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2. N.Y. State of Mind 徹底解説

割引あり

Track.2
N.Y. State of Mind




アルバムのイントロで瞬時にNYのストリートに聴き手を連れ込み、その雰囲気を崩さないまま2曲目が始まる。
アルバムの全体的な完成度的に見てもこの曲順は完璧だと個人的にも思う。
実質的にアルバムの1曲目として位置するがタイトルのN.Y. State of Mindは「NYの精神」、「NY的意識」、「NY的考え方」、「NY的な生き方」などのニュアンスを持っておりNYがどんな場所かをNAS自身の経験に基いて、酸いも甘いも教えてくれている。
ビートは当時すでに大物ビートメイカーだったDJ Premierが手掛けており、このアルバム内で言えば「Represent」の次に提供したビートだ。
そんなDJ Premierも要所で粋な計らいを散りばめており、一例を上げればHookの部分でRakimの声をサンプリングしてる所などだ。というのも、リリース当時も1stアルバムにも関わらずかなり期待されており「Rakimの再来」と言われ「次なるHip-Hopの神が表られた」とさえ言う人も出てきたほどだったので、実際にDJ Premierが意識してたかどうかは本人にしかわかり得ないが結果的にその関連性のおかげでフックでのRakimの声を使ってる意味合いが増すのだ。

DJ Premier (DJプレミア)


ちなみにこの曲は2024年現在でもHip-Hop史上トップレベルの曲として様々な雑誌や評論雑誌の中でも常に上位にランクインしている歴史的な曲なのは言うまでもない。
ファンだけでなく多くの同業者すらも魅了したことでも知られてる曲だが、例えを出すならMain Sourceというラップグループに所属するLarge Professor (ラージ・プロフェッサー)もこの曲がIllmaticの中で一番好きな曲と称し、「NYを余すことなく完璧に表現できており、その濃厚さと純粋さが素晴らしい。NASのファンとして、DJ Premierのファンとして、Hip-Hopのファンとして、もう、それはただただ”イカれてる!”としか言いようがないよ」と絶賛の声を寄せていた。

Large Professor (ラージ・プロフェッサー)


そんな世界中のHip-Hopファンを魅了したN.Y. State of Mind で何を歌ってるのか?
早速解説を始めよう。
※非常に濃厚な内容となってますので覚悟が必要です



Intro


原文:

Yeah, yeah
Ayo, Black. It’s time, word (Word, it’s time man)
It’s time, man (Aight, man, begin)
Yeah, straight out the fuckin’ dungeons of rap
Where fake n*ggas don’t make it back
I don’t know how to start this shit, yo, now,


直訳:

イェー、イェ、(相槌なので意味はなし)
よう、ブラック、マジで時間が来たぞ(マジだな、時間がきた)
そうだよ、時間だよ(わかったよ、始めてくれ)
そう、ラップのダンジョンから直で来たぞ
偽物のラッパーどもなら帰ってこれない場所だ
どうやって始めればいいかわからねぇな、よぉ、行くか…


解説:

ここは曲のイントロ部分でラップというよりは話し言葉でラップの準備をしてる感じだ。
さらに冒頭では誰かと話してる感じで、話相手が誰かは定かではないが声で判断するなら恐らく同じくラッパーであるAZではないかと推測できる。

AZ(エージー)


その会話の中で「It’s time」を連呼してるが、それは単純に「始める時間がきたぜ」とか「準備出来たぜ」的なニュアンスだ。さらに「word」という単語だが、この解説的に直訳すると皮肉にも「単語」だがスラングでは「マジで」や「ガチで」のようなニュアンスである。
会話の途中で出てくる「Black」という単語は直訳すると「黒い」なのだが、これもスラングであり話相手などを呼ぶときに使う言葉である。「Black Man(黒人)」を省略して「Black」にしており、良く聞く「N*gga」の代替え言葉として使う人が特にNYで多かった。
ちなみに「Word」というスラングもお互いの事を「Black」と呼ぶスラングもNY発症のスラングとされているため早速タイトルの「NY的な考え方」を取り入れている。
そこだけで止まるはずもないNASはこのあと「ラップのダンジョン」というフレーズを使ってるが、これはまさしくNYを比喩表現している。
HipHop発症の地がNYということもあり、そんなNYにはスキルが高いラッパーがゴロゴロいる上にそのスキルをもってラッパー同士で日々街角でのサイファーやバトルなどをしてる様な正に「ラップのダンジョン」的な場所として表してるのだ。
これをさらに裏付けるのが次に発した「偽物のラッパーどもなら帰ってこれない場所」というリリック。まさに「本物のラッパーしか生き残れないダンジョン」がNYだと言いたいのだ。
そして、NAS自身がそんなダンジョンで生き延びてる事を冒頭の準備段階で示すことによって曲全体だけでなく、アルバム全体のトーンを定めている部分も歴史的なアルバムと称されるようになる所以の一つである。
最後の「これどうやって始めればいいかわからねぇな」の部分では間を開けてしまってるが、これはラップを録音してる時にNASの本音が出てきたみたいで本当にラップを始める準備が整ってなかったようだ。しかしDJ Premierがラップの開始を示すカウントインを手で始めた為、NASはそのままフリースタイル気味に1バース目をラップし始めたがそれがあまりにも良かったからDJ Premierも「これで終わりでよくね?」みたいな発言をした程出来がよかったという伝説的なエピソードも存在する。
繰り返しになるが、ここからの1バース目はほぼフリースタイルで録音した事を踏まえて解説を初めて行こう。

Verse 1



原文:

Rappers; I monkey flip’em with the funky rhythm, I be kickn’
Musician, inflictin’ composition of pain

直訳:

ラッパーに対して、俺はミュージシャンとして痛みに溢れた作曲を、ファンキーなリズムでモンキーフリップを蹴りながら与えてる

解説:

始め方に戸惑う中バースを吐き出し始めるNAS。
ここでのハイライトは紛れもなく「Monkey flip’em」、「funky rhythm」、「kickin’」、「musician」、「inflictin’」、「composition」でのっけから畳みかけるように韻を踏みまくる所だ。特に「monkey flip’em」と「funky rhythm」での二つずつの単語で韻を踏む所は流石だ。ちゃんとリズムにも乗ってるし言葉のチョイスにも面白味が含まれている。
モンキーフリップはプロレス技であり、わかりやすく言うとお互い立った状態から柔道の巴投げのように足で後ろに投げる大技だ。その大技のフリップとサンプリングした音やラップでの言葉をひっくり返すかの如く変動されるスラングでもあるフリップでダブルミーニングを持たせつつ、まさに言葉をフリップさせてるだけでなく、その後も吐き出したファンキーリズムという言葉通り見事にリズムに乗りながら韻を踏みまくってる。まさにファンキーなのである。

Monkey Flip(モンキーフリップ)


モンキーフリップだけでなく、キックも食らわせてると言ってるがこのキックにもダブルミーニングがあり、蹴るという意味だけでなく「披露する」や「魅了する」みたいなニュアンスも持っているのである。なので「奴らにモンキーフリップとキックで痛みを与える」というそのままの意味として捉えても面白いリリックだが、自身のラップのスキルの比喩表現としての意味もあるところもNASの巧みさを証明している。
痛みを与えると言ってるが、もちろんこれも比喩表現でありここでも「魅了する」、「感動させる」というニュアンスを入れている。
繰り返すが始め方に戸惑ってたとは思えないほど冒頭からかまして来てるのである。

原文:

I’m like Scarface sniffin’ cocaine
Holdin’ an M16, see, with the pen I’m extreme

直訳:

俺は手にM16を持ってコカインを吸ってるスカーフェイスのようだ
そうだ、俺のペンは過激なんだ

解説:

わかりやすいが簡単に言ってNASがペンで書きだすリリックはまるでM16という自動小銃を持ちながらコカインを吸いまくるスカーフェイスのように過激で危険だ!という比喩表現だ。
スカーフェイスというのは1983年に公開されたアル・パチーノ主演の有名な麻薬密売映画である。
トニー・モンタナというコカインの売人である主人公の濃厚な生き様に魅了された当時のギャングスター達の憧れの的となったのは言うまでもない。NASも明らかにそのうちの一人であり、憧れのあまり同アルバム内に収録されている「The World is Yours」という曲もスカーフェイスの影響をもろに受けている。
ちなみにスカーフェイスの影響を受けたリリックはNASに限ったことではなく、様々なラッパーが自身のリリックに取り入れているし、それは2024年現在でも続いている。
まだスカーフェイスを観たことない人はぜひ観る事をお勧めする。

Scarface (スカーフェイス)映画



原文:

Now, bullet holes left in my peepholes
I’m suited up with my street clothes, hand me a 9 and I’ll defeat foes

直訳:

今となっては弾痕が俺の覗き穴に残り続ける
俺はストリートウェアに身を包まてる、俺に9を渡せば敵を倒してやるよ

解説:

このリリックには様々な意味合いが隠されている。
まず「弾痕が覗き穴に残り続ける」部分だが自身の目ん玉、家中にある弾痕、そして銃によって命を絶った仲間たちの事を歌っている。
「Peephole(覗き穴)」という単語のチョイスが粋なのだが、弾痕によって一番安全であるはずの家に覗き穴が残るほど銃の弾が行き交うような危ない地域に住んでる事を歌ってるし、Peepholeは「目」としても捉える事が出来る単語なのでそういう光景を日頃から「見てる」という事も言いたい

さらにPeepholeはPeopleという単語にも聴こえ、ニュアンス的には「仲間」という意味であり、「自分の仲間達に弾痕が残る」というような意味ももたらせていて、多くの仲間達を銃によって亡くした事も言いたいのだ。
一つのラインでここまで意味を持たすのは流石と感心するしかない。
 続くストリートウェアはもちろん当時流行ってたファッショナブルな洋服を身に着けているという自慢もあるが、裏の意味としてはいつでも戦えるっような「戦闘服」を常に身に着けてる事を示唆したいし、実際銃を隠しやすかったり動きやすかったりする服装を当時のギャングスター達は心掛けていたのである。

