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機械学習を活用して需要予測をする前にビジネスマンとして考えるべきこと

この記事は、技術情報協会が出版予定の「人工知能による業務効率化の方法」(仮題)に執筆したものの一部です。

はじめに

ビジネスにおいて,機械学習(人工知能)は様々なタスクをサポートしてくれます.その中でも,予測業務に関して,とりわけ大きな効果を発揮します.なぜなら,予測という行為はそもそも,過去の経験から,あらゆる複合的な要因による影響を考慮するものであり,これはまさに機械学習が得意とするタスクだからです.小売,電力,メーカー,交通サービス,エンターテイメント,あらゆる業界で,明示的もしくは非明示的に需要予測が行われています.ここで「非明示的に」というのは,資料やシステムに具体的に数字が落とし込まれる業務プロセスがなくとも,担当者の頭の中では予測が行われていることを意味しています.この節では,機械学習を活用した需要予測の方法について,特にビジネスへの応用に力点を置いて解説します.

1. 機械学習,その前に

機械学習のモデルを作る前に,考えておくべきことがあります.打ち手を先に決めることと,機械学習で解くべき問題なのか吟味することの2つです.特に,打ち手を決めておかないと,苦労して精度の高いモデルを作ったはいいものの,「で?」という結果になりかねません.この「機械学習,その前に」は,データサイエンティストや機械学習エンジニアだけが考えるべきことではなく,事業を率いている責任者やプロジェクトリーダーが中心になって検討すべき内容です.

1.1 打ち手を先に決める

需要を予測することは,それ自体が目的にはなり得ません.どれだけ需要を正確に予測したところで,収入が上がったり,コストが下がったりするわけではありません.上司に報告する売上見通しが正確になることはビジネスのゴールではないはずです.予測とは,未来を知ろうとする行為です.未来に何が起こるか事前に分かっていれば,当然,より良い打ち手を導き出せるはずです.需要予測に基づく打ち手とは,大きく調達最適化と価格最適化の2種類に分類できます.商材の性質によって,どちらがより適した打ち手なのか決まります.

1.1.1 調達を最適化すべきもの

供給量を事前に増やしたり減らしたりしておける場合,調達を最適化することで,収入を上げたり,廃棄ロスを削減することができます.業界によって調達するものは多岐にわたり,小売であれば商品ですが,イベントの場合は人員も調達対象になりますし,バイクシェアリングサービスにおける配置移動も大きなくくりでは調達と言えます.また,バーチャルなものでは,アクセスの増加に備えたサーバー拡張などもこの文脈では調達とみなせます.

1.1.2 価格を最適化すべきもの

価格を需要に応じて変動させて最適化することで収益を最大化できるものは,以下の2つの条件 (1) 供給量が固定されているもの,(2) 価値に期限があるもの,に合致する必要があります.

(1) 供給量が固定されているもの

供給量が固定されているものは,例えば,航空チケット,ホテル,レンタカー,レストラン,イベントのチケット,などが挙げられます.その多くは,空間をサービスとして提供しているビジネスです.これらは少なくとも短期的には供給量が固定されており,そのため調達が打ち手になりえません.この場合,需要が供給を上回るときには価格を上げて,需要が供給を下回るときには,価格を下げて稼働率を上げることが基本戦略となります.

(2) 価値に期限があるもの

価値に期限があることも価格変動させる条件です.上記の例は,供給量が固定されていると同時に,価値に期限があります.これらは,利用日にしか効力を発揮しないので,その利用日を過ぎてしまうと無価値になります.また,スーパーの惣菜も,賞味期限という明確な価値期限があります.もし価値に期限がないものの価格を変動させてしまうと,消費者は高い時に買い控え,安い時に買い貯めするため,事業者にとってはメリットが生まれません.
これらの条件に合致する場合,価格を変動させたときに需要がどの程度上下するか,計算することで,最適な価格を算出することができます.これを価格感応度と言います.
このように,需要に応じて価格を上げ下げすることで収入を最大化することをダイナミックプライシングと呼び,国内でも,テーマパークやスポーツイベントのチケットが価格変動制を導入したことで注目を浴びています. 

1.1.3 調達と価格を複合的に最適化すべきもの

先に例に出したスーパーの惣菜は,調達と価格で複合的に最適化すべきものの代表です.スーパーの惣菜は供給量が可変です.そのため,予測した需要に応じて,まずは調達を最適化することが第一に必要です.そして,調達が終わった後は,供給量が不変な状態へと遷移します.この状態では,調達はコントロールできないので,価格を最適化することでさらに収益の最大化を目指します.
これは,すでに多くのスーパーで行われており,ある時間になると20%OFFになり,30%OFFになり,最終的に半額のシールが貼られます.値札がデジタル化されれば,これを,より連続的に変動させることで,手間を省き,より精緻な価格変動を導入することができるようになります.

1.2 機械学習で解くべき問題か?

一口に需要といっても,いろいろです.すべての需要を機械学習で予測できるわけではありません.ここでは,予測しようとしている需要にとって機械学習が適した手法なのかどうか,検討する要点を述べていきます.
以下の3通りのいずれかに合致する場合,機械学習で需要予測することはベストなアプローチではありません. 

1.2.1 過去事例が少ない

機械学習は,大雑把に言うと,過去の実績から複数因子の影響パターンをつかんで,その影響パターンが未来にも存在していると仮定して予測しています.例えば,休日は平日と比べてどのくらい需要が多いとか,雨の日は晴れの日は需要が多いとか,では平日で雨の日はどのくらいの需要なのか,といった因子の需要への影響をパターン化しています.
そのため,過去事例が少ない,もしくは無い場合は機械学習で予測することが困難です.過去事例が少ない場合というのは,オリンピックや首脳サミットが開催されるときの宿泊需要など,過去に事例はあるけれども,サンプルサイズが極めて小さいケースです.新サービスをリリースしたときの需要は,過去事例が無く,このような場合も機械学習は手法として適しません.
こういったケースの場合は,機械学習ではなく,アンケートを取るなどして,そのデータを統計的に分析するほうがアプローチとしては正しいでしょう. 

1.2.2 影響因子のタイミングや内容が事前に把握できない

地震やSNS上でのバズは,いつ起こるのか事前に把握することができません.機械学習は,事前にいつ,どんな内容で発生するイベントなのかが分からないと,モデルに組み込むことができません.そのため,地震が起きたときのコンビニ需要やSNSでバズったときの商品の売れ行きのようなものは,機械学習で需要予測することが難しい例です.

1.2.3 イベントの発生による影響パターンが定まっていない

大きな台風が起きることは,天気予報である程度事前に分かる世の中になってきましたが,大きな台風が起きたときの宿泊や交通サービスの需要も,機械学習で予測しにくいものの一つです.なぜなら,過去に起きたものと全く同じ規模の台風だったとしても,それに対する交通機関の対応や,企業の従業員に対するポリシーが変わってきており,過去の影響パターンが未来にも存在するとは言い難いためです.他には,ファッションのトレンドなども,セレブリティの行動や雑誌で取り上げられたときに,それらが消費者に与える影響は現在進行系で変わりゆくため,確固たる影響パターンがあるとは言えません.

これらの条件に当てはまらないものであれば,機械学習で需要予測することを検討し,実際にどのようなデータがあるのか,何をやりたいのかを明確にした状態で,データサイエンティストや機械学習エンジニアと議論しましょう.


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