いきました。
 当時から著者のなり手は、基本「数珠繋ぎ型」です。
 そのかたわら京都のリーフ・パブリケーションズと「京都の出版社がつくるガイドブックをつくろう! プロデュースと営業はやるから」と持ち込んだ企画は利益があがりました。出版社を起業して1期目で一番の利益でした。リーフ・パブリケーションズさんとは、今も営業顧問として関わっています。

山本 営業ノウハウを必要とする会社は多いでしょうね。

内山 関西は、首都圏とは営業のやり方が違い、ひたすら本屋さんをまわるという感じです。東京の出版社でも中小は同じようなやり方ですが、大手はひたすらデスクで営業。支社もたたみ、売上に占める関東のシェアが6割だから、今はほぼ関東圏だけで営業やっているようです。
 関西のシェアはかつては2割あったのが、阪神大震災で本棚の下敷きになった人も多く、「本を持つのは怖い」とガクっとシェアが減って1割ほどに。ものの見事に本が売れなくなりましたね。
 雑誌もあの日を境に、広告が入らなくなって黒字にできなくなりました。

山本 ネット媒体が盛んになりだしたのが1995年前後ですから、それまでは紙の雑誌も元気ありましたね。

内山 雑誌も売れてましたね。売れてるから、お金もかけられたのです。広告も半年先まで満稿で、出版前から大儲け。今は当時と比べ3分の1くらいの予算規模ですね。当然のことながら良いものを作るのは難しくなってくる。

山本 そんな出版業界が冬の時代に突入したなか、なぜあえて茨の道である出版社を立ち上げようとされたのでしょうか?

内山 2002年の起業当時は、まだ業界規模2兆円を割るか割らないかの状態で、今ほど悪くはなっていなかったのです。
 今、出版業界に限らず、内需型産業はどこも悪くなっています。日本酒業界はピーク時の3分の1にまでなりました。出版業界はピーク時の2兆6000億円から1兆6000億円で、ピーク時のおよそ3分の2、まだ他所の業界に比べたらマシです。
 ネットの影響があるとしたら「いろんな情報がタダで手に入る」「何も買わなくてもいい」という点です。携帯電話など他の商品と争うのではなく、「タダのもの」と戦わなければいけないのが厳しいですね。
 それ以前にもフリーペーパー全盛時代があり似たような状況はありました。雑誌は広告収入が半分以上を占めるのですが、情報誌では特にその広告をフリーペーパーに持って行かれ、有料の雑誌がとたんに苦況に追い込まれました。そして最近ではネットの普及で情報が無料のものになり、従来からの紙媒体の雑誌はさらに苦しくなってしまった。
 無料の媒体と有料の媒体とで、差別化を図らなければならないのに多くの有料媒体で上手く転換できなかったことが敗因です。

山本 関西の出版業界にはどんな特徴はありますか。

内山 関西は実用系の出版社が多いですね。京都は宗教系、大阪は教科書や地図など、ある程度、売上見込みの見えるものをやっている出版社が多くあります。仏教や地図の出版社の歴史は長く、江戸時代から変わらない特徴です。

山本 大阪には「御文庫講」がありますね。大阪の出版業者さんの団体で、天神祭にも船をだしていたりする。で、先日、内山さん、「御文庫講」の話をされていましたね。

内山 「まちライブラリー」という活動ですね。関西には出版社があまりないと思われているようなので、毎月、各出版社が代わる代わる登壇し、森ノ宮Q’sモールの施設で、話をしています。

山本 西日本出版社さんのコンセプトは?

内山 「西日本のものは西日本で出す」「本籍地のある本づくり」です。
テーマはまち・食などが多いですが、西日本に関するものであれば、何でもというところです。

山本 松鳥むうさん(ライターズネットワーク会員番号444)もお知り合いと聞きました。

内山 松鳥むうさんとは、今、一緒に島の本を作っているところです。
 島の本は多く、瀬戸の島旅シリーズ他、『くじらとくっかるの島めぐり あまみの甘み あまみの香り 奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島と黒糖焼酎をつくる全25蔵の話』などがあります。

山本 企画が来るのを待ってるという編集者が多いと聞きますが、内山さんは企画をどのようにして得ているですか。

内山 著書とは飲み屋で出会っていることが多いですね。

山本 飲み屋さんでですか! 下戸の著者さんはいないと?

