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『アクロス・ザ・スパイダーバース』にも登場した“アイツ”ことベン・ライリーの秘密に迫る!

日本でも前作の累計興行収入を超えて大ヒット中の映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。色々なスパイダーマンが登場する作品ですが、今回紹介したいのは、登場シーンは短いながらも強烈な存在感を放っていた「スカーレット・スパイダー」ことベン・ライリー。映画ではやたらとカッコつけるギャグキャラで、どんな人物なのかはあまり説明がありませんでしたが、彼はスパイダーマンの歴史的に重要なキャラクターなのです。この記事ではそんなベンが主役を務める『スパイダーマン:クローン・サーガ』の日本語版刊行を記念して、コミックにおける彼の歩みを紹介していきます。

文:傭兵ペンギン
 
※本記事には『クローン・サーガ』を含む、いくつかのストーリーに関するネタバレがあります。作品を読む前には一切情報を入れたくない、という方はご注意ください!

『スパイダーマン:クローン・サーガ・オリジナル』
ジェリー・コンウェイ他[作]ロス・アンドルー他[画]吉川 悠[訳]
※電子書籍も同時発売
『スパイダーマン:クローン・サーガ』
J. M. デマティス他[作]ジョン・ロミータ Jr.他[画]小池 顕久[訳]
※電子書籍も同時発売

ピーター・パーカーのクローン?

物語の(一応の)始まりは1994年の『Spectacular Spider-Man』#216。ピーター・パーカーとまったく同じ顔をした謎の男が姿を現します。彼の名前はベン・ライリー。彼の正体は、1994年から遡ること約20年、1975年の『The Amazing Spider-Man』の#149で登場した、ピーター・パーカーと同じ容姿と能力だけでなく、記憶まで共有するクローンだと明かされます。

70年代の『クローン・サーガ・オリジナル』より。
自分そっくりな人物と対峙し、混乱する二人のスパイダーマン

『The Amazing Spider-Man』の#149はスパイダーマン/ピーター・パーカーは悪の科学者ジャッカルの罠にはまって自分のクローンと対決させられてしまうというもので、最終的にジャッカルが仕掛けた爆弾によってジャッカル共々死んだはずでした(このあたりの物語はShoPro Books刊行の『スパイダーマン:クローン・サーガ・オリジナル』に収録。死んだはずのグウェン・ステイシーの復活も交えた怒涛の展開で、有名なストーリーではありますが、ぜひ実際に読んでみてください!)。
 
しかし実はピーターのクローンは生きていて、ベンおじさんの名前とメイおばさんの旧姓を組み合わせたベン・ライリーを名乗って約5年(実際の刊行タイミングは20年後ですが、コミックの中では5年後という設定)に渡って放浪した後、ニューヨークに帰ってきたのでした。

ピーターとベンが鉢合わせするシーン

当初はピーターには信用してもらえなかったものの、最終的に友好的な関係を築きます。ベンもピーターと同じ力を持つ者として責任からは逃れることができず、スーパーヒーロー「スカーレット・スパイダー」として活動を始めることに。ちなみに、彼のコスチュームとして印象的なクモ柄の袖なしパーカーはニューヨークの自然史博物館で売っていたもので、袖は自分で千切ったものだったりします。こういうDIY精神にはピーター・パーカーのクローンらしさが出ていますね。

スカーレット・スパイダーのコスチューム

それからしばらくして、ベンはピーターと共に遺伝子検査を受けることになります。その結果、なんとベンこそがオリジナルで、ピーターがクローンだったということが判明。約20年間に渡って読者が応援してきたスパイダーマンはクローンだった……という衝撃的な展開となったのでした。

ベン、再びスパイダーマンに?

それからさらに色々あって、当時メリー・ジェーン(ピーターの奥さん)が妊娠中だったということもあり、ベンの提案でピーターは子育てのためにオレゴン州のポートランドへと引っ越しをし、ニューヨークに残ったベンが新たなスパイダーマンとして活動を開始。DCコミックスとの会社を超えたクロスオーバー・イベントに加わるなど、活躍の場を広げていきます。
 
その後、ピーターはメリー・ジェーンと共にニューヨークに戻ってくることとなります。それからさらにしばらくして、ピーター・パーカーを影から苦しめ続けてきていた首謀者(その正体はコミックを読んで確かめてくださいね!)が姿を現し、その黒幕はなんと遺伝子検査の結果が逆転する工作を指示していたことを明かすのでした。要するに「やっぱりピーター・パーカーがオリジナルだった」ということに。
 
