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【日記】秋田6日目〜〜存在し、働く喜び / 僕のほそ道、再燃〜

ただ今、秋田に来ています。

頭の中をいくつものキーワードがふよふよ漂っています。今日は秋田市文化創造館で行われたイベントに参加し、工芸・輪島塗りの界隈の方々が受けた被害の大きさを知る1日となりました。そしてもう一つ印象的だったのは秋田で芸術人類学を学びながら草木染の研究をしている友達と合流できたことでした。

思考を深めていくための新たな視点や素材を受け取って新しいアイデアや思考が生じてきています。それが何なのかは投稿を書き始めた今の時点ではおぼろげに見えるだけですが、書いた後に見えてくると思います。

ということで、とりとめもない今日の文章、スタートです。

6日目。疲れがやや溜まってきているのか、少し遅めのスタートになりました。リサーチ旅をする体力は戻ってきたな〜と思いつつも日々移動しながら体力はそれなりに使うようで、身体のメンテナンスはこれまで通りやっていきたいと思っています。

ランチを食べて、秋田の県立美術館へ。外は雪が降ったり、止んだりの天候です。安藤忠雄さんが設計のコンクリート打ちっぱなしの建築。2階にあるカフェに行きました。そこで作業をしようと思っていたのですが、なんとなく作業をする感じにもなれず、画集を眺めたり、お茶を飲んだりしていたのですが、カフェから見える水面の景色が瞑想的な時間をもたらしてくれていい感じでした。雪が溶けて、屋根の方からは水が滴ってきます。それが一滴一滴と水面に落ちて、波紋が広がっていく。静かな時間が過ぎていきました。

その時に思い出していたのは、瀬戸内海の景色です。カフェのbelkさんのことを思い出していました。ここは本当に景色が素晴らしい場所で、皆さんにもぜひ行ってもらいたい所です。

belk
https://www.instagram.com/_belk__/

意識を秋田に戻します。県立美術館で見つけた画集の中で気になったものを二つほど。一つはリヒターの画集。

もう一つは、アーツ・アンド・クラフツ運動の活動の系譜を伝える画集でした。

ひとしきり画集を眺め終わった後。秋田市文化創造館に移動しました。イベントの前に友達と合流を果たします。2年ぶりくらいに直接あったのですが、人と再会することは嬉しいものですね。より元気が出ました。その友達は今は草木染めの研究をしていて、数日後にも一緒に秋田を巡る予定です。その時に彼女のことは少し深堀りしようと思います。

イベントは前半は輪島塗りの工房・職人さんの家などの被害状況についてのレポートでした。後半はほんの少しディスカッションする時間が設けられました。(予定ではディスカッションの時間がしっかり取られる予定だったのですが、実際は少なめでした。)

以下、メモです。

【能登の工芸に関わる方にまつわるメモ】

▼工芸の赤木さんからの話の共有

被害状況
・職人さんたちの住む場所が壊滅的
・いったん金沢に工房を移した

復興のアクション
・1月1日に地震。2月10日に仕事始め(目標は4月に能登で仕事開始)
・ライフラインが途絶えても自立する家を準備中。職人さん達の住居に。

素材について
・漆について:日本産 / 中国産 ともに価格が高騰中(日本産:1缶100万以上)

能登半島の地理・地形
・4000年ぶりの隆起
・山で海由来の珪藻土が出てくる 

印象に残った言葉
・つくるための道具をつくる人がいなくなると、工芸のプロセスが持続不可能になり、終わる

【ディスカッション中に出てきた視点のメモ】

・レヴィ=ストロースが日本に80年代やってきた。『月の裏側』にて、日本の職人の労働観について驚いたという記述がある。(登壇者の石倉さんの発言)

・近代。働くということが給料の少なさ、多さで測られることが優勢になっていく。また、職人さんの社会的地位が低いこともあいまって、その職につく人が減っていく流れが起きた。

