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声優 斉藤壮馬さん、TikTokクリエイターけんご@小説紹介さん推薦! 『今日、僕らの命が終わるまで』第1章を無料公開!④


『今日、僕らの命が終わるまで』
著:アダム・シルヴェラ 訳:五十嵐 加奈子
装画:yoco 装丁:BALCOLONY.
定価:2,420円(10%税込)
2023年3月16日頃発売

第3回はこちら

マテオ
二時五二分

 三度目の正直、とはならなかった。エルが本当にデッカーなのかどうかもわからない。確かめるまでもなく彼女をブロックしたからだ。それは「死を招いたおもしろ動画」のスパムリンクを送ってきたからで、そのあと僕はアプリを閉じた。正直言うと、もっと最悪な人生もあるんだなと、これまでの自分の生きかたを少しだけ正当化できたような気もする。それにしても、まともなやりとりひとつできないのに、ラストフレンドなんてとてもつくれそうにない。
 まだ新着メッセージの通知が届くけど、それは無視して、僕はいま『ア・ダーク・バニシング』というゲームをやっている。主人公のコーヴは炎の髪を持つ魔法使いだ。彼がこの荒れはてた貧しい王国を通過するには、プリンセスに捧げものをしなければならない。そこで僕は(じゃなくて、コーヴは)、ブロンズのピンや錆びた錠前などを売りつけようとする行商人をかわしながら、海賊のもとに向かう。ところが港に行く途中、僕が間違った方向に進めてしまったらしく、コーヴは地雷を踏んでしまった。爆発が起き、コーヴの腕が小屋の窓から飛んでいき、頭はロケットのように空高く吹き飛ばされ、両脚は跡形もなく飛び散った。
 ドキドキしながらローディング画面を見ていると、突然よみがえったコーヴは生まれ変わったように元通りになっていた。コーヴは運がいい。僕はそんなふうに復活リスポーンなんかできない。
 ここでこのまま時間を無駄にすれば……。
 僕の部屋には本箱がふたつあって、下の段の青い本箱にはお気に入りの本が入っている。近くの青少年クリニックに毎月本を寄付するときに、どうしても手放せなかったものだ。その青い本箱の上にある白い本箱には、いつか読むつもりだった本が山積みになっている。
 それをぜんぶ読み終える時間があるかのように、何冊かつかみ取る。ある儀式によって生まれ変わった少年が、彼が死んだあとも続いていた”自分ぬきの世界”とどう向き合うのかを僕は知りたい。ピアノの夢を見ているあいだに両親がデス゠キャストから通告を受け、そのせいで学校の演奏会に出られなくなった少女はどうなったんだろう。「人々の希望」と呼ばれる主人公が、デス゠キャスト風の予言者からメッセージを受け取り、彼が勝利の鍵となる「諸悪の王」との最終決戦の六日前に死ぬと告げられる話もある。読みたかったそれらの本を部屋の反対側に放り投げ、お気に入りの本も何冊か蹴散らした。お気に入りの本と、お気に入りにはもうけっしてなれない本とを分けておいても、なんの意味もない。
 そのあとスピーカーに駆け寄り、壁に投げつける寸前で思いとどまる。本と違ってステレオには電気が通っているから、ここで一巻の終わりになるかもしれない。スピーカーとピアノが僕をあざ笑うかのように、父さんが帰ってくる前にできるだけ長く練習したくて、学校から大急ぎで帰ってきた日々を思い出させる。僕はよく歌っていたけど、隣人たちに聞こえないように、あまり大きな声は出さなかった。
 壁から地図を引きはがす。僕はニューヨークから一歩も出たことがない。いつか飛行機に乗ってエジプトに寺院やピラミッドを見にいくことも、プエルトリコにある父さんの故郷の町を訪れ、父さんが子どものころによく行っていた熱帯雨林を見にいくことも、もうできない。僕は地図をずたずたに引き裂き、国も、都市も、町も、すべてが足元に散らばった。
 部屋はめちゃくちゃになった。人気のファンタジー映画の主人公が、戦争で荒廃した自分の村に立つシーンにそっくりだ。彼を見つけ出そうとする敵によって爆破されてしまった村。ただ映画と違って、僕の部屋の床には崩壊した建物や壊れたレンガの代わりに、傷ついた背表紙を突き出すようにして下向きに開いた本や、折り重なる本たちが散乱している。拾い集めて元通りに片づけるのは無理だ。片づけはじめたら、僕はきっとぜんぶの本をアルファベット順に並べ直したり、破いた地図をテープで貼り合わせたりしてしまう(これはけっして、部屋を片付けない言い訳なんかじゃない)。
 数分前に地雷で吹き飛んだのが嘘のように元通りの姿になったコーヴは、棍棒をぶら下げてスタート地点に突っ立っていた。僕はゲーム機の電源を切る。
 行動を起こさなくちゃいけない。スマホを拾い上げ、もう一度〈ラストフレンド〉アプリを開く。地雷みたいに潜むアブナイ人たちを避けて通れればいいのに――。

