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根拠なき自信と認知なき実力 〜若手大工育成Pの意図〜

国土交通省の協力を得て、半年間に渡って研修を行い実際の建物を建てるJBN(全国工務店協会)若手大工育成プロジェクト2022も終盤を迎えました。今回で「作る」工程は全て終わって、神戸市から借りていた土地を元通り、何もない廃墟の中の通路に戻す解体作業を残すのみ。終わりを迎えてみれば本当に半年って短い期間です。研修の終わりに際して、悩み、迷いながら自分たちで考え、刻み、組み立ててきた若手大工大工達にささやかなエールを書いておきたいと思います。

達成感を味わう研修

この若手大工育成プロジェクトは2ヵ年計画で、昨年はプレカットと呼ばれる工場で加工した構造材を組み立てました。最終日の解体工事を終えてから、次年度のカリキュラムを組み立てるにあたり、塾生達にどのような研修をしたいとの希望を聞いてみたところ、簡単なプレカットの新築ではなく、現場対応が難しいリフォームで通用するような技術を学びたいとの申し出があり、解体した材料を加工して、違う建物へとコンバージョンする案が浮上しました。研修用に設計された二階建ての小さな建物を、もっとカッコイイ建物に生まれ変えてみたいとの希望を聞いて、大変そうだけど、面白そうだと満場一致で今年のカリキュラムを決めたのでした。私自身、大工として起業した後に自分で設計を行うようになって、痺れるような達成感を味わった経験があり、そんな高揚感を若者達に味わって貰いたいとの想いも密かに抱いておりました。上棟時にそんな記事を書いています。

大工としての誇り

近年、建築業界に押し寄せた機械化と効率化、合理化の波は大きなうねりとなって業界全体を飲み込み、新築住宅での構造体の木材加工は殆ど行われなくなりました。現在、全体の97%以上がプレカットになったと言われており、木造住宅界隈では完全にスタンダードな工法として定着しました。それでも、大工と呼ばれる以上、躯体の加工が出来ないのはやっぱり寂しいもので、手刻みを行っていた頃を全く知らない若手の大工達も大工としての誇りを持てるように手刻みの技術を身につけたいとの想いがあるようです。今回は、以前の建物を利用しての加工だったので、余計に難しい面もありましたが、その分、図面だけの確認ではなく現場で、現物を見る現場主義の考え方の大切さを学んで貰えたのではないかと思っています。とにかく、自分たちでデザインから考えた建物を作り上げたのは(反省点はもちろん無数にあるでしょうが)大きな達成感を得たのではないかと思います。研修の目的と手段を整理した研修開始の際の記事はこちら、

根拠のない自信

職人の世界で成長し続けて、一人前の職人、棟梁だと認めてもらうには、やったことがない作業をやり続ける必要があります。しかも、建築という仕事は非常に高額な商品を扱う上に、人の命さえも左右する大きな責任を背負った職業で絶対に失敗は許されません。にも関わらず、経験のない作業でも足を踏み入れなければならず、そのハードルを越えなければいつまで経っても技術面はもちろんの事、人の段取りや他業種の人達とのコミュニケーション、現場全体のマネジメント等々、成長出来ないし任せられる仕事の幅も広がりません。その一歩を踏み込むために私が最も重要だと思うのは「根拠のない自信」です。だめだー、俺には無理だ〜、と思っていては何一つ新しいことにチャレンジできません。やった事ないけど、きっと出来る!と経験に囚われる事なく足を踏み込んでみることが非常に重要だと思うのです。その意味で、やったことないことを研修で行うのは大きな意味があります。

最も重要なのは「自分で考える」こと

ピラミッド型の業界の代表と言われる建築業界で働く職人が、自分に任せて下さい!やります!と自ら手をあげて大きな責任を背負う仕事を引き受けるにはちょっとした勇気が必要です。また、それを任せる方にしても任命責任が伴うので、本当に任せて大丈夫か?との判断を迫られることになります。工事の難易度に合わせて実力に相応な役割を見定めて、任せることは経営者や責任者にとってはとても大事な役割です。もちろん、経験値を元に判断するのですが、重要なのは技術面だけではなく、根本的な考え方や概念だと私は思っています。そして、そのまず初めに必要なのは「自分で考える」ことだと思っています。指示されたことをそのまま行うだけで考えない職人には何も任せることはできません。そして、若い大工達はずっと指示された作業をし続けます。

誰もが持っている認知されない実力

自分で考えるというのは、まず、目的を明確に理解することから始まります。その上で、目的を達成するための手段を積み重ねて工事を進めるのですが、自分の技量では出来ないことは誰かに助けを求めれば、経験則が足りなくてもなんら問題はありません。まず、自分の技量を知る、その上で目的に向けて作業を進める意識を持っていれば、少々難しいように感じられるチャレンジでも無事に終えることができます。このように考えれば、自分では実力不足と思っていても、意外と高いハードルを超える力を持っているものです。職人の世界は兎角技術面が注目されがちです。しかし、本当は丁寧に図面を見て設計者の意図を理解したり、お施主とコミュニケーションをとってどんな想いでこの工事を発注したのかを深く知ったり、出来ないことを出来ないと正直に話せたり、そんな時に意地を張らずに助けを求めたり出来ることの方が実は重要だったりします。そして、実は誰もがそんな力を持っているのですが、職人達は認知できていないのです。

目的を果たす職人

この度の研修を通して、私が若手大工達に課した中心的な課題は自分達でつくるものを考えること、役割と時間配分の計画を立てること、そしてそれらの検証を行なった上で、計画を修正することです。一応、技術面のアドバイスやサポート、指導も行いましたが、そんなことよりも自分たちの実力を把握して計画を立てる、出来ないことを相談する素直さ、うまくいかなかった作業を振り返る謙虚さを身につけてもらいたいと思って研修に臨みました。
これからの建築業界を背負って立つ彼らに、根拠なき自信を持ってもらいたい、認知なき実力があることを知ってもらいたいと考えていました。
そしてそれは、大工から起業した延長線上で20年間事業を続けてきた私がずっと持ち続けてきた職人として最も大事にしてきたことでもあります。
彼らが未来を託せる素晴らしい大工になってくれると強く祈りながら、更なる技能の習得に邁進され、目的を果たせる職人になってくれることを心から願っています。

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