因果関係と相関関係にうるさい研究者が象牙の塔の住人と化す時

SREEという学会でDCに来ています。大学の先生に加えて、様々なシンクタンクの人が来ているので、それなりに面白い議論を見かけます。これまでで一番面白かったのは、研究者と現場の教員の「因果推論」を巡る議論です。

教育政策の研究をしていると、未だに「プレ・ポスト」(いわゆる、使用前・使用後)で介入効果を論じようとする人達を見かけます。このプレ・ポストは典型的な因果関係とは言えない政策介入の効果を測る方法です。なぜなら、交絡因子をコントロールできていないので、使用前・使用後の違いがその政策によるものなのか、はたまた別の要因(例えば、介入期間に景気が良くなって親の教育支出が増えたとか、国際教育協力であれば、その介入を実施しているユニセフ・オフィスに私が赴任してきてプロジェクトの質が全体的に下がった汗、とかです)なのかが、判別できないからです。

これをクリアするために、この分野の研究者はRCTを駆使したり、IVやDiscontinuityを探すなどの、Identification Strategyに日夜汲々としているわけです。しかし、問題になるのはこの「プレ・ポスト」を巡る現場の先生とのコミュニケーションです。

教育政策の研究者が教室内での教授法を知らないように、現場の先生方で因果推論を理解している方は稀です。このため、「プレ・ポスト」で論じようとする方が少なくなく、長年の経験からある政策介入に「手ごたえ」を感じ取って、「プレ・ポスト」から因果関係を主張されるようです。そして、これを「それは相関関係であって因果関係ではない」と切り飛ばしてしまい、本来より良い教育を目指すためのパートナーである研究者と教員の関係を悪化させてしまう人が少なからずいるようです。

確かにある政策介入のプレ・ポストは因果関係ではありませんが、その政策介入をRCTなどを用いて検証して因果関係が認められた場合、もちろん諸要因をコントロールしているのでプレ・ポストとは効果量がほぼ確実に違ってくるのですが、その政策には効果があったという事になります。こういったケースはしばしばあるようですが、この場合、確かに現場の教員の方々の「手ごたえ」に基づく主張は効果量についてはpreciseさに欠けるのですが、効果の有無に限った0か1かの議論については正しかったわけです。そして、往々にして現場の方々というのはpreciseな効果量に関する議論よりは、効果の有無に関する0か1かの議論に興味があるわけなので、「相関関係であって因果関係ではない」と切り飛ばされたことについて、やはり研究者は現場が分かっていない「象牙の塔の住人」だと憎しみを抱くことになりかねません。

この「相関関係であって因果関係ではない」というフレーズは、頭が良さそうに見えることもあって、最近しばしば耳にすることがあるのですが、自分もかなりこれの使われ方について思う所があったのでこの議論はかなり腑に落ちました。

教育経済学と教育政策研究の大きな違いとして、後者は因果推論やモデル構築だけでなく、政策のimplementation phaseの政治学や政策コミュニケーション(経済学者の言うEvidence BasedのEvidenceが狭義過ぎてむしろ滑稽ですらある事が理解できるのは、政策コミュニケーションを学ぶ大きな利点だと思います。「経験」や「伝聞」もアクターたちにとっては重要なエビデンスであり、そのエビデンスを基に現場の教員たちがStreet LevelのBureaucratとして、新たに与えられた政策に対してどう動くのか、といった事を学びます。因果推論が経験や伝聞よりエビデンスとして優れていて受け入れられて当然だと考えるのは、正直傲慢すぎる感じがします)までカバーしている点が挙げられるかなと思います。私は教育政策研究の分野に属しているので、これを他山の石として、因果推論を巡るコミュニケーションにはよくよく注意しようと思いました。特に、研究者と教員は子供たちのためにより良い教育を目指す同じ志を持ったパートナーな訳ですから、教員の方々の声に謙虚に耳を澄ますのは非常に重要だなと思います。


他にもエコノメからサイコメ(トリックス)への架け橋や、効果量に関する話(いわゆるstatistical significanceとpractical significanceのさらにもう一歩踏み込んだ話)も面白かったのですが…、勉強しなければならないことが山のようにありますね。。。

あと、博論でRCTに行ったら負けだなという感覚が湧き上がってきて、ネパールで使える良い感じのidentification strategyを真剣に探そうとも思いました。ネパールの世間話をしてくれる方も大・大・大募集しています。日本でも確かお寺を社会資本か何かのIVとして何かを分析した研究があるようですが、一見そんなの教育と関係ないでしょ?、なんてものが実は計量分析に重要な役割を果たしたりするんですよね…。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。