ルーファス
二時五九分

 デス゠キャストからの電話がもっと前に、俺が人生を台無しにする前に来ていたら――。
 もし昨日の晩だったら、サイクルマラソンで三輪車に乗った幼い子どもたちに負けそうになっていた夢から一気に覚めただろう。一週間前なら、夜更かしして、まだ一緒だったころにエイミーがくれた手紙をぜんぶ読み返したりしなかった。もし二週間前に電話が来たなら、マーベルのヒーローがDC のヒーローよりどれだけかっこいいかという、マルコムとタゴエと戦わせていた議論は中断され(そして俺は、ヘラルドにも意見をきいたかもしれない)、一カ月前なら、エイミーが去ったあと誰とも口をききたくなくなった俺の重苦しい沈黙を、その電話は破っただろう。
 ところが、デス゠キャストはよりによって、今夜俺がペックを殴りつけているところに電話してきた。そのせいで、エイミーはあいつがどうなったかを俺に突きつけるために里親ホームに引っぱってくることになり、おまけにペックが警察まで巻きこんだせいで、俺の葬儀は中断され、俺はいま完全にひとりぼっちになった。電話があと一日早ければ、そのどれもが起きなかったはずだ。
 パトカーのサイレンを聞きながらペダルをこぎ続ける。何か別の事件であってほしい。
 少しようすを見たあと、休憩しようとマクドナルドとガソリンスタンドのあいだに自転車を止める。やけに明るいこんな場所に座りこむのは愚かかもしれないけど、身を隠すには、かえって人目につく場所のほうがいいとも言える。俺はジェームズ・ボンドじゃないし、悪党から隠れる方法が書かれた手引書もないから、本当のところはわからない。
 っていうか、悪党はこの俺・・・か。
 とにかく、このまま走り続けるのはもう無理だ。心臓はバクバクし、脚は燃えるように熱い。ひと休みしないとだめだ。
 ガソリンスタンドわきの縁石に腰かけると、小便と安いビールのにおいが鼻をついた。自転車の空気入れが置いてあるところの壁に、ふたりの人間のシルエットが描かれている。どっちも男子トイレのマークみたいな形で、オレンジ色のスプレー塗料で「ラストフレンドアプリ」と書いてある。
 なんだって俺はいつも、ちゃんとお別れができないんだ。家族との最後のハグも、プルートーズとの最後のハグもできなかった。さよならのひとことも言えなかったし、いままでありがとうと、みんなに感謝の気持ちひとつすら伝えられていない。マルコムは俺に何度も忠誠心を示してくれたし、タゴエはB級映画の脚本を書いて楽しませてくれた。『黄色いピエロと死のカーニバル』とか『ヘビのタクシー』とか――ただ、『代診のドクター』はB級映画にしてもひどかった。フランシスが登場人物の物まねをして、それが死ぬほどおかしくてあばらが痛くなった俺は、もうやめてくれと頼みこんだ。ジェン・ロリはある日の午後、俺が何かをしながらひとりの時間を過ごせるようにと、ソリティアの遊び方を教えてくれた。フランシスがすごくいい話をしてくれたのは、みんなが寝てふたりだけになった晩のことだった。魅力的な人に出会ったらルックスをほめるんじゃなく、口説き文句はもっと個人的パーソナルなものでなきゃいけない、「きれいな目を持つ人はいくらでもいるが、アルファベットの発音を聞いてその響きが好きになったら、それは本当に合う相手だからだ」と彼は教えてくれた。そしてエイミーは、いつも変わらず正直だった。現にさっきも、俺への気持ちは恋愛感情じゃなかったと告げることで、俺を解き放ってくれた。
 最後にもう一度、プルートー太陽系のハグをしたかった……。けど、いまさら後戻りはできない。逃げないほうがよかったのかもしれない。逃げたせいでよけい罪が重くなったと思う。だけど、あのときはそんなことを考える暇はなかった。
 プルートーズには、この埋め合わせをしないとな。追悼でみんなが言ったことはぜんぶ本当だ。最近の俺はめちゃくちゃだったけど、もともと悪い人間じゃない。そうでなきゃマルコムもタゴエも俺についてこなかっただろうし、クズならエイミーも俺の彼女にならなかったはずだ。
 プルートーズとはもう一緒にいられない。だからって、ひとりぼっちでいなきゃならないわけじゃない。
 マジで、ひとりはいやだ。
 立ち上がり、落書きグラフィティのある壁のほうに行ってみると、油で汚れたポスターが貼ってあった。メイク・ア・モーメントという何かの宣伝だ。壁に描かれたふたりのラストフレンドのシルエットを見つめる。家族を失ってから、俺はきっとひとりで死ぬんだろうなと思っていた。実際そうなるのかもしれない。それでも、ひとり残された俺だってラストフレンドをつくってもいいはずだ。俺のなかには”いいルーファス”がいる。本来の俺を、ラストフレンドが引き出してくれるかもしれない。
 アプリはあんまり得意じゃないけど、誰かの顔を殴るのだって得意じゃない。つまり、今日はもう苦手なことに挑戦済みだ。アプリストアを開いて〈ラストフレンド〉をダウンロードする。ダウンロードのスピードがやたらと速い。何か影響が出るかもしれないけど、気にしない。
 デッカーとして登録し、プロフィールを書きこんでインスタグラムから古い写真をアップロードする。これで準備完了だ。
 最初の五分間で七通のメッセージが届いた。さびしさをまぎらすには最高だ。ただ、ふざけたことを言ってくるやつもいる。パンツのなかに死を遠ざける魔法の道具を持ってるだって? 俺は死ぬほうを選ぶぞ。

