[定点観測記事]お寺に生まれた三浦祥敬のお寺や仏教についての思考や行動の移り変わり(最終更新→11月26日)

170825 執筆(180504 更新 / 181126 更新)

当たり前のように今の瞬間生きていること自体が当たり前とは思えない

お寺に生まれて、その事実を恨み、ひたすらにそこから逃れるように生きてきました。佐賀の高校を卒業し、京都に行き、一時留学のためにカナダのケベック州に滞在。そのあとに日本に帰ってきて、京都の滞在を経て、東京にやってきました。私のこれまでの滞在場所は次々に移り変わってきましたが、俯瞰して振り返ってみた時にこれらの移動はお寺というものを自分から遠ざけようとする営みだったのかなと解釈しています。逃亡です。嫌なものから遠ざかりたかった。必死でした。これまで生み出されてきた伝統や当たり前の固定観念に支配されてたまるかという逃避、そこへの反抗の歴史だったと思います。

自分にとってはお寺は負の象徴であり伝統的なものは足かせでした。自分を邪魔する枠組みであり、過激に言ってしまえば消えてなくなってほしいものでもあります。

そんな私は「お寺って澄んでていい空間だよね」とか、「仏教が面白い」とか言われても、「(うるせぇ、どうせお寺を外から見てるだけの見物人としての意見だろ。こっちの身になってみろ。)」と本気で思っていたんです。

あまりにもこじらせて来た中で、自分の過去を今の自分から引きはがそうとしてきたんですが、それを続けようとしていること自体が結局過去にとられることなのだということもあり、常にジレンマを感じてきました。

しかし、その捉え方も永続的に続くわけではありませんでした。お寺への認識の仕方が大きく変化した2日間のことを今でも明確に覚えています。

2017年、3月にスクールナーランダというイベントに当日のスタッフとしてお手伝いをしました。その中で聞いた話の中のキーワードでいくつも自分に刺さるものがありました。
  

スクールナーランダ ↓↓↓
https://www.facebook.com/HonguanjiNalanda/
 
スクールナーランダについてのレポート(「彼岸寺」さんより)
・3月4日(土)http://higan.net/now/2017/03/nalanda-toyama01/ 
・3月5日(日)http://higan.net/now/2017/03/nalanda-toyama02-2/

  
とある職人さんの話を聞きました。その職人さんは26歳、27歳の時に東京で飲みすぎた帰り、道端にいたとあるおばさんに言われたそうです。

「文化を継ぐことができる家に生まれることは普通の人が望んでもできることではないよ。」

一字一句同じ言葉ではありませんが、そのようなことを言われたらしいです。その言葉を聞き、それまで継ぎたくないと思っていた職人の世界に(生まれついてしまった世界に)戻り、10年以上の修行を経て、現在は職人として精力的に活動されています。

これを聞いた時に、アッと思ったんですよね。私も寺に生まれて、この職人さんが人生の前半で感じたように、伝統なんて継ぎたくねぇなと思ってきました。牢獄だろあんな場所、と。どうしても魅力的な環境だと思えなかった。固定観念だらけで、凝り固まった世界だと思ってきました。そこで生きること自体が、自分を殺し、固定観念の奴隷として生きることだとも思ってきました。

でも、職人さんの話やその他の伝統工芸(つまり世間でいう伝統的なもの)を現代の世の中でも面白いと思えるような革新的な流れ・創造につなげている人たちの話を聞いていると、過去や伝統というものは自分たちに強く影響を与え、それがなければ今が作られていないということを強く実感せざるをえなかったのです。

過去に価値がないと思えば、そう。
また同時に、過去に価値があると思えば、そう。

私たちは今のものを守っていると、どうしてか過去に執着するようになります。新しいものや革新を続ける中でしか、これまで生産されてきた価値を守っていくことはできないように思うのです。

過去や現状を破壊したくて、忌み嫌っているのか、それとも過去やこれまで紡ぎあげられてきた歴史、文脈、風土、作品など、そのようなものにリスペクトし、感謝しているのか。その態度が重要なのだと思います。

リスペクトの感覚や感謝の感覚はおのずとコミュニケーションの中に出てしまいます。過去や積み上げられてきた文化・歴史を純粋に「すごいな...」と思えた瞬間から、自分の生き方が変わってきています。今思うと、それらがないまま、ただ世界の流れに反抗しようとし、過去のものを切捨てようとしてきたこの4年間ほどはうまく立ち回ることができていなかったなぁと実感しています。 

