日本人が総裁のアジア開発銀行と、中国が主導するAIIBは本当に競合しないのか?

中国が主導するアジアインフラ開発銀行に、日本とアメリカは参加していませんが、そんな中アジア開発銀行の年次総会の席で日銀総裁が「アジア開発銀行はAIIBと競合するものではない」、と発言されました。

ADBとAIIBが競合すると言われると、アフリカ大陸において日の丸の数が(JICA)、中国国旗の数(CHINA AID)に圧倒される近年の状況をイメージする人が多いかもしれませんが、実はこれは援助機関が競合しているという状態とは異なります。では、援助機関が競合するというのはどういう状況を指すのでしょうか?ちょっとマラウイの教育セクターを例に話をしてみようと思います。

マラウイの教育セクターがどんな状況かというと、毎年5%程度小学生の数が増えているぐらいの人口爆発に直面しているので、子供たちの1/3は青空教室で勉強しているぐらい学校が足りていなくて、教員一人当たり生徒数も76人と教師の数も全然足りていません。要するに、教育セクターを充実させるためのお金が全く足りていないわけです。

こんな状況なので、政府の教育予算は当然のように毎年増えていくと思うかもしれませんが、なんと今年は4%程カットされてしまいました。一体これはなぜだと思いますか?それは、去年教育省が予算をすべて消化できなかったので、財務省に取り上げられてしまったからです。学校も先生も全然足りていないのに予算が消化できないってなぜでしょうか?

今、私はユニセフ職員として、教育省の統計のキャパシティ強化に取り組んでいていくつかプロジェクトを持っていますが、その一つに学校の帳簿(出席簿などなど)の整備があります。しかしこのプロジェクトの進捗は芳しくなく、帳簿のデザイナーの能力の問題から仕事が遅々として進まないけど代わりのデザイナーもいない、印刷会社の印刷能力の問題で帳簿の印刷に時間がかかる&発注と違ったものが出来上がる、教育省の役人の人数不足から帳簿の活用方法の指導が末端まで行き届くのに時間がかかる等、といった有様です。。。

この事例で十分わかると思いますが、一般的に低所得国は多くの資金を必要としているにも関わらず、政府や民間の様々な能力不足から、資金を与えられても消化する能力に限界があります。

これに対して、各援助機関にも毎年予算(厳密にはある期限までに使い切らなければならないグラントや、特定の期限までに終わらせなければならないプロジェクト)が存在します。もし、予算を使いきれない・期限を守れないなんてことがあると、人事評価にも大きく影響しますし、ユニセフのように大使館や財団、ユニセフ協会からお金を頂いている機関だと組織の評判にもかかわります。

ここで話を単純化するために、援助予算消化能力が100億円のM国があるとします。この国に対し、二国間援助機関のD・U・J・G・Cがそれぞれ20億円、国際NGOのS・O・P・Wがそれぞれ5億円、国際機関のWが50億円、Uが10億円の支援をするとします。消化能力が100億円に対し、支援額が180億円、さてこの国で援助協調(ドナーコーディネーション)が上手く行っていない場合、この国ではいったい何が起こるでしょうか?

援助機関側は役人たちに自分たちのプロジェクトを優先してもらうために、高級ホテルでワークショップを開催して良い部屋やご飯をご馳走してあげたり、国外への視察旅行(先進国へは当然ながら、近年は南南協力という名で近隣のより豊かな国へ連れて行くケースもあります)に連れて行ってあげたり、本来不必要な物品(車など)をプロジェクトの一環で役所に買い与えたり、といった飴の配り合戦が発生します。

役人側からしても、本来援助にはそれが適切に使われるように条件(コンディショナリティー)が付くはずなのですが、「二国間援助機関のJはこんなにいい条件で支援をしてくれるのに、国際機関のUさんはこんな厳しい条件を課すんですかぁ(チラッ、チラッ)?」みたいなことが出来るようになります。

英語にPickyという悪い意味を持つ形容詞がありますが、このような状況を「Donor Picking」と表現します。このような状況が正に「援助機関が競合している」ということになります。これが発生するのは、基本的には予算消化能力に対して援助資金が上回っていて、援助協調が為されていない場合なので、ADBとAIIBが競合するかどうかもこの2点に大きくかかってきます。

今私がいるアフリカと異なり、アジアには最貧国と呼ばれる国が殆どなく、予算消化能力が大幅に向上してきています。私は教育というソフト面が専門なので、ハード面であるインフラについてはよく分かりませんが、アジアはインフラ投資需要がデカいと聞くので、予算をはかせるだけのプロジェクトも成立するんだと思います。このような状況だとそもそも「Donor Picking」が発生しづらいのですが、援助協調(例えば、AIIBとどこかの協調融資の形など)も模索されているようなので、専門分野も地域も異なるので断言はできませんが、ADBとAIIBが競合するようなことはないんじゃないかと思います。

でも、冒頭でも触れたように、日本の旗の数が中国の旗の数に負けてしまうと思う人もいるかもしれませんが、これはそもそも競合ではありません。なぜなら、Donor Pickingが発生していなければ、旗をどれだけ立てられるかは、「援助予算=国の予算×援助予算比率」で決まるもので、競合の結果によるものではないからです。日本は既にGDPで中国の半分以下という経済規模ですし、GNI比のODA比率もOECD諸国は0.7%が求められているのに日本は0.2%未満と他人に手を差し伸べる意思も弱く、旗を立てられないとするとそれは中国との競合の結果ではなく国内事情の問題によります。

なので、ADBとAIIBは競合しないと思いますが、一日本人としては世界中で数多くの日本の旗を立てて、「世界に誇れる日本」であってほしいなと思います。もちろんその旗が貧困削減や人権の保護に貢献しているものであるのは言うまでもない前提条件であるのですが。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。