マテオ
三時一四分

 プロフィールの設定を調整し、一六歳から一八歳の人しか見られないようにしたから、それより年上の人たちはもう寄ってこない。さらにもう一歩進めて、デッカーとして登録した人だけがアクセスできるようにした。こうしておけば、ソファーや鍋を買い取りたい人の相手をしなくてすむ。これでネットワーク上の人数はかなり絞られた。今日デス゠キャストから通告を受けたティーンエイジャーは何百人、もしかすると何千人もいるかもしれないけど、いまネットワーク上には、一六歳から一八歳の登録済みデッカーは八九人しかいない。ゾーイという一八歳の女の子からメッセージが届いたけど、一七歳のルーファスのプロフィールが目に入ったから反応しなかった。ずっと前から、僕はルーファスという名前が好きだった。彼のプロフィールをタップする。

名前:ルーファス・エメテリオ
年齢:一七歳
性別:男性
身長:一七八センチ
体重:七六キロ
民族性:キューバ系アメリカ人性的指向:バイセクシャル
職業:時間を浪費するプロ
趣味:サイクリング、写真
好きな映画/テレビ番組/本:〈無回答〉
これまでの人生:死ぬべきところで生き残った。
死ぬまでにやりたいこと:しっかりやり遂げる。
最後に思うこと:やっとこのときが来た。いろいろ失敗もしたけど、最後は立派に死にたい。

 僕はもっと時間がほしいし、もっと生きたい。だけどこのルーファス・エメテリオは、すでに死を受け入れている。自殺願望がある人なのかな。死ぬのはわかっていても、自殺かどうかは予測できない。自殺しそうな人なら関わらないほうがいい――僕の人生を終わらせる原因は、もしかすると彼かもしれないから。でも写真を見るかぎり、そうは思えない。笑顔だし、人なつこそうな目をしている。まずチャットしてみよう。それで好感がもてる人なら、僕が自分に向き合えるように親身になって力を貸してくれるかもしれない。
 こっちから話しかけてみよう。あいさつするくらい、どうってことない。

マテオ・T(三時一七分):人生が終わるのは残念だね、ルーファス。

 こんなふうに見ず知らずの相手に話しかけるのには慣れていない。プロフィールを設定してデッカーの話し相手になろうと考えたことも何度かあったけど、僕と話すことが大きななぐさめになるとは思えなかった。だけどいま自分自身がデッカーになってみて、誰かとつながりたいという切実な気持ちがよくわかる。