そして、その黒幕との直接対決の中でベン・ライリーはピーター・パーカーをかばって死亡。死体はすぐに崩壊し(クローンは命を落とすと肉体が崩壊してしまうという設定)、ベンは本当にクローンであったということがついに確定。ピーターは”兄弟”を失った悲しみを嚙み締めつつ、スパイダーマンとして復帰するのでした。

2年に及ぶ大長編を読みやすく再構築

 ……という具合でスタートから2年ほどかけて展開されたクローンのベン・ライリーの物語が後に『クローン・サーガ』と呼ばれることになる長編ストーリーアーク。2年間と聞くと「そんなに長くないのでは?」と感じるかもしれませんが、この当時マーベルは複数のスパイダーマン誌を展開していたため、全ストーリーはかなりの号数となっています

英語版の総集編
『ザ・コンプリート・クローン・サーガ・エピックブック』は
全11巻、合計5000ページ超えという圧倒的な分量を誇る

当初のマーベル編集部の目的としては、長年いろいろあってシリアスになりすぎたピーター・パーカーの物語を原点回帰させるためにベン・ライリーをピーター・パーカーとするつもりだったものの、途中で方針が変わり、さらに制作陣も変わり、他のイベントとの歩調を合わせる必要なども出てきて、結果的に長く続いてしまったのだとか。
 
そのため本筋とは関係の薄い物語なども混ざってきて全部読もうとするとなかなかに大変なことになるのですが、今回発売となる『スパイダーマン:クローン・サーガ』は日本の読者のために重要エピソードをピックアップして物語を再構成し、限りなく読みやすい形にした日本独自編集版となっています。
 
収録エピソードの中でも個人的にぜひ注目してほしいのは、ベン・ライリーが放浪していた5年間を描く1995年の『スパイダーマン:ロスト・イヤーズ(パーカー・レガシー)』。クローンであるということに自暴自棄になりヒーローになろうとしなかった男が、記憶の中にあるベンおじさんとメイおばさんから教わった価値観を思い出していくという物語で、実質ベン・ライリーのヒーローとしての誕生秘話となっている重要な物語です。ちなみに未収録の続編エピソードでは、ベンがギャングの陰謀に巻き込まれて戦いを強いられるという物語で、『クローン・サーガ』の他のエピソードと比べてより暗く、ハードなバイオレンスが描かれます。

『スパイダーマン:ロスト・イヤーズ(パーカー・レガシー)』より

ペンシラーがジョン・ロミータ Jrでインクがクラウス・ジャンセンという組み合わせもあり、『デアデビル:マン・ウィズアウト・フィアー』(ヴィレッジブックス刊)を思い起こさせる雰囲気なので、同作やNetflixのドラマ『デアデビル』のような話が好きという人にぜひ読んでもらいたいエピソードです!

クローンを巡るその後の物語

ベン・ライリーが死に、完全に終わったかに思えたクローンの物語ですが、そこでは終わらず2016年の『スパイダーマン:クローン・コンスピラシー』(邦訳版がShoPro Booksから発売中)に続いていきます。アヌビスの仮面を被った新たなジャッカルが登場し、スパイダーマンの周囲で死んだ人々が友人もヴィランもまとめて復活し、スパイダーマンがその謎を追うという物語。

 最近のストーリーでもまだベン・ライリーの物語は続いており、スパイダーマンを語る上で欠かせないキャラクターとなっています。
 
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』では90年代のコミックにありがちなグリム&グリッティなセリフやキャラクターデザインを茶化したキャラとなっていましたが、実際に90年代に書かれたコミックを読んでみて比べて見ると、共通点と違いが感じられてきっと楽しいはず。

興味がある方は、こちらの記事も併せて読んでみてください!

以上、ベン・ライリーの歴史を駆け足で紹介してきましたが、この記事を読んで、少しでも彼のことが気になったという方は、ぜひ『スパイダーマン:クローン・サーガ』『スパイダーマン:クローン・サーガ・オリジナル』を手にとってみてくださいね!

傭兵ペンギン
ライター/翻訳者。映画、アメコミ、ゲーム関連の執筆、インタビューと翻訳を手掛ける。『ゴリアテ・ガールズ』(ComiXology刊)、『マーベル・エンサイクロペディア』などを翻訳。
@Sir_Motor