「俺に9を渡せば敵を倒してやるよ」の部分ももちろんダブルミーニングを持たせてる。
9は9mm経口のピストルの事を指してるのは言うまでもないが、少し前のラインでペンについて述べているため、自身のリリックを描くペンを銃に例えているのは間違いない。
もちろんストリートで生きていく上で実際に銃を持って敵を倒す事も示唆したいけど、他のラッパーを自身の危険なラップスキルで倒せる事も、聴き手を魅了する事も示唆している。

9mm ハンドガン


原文:

Y’all know my steelo, with or without the airplay
I keep some E&J sittin’ bent up in the stairway

直訳:

俺のスタイルを知ってるだろ?エアープレイがあっても無くてもだ!
常にE&Jを持ち、階段で曲がった状態で座ってるぜ

解説:

直訳してしまうとなんのこっちゃわからないので紐解いて行こう。
まず「Steelo」は「Style」のスラングであり自身が持つスキルやバイブス、生き方みたいなニュアンスがある。なのでそれらを全てひっくるめて「俺のやり方を知ってるだろ?」的な意味を持ってる。
「airplay」は「放送」みたいな意味を持ち「ラジオ」の事を指している。当時はインターネットはもちろんなく、ラジオで曲を流す事がラッパー達にとって自身を知ってもらう最大の手段であったのだ。しかし、ラジオで流されるには放送禁止用語やリリックの内容が制限されるので、自分のスタイルを崩してまでラジオに乗ろうと頑張る姿をセルアウト(魂を売る事や売名行為みたいなニュアンス)的に捕らえてダサいと思う人も多かった。なので、ここでは「ラジオで流れようが流れまいが、俺は俺のスタイルを崩さないラップを続けるぞ!セルアウトじゃねぇぞ!」という意識を示しているのだ。

次の「常にE&Jを持ち」の部分だがE&Jはそこまで高くないブランデーであり、高くないお酒を選ぶ事がまさに当時のNASの経済状況を示していてリアルである。さらに「Bent」は直訳すると「曲がった」という意味ですがスラングでは「酔っぱらった状態」を表す。なので、ここでのラインは「俺は常にE&Jを持ち歩き、階段で酔っぱらってるぜ」という感じだ。これは、ただの飲んだくれの様に聞こえるが実はもっと深い。
まずNASが育ったプロジェクト(団地)では貧しい家庭が多いせいでストレスが溜まってる人々で充満していた。家に帰っても大したエンタメがあるわけではなく、あったとしても楽しむためのお金が無いため、階段で安い酒を飲み明かしたり、もっとひどい場合は当時流行ってたクラックコカインでストレスを紛れさせる事ぐらいしか出来ない人も多かったのだ。このラインではそういったプロジェクトの状態を表しているのがまず最初の目的だ
さらに階段で麻薬の取引をする事もあるため、自分の場合は働きながらお酒を飲んでることを描写している可能性も高い。
最後に、ここは行き過ぎた憶測だが「stairway to heaven」(天国への階段)というLed Zeppelinという伝説的なバンドも曲名にするほど有名な言い回しが存在するが、危険をかえりみない濃厚な生き様的なニュアンスが入っている。この言い回しの「stairway」で裏の意味を持たせながらの言葉遊びをしてて「俺は天国へまっしぐらの危険な生き方をしてるぜ」とも言。っていると私は解釈する。
なのでただの飲んだくれではなく、むしろその逆であることを示唆してる深い言葉遊びを披露してくれている素晴らしいリリックだ。

E&J ブランデー


原文:

Or either on the corner bettin’ Grants with the cee-lo champs
Laughin’ at base-heads, tryna sell some broken amps

直訳:

もしくはシーローチャンプ達とグラントを賭けてたり、
ベースヘッドどもを馬鹿にしたり、壊れたアンプを売ろうとしたり…

解説:


ここでも黒人文化特有のスラングや文化などが盛り込まれている。
まず「Cee-lo」というのは当時よくアメリカ全土の街角で見かける事が出来た3つのサイコロを使ったギャンブルだ。ざっくり説明すると出た目によって勝ち負けが決まるゲームであり、ルールはもちろん違うが日本でいう所の「チンチロリン」みたいなイメージを持ってもらえればいい。
 このゲームは昔からアメリカに存在するギャンブルだが1990年代は特に黒人たちが街角でやる事で知られており、当時は「黒人の遊び」のような認識があるほどだった。

「bettin’ Grants」の部分だが「Grants」は「50ドル札」のスラングだ。50ドル札にアメリカの18代目の大統領であるユリシーズ・グラントの顔が描かれている所から来ている。
なので最初のラインは「街角でCee-loを良くやってる奴らと50ドルという高レートで賭け事して遊んでるぜ」と歌っているのだ。こういう事を歌う事によってストリートに生きる黒人達からの共感を得る事はもちろんの事、黒人文化を知らない他人種にも彼らの日常を紹介するという二つの狙いがある。
「laughin’ at base-heads」の部分だが「ベースヘッド」は簡単に言ってジャンキーのスラングである。ちなみに「Base」は数あるコカインの中の一種であり、多くの場合鼻から接種するのではなく燃やして吸う事で知られているタイプのコカインだ。その形のコカインに依存してる人達を「Base-heads」と呼んでいた。
彼らを馬鹿にしていると言ってたが、これにもニュアンスを入れている。まず売人達にはいくつかの暗黙のルールがあってその中で「売り物の薬物には自ら手を出すな」があり、自らジャンキーになってしまうと集中力が欠けたり、売にことよりも自分でやってしまう事を優先してしまう様になりボスや取引先からの信用を無くしてしまうからなのだ。そして硬派な売人には「薬物をやる奴はアホだ」という認識の人も多かった。
なぜなら当時特に問題になってたNYの街並みを汚染してた「クラックコカインエピデミック」があるのだが、クラックコカインでハイになってる人々の多くは生きる気力を無くしたり、クラックコカインを買うためのお金を稼ぐために「なんでも」してしまう様になるのだ。

そのジャンキー達を糧に売人達はかなりのお金を稼いでたので、どうしてもジャンキーを見下してしまう。このリリックはまさにそういう現状をサラッと示している。
続く「壊れたアンプを売ろうとしたり」の部分だが、アンプは車についてるコンポやスピーカーなどの事を言っている。厳密に言って「アンプ」はコンポでもスピーカーでもないのだが車に入ってる音楽を流すための機器をまとめて「amp」と呼んでいた。最近ではスマホをBluetoothで繋げて流せる便利な時代になったが、当時は遊びと見栄を張るために車に高価なコンポやスピーカー、アンプシステムを積むのが流行っていた。その高価な「アンプ」を車上荒らしで盗んで自身で売ったり闇市場に流したりしていたのである。
このラインではさらに壊れたアンプを売りつけるという詐欺まで付け加えてるのが恐ろしいが、これも実際に日常茶飯事的に起きていたのである。

ちなみに余談だが、2000年代初頭、私が大学に通ってた19、20歳の頃フィラデルフィアの少し南にあるアメリカ全土でみても犯罪率が高い方の地域「Camden(カムデン)」の近くに住んでいたが「コンビニで車を止めて、買い物して、出てくる頃にはホイールもタイヤもアンプも全部数分で奪っていけるぐらいの装備を盗人たちは持っている」という噂があるぐらい奴らは本気だし当たり前の事だった。


原文:

G-packs go off quick, forever niggas talk shit

直訳:

奴らは相変わらず嘘を付き続ける中、ジーパックが速攻で売れる

解説:


ここでは以前のラインでの稼ぎ方を続けていて「G-Pack」とは「仕入れ価格が1000ドル以上のまとまった麻薬」という意味だ。「G」が「1000」のスラングで「Pack」は「売る準備が出来てパックされた状態の麻薬」を意味しており、麻薬の種類や量によって値段が変わるが今回は1000ドル以上稼げる麻薬を速攻で売り飛ばせる能力がある事を示したいのだ。
「奴らは相変わらず嘘を付き続ける」の部分は、見栄を張る偽物の奴らが多い事に対してのいら立ちであり、このラインでは「偽物な奴らが多い中、俺はちゃんと稼げるぜ」という意識をNYスラングを交えながらシンプルかつ言葉巧みに詩っている。

Cee-loで遊ぶ姿


原文:

Reminiscin’ about the last time the task force flipped
Niggas be runnin’ through the block shootin’

直訳:

最後にタスクフォースがひっくり返して来た時を思い出す
みんな銃を撃ちながら街中を走り回ってたな

解説:


最初のラインのタスクフォースは麻薬捜査科の突入部隊みたいな感じのイメージを持ってもらって良い。売人達の拠点などを襲撃する部隊の事を言っている。
 当時のNYはクラックコカインを筆頭に様々な麻薬の売り買いが盛んだったのは誰もが知るところだろう。現在も売人達と政府の闘いは続くが取り締まる側の規制などが色々と緩かったため、当時の方が圧倒的に過激な戦いだったのは間違いない。

そんな突撃部隊が自分たちの街を一斉に強制捜査を始めた一大イベントがあったのであろうことが推測できるがNASが本当にそういった事を体験したかどうかは本人しか知りえない。しかしクイーンズで育ったのならほぼ間違いなくそういった場面を少なくとも見かけている事は安易に推測できる。 
 次の「みんな銃を撃ちながら街中を走り回ってたな」の部分は、まさにタスクフォースが一斉に売人の拠点をあちこちで襲撃した際に街中がパニックになった状態を表してる。よく映画とかでも見かける警察が売人を追いかけるチェイスシーンを聴き手にもイメージさせている感じだ。逃げてる売人が銃をぶっ放しながら走っているという日本では想像も付かないような状況を当時のクイーンズでは何度もあったと考えるとどのぐらい恐ろしい街かを想像することも難しい。

(Task Force)タスクフォースのイメージ


原文:

Time to start the revolution, catch a body, head for Houston
Once they caught us off-guard, the MAC-10 was in the grass, and
I ran like a cheetah, with thoughts of an assassin

直訳:

革命を起こす時間がきた、誰かの身体を捕まえて、ヒューストンに向かう時間がな
奴らが俺らの不意を突いた瞬間、MAC-10は草の中だった、
俺は暗殺者の意識を持ちつつ、チータのよう走った