ルーファス・E(三時一九分):やあ、マテオ。いい帽子だな。

 彼は返事をくれただけじゃなく、プロフィール写真を見てルイージの帽子をほめてくれた。彼はすでに、僕がなりたい”僕″の心をつかんでいる。
 
マテオ・T(三時一九分):ありがとう。でも、この帽子は家に置いていくつもり。注目を浴びたくないから。
ルーファス・E(三時一九分):正しい判断だ。ルイージの帽子って、ふつうの野球帽じゃないだろ?
マテオ・T(三時一九分):そうだね。
ルーファス・E(三時二〇分):ちょっと待った。ひょっとして、まだ家を出てないってこと?
マテオ・T(三時二〇分):そう。
ルーファス・E(三時二〇分):数分前に通告を受けたばかりとか?
マテオ・T(三時二〇分):デス=キャストから電話が来たのは、真夜中ちょっと過ぎ。
ルーファス・E(三時二〇分):ひと晩じゅう何やってた?
マテオ・T(三時二〇分):掃除とゲーム。
ルーファス・E(三時二〇分):なんのゲーム?
ルーファス・E(三時二一分):やっぱ、いまのはナシ。ゲームはどうでもいいや。やりたいことはあるんだろ? なんかを待ってるのか?
マテオ・T(三時二一分):ラストフレンドになるかもしれない人たちとチャットをしてたんだけど、みんな、なんて言うか……お世辞せじにもあまりいい人じゃなくて……。
ルーファス・E(三時二一分):まだ何も始めてないのに、なんでラストフレンドが必要なんだ?
マテオ・T(三時二二分):きみは・・・なんでラストフレンドが必要なの? 友だちはいるんでしょう?
ルーファス・E(三時二二分):俺の質問が先だ。
マテオ・T(三時二二分):そうだね。何かに――もしかすると誰か・・に――殺されるのがわかっているのにわざわざ外に出ていくのって、ばかげていると思うんだ。それに、外の世界にはパンツのなかに死を遠ざける魔法の道具を持ってるなんて言う”ラストフレンド”もいるし。
ルーファス・E(三時二三分):俺もさっき、その変態野郎と話したよ! そのあと通報してブロックしてやった。そいつよりは俺のほうがマシな人間なのは保証する。って言ってもあんまり意味ないか。そうだ、ビデオチャットしようか。こっちから招待状を送るよ。