内山 そうですね。まずは飲み会から始まり、1ヶ月ずっとたこ焼き屋さん巡りをやっていたら、『大阪たこ焼き33カ所めぐり』という本になったという感じです。

山本 2014年9月刊行の『獺祭 天翔ける日の本の酒』も、ですか?

内山 だいたいそういうですね。

山本 営業顧問もされるという内山さんですが、自社の営業はどのようにされているのでしょうか。

内山 基本的に書店を一軒一軒まわることです。よりいっそう書店まわって注文をいただくということを徹底して、加えて店頭展開をどうするかとか、POPなどをつくって設置してもらったり、あとは社長自ら店頭にたって売っていったりとか。かなりこまめにやっています。
 これは、ほぼエルマガジン社でやってきたことなんです。

山本 ノウハウは変わらないけど、それを実践できてる版元さんは少ないと。

内山 おそらく、コストを考えたら割に合わないと考えるのでしょうね。だから、書店営業を減らす。その結果、どんどん縮小再生産になってしまっている。コストも下がるけど、売上げもそれ以上に下がっていってます。
 そうすると、本づくりにコストがかけられないので、今度は質的に落ちていく…まさに負のスパイラルです。

山本 書店店頭での販促イベントもよく仕掛けられるんですか?

内山 はい。紀伊国屋本店の店頭に朝から夜までわたしが立って販売するであるとか、同じ日に違う場所でやるときは、スタッフと手分けしてやっています。


山本 編集はご自身で?

内山 フリーの人にお願いしてます。フリーの編集者とフリーのデザイナーさんらと毎回毎回プロジェクトを立ち上げ、1冊をしあげていきます。1冊を仕上げるのにすごく時間がかかるので、みなさん「仕事」としてやっていないと思います。先日、重版がかかった『能の本』でも、立ち上げから5年くらいかかりましたから。
 「ビジネスライクだったら絶対無理やで」って。「でも面白いものできるで」って言って誘います。
 食っていかなきゃいけないから、お金はまわらないとダメですが、お金を回したり儲けたりすることが目的じゃない。出版したものを評価してもらえると、明日が来る。継続できるのは結果であって、目的じゃない、そんな考えです。

山本 経営的にはどうですか。

内山 ライターは在庫なし、外部への支払いもなし、でキャッシュフロー的に非常に身軽です。出版社は、在庫もあるし、支払いもある、おまけに売掛金もある、お金の流れが非常に複雑で大変です。

山本 これから出版社を立ち上げたい方って、理念だけでなく経営面も熟知してないと厳しいのでしょうか。

内山 でも、お金から考えると起業は難しくなると思います。
 取次の口座がとれないという話をよく聞くけれど、行かずに無理だと言ってるだけの人がほとんどのような気がします。口座取得が難しいのは事実なのでしょうが、「怖いところやで、行ったらいろいろ言われるだけやで」とう噂だけで行かないことが多い。
 「で、行ったの?」「行ってない」ということで、取次を通さず書店直取引で始めちゃう出版社が多いと思います。

 経営面、つまりお金の話をすると、取次の出版社の扱いは、規模でなく歴史でなく時期によって異なるのです。1970年代までに創立の出版社は、本を納入すると月末締めの翌々月払いで入金があるのですが、それ以降の出版社は、かなり大手でも半年後に支払われます。
 それで最近では、出版社から著者への印税が半年後であるとか、さらに刷り部数ではなく実売印税に変えるところが出ています。なかには買い切りの実売印税でとか。「えっそんなことまでしてるの?」と思われるけど、支払いを遅らせ資金繰りを確保するためでしょうね。
 でも、こうした支払いの苦しみよりも、もっと苦しいのは税金なんです。売上げの入金よりも先に税金の支払い期限が来る。
 アマゾンの直取引(e託サービス)は、支払いサイトは今のところいいのですが、いつ変更があるかわかりません。

山本 編集で心がけてることは何でしょうか?