解説:


まず「革命を起こす時」という部分だが、地元を襲撃中のタスクフォースを含む政府と戦う意思の表れなのは間違いないが、このリリックには黒人の歴史が含まれている。
黒人系アメリカ人はご存じの通り歴史的に奴隷や差別という酷い仕打ちを受けてるが、奴隷制度の廃止後も続いた差別に対して様々な人権運動や活動をアメリカのあちこちで国民による団体や政治家などが行ってきた。
その活動は年々過激になっていった。特に60、70年代は人々の分断は激化し、有名どころで言えばマルコムXやキング牧師などの悲劇も数多く生んでいる。
ここでの「革命は」自身の育つクイーンズを取り締まる警察や政府だけでなく、黒人としての人権の革命という深さも込められている。
「Catch a body(身体を掴む)」というのはスラングで「殺害する」という意味である。
 ヒューストンはアメリカの南にあるテキサス州の都市であり、NYからはかなり離れている場所だ。

なのでここのラインは「革命を起こす時間だから、邪魔をする人は政府だろうとなんだろうと戦う覚悟が出来てて、殺害しないといけないならそれまでだ。その後、このクイーンズからは抜け出してヒューストンへとズラかるぜ!」みたいなニュアンスだ。
 次に「奴らが俺らの不意を突いた時」の部分だが「奴ら」が誰かについて議論の余地はある。

タスクフォースか敵対しているギャングメンバーかの2択だが、少し前にタスクフォースと言ってるし革命を起こす覚悟を示した直後のリリックなのでこの時点では私はタスクォースの方がしっくりくると思う。しかし、今のところまだどっちとも捉えられる。
そのタスクフォースの奇襲に合ったが銃であるMAC-10はまだ草の中にあると歌ってるが、MAC-10を持ち歩くのは捕まるリスクが伴うので庭などの草や花壇の中に隠したりしてたことで知られている。
その後の「暗殺者の意識をもってチータの様に走った」は言うまでもなく草に隠してあるMAC-10に向かって走ってる様子を表してる。
それだけで終わるはずのないNASは、ここでも面白い言葉遊びを忘れない。チータは草原などで走るイメージもあるので「草」に隠してるというリリックとリンクさせた上に、黒人系アメリカ人であるNASのルーツはチータと同様にアフリカにあるところで言葉遊びをしているのだ。
さらにチータは一番足が早い動物として知られているので自身の足の速さも表したいのであろう。
ライオンでもなく、革命と関わりのあるブラックパンサーでもなく、チータをわざわざ選ぶあたり。
やはりただ単純に言葉を並べてないのはこういう細かい所に目が行き届いてるところでも見えてくる。

Malcolm X (黒人の人権のために戦ったマルコムX)


原文:


Pick the MAC up, told brothers “back up!” – the MAC spit
Lead was hittin’ nig*as, one ran, I made him back-flip

直訳:


MACを拾い、兄弟たちに「下がれっ!」と忠告した…MACが吐き出す
鉛は黒人達に当たってた、一人は逃げ、俺は奴にバク転をさせた


解説:


直前のリリックを続けてるがチータの如く走った結果MACを拾う事が出来たNAS。直訳のままだが「下がれ!」と叫んだあとMACに吐き出させたみたいだ。
一応述べておくが「Spit(唾を吐く)」は銃を撃つことのスラングである。
なので、ここではとにかくぶっ放してる姿を表すNAS。もちろん鉛は弾の事を言っていてそれが数名の「黒人達」に当たってる事だけでなく、逃げようとしてる一人の奴の背中にも当ててバク転させてる事を表してる。「Back Flip(バク転)」という単語を使う事によって曲の出だしのバースで使った「Monkey Flippin'」とリンクさせてるのはわざとであり、やはり考え抜かれたリリックという事がこういう所で伺える。さらに「Spit(唾を吐く)」は「ラップする」のスラングでもあり、それも確実に意識してると私は解釈する。


このリリックのポイントは「兄弟」と「黒人達」という単語を使っている事だ。少し前のリリックでNAS達の不意を突いたのがタスクフォースなのか敵対ギャングかの2択といったが、「兄弟」も「黒人達」も普段なら警察官や政府の人間に対して使う事は少ないし、タスクフォースなら撃たれたとしても撃ち返してくるはずで、少なくとも逃げはしない。
なのでここでの描写から察するに、恐らく「奴ら」は敵対ギャングメンバーの事を言ってる。
そうであればタスクフォースが襲撃している中、敵対ギャングメンバーとの抗争までしていて街中が危なすぎる状況になってしまっているということになる。
Nワードですらちゃんと深みと遊び心を持たせる所は素晴らしい粋いな計らいなのである。


原文:


Heard a few chicks scream, my arm shook, couldn’t look
Gave another squeeze, heard a click, “Yo, my shit is stuck!”

直訳:


数人の女性の叫び声が聞こえた、腕が振るえ、俺は見る事が出来なかった。
もう一度握りしめ、クリック音が聞こえた、「くそっ!引っかかっちまった!」

解説:


気が付けば数ライン前からストーリーテリングラップが始まっていて聴き手もこの辺でNASが作り上げた世界の描写が脳裏に焼き付かれている頃であり、それを計ったかのようにどんどん危機迫る状況が加速していくリリックにまず脱帽する。
ここではMAC-10を乱射中の描写を続けている。
銃を撃ったことによりもちろんその近辺は緊張とパニックに包まれるわけだが、撃ってる本人の心境を見事に表してくれていて、ここのラインはまず「女性の叫び声が聞こえたけど、それを気にしてる余裕がなかった」という風に受け取る事ができる。

これは女性を撃ってるのかも、敵を撃ってるのかも、誰を撃ってるのかもわからないぐらい緊迫した状況ってことを示していると私は解釈する。そして間の「腕が振るえた」部分は、少なくとも三つの意味があり、MAC-10の反動によって腕が物理的に震える事、武者震いをしている事、そして恐怖によって震えている事、というニュアンスが全て盛り込まれてると解釈する。
自分が恐怖で震えながらMAC-10をぶっ放してるという描写が私は特に好きで、「自分も撃たれるかもしれない事実」と「人を殺めてしまってる罪悪感」が相まって感じがリアルに伝わってくる描写だ。さらに「女性の叫び声」がその恐怖と罪悪感の気持ちを倍増させていて、見事に絡み合うリリックとはこういう事を言うものだと本当に思う。
次の弾が引っかかってしまった描写も見事である。
まずMAC-10は安っぽい銃でありメンテナンスをしっかりしてないと直ぐに弾が引っかかってしまう現象がよく起こることで知られている。なのでギャングスターやMAC-10を使ったことが人からすれば「あるある」なのだ。

もちろん引っかかってる弾の対処撃をしないと撃てないので、無防備な状態になってしまう。
そんな状況になった為「危険度」が増し、先ほどのリリックの恐怖感の味付けがさらに協調されるのだ。
ここでもNAS自身が最強ではなく、殺られる可能性のある一人の人間に過ぎないことをしっかり理解している描写をすることによってリアルさも増している。何度も言うが本当に見事なリリックだ。


MAC-10(マックテン)


原文:


Tried to cock it, it wouldn’t shoot, now I’m in danger
Finally pulled back and saw the bullets caught up in the chamber

直訳:


コッキングを試したが、まだ撃てねぇ、これは危険な状況だ
やっと後ろに引けたら弾がチェンバーの中で引っかかってるのが確認できた

解説:


緊迫した状況はさらに加速する。
このラインでは焦りながらも引っかかった弾に対処をしてる様を描いている。

まずコッキングは銃の弾が通る部分をスライドさせる行為の事を言うが、そうすることによって弾の詰まりが解消することがある。それをしてもまだ撃てないから思った以上に「危険な状況」になっているのだ。
さらにチェンバーは、弾が通る部分の名称なのだが、後ろに引くとチェンバーの中が見えて弾が引っかかってるかを確認する事が出来るのだ。案の定数発の弾がチェンバーの中で詰まってた事を表現してる。「危険な状況」は留まる事を知らず、容赦なく遅いかかってる感じが聴き手にも伝わってくる。

コッキングでチェンバーが見えてる状態


原文:


So, now I’m jettin’ to the buildin’ lobby
And it was full of children, prob’ly couldn’t see as high as I be

直訳:


そして、俺は今ビルのロビーに向かってダッシュしてる
そこは子供で埋め尽くされてたが、恐らく俺が高すぎて見えてなかった

解説:


先にざっくり言うと「銃が撃てなくなったからビルのロビーにダッシュで逃げ込んだら子供がいっぱいいたけど、そんなのを気にしてる余裕がなかった」と言ってるがここでもスラングやダブルミーニングが入ってる。
まず「Jettin’」という単語。直訳すると「ジェット機で飛んでる」だがスラングでは「ダッシュする」という意味である。もちろんここではダッシュとして使ってるが「ジェット機に乗ってる事を意味するJettin’と自分が高い所にいるという意味の「as High as I be」でリンクをさせてサラッと言葉遊びをしてくれてる。
ダッシュした先のビルのロビーはもちろんクイーンズを代表するプロジェクト(団地)のロビーの事を言っている。そこに子供がいっぱいいる描写は当時特に多かった関係ない子供たちまでが流れ弾とかでギャング抗争の犠牲になってしまう問題について触れている。
次のリリック「prob’ly couldn’t see as high as I be 」が何気にかなり巧みなのだが、色んな意味が込められている。まず「物理的にロビーの中にたくさんいる子供たちがNASと同じ身長の高さからこの緊迫した状況を見れてない」という意味、「子供たちがNASの売人としてのステータスでこの状況のヤバさが理解できてない」という意味、さっきのJettin’とのリンクから見て「NAS自身がマリファナか何かでハイになってる状態だったから、この緊迫した状況も相まってNAS自身が子供たちに気付いてない」事を表してるという少なくとも3つのミーニングを入れている。しかもそれを全て「prob’ly(恐らく)」という曖昧な言葉を使う事によって様々な意味がある事までしっかり示唆してきてるのだ。
 ここで終わらないのがNASなのだが「buildin’ lobby」、「children, prob’ly」、「high as I be」で複数の単語を使っての何気に複雑な韻も盛り込んでまいる。正にこういう所で凄さが光り、多数のアメリカ人と同業のラッパーの心を掴んでいる部分なのだ。