私も次の段階にシフトしようとしているのかもしれません。

過去に囚われ、しがらみの中で亡霊のようにどこかに隠されてしまった心を探し求める時期を越え、心に目を向け、世の中のしがらみに対して反抗し続ける時期を越えていく。現在は過去の水脈・記憶・歴史・文化との縁を感じつつ、今の自分の現状を昇華させていく段階に入っているのかも。

具体的に何をやっていくのかはいずれ書くとして、古いものへのリスペクトの感覚と感謝の感覚は常に持っておけたらいいなと思いました。

当たり前のように今の自分を形作ってきた、あらゆる歴史や人との関わり、風土、自然、技術、宇宙の成り立ち。さまざまなものに思いを馳せ、感謝し、アップデートしていく。

そういう感覚で生きていけたら幸せなんじゃないかな。

これまで関わってきた方々、不器用な野良犬みたいな自分の相手をしてくださってありがとうございます。

これからも模索を続けると思いますが、伝統と創造のバランスを取りつつ活動していければと思います。
  

定点観測 - 18年5月03日更新

上の文章を書いてから、半年以上が経ちました。未だに歴史の捉え方は自分の中で変化し続けています。

まだまだお寺を継ぐ気にはなりません。むしろ継ぐ継がないという枠組みの中に収まらずに、何かオルタナティブな形を模索することをやっていきたいと思っています。

伝統と創造。最近、岡本太郎の本を読みました。「芸術は爆発だ」という言葉がキャッチーに語り継がれている岡本太郎ですが、伝統と創造についても多くのことを書き残しています。

伝統なしには創造はありえない。私たちは伝統という脈々と受け継がれてきた上に立っていて、それを創造のためのリソースとして使うことができるのかどうかはその人のセンスによるのだという趣旨のことを発言されています。

伝統に制約がたくさんあるのではなく、伝統は今につながる創作のリソースとして無限大に広がっているのだというのが岡本太郎の主張です。それらを活用して創造するのは常に今の問題。過去ではなく今の瞬間にさまざまな制約がつきまといます。

私もどうしてかこれまでずっと過去に制約があると感じてきました。しかし、制約は今の瞬間にかかり続けているものなのだという視点にはハッとしました。

今の連続しかない。だからこそ、過去を活かして今行動するか、過去を手放して今行動するかの2択です。

最近のことでいうと、本を書くことになりました。お坊さんの松本紹圭さんとの共著です。テーマは仏教を参照にした人の変容についての本です。

人生では結婚や昇進、入学・卒業・死別など多くの変化を体験します。その変化の裏側でさまざまな葛藤を体験したり、役割の変化の中で精神的な困難さを体験したりします。その内面の変化のことをトランジションと呼んでいます。 

また、曹洞宗大本山の總持寺さんで実施される11月のイベントのコンテンツの一つとしてアート作品を作ることになりました。自分一人でというよりもチームで作ります。お寺がクソだと言っていた時にはこのような機会をいただくことはなかったでしょうね。有難い限りです🙏

總持寺でのアート作品のビジュアルはこちら。言霊のレストランを1日限定で出店します。

このnoteの投稿は一種の定点観測のようなもの。また半年後にはどういう考えになっているか楽しみです。

定点観測 - 更新11月26日

すっかり秋になりました。

松本紹圭さんとの共著の仏教本とトークイベント群

こちらはまだ執筆中です。発売は来年の2月か3月かになるかな!これとも関連させながらやってみたいと思っていることがあります。それはお寺で開催するトークイベント群です。

ゲストとしてお呼びするのはアーティスト、事業家、研究者、社会活動家、お坊さんなど、自分が話を聴きたいな・この人の世界観に触れてほしいなと思う人を1人フィーチャーして、その人の人生の歩みや転機と世界観を聴き出していくトークセッションです。

ちょうど松本さんとの共著本が出たあたりから定期的にやっていけたらと思っています。本を売るだけだとつまらないので、本の内容にリンクさせながら、領域を問わずたくさんの人と話をしてみたいと思っています。

總持寺にて開催された[仏教×SDGs]の全日本仏教青年会全国大会にて、アート・パフォーマンス[言霊のレストラン]を発表

いやー終わりました。

この記事の中でいうと、前回、5月3日の時点ではメインビジュアルと当日のおぼろげなイメージが浮かんでいるだけでした。この数ヶ月本当にいろんな変化がありました。

d本当に関わりのある方々に感謝することばかりの半年でした。まず今振り返ると、こういう話がポッと手元にやってくること自体が奇跡に近いなと感じています。2017年の4月末で前職を辞めて、それからフリーランスになりました。でも何度もお金が足りなくなって死にそうになって、でもかろうじて未来への意志だけを食って生きてきたと思います。

