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『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』を100倍楽しむためのマイルス・モラレス入門

想像を超える凄まじさだった前作『スパイダーマン:スパイダーバース』から約5年の時を経て、6月16日に公開が迫ったCGアニメ映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。この映画シリーズをきっかけに主人公のマイルス・モラレスを知ったという人も少なくないはず。今回は映画の公開と、マイルスが主役のコミック『マイルス・モラレス:ストレイト・アウタ・ブルックリン』の日本語版刊行を記念して、マーベル・ユニバースにおける彼の誕生の経緯と、主要なストーリー/おすすめのタイトルを紹介していきます!

『マイルス・モラレス:ストレイト・アウタ・ブルックリン 』
5月25日頃発売

文:傭兵ペンギン

大物作家が生み出した新ユニバースのキャラクター

マイルスのコミックでの設定を語る前に、彼の物語の舞台となる「アルティメット・ユニバース」について簡単に説明しておきましょう。

アルティメット・ユニバースは、新しい読者が読みやすいコミックシリーズを展開するため、2000年に作り出されたユニバースです。スパイダーマンやX-MEN、アベンジャーズといった著名なキャラクター/チームの設定に現代的な解釈を加え、第1号からストーリーを語り直していく舞台となっているんです。そのために物語の舞台は「メインで展開しているマーベルのユニバースと並行する別世界」という位置づけとなっていました。

このユニバースを作り出すために起用されたのが、イメージ・コミックスなどで作品を手掛けていたライターのブライアン・マイケル・ベンディス。当時は新人だったベンディスですが、後にジェシカ・ジョーンズといったキャラクターを生み出し、「ハウス・オブ・M」「シークレット・インベージョン」などの大型イベントの脚本を手掛けることになります。さらに、彼はMCU映画の製作にアドバイスをするマーベル・クリエイティブ・コミッティにも所属。今となってはすっかり大物作家です(それがどんな組織だったかは、ShoPro Booksから発売中の拙訳『ストーリー・オブ・マーベル・スタジオ』をチェックしてみてね!)。

ベンディスはスパイダーマンのストーリーをイチから語り直す『Ultimate Spider-Man』誌を担当しつつ、X-MENとアベンジャーズのライターはイギリス出身の作家マーク・ミラーが担当。ミラーは当時、DCコミックスで『The Authority』(現在映画化企画進行中)を手掛けていた他、今となっては映画版でもおなじみの『キック・アス』や『キングスマン』で知られ、後にマーベルでイベント「シビル・ウォー」などを展開する大物作家です。

ミラーのX-MEN誌はそのまま『Ultimate X-Men』となる一方で、アベンジャーズは『Ultimates』というタイトルで展開されました(後者はShoPro Booksから『アルティメッツ』として現在は電子版が発売中)。

ちなみに、先に挙げたシリーズはアルティメット・ユニバースはトビー・マグワイア版の実写映画『スパイダーマン』(2002年)や映画『X-MEN2』(2003年)が公開された頃に『アルティメット・スパイダーマン』や『X‐MEN』として邦訳が新潮社から展開されていたので、それを覚えているという人もいるかも。

前置きが長くなりましたが、そんな布陣でスタートしたアルティメット・ユニバースがスタートして約11年後、なんとスパイダーマンことピーター・パーカーが死ぬという衝撃的なストーリーが展開されます。その後日譚的なミニシリーズ『Ultimate Fallout』の#4で突如姿を表したのが謎の新スパイダーマン、マイルス・モラレスでした。この時にアートを担当し、マイルスの見た目を(後の黒いコスチュームを含めて)デザインしたのがイタリア人アーティストのサラ・ピチェッリです。

『Ultimate Fallout』#4

初登場時のマイルスはスパイダーマンと同じカラーリングのコスチュームを着ていて、ヴィランに襲われた市民を助けたにもかかわらず(スパイダーマンが死んだことは報道済みだったので)「そのコスチュームは不謹慎だ」と揶揄される始末。そしてひと気のない建物の屋根の上でマスクを脱ぎ、その正体はピーター・パーカーではなく、黒人の少年であることが明かされる……という感じのデビューを果たしたのでした。

人気俳優と縁深い誕生秘話

そして続く2011年の『Ultimate Comics Spider-Man』誌の新ストーリーアークでマイルス・モラレスの設定が語られます。彼はアフリカ系の父ジェファーソン・デイヴィスとヒスパニック系の母リオ・モラレスの間に生まれた子で、叔父であるアーロン・デイヴィスの家を訪れた際に蜘蛛に咬まれました。そしてピーター・パーカーと同様の能力に加え、透明化、触れた相手を一時的に麻痺させるという能力も持つことが明らかとなっていきます。ちなみにマイルスの叔父であるアーロンはプラウラーを名乗る泥棒で、彼がオズコープで盗みを働いた際にバッグに遺伝子改造を受けた蜘蛛が紛れ込み、それがマイルスを咬んだという設定となっています。

『Ultimate Comics Spider-Man』#1

パワーを手に入れたマイルスは、当初はヒーロー活動をするつもりはなかったものの、スパイダーマン/ピーター・パーカーが死んだことをきっかけに、ハロウィン用の衣装を着てスパイダーマンとして活動を始めるというのが序盤のストーリー。というわけで、大枠では映画『スパイダーマン:スパイダーバース』で語られたマイルスの設定に近いものとなっていますね。