・動植物の命の力を借りること。それは恵みでもあるし、危険が伴うことでもある。

※他にもいろんなことが話されていましたが、ここでは割愛します。

さて、ここから考えたことを少しばかり展開しようと思う。

輪島塗りの現状について
思ったよりも大変な現状だった。輪島塗りはたくさんの職人さん達の協業で成り立つものだという事前知識があった。一つの工程を担う人がいなくなると、一気に共倒れする工芸プロセスだと理解していた。昔、どこかで、この輪島塗りに関わるプロセスの分業化から脱して、一つの工房でそれを担っていけるようにチャレンジしているという話を聞いたことがあるのだけど、もしかしたら赤木さんがその張本人だったのかもしれない。

赤木さんが次々にお金を動かしながら、復興のアクションを取っていることは純粋にすごいと思った。

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仕事をおこなうことができる仮の工房を金沢の方にいち早く見つけたこと

職人さんたちの仮の住居を金沢で用意していること

能登で再び制作することができるように工房と職人さんたちの住居を設計してもらい、すでに着工していること
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アクションがとにかく早い。これまで精力的に活動してきている方だろうから、支援を得る、再起するための協力者に呼びかけるということへの着手がものすごい早い印象だった。

工芸の話から見えてくる人間の都合を超えた世界
ディスカッションの際、「動植物の命の力を借りる」という発言が出た。これがとっても印象に残った。工芸にまつわる「働き」には、命を殺めることがついてまわることが多いのは確かだと思う。植物の命、動物の命。それらを「力」と表現するならば、その力を借りる行為の一つが工芸という言葉から見えてくる。このディスカッションではわりと工芸という言葉でそれが語られていたけれど、それは本当に大事な視点だと私は思った。工芸という言葉に囲い込んでしまう必要がない。私も巡礼生活において実感した(している)ことが、この観点だと思う。贈与の角度から見ると、命をあやめ、命の力を借りるということには、大きな負債感が生じるのではないかと思う。

多くの宗教のものがたりには、「殺める」ということにまつわる智恵や実践が埋め込まれているのではないだろうか。仏教でいうと、不殺生の戒がある。動物を殺める、植物を殺める、どこまで殺めていいのか、どこはやめた方がいいのか。各宗教は必ずそれに対しての応答を行っている印象がある。私はどこまでいっても、少なくとも植物の命を頂くことなく生きることは不可能だと思う。自意識を保存するということを放棄するのでなければ、殺すということから完全に逸脱して生きることはできないのではないだろうか。

宗教のものがたりの構造において、よく頻出するのが「感謝」だと思う。有難いという感情。これは負債感を払拭するというよりも、負債感を一心に引き受けていく行為なのではないだろうか。負債感を見ないようにすることではない。隠蔽することでもない。私たちがどうしようもなく、殺してしまっているということに意識を向ける行為なのではないかと思う。その負債感を引き受けながら、現象として起こってくることがディスカッションの中で触れられた「働く」ということだと思った。

働くことと喜び
ディスカッションの中で話されたのは「職人さんが働くということは単純に経済的な指標、つまり給料の多寡などだけで測ることができない」ということだった。この話には心底共感した。というか、今、私が試行錯誤していくことかもしれない。あまり「働く」という文脈に身を置くことを昨年まで避けてきたのだけど、今年になって、働いている。その時に、より大事にしたいと思うのは「到底お金に換算することができない喜び」を大事にすることだと感じる。工芸の話では、職人さんが何か得体の知れない不思議な力との関わりの中でモノづくりをおこなうことが指摘されていた。あまりにも言葉にならないそれは、神や仏や精霊や”何か”を媒介として語られることが多い。これをいかに感じながら、生きるか。人間が人間として自立して生きるということの背景を見つめていくと、必ず、私たちが生かされている背景があるのではないだろうか。

今日の話がいいなぁと感じたのは、すぐにその力を「仏ものがたり」や「神様ものがたり」「いのちものがたり」「ワンネスものがたり」に回収してしまわないことだった。

負債感の話にもつながるのだけど、その”何か”を引き受けていくことは、喜びと働きを生むのではないか?ということだ。

このあたりの話を深めていく手がかりになりそうなのは、ディスカッションの話の中で出てきた宮沢賢治の労働と芸術の話。秋田の流れの後に岩手入りして、宮沢賢治のあれこれもリサーチしていくのもいいなぁと思った。