このお仕事が生まれたのは2018年の3月です。突然、超大型イベントの主催団体の理事である倉島隆行さんからFBで連絡が来ました。

アートの演出しませんか?と。
いきなり仕事飛んで来たー!と三浦困惑です。さらに企画書を見てみると、開催場所が總持寺でした。

正直ですね、大本山に対していい思いをいただいていなかったんです。小さい頃からお寺・仏教の文化が死ぬほど嫌でした。特に権威的なものの象徴として大本山という存在は畏怖の念をもつものではなく、「まじで嫌いだー!!!」というものでした。全国の曹洞宗の方々、本当にすみません。

ですが、その總持寺で大規模なイベントを行うことになっていて、しかもそれをアートの表現を求められているとなれば、応えないわけにはいきません。ここでこれを避けてしまうと、本当に一生変われないと思いました。結局口だけになってしまうか、これをやり抜くか、それが人生に問われているのだと思いました。

そのような話が来たのは松本紹圭さんとのご縁があってこそでした。松本さんが倉島さんと会った時に、三浦を「曹洞宗の宝だ」と恐れ多くも倉島さんにお伝えいただいていたようで、そういう経緯があって全く会ったことがない若造に連絡をくれたのです。

しかも、最初にお会いした時に言われたのは、「主催側は絶対に邪魔をしない。手放して自由にやってもらうことだけは絶対に守る」ということを言われました。その思いに強く心を動かされたのを覚えています。

それでお仕事として引き受けることになりました。

制作過程は、手放して、手放して、手放すことの連続。自己の手放し、これまでの制作スタイルの手放しをはじめとして、もう言語化するのが難しい手放しのプロセスを進んでいきました。(そちらについては別記事に執筆予定です。)

自由への執着という苦しいサイクルからスポンと抜けた

転機となったのは、2018年9月頭の「自由への執着がスポンと抜ける事件」です。別に取り立てて事件らしき出来事が起こったわけではないのですが、明確なシフトが起きました。

これまでの自分は5年以上、「自由になりたい...!!!!!!」という思いを抱き続けていました。もうそれは強い思いで、その強さゆえに苦しくなってもがいていたんですね。

SNSとかですごい人っているじゃないですか。すごいと自分自身が認識している人。そういう人のキラキラした投稿を見ると、胸をかきむしるような思いを抱くことがずっと癖になっていました。

なんで自分はあぁなれないんだ。世間はなぜ評価しないんだ。このように感じてきました。大した行動もしてきたわけではないので、今振り返るとそんなもんだろと思っているのですが、苦しかったなぁ。

自分を責めて、原因を求める。今の自分を否定して、未来の理想化された自分しか受け入れることができない。

そういうサイクルの中で生きるのしんどいですよ。ポジティブ!ポジティブ!ポジティブ!と拍車をかけていって、いつまでたっても今の自分自身は受け入れられなかったんですよね。

そのサイクルからスポンと抜けました。

ふと気付いたんです。

自分のことを見つめてみた時に、「どれだけ自分自身が自由になることを求めてきたんだ」と。

どこまでいってもやってこない自由を恋い焦がれて、それが手に入らないのを周りのせいにする。そういうプロセスを経ても自由なんて、手にはいりゃあしない。

それでどうなったかというと、「ほかの人たちが自由になっていくことを助けることをしていこう」となったんですよね。

三浦史上、転地がひっくり返るようなシフトでした。

もう自分が自由であろうともがくのは、別にしなくても大丈夫という心境になって、純粋にほかの人たちの力になりたいと思うようになったんです。

その変化がどうして起こったのか、科学的にはわかりませんし、これからも自分の自由に執着するフェーズがやってくるかもしれません。

もうこれほど自分に執着してきたのだから、もういいよね。おつかれさまという思いと同時に自分自身が成仏しました。
   

それからというもの世界があまりにも違う

ほかの人たちのために尽くす。これが地でできている人はすごいなと思っています。大学時代の頃から、社会起業の領域の方々や利他の精神を持っている人たちと話していると、なんでこれほどにほかの人のためになれるんだろうと思うことばっかりでした。

そういう視点が自分自身の中に生まれてから、明確に周りの反応が変わりました。

自分のほかの人への働きかけ方が変わっているので、ほかの人にそれはおのずと伝わります。前よりも何かに招待されたり、相談されることも増えました。SNSでも周りの人たちからの反応が増えました。身の回りでは感謝されることが増えました。