クイーンズのプロジェクト


原文:


(So, what you sayin’?) It’s like the game ain’t the same
Got younger nig*as pullin’ the triggers, bringin’ fame to their name

直訳:


(結局何が言いたいんだよ?)まるでゲームが変わったかのような感じだ
若い奴らが自分の名前を売るために引き金を引きまくってるぜ

解説:


ここでも非常に面白い事をしている。
「(So, what you sayin’?) (結局何が言いたいんだよ?)」の部分だが、第三者のセリフかの様に描写していて、さっきまでの緊迫した状況のラップが「NASの意識の言葉」だった事を示している
そしてここを境に意識の言葉の前のNY的な生き様を説明するラップに戻るのだ。
 こういうまるで小説を読んでるかのような細かい技術を韻を踏みつつラップしていくんだから、やっぱりNASは化け物染みた凄さを有している事がわかる。

その後のリリックはほぼそのままであるがNASが悪党や売人の生き方に足を突っ込む奴らがどんどん若くなっていく事を嘆き、悲しんでるリアルな描写である。これもこの時期、特に都会であるNYで多かった事だが10歳前後の若い子達ですら銃を売ったり売人をさせられたりする事が増えてた時期でもある。
この悲しい問題が自分が育つプロジェクトでの現実である事の「痛み」的な部分を「NY的な考え方(N.Y. State of Mind)」を培った数ある物の中の一つでもある事をしっかりと盛り込んでる所が個人的にもかなり印象的だ。
ちなみにこのアルバムのリリースから数年後の1998年に公開されたNASとDMXがダブル主演してる映画「Belly」の中で10代前半の若い売人に対してNASが演じるキャラクターが優しく説教をするシーンも有名であり正にこのリリックがそのシーンの元ネタなのではないかと思うほどである。

DMXとダブル主演した映画「Belly」


原文:


And claim some corners, crews without guns are goners
In broad daylight, stick-up kids, they run up on us
.45’s and gauges, MAC’s in fact

直訳:


そして街角を確保する。銃を持ってないクルーはいなくなり、
スティックアップキッズは真昼間でも襲ってくる
マジで45口径やゲージ、MACとか使って


解説:


ここではさっきの若い奴らが増えてる嘆きを続けて行きながら、例えを出して来てる感じで進めている。
街角を確保という描写は売人としての縄張りを確保する事を表してるが、映画とかでも見かける事もよくある、危険な縄張り争いをガキどもがやっている事が増えてきてるのを示している。
銃をもってないクルーはいなくなるという部分はそのままの意味ではあるが、ここでは「gun(銃)」と「goners(いなくなった奴)」で軽めに音で韻をサラッと踏みながらリズムに乗ってる所が魅力的だ。
「stick-up kids(スティックアップキッズ)」というフレーズはNYで発祥した言葉だが、その辺を歩いてる人たちを無造作に強盗してしまう銃を持った向こう見ずな若い悪党達の事を言う。簡単に言えば「オヤジ狩り」みたいなものだけど銃を持ってる分やられるほうの怖さは倍増する。しかもそれをバレにくい夜とかにではなく真昼間にやっちゃう奴らが多いという事を示すことによってそのガキ達の向こう見ずっぷりを強調している抜け目のないリリックだ。
「run up on us」の「run up」は「襲う」という意味のスラングだ。そして「on us」は「俺たち」という意味だが、これはNAS本人だけでなくプロジェクトに生きる人たち全般の事を言っている。
最後はそのオヤジ狩りにどんな銃を使ってるかを並べてるが、45口径のピストルと、ショットガンを意味するゲージと、さっきNASも使ってた「MAC-10」などをガキどもが使ってると示しており、実際に当時使われてた定番の武器だ。10代の子供たちがそんな恐ろしい武器を持ちながら街を徘徊してる世界は想像しただけでも恐ろしいでしかない。

銃を構える子供


原文:


Some nig*as will catch you back-to-back, snatchin’ your cracks in black
There was a snitch on the block gettin’ nig*as knocked
So hold your stash ‘till the coke price drop

直訳:


中にはたまに立て続けに襲ってくる奴らもいる。暗い夜にケツを襲いにな。
街にスニッチが現れたから色んな奴らが捕まっちまってる
値段が下がるまでコカインの在庫を保持しといた方がいいぞ

解説:


若い悪党の話を続けているが、真昼間だけでなく夜も襲うガキどもがいて、1日に二回も立て続けに襲われる事もよくある事だと示している。これが本当ならNYはとんでもないぐらい怖い街だ。
次の「snatchin’ your cracks in black」というフレーズが面白い。まず「cracks」という部分が「お尻の穴」と「クラックコカイン」というダブルミーニングを持ってる。こうする事によって自分自身が奪われるような描写と、もっていたコカインが奪われてる描写を同時に示せている。さらに「back-to-back」には「立て続けに」の他に「背中合わせ」という意味もあるので「cracks」がお尻にあるので、後ろから襲われている事も裏で示唆している見事さもある。私が述べている事を裏付ける単語として「snatchin’」を使ってるが、これは正に「引ったくる」の様な意味があるので持ってたコカインを瞬発的に取られてしまっている絵が頭の中に浮かぶようにしている。
ここでガキ達の話は終わって次に移ってる。街中にチクる奴が出てきた模様だ。言わずもがなではあるが「Snitch」は「チクり屋」の事であり、警察と取引をしてタレコミをする輩も実際に存在するしほとんどの逮捕がこういうタレコミからの情報に基づいてる。ここのラインでは正にそのチクり屋の情報によって次々に悪党や捕まる人が出てきてる事を示しているだけでなく、売人が多く捕まることによって街の薬物の値段が一気に高値になってしまうことにも見事に触れている。
そのことを次のリリックで実際に述べているがここで注目すべき部分が「coke」を使う事によって先の「cracks」にコカインという意味を持たせてた事も確定させている巧みさである。


原文:


I know this crackhead who said she gotta smoke nice rock
And if it’s good, she’ll bring you customers and measuring pots

直訳:


俺は品質が良いロックを吸うのが好きなジャンキー女を知ってる
で、こいつはもし品質が高かったら客と軽量ポットを持ってくるって言ってるぜ

解説:


 ここで売人としての経験を披露。最初のラインはそのままの意味で常連の女性の事を言っている。ちなみに「rock」はコカインのスラングである。
 面白いのは次のラインで、いくつかの意味合いを入れている。表の意味としては「コカインが良かったらもっと客を紹介するのと、コカインの調理に必要な軽量ポットを上げるよ」と女性が言ってるように捉える事が出来るが「軽量ポット」で言葉遊びをしてて客が増えるからこそ軽量ポットが必要になる事も示唆してるし、その客たちがNASの軽量ポットの中で転がされながらコントロールされる事も示唆している。
 単純により良い品質の麻薬を取り扱う事で売人としてのビジネスが良くなる事と、品質が高い麻薬を取り扱ってるという事も描写することによって「ケツモチ」的な存在とNAS自身が他のギャングや売人達よりも高い地位にいる事までこの二つのラインで伺えるように作られている。

クラックコカインを吸う女性


原文:


But yo, you gotta slide on a vacation
Inside information keeps large nig*as erasin’ and their wives basin’

直訳:


でもよぉ、お前は休暇を取るべきだぜ
内部情報は大物の奴らを消し去って、その嫁たちはベースにどっぷり浸かってしまうことになる

解説:


ここのラインはほぼ直訳通りだ。
以前のリリックに出てきたチクり屋に再び触れており、そいつのせいで今売人としての活動は辞めといた方がいいからその間休暇でも取っとけという事をお洒落。に述べている。何がお洒落かというと「slide on a vacation」というフレーズだ。直訳すると「休暇に滑り混む」なのだが二つの言葉遊びをしていて、一般的な会社員などは有給休暇などを取るときに「take a vacation」という使い方するがNAS達は明らかに普通の仕事の真逆の業界にいるので皮肉っているのと「滑る」という描写をすることによって野球でホームベースに滑り込むではないが、危険な状況を避けるための休暇だって事も表現しているのだ。

そのチクり屋が警察に流す内部情報によって逮捕されるのはもちろん幹部クラスの大物であり警察も小物には興味がないのだ。
これは映画でも良く見れる事だけどギャングを相手にする担当の警察たちは小物には興味ないどころか、敢えて放置する事によって殺し合いや騙し合いをさせるという作戦である事は世にも知られており、小物の売人を捕まえてもキリが無い上に、都市伝説的な考え方を入れると政府がわざとクラックコカインをNYの黒人達のコミュニティーに流し込んで殺し合いをさせているという過激な考えを持つ人も少ないくはない。
真相はともかく、ここでのラインはNASもそのことを意識しての事だと私は解釈する。

チクり屋のタレコミの結果大物が捕まり、その奥さんが寂しさを紛らわす為にコカインの一種である「ベース」という形状の物に手を出してしまうことに至るという悪循環も表現してくれている。
 NASがこういう環境の中で育ってきたと思うと10代でここまで濃厚なリリックを書けたのにもうなずける。

Freebase Cocaine(フリーベースコカイン)


原文:


It drops deep as it does in my breath
I never sleep, ‘cause sleep is the cousin of death

直訳:

深く落とし込まれるぜ、俺の息に影響を与えるほどに
俺は寝る事はない、なぜなら睡眠は死の従兄弟だからだ


解説:


まず最初のラインだが何が深く落とし込まれるのかが重要で、このNYでの過酷な環境の中で体験する全ての経験が深すぎる事を表現しておりその深さが自身の息遣いにも影響を与えてると言ってるが、つまりは遠回しに「この深くて過酷な状況は俺らにとっは息をするかのように当たり前で日常茶飯時なのだ」と言っていると同時に、この過酷な生活にはうんざりしていて深いため息をついてしまう事も示唆している。
ここでは自分の育った地域をレペゼンはしてるけど過酷な状況の辛さも示しているリアルな心の叫びが見え隠れしている。これまでのリリックの中で歌ってきた過酷さが凝縮されて詰め込まれた様なリリックが次に来る。
ここでこの曲だけでなくこのアルバム、いや、NASのキャリアの中でもトップレベルのパンチラインの登場だ。「I never sleep, ‘cause sleep is the cousin of death(俺は寝る事はない、なぜなら睡眠は死の従兄弟だからだ)」。このラインは世界中のファンを魅了したHipHop史上の中でも最高級のパンチラインなのだがHipHopが好きなら知らない人はいないのではないかと思うほどなのですでに色々と知っていると思うがその凄さを紐解いて行こう。
まず、リリックの意味を深堀りせずにそのまま聴いてもカッコ良さが光る事を述べておく。それは大前提だ。「なんとなくカッコいい」という感覚も入ってるのは凄い所でもある。
 寝てる状態と死んでる状態が意識的にも身体的にも似たような状態である事に始まり、もちろん深堀りしても凄い。元ネタはギリシャ神話の眠りの神ヒュプノスと死の神であるタナトスが兄弟である所から来ている。ギリシャ神話の中では兄弟だがNASのリリックの中では従兄弟にしているのには理由があり、その中の一つとしては「does in my breath」と「cousin of death」という複数の単語を使った巧みな韻が踏みたい為だ。さらに、兄弟ではなく従兄弟に変えてNAS的なスパイスを加えた所に遊び心もあって面白いと私は個人的に思う。

眠りの神ヒュプノスと死の神タナトス


 次の意味合いとしては「sleep」という単語での言葉遊び。直訳すると「寝る」なんだが、スラング的には「怠ける」という意味もありNYでは実際に誰かにヤラれてしまったり、ドジを踏んだりしてしまった場合に「寝てた(怠けてた)」という表現を特にギャングや売人たちがスラングとして使っていたのである。なので「俺はストリートでは怠ける事はない!なぜなら怠ける事は死に繋がるからな!」って意味もあるのだ。

次に、実際に夜寝る時も注意を払うぐらい慎重に生きていかないとやられてしまうことも、もちろん示しているが、1994年に公開された映画「LEON」でも殺し屋である主人公が片目を開けて寝るシーンを見ればイメージが付きやすいが、アメリカには昔から「sleep with one eye open(片目を開けた状態でねろ)」という言い回しがあり、これには正に「寝るときですら注意を払う必要があるぐらい緊迫した状況」というニュアンスが含まれている。繰り返しだがNASもこれを意識してのリリックだ。

1994年公開の映画「Leon(レオン)」


さらに、NYが「The city that never sleeps(眠らない都市)」としても知られていて、今回の曲のタイトルのコンセプトである「NY的意識」ともちゃんと結び付けているのだ。この少ない文字数とたった一つのパンチラインの中にここまでの意味とカッコ良さを入れ込むラッパーはやはりもの凄く稀であり「史上最高のラッパー」だけでなく「史上最高のアルバム」と称される事が多い事にも納得が行くばかりだ。

眠らない街・NY


原文:


Beyond the walls of intelligence, life is defined
I think of crime when I’m in a New York State of Mind

直訳:


人生の定義は知識の壁の先にある
俺はニューヨーク的な意識を持ってるとき、犯罪の事を思い出す

解説:


直前の最高級のパンチラインの陰に潜んでしまっているが1バース目を締めくくるこの二つのラインもかなり凄い。
まず「人生の定義は知識の壁の先にある」のラインはいくつかの捉え方が出来る。
 一つ目はどんなに知識を積んで「壁」に当たったと勘違いしても、人生を定義する事が出来ないぐらい人生は深くて複雑である事を示してる。
 二つ目は「知識の壁」を「政府の法律」や「秩序」として捉える事ができ、法律で定義できるほど簡単な人生ではないく、法律にも抜け穴があったり理不尽なものがあったりすることも示唆してるしそんなものを重んじて生きる事はナンセンスだって事も言っている。

最後に「知識の壁」を「頭蓋骨」として捉え、その中に存在する「意識や感情」の比喩でも受け取る事が出来、「自分の人生は自分で創造していくものだ」という深い意味もある。これはタイトルの「State of mind(意識の状態)」と結び付ける事で辻褄が合う。そしてバースを締めくくるラインにもその考えが入っていて、NYを考えた時、NASは犯罪的な要素を取り除く事ができない。なぜならバース内でさんざん示した通りNASが生き抜いてきたNYには犯罪が蔓延ってからだ。そして、バース1では正に「NYで起きる犯罪」について歌ってる事も示してくれている。
この濃厚で考え抜かれたバースを、無茶ぶり的な感じで始められ、フリースタイルに近い状態で歌ったのが本当ならNASのラップスキルはこの時点ですでに神の粋に達している。

Hook



原文:


New York State of Mind
New York State of Mind
New York State of Mind
New York State of Mind

直訳:


ニューヨーク的な意識×4

解説:


ここではタイトルである「ニューヨーク的な意識」が四回繰り返されるが、1990年にリリースされたEric B & Rakimのアルバム「Let the Rhythm Hit ‘Em」の中に収録されている「Mahogany」という曲のRakimのバースをサンプリングしたものを今回のビートを手掛けてるDJ Premier が入れ込んでくれたものである。
言わずもがなだが、Rakimはラップのスタイルを確立した事で知られている伝説的なラッパーであり、当時活躍していたラッパーから余儀なくリスペクトされていた。NASももちろん例外ではない。
 ちなみにNASはこの時まだ若かったが「Rakimの再来」としてHipHop界の中で騒がれていたのでここでRakimの声がサンプリングで入ってるのも運命のいたずらにすら感じる。
 さらに、「ニューヨーク的意識」には「ニューヨークで生き抜くために」みたいなニュアンスや「ニューヨークの現状」的なニュアンスもあり、結構奥が深い言葉だけでなく、ちゃんとNYをレペゼンするという意図もある素晴らしいフックとタイトルである。

Rakim(ラキム)



Verse 2



原文:


Be havin’ dreams that I’m a gangsta, drinkin’ Moets, holdin’ TEC’s
Making sure the cash came correct, then I stepped

直訳:


俺がモエシャンドンやテックを持ってるギャングスターになってる夢を見る
現金がちゃんと入ってくることを確認し、さらに積極的に動いた

解説:


バース2の開始では憧れてる夢を描写してる所からスタート。ちなみに実は最初の4つのラインはIllmatic以前に配ってたデモテープに収録されてる未発表曲「Just another day in the projects(プロジェクトでの何気ない一日)」の最初の4ラインと全く一緒である。
一応伝えておくと、モエシャンドンは有名なシャンパンであり、TECはギャングスター達が多用していた銃の事だ。言うまでもないが「シャンパンを飲めるほど金がある」という事を自慢するのが好きな黒人達は見栄を張るのが好きであり、高級な酒、車、服、アクセサリー、スニーカーなどいちいち高い物を買いたがり見せびらかす傾向にあるがNASはラッパーの中でも自慢をあまりする方ではないし、する時は今回の様に結構サラッとする奴としても知られている。
ここでの「ギャングスター」について、現代では普通のようにあちこちで使われてる単語だが実は一般的にイメージしている以上に重みのある言葉なのである。
日本でいう所の「幹部」的な存在であり自分の事をギャングスターと呼べる人は限られてた。今は老人になってる当時を生きる叔父さん達からすれば、最近ギャングギャング平気で言えてるのが驚きだし、そんな軽々しく言うべき言葉ではない感覚なのである。そこにはギャングスターに対する恐怖と尊敬の意が入っており少なくともこの曲がリリースされた当時は今以上に特別な存在だった事はこのリリックでも伺える。NASもバース1で表現したような人生を送ってるにも関わらず自身の事をギャングスターと呼べないでいるのが何よりの証拠だし、そんな奴がギャングスターになる事を夢見ているほどだ。様々な描写から伺うにギャングスターとは本来、複数人の売人達をまとめ上げ地域の薬物や動きをコントロールする組長みたいな位置なのである。アメリカ的な印象としてはこの曲でも後に出てくるアル・カポネのようなイタリアンマフィアが「ギャングスター」というイメージであり、元々は黒人系アメリカ人たちのカルチャーではなく、近代黒人達がギャングと言うのもむしろイタリアン系マフィアに黒人達が憧れてたことの証明でもあるわけだ。
次のラインでは正に幹部的な仕事を表してるが「現金がしっかり入ってる来るかを確認する」部分はもちろんただ金を数えるのが仕事ではなく、自身が抱えてる売人達がしっかり働くかを確認するという意味も入ってる。忘れてはならないのが、その売人達はバース1で表現したような危険な奴らなのでその難しさを想像する事は出来るはずだ。その後の「stepped」は直訳すると「足踏みをした」だが、スラング的には「攻撃した」や「攻撃的に動いた」などの意味があり、ここは「積極的な動きや活動をした」というニュアンスであり組長レベルになってもスキを見せないどころか、むしろ積極的に活動するようなギャングスターになるイメージを持ってる事を夢見てると言いたいのだ。
NASのお金を稼ぐことに対する貪欲さが伺える素晴らしいリリックだ

一般的なアメリカ人の持つギャングスターのイメージ


原文:


Investments in stocks, sewin’ up the blocks to sell rocks
Winnin’ gunfights with Mega-Cops

直訳:


株に投資をしながら、ロックを販売するために街角を縫い上げる
メガコップとの撃ち合いにも勝ちながら

解説:


ここでも「Just another day in the projects」から持ってきた夢の描写を続けている。
株に投資するのは説明するまでもなく、何歳になっても売人やギャングスターとして生きていくのは現実的ではないのを理解してる事を示しており、将来を見据えてる事も伺えるしこの危ない街で生き抜く意思の表れでもある。