難しく考えずとも、
自然と一体になりながら、
自分の我欲に振り回されることなく、
働かなくてもかけがえなく存在する喜びを、
働いてもその手続きの中に喜びを、
ただ感じて生きたい。

それに尽きる。

今回の話を聞きながら、やっぱり私は今年は「働かない / 働く」という区分けから自由になっていく年だと思った。働くのがいいか、働かない方がいいか、どちらが良いのかという話に陥っている場合じゃない。喜びが噴出していく流れを掘り当てていくことに今一度チャレンジしていきたいと思った。今はいい線に乗ってきていると思う。

この話はお金が無い方がいいという話でもない。今の社会を生きる上で、身近な人たちが自由になっていくようにケアするという役割も担っていきたいという気持ちがあるので、そのためにはお金も味方につけていこうと思う。お金をよりよく使うことでお金に換算できない本当に大事なことを生んでいく。これまでのお布施の実験で学んできたことは、お布施の生活の方がリターンを前提とした生活よりも優れているとか、逆が優れているとか、そういうものでは決してないなと思う。ただ、私は実生活を営む際には贈与を受けるということが少しばかり得意なので、そういうあり方を好む傾向にあるのだけど、そこから見えてくる景色は”働く”ということを探求してきた人たちと分かち合えるものだし、なんら切り分かれることではないと思う。

私は自分自身の活動のことをパフォーマンス・アートだという前提で世の中に出すことが多いのだけど、そろそろ「パフォーマンスが印象的であること」から離れて、重要な実感をパフォームすることに移行しないといけないと思った。

「お布施で生きています」ということは、単なる生きる方法についての説明であって、大事なものはそこにはない。大事なものを感じることで、それを受け取り、パフォーミングが生じてくる際に、お布施という選択をすることが多いのかもしれないとは思う。順序を間違えてしまうと、台無しになると思った。ただ、今の生活においては、お布施の生活をしてみたことが今の実感に目を向けていくきっかけになっていることは確かで、自分史においてお布施の生活で生きてみるということをやってみたことはよかった。

イベントに触発されて、新しい思考やアイデアが生まれてきている。

アイデアの一つは、「Artist in Residence」を始めること。通例、アートスペースがアーティストを募る。私の場合は、こちらが場所を募る。住む場所まで募る。Open Call をかけて、連絡してもらい、そこにこちらが行ってみる流れをつくろうと思う。

この2年間、多くの方々に泊めて頂いて生きてきた。それは巡礼者のふるまいをおこなうことで見えてきた道だと思う。基本的にはそれで勘所を掴んでいるけれど、巡礼者のふるまいを発展させていくということではなく、生かされている実感、生きている実感を時空間に立ち上げていくことに地味に地味に取り組んでいきたい。その実感は全く同じものでなくとも他の人も感じることができるものだと思っていて、自分の作品づくりがそれを感じることができるような触媒になるといいなと思う。

以前、パートナーが書く本のタイトル『僕のほそ道』でいいんじゃない?と言ってくれたのだけど、このタイトルが結構気に入っている。本をつくった時のタイトルの一つとして、この名前を使おうと思っているのだけど、さまざまな家やスペースに次々にたどり着いていく生活自体も「ほそ道」だし、「Artist がResidenceを通り抜けていく」という私の活動も、その「ほそ道」という言葉を使って実行し始めていいのだと思った。

このあたりのことは実行していく流れの中にしか意味が生じてこないので、まずは動いていくことをやってみようと思います。いくつか制作物のイメージが湧いているので、感覚をかたちに起こしながら、愚直にやっていくしかないね😌 

まだまだいろんなアイデアが出てきているのですが、いったんここでクローズ。とりとめのない言葉の羅列でした。読んでくれてありがとう!


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