ほんの数カ月前とはあまりに違う世界に衝撃を受けました。

それから2ヶ月ほど経ち、この視点にも慣れてきましたが、これまで苦しんできた過程は到底忘れることはできません。

しかし、その過去はもう自分自身を苦しめるものではなく、その過去があるからこそ今の自分ができることがたくさんあるということに気付かされます。

小学校の時の不登校の経験も、
言葉を使うのが苦手で劣等感を感じたことも、
さらには何がしたいのかわからず、自由を求めて苦しんだことも、
   
全てが自分自身を作る糧として味方になってくれたような気分です。
(また苦しむ時は来るかもしれませんが、その時はまた楽しみます ^^ )


自ずからの気持ちを大事にすること

自由を求めてきた過程で、無視してきたものがあります。

それは、「自ずから湧いてくる想い」です。

皆さんは、おのずから湧いたことを大切にされていますか?

先のこと、先のことを考えていると、意外とそれを大切にできないことってあるんですよね。

自己の執着がスポンと抜けて、周りの人たちを見ると、「自ずから湧いてくる想い」を覆い隠していきてしまう人が多いことに気づきました。

社会を生きているとどうしても自分を守らなくてはいけないというふうになってしまうのはわかります。自分が知らないうちにそうなってしまうのだから、防ぎようがないことなのかもしれません。

ですが、ここまで散々苦しんできた自分にとっては、そこから解放されうるということも知っています。周りの人たちにぜひ楽に、楽しく、充実した生活を送ってほしいと切に思います。

小学校時代の自分はぐちゃぐちゃになりながらも、このような状態になることを想像もできませんでした。

その時、おのずから湧いてくる心の声を外に出すことはできませんでした。さらには外に出そうとしても、通じているという感覚はありませんでした。

でもこれだけ世界って違って見えるんだなということに気づき、いや気づかせてもらって改めて、「もう大丈夫だよ」という声をかけてあげたい。

その時の自分を「表現ができない拙い自分」として否定するのではなくて、優しく手を差し伸べるような存在でいたい。

今後は自分が自由になるということはひとまず差し置いて、ほかの人がより自由になっていくことを助けていければと思います。

總持寺で開催した言霊のレストランが終わって

言霊のレストランが終わりました。終わってまず思ったのは、さまざまな方への感謝です。

間違いなく、皆さんとの関わり、またお寺に生まれたということがなければ、總持寺にご縁を頂くこともなく、いま目の前にいる皆さんと笑って話すこともなかったかもしれません。

それはただの運命かもしれないし、必然だったのかもしれません。
どちらにしても、関わりのある全ての方に、感謝いたします。

今後の方向性ですが、仏教思想を活かしたアートの作品作りは継続しつつ、浮かんでくることをどんどん形にしていきたいと思っています。

その1つの活動として、後継者の方々がより可能性を開いていくための活動を行なっていくことを決めました。

自分自身の人生の課題は、この継ぐ・継がないという継承の問題にあります。未だに父親との間で継承問題がすっきりと片付いてはいません。(むしろ、住職としてお前たちの育て方を間違ったとさえ言われてしまいました。父親も辛いのだと思います。不甲斐ないのだと思います。そうわかりつつも、相手が言う継ぐとはこういうものだという考えの中にハマるのはどうしても難しいのです。)

現在、具体的に動いていくべく、プログラム開発と告知できるように準備を進めています。またそのうち、皆さんに共有させてくださいね。

自分自身が当事者であり、さらに課題を感じているところにあえて踏み込む気持ちが定まっていませんでした。後継者のことやります、というふうに関係のある方々に言ってたのですが、どうしても違和感が募る中で踏み切ることができませんでした。

現在は、気持ちも定まり、これからお会いする方々との間で、どういう未来を共有できるのか楽しみにしているところです。

ちなみに、後継者の方々のための活動をしていくつもりなのですが、まずは寺社関係の方々、特にお寺関係の後継者の方々を対象にした機会作りをメインにしていこうと思っています。

大学の時から、自分の活動領域や価値提供の相手をしぼることに抵抗を覚えてきました。絞り込むこと、ビジネスでは鉄則ですよね。でもそれができなくて(笑)後継者のことに関しても同様です。絞ってしまうと自分の可能性が狭まってしまうということを恐れ、それが難しかったのです。