アフリカ系とヒスパニック系の両親を持つというマイルスの設定は、当時の編集長のアクセル・アロンソの父親がメキシコ人、母親がイギリス人で息子がいることと、ベンディスが養子に迎えた二人の娘がアフリカ系ということが起因しています。非白人のアメリカ人が増えている現代のアメリカ社会を反映しつつ、マイノリティの子どもたちが共感できるヒーローを作りたかったという背景があったのだとか。

さらにベンディスが「USA Today」のインタビューで語ったところによると、マイルスのキャラクター造形には俳優のドナルド・グローヴァーからも影響を受けているそうです。ドナルド・グローヴァーは2010年頃新たな実写版『スパイダーマン』(結果として『アメイジング・スパイダーマン』となるもの)の製作が発表された時に、彼をピーター・パーカー役に推す”#donald4spiderman”というキャンペーンが大きな話題ともなった人物。

コメディドラマ『コミ・カレ!!』のシーズン2第1話(Netflixで配信中)ではドナルド・グローヴァー演じるトロイが、(当時話題だったグローヴァーのキャンペーンをネタにする形で)スパイダーマンのパジャマを着ているシーンもあり、どうやらベンディスはそれにインスパイアされた様子。そのシーンを再現した映像が映画『スパイダーマン:スパイダーバース』でアーロンの部屋のテレビに一瞬だけ写っています。

ちなみに、ドナルド・グローヴァーは今やチャイルディッシュ・ガンビーノという名でミュージシャンとしても大成功をしている俳優ですが、スパイダーマンとは縁深く、アニメ『アルティメット・スパイダーマン』(ディズニープラスで配信中)ではマイルス・モラレス役でゲスト出演し、映画『スパイダーマン:ホームカミング』ではアーロン・デイヴィス役として出演を果たしています。

アルティメット・ユニバースの消滅とチーム入り

こうして誕生したマイルスはアルティメット・ユニバースのスパイダーマンとして活躍していき、2013年のミニシリーズ『スパイダーメン』(邦訳版はShoPro Booksから発売中)や映画の元ネタにもなった2014年のクロスオーバーイベント「スパイダーバース」でメインのマーベル・ユニバースのピーター・パーカーとも共演することとなりました。

しかし、2015年のイベント「シークレット・ウォーズ」で、メインのマーベル・ユニバースとアルティメット・ユニバースが衝突して消滅してしまいます。マイルスは悪の秘密結社カバルによって作られた脱出船に忍び込むことによって生き残り、他の生き残ったメインのマーベル・ユニバースのヒーローたちと共に戦い、メインのマーベル・ユニバースがアース・プライムとして再生するのを助けるのでした(ちなみに後にアルティメット・ユニバースはまだあることが判明するのですが……)。

そしてマイルスは(アルティメット・ユニバースでの出来事の記憶を失いながら)アース・プライムで共に再生された家族や友人と共に暮らし始めつつ、ヒーロー活動も始め、立派にスパイダーマンとして現在も活躍中。

また、マイルスは2015年に始まった『All-New All-Different Avengers』誌でアベンジャーズの一員となり活動の幅を広げていくのですが、2016年のイベント「シビル・ウォーII」で大人たちのやり方に愛想を尽かし、カマラ・カーンと共にチームを離脱して、若手ヒーローチーム「チャンピオンズ」を結成することとなります。

マイルスのチャンピオンズとしてのエピソードは第1巻『チャンピオンズ:チェンジ・ザ・ワールド』、第2巻『チャンピオンズ:フリーランサー・ライフスタイル』、第3巻『アベンジャーズ&チャンピオンズ:ワールド・コライド』として邦訳版がShoPro Booksから発売中。

『ストレイト・アウタ・ブルックリン』

最後に、マイルス・モラレスのストーリーの読み始めにオススメな、邦訳コミック『マイルス・モラレス:ストレイト・アウタ・ブルックリン』を紹介しておきましょう。こちらは2018年に本国で刊行が始まった『Miles Morales: Spider-Man』誌の#1から#6までを収録したもの。

『マイルス・モラレス:ストレイト・アウタ・ブルックリン』

本作はアイズナー賞の受賞歴も持つ人気ライターのサラディン・アーメッドが手掛けるシリーズで、ここから読み始める読者を想定したつくりとなっており、彼の基本的な設定を簡潔に振り返りつつ、マイルスの学生生活、ヒーロー活動、そして恋が描かれます。

本作は、マイルスの故郷であるブルックリンという街の魅力や、
彼が愛するヒップホップ・カルチャーにもフォーカスしている

『ストレイト・アウタ・ブルックリン』に収録されるエピソードでは、マイルスはマイノリティの子供を狙った誘拐事件の犯人を探すこととなるのですが、その過程でちょっと意外なキャラクターたちと共闘することとなり、彼らと繰り広げる掛け合いが面白いところです。

スパイダーマンのファンにはおなじみのヴィラン、
ライノをはじめ、個性的なキャラクターが続々と登場!

また、マーベルの主要タイトルを数々手掛けてきたスペインとアーティストのハビエル・ガロンによる素晴らしいアートにも注目してください!

新作CGアニメ映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は2023年6月16日公開なので、ぜひそれまでにコミックを読んで(あとPS5の『Marvel's Spider-Man: Miles Morales』なんかもプレイして)いろんな角度でマイルス・モラレスというキャラクターを楽しんでいきましょう!

傭兵ペンギン
ライター/翻訳者。映画、アメコミ、ゲーム関連の執筆、インタビューと翻訳を手掛ける。『ゴリアテ・ガールズ』(ComiXology刊)、『マーベル・エンサイクロペディア』などを翻訳。
@Sir_Motor

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