映画「ゴッドファーザー」のマイケル・コルレオーネ


次のリリックでの「Sewin’」という単語は直訳すると「縫っている」という意味だがこれもスラングであり「制御」や「制圧」みたいなニュアンス。が入ってる。これは売人用語でもあって自身の薬物しか取引が許されてない縄張りを持つ事を指しており、そんな事も夢見てる事を描いている。「俺は完全に合法にはなれない、いつまでも悪さをしてしまう」ような意思が入っててマイケル・コルレオーネの様に「完全合法化」という考え方で遊んでくれてる感じだ。繰り返しになるが個人的にゴッドファーザーを意識してるのは間違いないと思うが、あくまでも個人的な解釈だ。
次のラインでは「メガコップ」という面白い単語を使ってる。「Cop」はもちろん「警察」なのだが「Mega」を付ける事によって二つの意味を持たせてる。まず「大きい」という意味だが、これは「偉い警察官」と戦うほどのギャングスターになってて、その戦いに勝つ事も示唆したいし、「多くの」警察官と撃ち合いまくって勝ちまくるという夢を描いている。
もう一つ面白い所だがここまでの4つの夢見るラインは、バース1の終わりに出てきたあの伝説的なパンチライン「I never sleep, ‘cause sleep is the cousin of death 」ともリンクさせていて「寝ないって言ったのに夢を見てる」という遊び心も披露してくれてるのだ。
メガコップも、睡眠は死の従兄弟と夢見るリリックをリンクさせた部分も、相変わらず抜け目なく遊び心も盛り込んでくるNASのリリックはやはり完璧としか言いようがない。
ちなみにビートを手掛けるDJ Premier もここで面白い事をしてるが、ここまでNASの「夢」を描いた4つのラインを歌ってる間、ビートの中で終始鳴ってた特徴的なピアノの音を取り除いている。そうする事によって「夢を見てる感」を増すという、非常にいぶし銀な仕事っぷりも発揮してくれてる。
ラップのリリックだけでなくDJ Premier のビートも神がかってて、それ故世界中の人も魅了される他ないのだ。

原文:


But just a nig*a walkin’ with his finger on the trigger
Make enough figures until my pockets get bigger

直訳:


でもただの引き金に指を添えながら歩いてるニ○-だ
ポケットがもっと大きくなるまで稼ごうとしてる

解説:


ここで夢から覚めて現実に戻るNAS。ビートでもピアノ音は再び鳴り出し、全てが元通りに進む。
直前のリリックの様な生き様を望むNASが現実的にはギャングスターからは程遠く、ただ銃を持った一人の黒人である事を示してるが、これこそがリアルである。当時西海岸で流行っていたギャングスターラップみたいに、自分がギャングスターである事を歌わず、逆にあくまでも「一人の黒人」である事を認め、その目線で歌ってるのがここでも伺える。これはさっきも述べたがあまりのリスペクトから、自らをギャングスターと名乗る事の重みを理解してる事の表れであり、これこそリアルさを感じる部分である。この時期のNYの作品が未だに愛されてるのはこういう所に共感を得てるのも関係していると個人的にも思う。
さらに、次のラインでもお金をまだ稼ごうとしてる描写をしてるが、同時に逆に今はお金がそんなにない事も認めてるのだ。
忘れてはならないのがこのアルバムがNASのデビュー作であること。この時のNASは言うほどお金持ちではなかったのはむしろ当たり前の事である。皮肉にも最近のMVでも良く見かける多くの高級品、高級車、お金のバラまき行為などの煌びやかな世界観は結局「演出」である事が多いのももはや当たり前に認知される世の中になっているが、それを理解せずにMVで見える全てを信じてしまう視聴者は「ラッパーって稼いでるんだ」という勘違いを持ってしまうけど、実際には稼げてるラッパーは一握りであり、同解説内でも述べたが、黒人達は見栄を張るのが好きという部分も、こういう現状にも表れている。
しかし、NASに関してはそれがなく、逆に自身の状況をリアルに歌ってる事が伺えるし、やはり聴き手の共感を得る部分である。

当時のNAS。当時のNYのその辺で見かけそうな質素な服装が特徴的だ


原文:


I ain’t the type of brother made for you to start testin’
Give me a Smith & Wesson, I’ll have nig*as undressin’

直訳:


俺はお前に簡単に試される様なブラザーじゃねぇぞ
俺にスミフ&ウェッスンを渡せばニ○ー達を脱がせてやるぞ

解説:


ここでは直訳通り、NASがふざける様な相手じゃない事を述べている。「brother」はもちろん黒人同志で呼び合う言葉であり、ここでも「兄弟」ではなく「黒人」ってニュアンスで使ってる。
スミフ&ウェッスンは言うまでもなく銃のメーカーである。その‘銃を使って人に服とか靴とかを脱がせるのはもちろんの事だが、ここでも抜け目なく面白い事をしていて、1バース目で述べていた「スティックアップキッズ」と同じ行動を自分でもしている事で伏線を回収した形でしっかりリンクさせているのだ。そしてやはり自分はギャングスターではなく、ただ過酷なNYのストリートで生き抜く黒人である事も念を押しているリリックでもある。

Smith & Wesson



原文:


Thinkn’ of cash flow, Buddha and shelter
Whenever frustrated, I’ma hijack Delta

直訳:


常に金の流れとブッダとシェルターについて考えてる
イライラする時は、いつもデルタをハイジャックしてる

解説:


最初のラインは簡単にいって「お金と大麻と家」の三つが人生において優先順位が高い事を述べてるが「Buddha(大麻)」と「Shelter(シェルター)」というスラングを使うあたりがお洒落だし、次のラインの「Delta」としっかり韻を踏んでるのも抜け目ない。ちなみに一応述べておくと、シェルターっていうのはもともと「危険から身を守る」場所なので「NYという危険な街から身を守る」という意識も入れている。
次のラインが結構色んな意味を持たせてる。まず表面的な意味としては直訳のまま「イライラしてる時は飛行機をハイジャックする」というとんでもない意味だが、もちろん本当にデルタ航空の飛行機をハイジャックするわけではない。実はHip-Hopの歴史の中でも伝説的な曲として知られてる「Grandmaster Flash & The Furious Five」の「The message」という曲の中に「Sometimes I think I’m going insane, I swear I might hijack a plane(たまに俺は精神がイカれてるのかもと思ってしまう事が自分でもある、マジで飛行機をハイジャックしちゃいそうなほどだ)」という歌詞があるが、あきらかにオマージュをしている。
 もちろんNASがここで終わるわではない。実は70 年代~90年代の間デルタ航空のハイジャック事件が相次いでいたのでわざわざデルタ航空という言葉を選んでるのである。特に印象深いデルタ航空をハイジャックした事件の中で、1972年に起きた「Black Liberation Army(黒人解放軍)」という、ざっくりと説明すると黒人の解放と自由のためにアメリカ政府に戦争を仕掛けた事でしられている団体によるデルタ航空ハイジャック事件だ。聖書の中に銃のパーツを隠し持って飛行機の中に忍ばせた事で世界中に衝撃を与えた事件だった。ちなみに犯人たちはアメリカからアルジェリアに飛行機を飛ばして一旦捕まるも、数年後には釈放されて海外で普通に生活していた様だ。

NASは自分が黒人である事と常に向き合い、それが色濃く歌詞の中にも表れてる事でも知られるラッパーの為BLAによるハイジャック事件も意識していると思われる。
さらに言葉遊びをしてるが、直前のラインで「Buddha」を使ってるので、「hijack」という単語と掛け合わせて「大麻でハイになる」という意味も入れているのは間違いないので「イライラした時はブッダを吸ってハイジャックするぜ」というお洒落な言い方でイライラした時は大麻を嗜む事を示してくれてる。
本当にいちいち抜け目のないリリックだ。

デルタ航空



原文:


In the PJ’s my blend tape plays, bullets are strays
Young bitches is grazed, each block is like a maze

直訳:


プロジェクトの中では俺が混ぜたテープが流れる。弾は流れ弾
若くて女々しい奴らは引っ叩かれ、まるで迷路のような区域ばかりだぜ

解説:


最初の「PJ」はNASが育ったプロジェクトという意味のスラングだ。その中で「自分がブレンドしたテープ」が流れていると表現してるが、これはもちろんNASのデモテープの事を指ししてる。Hip-Hop業界では「ゲトーに住む黒人達」にこそ聴いて欲しいし、自身のラップや曲を認めてもらいたい意識がある。もちろん白人に聴いてもらわないと売れないし、逆に売れてる曲ってのは白人達が聴くかどうかで決まる部分まである。しかし、「白人にしか聴かれてない曲」だとストリートに生きる黒人のリスペクトは得られない。結果論としてNASに関しては「白人にも聴かれて売れたが、ストリートからのリスペクトも得」ているという感じであり、ラッパーの中でも一握りしかいない極上のステータスにいるのだ。とはいえ、少なくともこのIllmaticというアルバムから捉えると、NAS自身はストリートに住む黒人をしっかりと意識して、ストリートにリスペクトを与えてる内容なので「セルアウト」の気持ちは微塵にも無い様に個人的には感じるのが、ここでのリリックに現れているのだ。要は「ストリートで聴かれてる」事を強調するという何気ないリリックだが、そういった深さも魂として入ってるリリックでもある。
「弾は流れ弾」という良くわからない発言をしてるが、簡単に言って「流れ弾が飛び交う様な街だ」という事を「stray」という単語を使っての遊び心も入れてるリリックだ。「stray」は「野良」という意味もあり、野良犬の事を「stray dog」ともいうので銃の弾が野良犬などの様に街中で生きてるという表現もしたいのと、続くラインでの「maze」と「starys」で韻を踏みたいのもあるからこのフレーズを使ったと私は解釈する。
続く「Young bitches is grazed」の「bitches」という単語は本来なら「女性たち」という意味のスラングだが、ここでは「女々しい男」の事を言ってる。そして、この街では女々しい奴らは引っぱ叩かれるのがオチだ、という意味である。
最後の「迷路のような区域」の部分は、物理的に自身が育つクイーンズはどこを歩いても迷路の様だと伝えたいのはもちろんだが、精神的にもクイーンズの街を歩くのは迷路の様に疲れるという表現でもある。さらに曲の中で「縄張り」のニュアンスを複数使っていたので「縄張りが色々あって迷路の様に覚えるのが大変だ」って事も意味合いとして入れているという見事なリリックでもある。