 電話している人のシルエットのアイコンが点滅する。急な展開に思わず着信を拒否しそうになるけど、コールが止まないうちに、ルーファスが去ってしまわないうちに出る。スマホの画面が一瞬真っ黒になり、そのあとルーファスのプロフィールで見た顔をした見ず知らずの少年があらわれた。彼は汗をかいて下を向いていたけど、その目がすぐに僕の姿をとらえると、ぜんぶむき出しにされたような感じがした。彼は子どものころに聞いた恐ろしい伝説の人物で、画面の奥から手を伸ばし、僕を真っ暗な地下の世界に引きずりこもうとしているんじゃないかと、わずかに恐怖さえおぼえる。身を守ろうとするための行き過ぎた想像のなかで、僕はすでにルーファスに脅しつけられ、自分だけのこの世界から外の世界へ追いやられそうになっていた――。
 「よう! 俺の顔、見える?」
 「うん、どうも。マテオです」
 「やあ、マテオ。いきなりビデオチャットにして悪かったな。顔の見えない相手ってなかなか信用できないっていうか、わかるかな?」
 「気にしないで」
 画面がまぶしくてルーファスがいる場所はよく見えないけど、明るい褐色の顔は見える。なんでそんなに汗をかいているんだろう。
 「本物の友だちがいてもラストフレンドが必要な理由が知りたいんだったよな?」
 「もし、そこまで立ち入ってもかまわないなら」
 「ぜんぜんオーケー、心配するな。ラストフレンドのあいだに立ち入れない領域なんかあっちゃいけないと思うよ。かんたんに言うと、両親と姉貴と一緒に乗ってた車がハドソン川に突っこんで、家族が死んでいくのを、俺はただ見ているしかなかった。それと同じ罪悪感を友だちには背負わせたくない。だから俺は、みんなのいないところに行くしかない。念のため確認だけど、それはだいじょうぶか?」
 「きみが友だちを置いて出てきたこと?」
 「違う。俺が目の前で死ぬかもしれないってことだ」
 僕はいま、今日起きる可能性のある最もヘビーな問題に直面していた。僕の目の前で彼は死ぬかもしれない――その逆でないかぎり、そうなる。どちらのケースを考えても吐き気がこみあげてくる。彼に対してすでに深い結びつきを感じているわけじゃないけど、誰かが死ぬのを見ると思っただけで気分が悪いし、悲しみや怒りも感じる。だから彼は、だいじょうぶかって訊いているんだ。でも、何もせずにいれば安心というわけじゃない。
 「うん。だいじょうぶ」
 「ほんとか? それ以前に”家から出られない問題”があるんだろ? ラストフレンドになるかどうかは別として、俺は残りの人生を誰かのアパートに閉じこもって過ごす気はないし、相手にもそうしてほしくない。だから、どこか中間地点で会おう。な、マテオ」
 ルーファスは僕を名前で呼んだ。その呼び方は――あの変態男フィリーならこう呼びそうだと想像した呼び方よりも――ちょっと心地良かった。彼はまるで、満席のコンサートで演奏前に楽団員を励ます指揮者みたいだ。
 「正直、外に出れば危険な目にあうかもしれない。俺だって前は、外になんか出ても無駄だと思ってた」
 「じゃあ、なんで変わったの?」
 反論するつもりはなくても、つい、そんな言い方になってしまう。そんなにかんたんに安全なこの部屋から出ていく気にはとてもなれない。
 「きみは家族から失って、それから?」
 「俺はこの人生にちゃんと向き合ってこなかった」
 そう言ってルーファスは顔をそむける。
 「ゲーム感覚で、最後はゲームオーバーを迎えるだけだだと思ってた。だけどそれは、両親や姉貴が俺に望んだ生き方じゃない。おかしな話だけど、生き残って初めてわかったんだ。死んでしまえばよかったと思いながらも生きてるほうが、もっと生きていたいと望みながら死んでいくよりマシなんだって。ぜんぶ失うことで、俺の生き方は変わった。だから手遅れになる前にやってみろよ。目標に向かってがんばれ!」
 目標に向かってがんばる・・・・・・・・・・・――それは、僕がプロフィールに書いた言葉だ。ルーファスはほかの人たちよりも僕のことをちゃんと見てくれているし、友だちみたいに気にかけてくれる。
 「わかった」と僕は答える。「どうすればいいのかな? 握手機能かなんか、あるのかな?」
 僕の信頼がこれまでみたいに裏切られませんように。
 「握手は会ったときにするとして、それまではとりあえず、俺がお前にとってのマリオになると約束する。俺はマリオほど目立ちたがり屋じゃないけどな。で、どこで会う? いまドラッグストアの近くにいる。ここは――」
 「ひとつだけ条件があるんだ」
 僕がそう言うと、彼はいぶかしげに目を細めた。僕が何か突飛なことを言い出すんじゃないかと警戒しているんだろう。
 「さっききみは、どこか中間地点で会おうって言ったよね。だけど、僕を迎えにきてほしいんだ。何かの罠じゃないよ、約束する」
 「なんか怪しいな」とルーファス。「別のラストフレンドを探すよ」
 「本当に違うから! 誓ってもいい」
 僕はスマホを落としそうになる。すべてを台無しにしてしまった。
 「本当なんだ、僕は――」
 「冗談だよ。俺の電話番号を送るからショートメッセージで住所を知らせて。そのあと、どうするか考えよう」
 デス゠キャストからの電話でティモシーと呼ばれて、よかった、もっと生きられると喜んだときと同じくらいほっとした。今回は本当に安心してもだいじょうぶ——だよね。
 「わかった」
 「じゃあまた」ともなんとも言わず、ルーファスは僕を品定めするようにじっと見ている。本当は罠におびきよせようとしているんじゃないかと疑っているのかもしれない。
 「またあとでな、マテオ。俺が着く前に死なないようにしろよ」
 「ここに来る途中で死なないようにね」と僕も返す。「気をつけて、ルーファス」
 ルーファスはうなずき、ビデオチャットが終わる。そのあと送られてきた電話番号に電話をかけて、ちゃんと彼が出るかどうか、彼を買収して無防備な少年の住所を手に入れようとしている暴行魔がいないか確かめたい衝動にかられる。でも、そんなふうにルーファスを疑ってばかりいたら、ラストフレンドとしてうまくやっていけないだろう。
 死を受け入れている相手と、しかも「いろいろ失敗もした」人とエンド・デーを過ごすのは少し不安だ。彼のことはもちろん何も知らないし、とんでもなくアブナイ人かもしれない――なにしろこんな真夜中に、それも自分が死ぬはずの日に出歩いているんだから。でも、僕たちがどうすることになっても――別々か、一緒か――結果は同じだ。道路で何度左右を確認しようが関係ない。安全のためにスカイダイビングを避けたとしても、それは単に、僕の好きなスーパーヒーローみたいに空を飛べなくなるだけ。治安の悪いエリアでギャングとすれ違うとき、いくら目を伏せても意味がない。
 どう生きたとしても、最後はふたりとも死ぬ。


試し読みはここまでです。
続きは本編でお楽しみください!