内山 どんなテーマでもストレスなく読めることです。
 『マンガ遊訳 日本を読もう わかる古事記』は、難しい本ですけど誰でもすんなり読めるということを最重視して編集をこころがけました。

山本 長くニーズのある「半年後に腐らない本」づくりですね。

内山 商工会議所や経営者団体の集まりに行くと、ご年配の方々が「若い子に古事記読ませなければいけない」と言います。でも、よくよくお話を聞くと、古事記ってそんな話とちゃうで、と。(笑)どうやら古事記を読んで知ってるわけではなく、イメージで語っている可能性が高い。
 この人たちにふつうに読ませる古事記を作らなければいけない。古事記は下世話でパワー満載で卑怯者だらけでエゲつない話が満載(笑)で、まさにそれが日本の原点です。それを否定的にとらえるということは、古事記がどこかで読み替えられてしまったのではないかと思うのです。
 とわいえ古事記や日本書紀は難解なので、ふつうに読める本が必要です。ところが「やさしく読める本」もいっぱい発売されているも、実際にはある種の意図が埋め込まれてることが多い。

山本 マーケットを意識した編集がなされていると…

内山 そうです。だから、古事記だけでなく、能の本でもそうですが「ストレスなくふつうに読める」ことを最優先に心がけています。
 研究者も制作に入ってもらうと、誤読されないようにと表現の厳密化をしどうしても「もってまわったような言い方」になってしまう。
 今回は、誤読されてもかまわないから「ストレスなくふつうに読める」ように編集してもらいました。
 「ちゃんとできてる、学会の最新レベルもちゃんと入ってるし、しかもこの本には意図がない。これが、編集上いちばん意識したところで、よかったかなと思っています。
 日本書紀の本も作り始め、一連のシリーズは手がけて3年ほどになりフォーマットができてきたので、以前より速く本づくりができています。

山本 旅行本の編集で心がけていることとは。

内山 基本的に現地の人間につくってもらいます。
 丹波篠山の本でも、地元にライターもカメラマンもデザイナーも現地で探して、地元目線の本をつくることを心がけてます。だから、うちのガイドブックって基本的に「著者本」なんですよ。

山本 探すと見つかるのですね。

内山 いますよ。フリーペーパーをつくってる人たちとか、案外いるもんですよ。

山本 ほかに編集で心がけてることはありますか。

内山 あとは人柄優先ですよね。
 企画書なんかどうでもいいので、その人が面白いかどうかが一番重要です。

山本 「面白い」人とは?

内山 飲み会などで話してるうちに「それ面白いなあ」と、売れる売れない、ではなく、「これみんなに言うべきことじゃないの、発信するべきことじゃないの」というのを持ってる人です。
 あと、キャラクターですね。暗い人はダメということではなく、暗いなら暗いなりに面白いものをもってる人、これから一緒にやっていこうという人と本をつくっていきたいですね。

山本 だから飲み会で著者をさがす。

内山 出版企画書が当社にもよく送られてくるのですが、そこから実現した企画は当社では「ゼロ」です。飲み会の余談で企画がうまれることもあります。「企画書に書いた企画はつまらない。ところであなたがもっているこれについて詳しく教えてくれないか」と、違う企画がいきなり立ち上がったりすることはよくあります。

山本 ということは、今後求めていく企画という質問は?

内山 ないですねえ。

山本 最後に、最近の推し本は?

内山 4月に『ねてもさめても とくし丸 移動スーパーここにあり』という本が出ました。
 「とくし丸」というのは徳島発祥の移動スーパー会社で、そこの販売パートナーになった著者の水口さんが見てきた、おじいちゃんやおばあちゃんとのふれあいの話なのです。ぜひお手にとってご覧いただければと思います。

(2017年4月4日訪問)

取材・文 山本哲也 (ライターズネットワーク会員番号301)
 学生時代から現在まで、全国300カ所以上の祭り・イベントをめぐる。祭り好きがこうじてつくった祭り情報サイトから、旅行雑誌で連載の機会をいただき、現在に至る。現在、JTBパブリッシングの旅行雑誌「ノジュール」にて、お祭り記事の連載「祭地巡礼」を執筆中。その他、雑誌・ラジオなど各種メディアから取材を受けている。祭りの担い手目線・学者目線ではなく、参加者の視点から、祭りの情報・楽しさ・奥深さなどを伝え続けている。 http://www.yamamototetsuya.com/

撮影 水崎真智子(ライターズネットワーク会員番号309)

株式会社 西日本出版社
代表取締役社長 内山 正之  設立2002年4月10日 〒564-0044
大阪府吹田市南金田1-11-11 ハイツパルクシュトラーセ202号 
http://www.jimotonohon.com/

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