過渡期には人の価値観と役割が変わるー持続可能な社会へ向けた移行の技術・トランジションマネジメントー

昨日は、日本で社会的合意形成技術、交渉学を専門とする研究者の方にお会いしに明治大学に行ってきました。その方は私が注目しているトランジションの研究も行なっている方で、気になっていた方でした。

トランジションについての現在のアカデミックの世界の動きを教えてもらいました。

トランジションとは、環境に配慮した社会の形成を行なっていくための社会変容の技術として、オランダで実践研究されているものです。私の先日のオランダの旅も、そのトランジションの流れを体感するためのものでした。

まずその研究者の方のページから、話の下敷きとしてトランジションマネジメントについての記述を共有します。

地球温暖化問題、高齢化問題など、大規模な社会課題の解決に向け、草の根レベルでの取り組みが進められている領域は数多く存在する。しかし、これらの草の根レベルでの取り組みが、問題解決に目に見える形でつながらないのは、各問題に対して経済関係を含む多様な利害を有するステークホルダー群が存在するなかで、それらのステークホルダー群を支配する構造的要因が転換しないため、現状の均衡解へとステークホルダーが誘導されてしまうことも一因ではないか。

持続可能な未来社会を目指すのであれば、ステークホルダー間の草の根の合意形成ではなく、構造的転換までをも見据えた問題解決の方法論を検討する必要がある。しかしまた、トップダウンで新たな社会構造を強制する方法論ではなく、変革の対象たるステークホルダーが民主的に議論に参加できるという要件が、現代社会における政策プロセスには具備されていなければならない。

その一つの方法論として、「トランジション・マネジメント(transition management)」がオランダにおいて提唱され、実践されてきた。トランジション・マネジメントは、持続可能な社会に向けて、ステークホルダーの全体的合意形成を模索するのではなく、持続可能な社会に貢献する技術ニッチ(niches)を特定し、それらを現場において小規模ながらも試行することで、新たな技術ニッチを社会に対峙させることで、ステークホルダーを支配する構造的要因に再帰性(reflexivity)をもたらし、最終的に、新たな技術と構造的要因が均衡する持続可能な社会へと導く、という考え方である。この考え方は、従来のステークホルダー合意を前提とした政策形成の行き詰まりに対応でき、さらに、構造的要因について市民の合理的直接対話を要請する熟議民主主義の思想に比べてより現実的な方法論かもしれない。

オランダの滞在中、いくつかのカンファレンスに参加したのですが、技術・科学を活用していくこと社会構造の変化をステイクホルダーで協力してやっていくことについて議論している場面が多くありました。

大規模な過渡期における変化を扱っていこうとすると、交渉や合意形成をいかに行なっていくのかという視点はめちゃくちゃ重要ですね...。合意形成をしながら、これまでの既存のシステムの中での人の役割を、次代の持続可能な社会モデルの役割に変容させていかなくてはいけないので、トランジションマネジメントは人の価値観と役割の変化を扱わざるを得ない領域だと理解しました。

研究者の方の話によると、

・5年以上前、一時期内閣府の方々がトランジションに興味を持った時期がありヒアリングにきたが、政策には反映されなかった

・現在、トランジションマネジメントの考えがうまく広がっているとは言えない。
   
・オランダのトランジション研究も、全世界に広がるというよりも、研究所があるロッテルダム(オランダの都市)やロッテルダムに近いベルギーの都市などで成功事例と言えるものが出てきているが、全世界に波及するところまでは至っていない

・ トランジションは過渡期にこそ重要な思想、技術体系だが、その実践がうまくいっているのかを語るには数十年かかる。すぐに測定することができないからこその難しさがある

・過渡期を乗り切るアイデア出しをしても、それを社会実装したり、事業化したりするフェーズで継続的な取り組みに転化していかない。

・トランジションの考え方は、既存のシステムから、次代のシステムへの移行を助ける。劇的にシステムが変容すると、人はパニックになる。だから新しいパラダイムや新しい社会制度を構想して、そこに行きやすくなるように助けていく思考フレーム / 実践フレームが必要。

このようなことを話しました。

私としては、このトランジションマネジメントという言葉を使うかどうかはさておき、目先のことだけではなく、長期的な時間軸で考えることの重要性を痛感しています。

わりと私が関わりがあるのは、伝統文化の領域、特にお寺の世界なのですが、その領域の特異性は、文化を持続可能な形で継承していこうというDNAが強く機能していることだと思っています。

ついつい長期的な視点で考える必要があることは感じつつも、その時間を確保することができないという人はめちゃくちゃ多いはず。というかどうしてもそうなっちゃいますよね。

持続可能な社会を作っていく際に、まず目の前で自分が、身の回りの人が持続可能になっていかないと死んでしまう。でもだからといって、短い時間軸の中で自分の欲求に素直に従うのがいいのかというと、決してそう言えないようになってきていますね。

地球資源が枯渇するような動き方を継続していくことから降りて、惰性の習慣を手放していくことも必要でしょう。

お寺や伝統文化の領域から一般社会にできることの一つは、長い時間軸で思考する機会を共有することなのではないかと感じています。

長く残ってきたからこそ自然と息づいている思想や実践知が、過渡期の今こそ再評価されていくのではないかと思っています。

むしろそれが評価されていくように頑張りたいし、自分がその一端を担っていきたいと思います。(現在、次の動きのために仕込み中...)

余談:オランダに行った際のレポートはクラウドファンディングでリターン購入してくれた人にお渡ししますので、もし興味があればご支援ください!

それではまた!

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