原文:


Full of black rats trapped, plus the island is packed
From what I hear in all the stories when my peoples come back

直訳:


罠に掛かった黒いネズミだらけだ、しかも島も一杯みたいだ
戻ってきた奴らから聞く話によるとな

解説:


まず「black rats」が何かを説明するが簡単に言って「黒人のチクり屋」という直訳だ。そういうチクる様なイケ好かない奴らで街が充満してる事を言いたいのと同時に、自分はそういう奴ではない事も協調しているのだ。
 続く「island is packed 」の「island(島)」は、ライカーズ島というクイーンズのすぐ近くにある刑務支所がある島の事を言っている。

さらに次のラインではそのライカーズ島にある刑務所から帰ってきた奴らの話によると刑務所の中も「黒いネズミ」が充満している事を聞く、というリリックだがここでは「刑務所の中もシャバも大して変わらない」ことを述べていて、その中で生きてる事を示している。

刑務所しかない事で知られてるNYのライカーズ島



原文:


Black, I’m livin’ where the nights get jet-black
The fiends fight to get crack, I just max, I dream I can sit back

直訳:


黒人よ、俺は夜が真っ暗になるようなところに住んでいる
ジャンキー達はクラックの為に喧嘩するけど、俺はチルする、そしてリラックスしながら夢を見る

解説:


まず、「black(黒)」は黒人という意味のスラングである。ここでBlackを使ってるのは、さっきのラインでの「black rat」と、ここで使ってる「Jet-black」を絡めて言葉遊びをしているが、Jet-Blackは「真っ暗」という意味であり、表の意味としては直訳したままだが、もう一つ面白い事をしていて、いくつか前のラインでのデルタ航空と「Jetジェット機」とでリンクさせており「俺は夜もハイになる」的な事も示唆しているが、これは次のラインでさらに信憑性が増す。
ジャンキーがクラックコカインの為に喧嘩しているというリリックはそのままの意味だが、ここでそれをいう事によって、さっきのJet-blackは「真っ暗な夜にジェット機の様にハイになる」という意味合いもあったことを強調させたい為でもあるし、ジャンキーが街でコカインの為に喧嘩してるシーンのイメージを聴き手にさせたいのと同時にそんな出来事が日常茶飯事であるような場所で育ってる事も伝えたい感じだ。
次の「max」という単語は「ゆっくりする」や「チルする」などといった意味のスラングである。さらに「リラックスしながら夢みる」と言うことによってバース2の冒頭で表現してた「夢」と結び付けていて、自分のまわりではジャンキーが喧嘩したり流れ弾が飛び交う中、大麻でハイになって精神を安定させて「ギャングスター」になったり人生が良くなる「夢」を描いている事を示している。

原文:


And lamp like Capone, with drug scripts sewn
Or the legal luxury life, rings flooded with stones, homes

直訳:


そして、ドラッグの台本を縫いながらカポネみたいにランプするか
ラグジュエリーな合法的な人生を歩み、リングは石で水浸しだぜ、仲間よ

解説:


ここは直訳のままじゃ意味がわからないニュアンスが多数含まれている。
まず「ドラッグの台本を縫う」という表現は「ドラッグで稼ぐ作戦を練る」というニュアンスとして捉えられる。「Capone」はアル・カポネというアメリカの禁酒時代に一世を風靡した超有名なイタリアン系のギャングスターだ。その偉大なギャングスターを夢見てるわけだが、これは直前のリリックで述べていた「夢」を表してくれてるのは言うまでもない。

夢は続くが次のラインでは合法的な人生を優雅するのも悪くないと述べたあと「リングが石で水浸し」という表現をしてるが、これは「指輪がダイヤモンドで埋め尽くされている」というニュアンスだ。最後の「homes」はダブルミーニングがあり「仲間」を意味する「homie」を省略した言葉でもあり「家」という意味もあるので「こんな夢もいいよな、仲間よ」という感じで聴き手に夢を語ってくれてるのと「豪邸に住みたいよな」という夢を見てることをかけている。


原文:


I got so many rhymes, I don’t think I’m too sane
Life is parallel to Hell, but I must maintain

直訳:


俺はライムを多く持ちすぎてて、正気を保ってられなくなりそうだ
人生は地獄と並行してるが、俺は維持しなくてはならない

解説:


最初のラインはほぼ直訳したままだが、ニュアンス的に「ライム出来過ぎて精神的に病んでる」感じだが、もちろん「病んでる」のは誉め言葉であり「イケてる」と捉える事ができる。
次のラインの「人生は地獄と並行」という部分に深みがある。この曲の中で幾度となく説明してきたNYのカオスっぷりは正に地獄の様であり、そこで育つNAS達にとってはそれこそが人生であるからこそ常に「並行」して隣り合わせにある描写だ。これは個人的な意見だが「この世は地獄である」という仏教的な考え方も入れてると思う。というのも、NASはキリスト教、イスラム教、仏教など様々な宗教の勉強をしてるのが明らかであるぐらい歌詞に盛り込む事でも知られていて「人類の起源」もさることながら「黒人の起源」についてかなり興味を持ってそうなリリックが多い事でも知られてるラッパーだ。そして、この曲の中でも「Buddha」を多様してるので、仏教を意識するのは自然な事ではないかな?とも思うが、ここはあくまでも私個人の解釈なので悪しからず。
ラインの最後にはその中で精神を維持しないといけない事を歌ってるが、だからこそ曲の中で何度も歌ってる「buddha(大麻)」を吸って落ち着く必要があるのだ。
ここでその描写をしてる事からも仏教的な考えも意識している事が伺えるわけである。


原文:


And be prosperous, though we live dangerous
Cops could just arrest me, blamin’ us; we’re held like hostages

直訳:


そして豊かな人生を送ろうぜ、危険な人生を歩んでるけどな
警察はいつでも俺を逮捕出来てしまう、俺らのせいにして、俺らは人質に取られてるぜ

解説:


ここは直前のラインの続きだが、直訳したままである。曲の中で描写してくれたような危険な人生を歩みつつ、その中でなるべく豊に生きていけるために努力する意思の表れであり、自分自身と共に、一番聴いて欲しい「ストリートに生きる人」に対して希望を与えるエールでもある。
希望を与えた後すぐに現実の過酷さを思い出させてくる飴と鞭のような事をしてくるが、次のラインでは黒人としてアメリカで生きる事の不公平さを表している。
それでこそこの解説を書いてる2024年現在では少なくはなってるが、1990年代はまだまだ「黒人ってだけで」逮捕されるケースが非常に多かった。ここではそこに触れている。売人同士の抗争だけでなく「いつ、どんな理由であろうと警察に捕まってしまう可能性がある中で生き抜く」アメリカで黒人男性として生きる過酷さを表している。そんな中でどうにか頑張って豊かな人生を手に入れることこそ一人の黒人であるNASの夢なのだ。

原文:


It’s only right that I was born to use mics
And stuff that I write is even tougher than dykes

直訳:


俺がマイクを使うために産まれたのは然るべきだ
そして俺が描くものはダイクよりタフだぜ

解説:


最初のラインは直訳したままの意味だが、ニュアンス的には「ここまで過酷で理不尽な環境の中で生きるから、神様が俺にマイクの使い方を授けたのは不思議ではない」という天は二物を与えない的な感じであり、簡単に言えば自分のラップスキルの凄さは産まれながらのものである自慢をお洒落に表現してくれてる。
次のラインでは「dyke」という単語で言葉遊びをしている。まずわかりやすい意味では「レズビアン」のスラングであり、アメリカでレズビアンは普通の女性よりもタフなイメージがある事から「タフ」と結び付けている。二つ目は「堤防」という意味もあり「広大な海を妨げるほどのタフさ」というニュアンスも入れての面白い言葉遊びなのだ。もちろん「mics」ともしっかり韻を踏んでるのも言うまでもない。

堤防



原文:


I’m takin’ rappers to a new plateau, through rap slow
My rhyme is a vitamin held without a capsule

直訳:


俺はゆっくりとラップすることによってラッパー達を高地へと連れて行ってる
俺のライムはカプセルが無いビタミンみたいなもんだ

解説:


最初のラインは直訳のままでありNASの比較的ゆっくりとしてて言葉が聴き取り安いラップのフロウによって様々なラッパーが触発されてHip-Hop業界のレベル向上に貢献している事を示してるが、実際にこのアルバムによってHip-Hopのレベルが向上したのは間違いなので説得力しかない。
次のラインはかなり色んな意味で盛られてる。まず、自分のライムが聴き手に良い栄養を充てるビタミンだという事を示唆してるのが大前提だ。
普段ビタミン剤が入ったサプリメントなどは錠剤だったり、カプセルに入った物を飲み込んで接種するものだが、ここではそのカプセルの中身のビタミンしかないようなライムだと言っているこれは「Raw(生々しい)」という単語を連想されているが、Rawは「新鮮」なので、自分のライムスキルが「フレッシュ」だという事を遠回しに言いたいのだ。
次に、NASはデビュー前「Nasty NAS(汚いNAS)」というラップネームで活動をしていただが、カプセルを使わずビタミン剤をそのまま摂取する事の「汚さ」を表していて、もちろん「Nasty(汚い)」はカッコいいというニュアンスのスラングだ。
さらに、ビタミン剤だけだと見た目的にコカインやヘロインのパウダーの形状にも似ていて、そういったハードドラッグのをスラングで「Dope」と呼ぶことがある上、Dopeには「カッコいい」という意味もあるので、「vitamin held without a capsule(カプセルに入ってないビタミン剤)」という長めのフレーズを使って「Dope」というスラングを表すという、聴き手の脳みそがぶっ飛ぶほどの描写までしてくれている。
もう一つ、私の個人的な解釈ですが「Capsule(カプセル)」という単語を「頭蓋骨」の比喩表現として使ってて「自分が頭で構成したライムが口から飛び出て聴き手の耳に栄養を与えるビタミン剤の様だ」という意味合いも入れているのではないか?と思う。
 本当に全てのラインとリリックに抜け目がなさ過ぎて解説してる私のカプセルが爆発しそうであることは言うまでもない。

カプセルの中身


原文:


The smooth criminal on beat breaks
Never put me in your box if your shit eats tapes

直訳:


ビートブレイクに乗ってる滑らかな犯罪者
お前のクソなボックスがテープを食べるようなら絶対に入れるなよ!

