小学校2年生の時のトラウマ。今の瞬間にも影響を及ぼし続ける記憶。

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現在、トランジションをキーワードにお坊さんの松本紹圭さんと本を執筆しています。その本を執筆する上で、noteのマガジンに執筆のメモや編集前の文章を掲載していきます。感想等ございましたら、いつでもメッセージ、コメントください!

トランジション本を書くことになった松本紹圭さんとの出会いの話はこちらから:From しょうけい to しょうけい 「本を執筆する機会を頂きました」

▼編集メモ
3.25 Created.
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みなさんにとって記憶とはどういう存在だろうか?私たちは過去に自分を飛ばし、記憶を愉しむことがある。過去は事実として変えることはできないけれど、常にそれにどういう意味があったのかは更新されていく。

今から始まる第2章は、三浦の人生の振り返りだ。人生のタイミングが切り替わる瞬間が3つあった。NEW YORKで消え件した"わたし"の誕生。ドイツで経験した精神的な"わたし"の生まれ変わり。そして、この本をかく"わたし"の存在。

人生の振り返りにどんな意味があるかなんて、死ぬ直前の"わたし"にとって取るに足らないことかもしれないけれど。それでも私は人生の要所、要所で振り返るのだと思う。

振り返るということは、べったりと記憶に張り付いてしまっている"わたし"を今の瞬間へと解放することであるし、未来の"わたし"の可能性へと現在の"わたし"を接続することで愉しむ行為だ。

読者のみなさんにはぜひトランジション(内的な変容)がいかにして起こっているのかを少しでも感じてもらえたら嬉しく思う。それでは時は20年前に溯ろう。

私は佐賀県のとあるお寺に生まれた。3歳上の兄がいて、父と母とおばあちゃんが家族の構成メンバーだ。おじいちゃんは自分が生まれた頃に他界したらしく、記憶には残っていない。

私は、多くのみんなが乗るであろう社会システム、小学校の教育にうまく乗り損ねた。

小学校2年生で不登校になったのだ。

ある場面の忌々しい記憶

ある場面のことを覚えている。ある日、教室の一番右後ろの席に座っていた。クラス全体が見渡せる特等席だ。くじ引きで引き当てたその席に、その日も座っていた。その人のことが今の人生に大きな影響を与えている。

「宿題を忘れたやつは、立て。」

その時の担任だった先生が生徒たちに冷たく言い放つ。凍りついた雰囲気の教室。約3分の1の人たちが立っていた。先生のどなり声が教室に響き渡る。その先生は今では少なくなったタイプの先生かもしれないけど、高圧的で体育会系の教師だった。

その先生はおもむろに黒板の横についていた特別な太い定規を手に取り、立っている生徒を一人ずつ定規の縦の部分で、「ゴツッ」という鈍い音を鳴らしながら一人ずつ叩いて行ったのだった。叩かれて泣き出した生徒もいた。細々と先生が何を話していたのかいまはもう覚えていない。これが私が思い出せる数少ない小学校2年生の時の記憶だ。

トラウマになった。

大学生になってから自分は何に興味があるのかと人生が振り返った時にそのことに気づいた。この小学2年性の時のことをその当時振り返った時には、ふつふつと怒りが湧いてきた。

小学校という教育システムひいては教育という大きな枠組み自体にぶつけようがない怒りと嫌悪が湧いてきたのだった。しかし、今はこの小学校2年生の時の体験があったからこそ、今の自分があると腑に落ちている。一つの記憶をどう捉えるのかというのも、時期によって確実に変わってくるのだろう。

意識を小学校2年生に戻す.............

1154字。


キーワード:記憶・ビジュアル・大学二年(他の人が)・ワークショップを行うことになったきっかけにもなりうる。

(別ページに続きます)

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TRANSITION 本-制作メモ

2018年3月1日、僧侶の松本紹圭さんと三浦祥敬の共著で「トランジション」をキーワードにした本を執筆し始めました。こちらのマガジンには編集前の文章素材やメモなどを公開していきます。
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