しかし、そこも踏ん切りがつきました。まずは伝統的な領域から入っていきます。過去というしがらみが発生しやすいところですからね、、、。そこで人のトランジション(変容)を手伝うことができるなら、ほかの領域にはおのずと移っていけるようになると信じ、まずはそこから。

後継者の方々と関わるからといって、その人たちに「継ぐべき」という言葉は絶対にかけたくない。むしろ、自ずから大切にしたい思いを大切にしてほしいと思っています。

継承のプロセスの中で、自分が継がないといけない、自分がするべきだと思っている人もいるでしょう。

あなたの想い、大切にできていますか?
義務ではありません。周りには言いにくいかもしれませんが、
自らに由る選択を大事にしてくださいね。

継ぎたくてしょうがないという方は、ぜひ継いでください。(笑)

三浦がやろうと思うのは、継ぐ・継がないというプロセスで継ぐ選択をする人を育てる活動ではありません。継ごうが継ぐまいが、「おのずから湧いてくる気持ちを大事にしながら、生きることができる」文化の創造です。

自分自身が言いたいことを押し殺してしまったり、犠牲になる必要なんてないんです。そういうふうな感覚で生きてしまうと、その感覚を周りの人にも押し付けてしまいます。

そういう世界には生きたくない。

おのずから湧いてくる気持ちを大事にすることは多くの災難をもたらすかもしれません。周りからはするべき、やるべきの応酬。でもそれでもその気持ちを、そしてその気持ちを持ちながら生きていく人たちを大切にしていきたい。

おのずから湧いてきたことに従っていく中で、継ごうが継ぐまいがどっちでもいいんです。どっちにも転びうると思います。でも自己犠牲にして、感性を殺していきてほしくない。切なる願いとしてそう思います。

後継者の方々へ

おのずから湧いてくる気持ちを大事にできて、過去にしがらむのではなく過去を活かし、今を生きる人たちの流れを作っていきませんか?

私はやります。ぜひ一緒に波を起こしていきましょう。

後継者という立場は人一倍、世間の固定観念(継ぐの?という質問をぶつけられること)や世間の期待(親戚、株主、お檀家さん、親の期待)に晒されます。

だから、私がいうような変化を作り出していくことがひときわ難しい分野なのかもしれません。

ですが、こう考えてみるのはどうでしょうか?

難しい領域に生きているからこそ、そこで葛藤することも、そこを突破していこうとすることも美しいのです。何も抵抗がなくのっぺりとした人生よりも山あり谷ありの人生の方が聞いてて面白いでしょう?

後継者に関する取り組みの中で、私がまだ出会っていない多くの後継者の方に出会っていければと思っています。

そして、周りがどう思うかではなく、おのずから湧いてくる気持ちを大事にしたい人たちとムーブメントを起こしていければ面白いなと思っています。皆さん、ぜひお力を貸してください。一緒に新しい文化を作っていきましょう。

現在、プログラム開発中で、どういうふうに告知をしていくか悩んでいます。でも必ず出します。楽しみにしていてください。

定点観測 - 更新12月20日

こんにちは。すっかり寒くなりました。ここ1ヶ月のことを振り返ります。

後継者の人たちに貢献していきます!というふうに定まってからすぐに家業イノベーション・ラボでの3分間ピッチの登壇の機会をいただきました。家業イノベーション・ラボの企画・運営、さらには参加していた後継者の方々、本当にありがとうございました。

そしてようやく踏ん切りがつき、後継者の方々をおもにメンタル面からサポートするサービスを開始!アトツギのための精神的成仏セッションです。

これを出すのに躊躇の連続でした。頭でわかっちゃいるけど、告知文を書く手が止まるという状態が続いていましたね。

後継者である自分がこんなことしていいのか?と。

でも視点を変えてみたら、同じ当事者だからこそできることが必ずあります。一生に一度の後継問題、継いでも継がなくても、今の葛藤や悩みは今しかありません。

他の後継者の方々の悩みがリアルなものとして理解できなくなるかもしれないと思うと、今の現状はむしろありがたいものでしかないと思いました。

とりあえずOPENにしてみて、一つ超えたので、次は具体的に後継者の方に貢献する場面を増やしていこうと思います。

とはいえ、後継者の方々のライフストーリーにはバリエーションがあるから、まずは問題をありのまま知ることが大事だと思い、88人の方を対象にヒアリングしていこうと思います。

(つづく)


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コメント1件

ありがとうございます!Noteへの初投稿が昨日で、初コメント。嬉しいです😌 抜け出た今だからこそ、わかる。けど とらわれてしまっているときはわからない。いつまで経ってもそういうものなんでしょうね💡
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