解説:


最初のラインは誰もが知る有名な「Michael Jackson」の「Smooth Criminal」という曲へのオマージュであるのは間違いなく、NAS自身が黒人カルチャーにとってヒーロー的存在なポップの神様であるMJぐらいの凄さがある事を示唆してるだけでなく、曲の中でも歌ってきたが自分が犯罪者としても優れていると表現しているというわかりやすい言葉遊びだ。

マイケル・ジャクソン


 MJの様にリズミカルなフローでブレイクビーツに乗ってると述べてるわけだが、Hip-Hopって言うのがそもそもブレイクビーツの上にMCをする所から始まってるのでHip-Hopへ対するリスペクトもしっかりと与えている。

ちなみにDJ Premier がここでまた、いぶし銀で粋な仕事をしてくれてるが、このラインの間だけ上ネタを切って、ブレイクビーツであるドラムだけを流してくれている。こういう仕事をしてくれることによってビートを制作してる時にしっかり歌詞も意識してくれている事がわかる。
次のラインもかなり言葉遊びをしている。ここでは時代を感じるが2024年現在、カセットテープを聴いてる人は圧倒的に少ないと思うので、説明をする必要がある。

ブームボックス


まず「ボックス」はカセットテープを流すための機械であるカセットデッキの事を指している。そのカセットデッキがクソの様に安い奴なら俺のミックステープは入れるなよ!と忠告してくれてるのだが、安いカセットデッキだと、カセットテープを繰り返し再生しすぎると、テープがカセットデッキに絡まってしまって、聴けたものじゃなくなる現象が起きてしまい、それを「eat tape(テープを食べる)」という表現を実際にするのだ。
なので、ここでは「俺の曲が良すぎてリピートで聴きまくってしまうから、もしお前が持ってるカセットデッキが安物なら絡まってしまうから俺のテープを入れない方がいいかもな!」という忠告をしてくれてるという面白さがある。

eat tape テープが絡まってる状態



原文:


The city never sleeps, full of villains and creeps
That’s where I learned to do my hustle, had to scuffle with freaks

直訳:


この街は寝る事がなく、悪人と変人が蔓延る街だ
俺はそんな状況下で売人のやり方を学ぶ必要があった、変態とかと喧嘩をしないといけない事もあった

解説:


ここであの歴史に残るパンチライン「睡眠は死の従兄弟」の中に盛り込まれてる数ある意味の中の一つをサラッと示してくれながら、この曲のテーマであるNYの別名「The city that never sleeps (眠らない街)」を使うという言葉遊びと共に「自分も街も眠られないほど常にスキを見せれない緊迫した環境」だという事も示すという抜け目ないリリックを披露。さらに悪人と変人が蔓延る街という事により危険度を増している。
次のラインこそ伝えたい事でありNASがそんな想像を絶するほどの環境の中危険な売人をしている事を示しており、実際「変態」と喧嘩をしたこともあると述べている。普通に考えて単純に強い奴より「変態」と喧嘩するのは怖い。なぜなら銃社会であるアメリカでの喧嘩では「変態」は何をしでかすかわからないからだ。

原文:


I’m an addict for sneakers, 20’s of Buddha and bitches and beepers
In the streets I can greet ya, about blunts I teach ya

直訳:


俺はスニーカー中毒者であり、20個のブッダもビッチ達もポケベルも持ってるぜ
ストリートではお前を迎え入れる事も出来るし、ブラントについても教えれるさ

解説:


ここで少し路線を変え街ではなくNAS自身に注目したリリックになる。まずスニーカーの中毒者はそのままの意味だが、黒人達の多くはスニーカーが非常に大好きだ。定番であるエアジョーダンやナイキのエアーフォース1の売れ行きと値段を見れば一目瞭然だ。スニーカー好きというのはもちろん「お洒落は足元から」的な考えもあるが、貧しさも関係している。というのも貧しい黒人が多かったから「お金を持ってる黒人」に憧れるのは凄く当たり前の事であり、ほとんどの黒人が「金持ちに見られたい欲」が他の人種と比べて多い気が個人的は感じる。すくなくともアメリカの中ではそうだ。この解説でも何度か述べたが、単純に見栄を張るのも他の人種と比べて多い気もする。スニーカー好きが多いのはそういうメンタリティーからも来ていて、少しでも汚れたらスニーカーを磨く癖も「常に新品の靴を履いてると思われたいから」なのである。

Illmaticの前の年、1993年にリリースされたAir Jordan 8


続くラインではまず「20’s Buddha」はスラングであり「20ドルで売られてる大麻パケ」の事を言っている。そして20ドルの大麻は結構高くて、NASが品質の良い大麻を持っている事と、ここでの「bitches」は実際に女性の事を言ってるので女性からモテてる事、そしてポケベルを持ってて大麻も女性もポケベルを使えば簡単に手に入る事を示している。ちなみにポケベルを持ってるのも当時ではステータスであり、羨ましがられていた。

アメリカのポケベル


ここではさらにBuddhaもBitchesもBeeperも全部「B」が頭文字であることで結びつけるというちょっとした遊び心まで入れてきてる。
次のラインで「街に迎え入れる事が出来る」と言ってるが簡単に言って「ストリートで顔が効く」ことも示したいし「俺が面倒みてやるよ」的なニュアンスも入ってる。ちなみに言うまでもないがこの曲の中でも表現してるほどの危険な地域を一人で歩くのは賢明ではないし、そんなストリートで顔が効くNASは中々のステータスだ。
最後は大麻の吸い方についても教えてやるぜと単純に言ってるがこのアルバムのほとんどの曲の中で大麻の事を述べてるほど好きだという事も伺えるし、当時のアメリカではまだまだ大麻は完全に違法な物だったので「悪い事をやってるイケてる感」が出したくて曲の中に盛り込むラッパーが多かったのは否めない。とはいえ、パブリックエネミーなどの様にこの時期のHip-Hopは反骨精神的な要素を含む曲も多かったので政府に盾突くのがカッコいい感じの空気も確かにアメリカで全体的に存在していた。

原文:


Inhale deep like the words of my breath
I never sleep, ‘cause sleep is the cousin of death

直訳:


俺の言葉の息のように深く吸い込め
俺は眠らない、なぜなら睡眠は死の従兄弟だからだ

解説:


最初のラインはさっきの大麻についての下りを続けながらさらに深みをもたらせているが、まず大麻を深く吸い込む事を示唆したいのは明らかだ。
だがもちろんそこで終わらず、自分の吐き出すリリックの意味があまりにも「深い」事と、その意味を聴き手が「深く吸い込む」事も表現してるし、大麻を深く吸い込むからこそ深いリリックを書けている、という事まで示唆している。それを裏付けるのが、自分が吸い込んでるようにも捉える事が出来るし、聴き手に深く吸い込めと指示してるようにも捉える事が出来るように敢えて書いているところだ。
次に再びあの歴史に残る名パンチラインを披露。しかも1バース目と全く同じ最後から3つ目のラインというタイミングで出してくるあたりは流石である。基本的に意味は1バース目の時と同じであるが、2バース目の内容も考慮すると1バース目よりも深みが増す気もしてくるのは私だけでしょうか…。

原文:


I lay puzzled as I backtrack to earlier times
Nothing’s equivalent to the New York state of mind

直訳:


俺は若い頃を思い出すと疑問(パズル)に思いながら横になることもある
NY的意識と同等なものはこの世に存在しない

解説:


最初のラインは「lay puzzled」というフレーズが入ってる為に直訳が難しい。ここでのLay puzzledには二つの意味があって最初のは直訳した通り「横になりながら疑問に思う」だが二つ目の意味は「パズルを組み立てる」である。なのでここでは「昔を振り返ると、ここまで生き延びたのが不思議だ」的な事を言ってるがここまで曲の中でさんざん描写してきた街の過酷さを振り返り、自身がその中で生き抜いたのが奇跡的だから理解が出来ない的なニュアンスである。その出来事を振り返る行為こそ「laying puzzles(パズルを組み立てる)」と言うのだ。この疑問を胸に「NYという過酷な街で育った奴の意識(生き様)は唯一無二だ」という結論に最後のラインで結びつけて曲を綺麗に締めている。この言葉にはNYの理不尽さや過酷な環境を認めた上で、NASがそんなNYにも誇りをもってレペゼンしている事もしっかりと示してくれている。

最後に

 N.Y. State of Mindの感想だが、言うまでもなくかなりの名作だ。ここまで細かく紐解いてもまだ足りてないほど深いリリックには脱帽するしかない。本場のアメリカでもここまでのリリックを書けるラッパーは少なく、しかもそれを19歳という若さで描いたという…。
 早い段階でラッパーとしての志を諦めた私が言うのもなんだが、もっとこういう凄みをちゃんと研究し、理解するラッパーが日本で増えて欲しいと切に願うばかりだ。
 私事ではあるが、この解説は正しくそれが狙いなのである。本場のリリックを日本語で徹底的に紐解く事でダブルミーニングや比喩表現だけでなく、ニュアンスやスラング、文化などまでを伝えていき、その凄さを理解してもらう。そういう人が一人でも日本で増えたら、日本のヒップホップ業界のレベルの向上に繋がると私は信じている。
 ラッパーのリリックの向上と聴き手のリリックの理解度。そのどちらも上がれば本望なのである。NASはたまたま危ない地域に生まれ育ったが、それはあくまでもNASの中のリアルを歌っているだけだ。それぞれのラッパーがそれぞれのリアルを歌うことこそが重要であり、必ずしも「悪い」事は歌うべきではないとも思う。
もし、この解説を読んで頂けたラッパーがいるなら呼びかけさせて頂く。「この解説を参考にして、自身のリアルを、なるべく高レベルな言葉遊びで世に届けてくれ!」。いちHip-Hopファンとしての純粋な願いだ。



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