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新刊無料公開vol.4「役所の誤算、自立する民間」 #地元がヤバい本

※この記事では、11/15に刊行された『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)の発売記念として、本文を一部無料公開します。

「それでは、開会のご挨拶をお願いします」
市長が壇上にあがって挨拶を始めた。 イベント当日はあいにくの雨。地元のテレビ局が予定どおりに取材にきて、ご当地アイドルグループが各店舗を回っている。
パイプ椅子が並んだイートインコーナーには、まばらに人がいるだけだった。昼時にはB級グルメを求めて少しばかり人が増えたものの、となり近所と似たような企画に住民も飽きてい るのか、期待していたような人数は来なかった。必死で市役所が動員に回った関係者の数のほうが多く、だらけた空気が会場に漂う。新たに開発されたB級グルメも、つくり方に慣れてお らず、たいした人出もないくせに提供時間は長く、売り上げ見込みが立たずに仕入れが絞られたことで出せる数も少なく、結局2時くらいには売り切れてしまった。夕方までのイベントのはずが、客足はそこで途絶えた。
「......予定より全然人が来ない」 森本は青ざめた表情で、知り合いなどに土壇場で電話をかけたりしているが、今日は連休だ。みんなそれぞれ予定があるだろう。食べるものがなくなってしまえば、やることはまったくないこのイベントに今から人がくる理由なんてないのは、運営側でもわかる。すでに予算の大半を費やしたテレビ取材は終わり、雨が降り続ける中で、静かな時間が過ぎるだけになって いた。市役所職員が交代で入っているという、なんとも時給の高い市のゆるキャラのまわりに、虚しく子どもが群がっている。
これだけ徒労感を感じるのも珍しい。変に巻き込まれた挙句、客さえこないイベントの片付けをしていると、いたたまれない気持ちになった。予算をかけなくても、自分からお金を使いに人が集まる佐田の店に対して、税金を使っても人が集まらないこの企画。どちらがこのまちに必要か、よくわかった。



「だからあれだけ、私は動員見込み数は少なくしておいたほうがいいと言っただろう! いったいどうしてくれるんだ」
部長は課長に、ほら、お前もなんか言え、と目配せをする。 おそらく、森本も心細かったのだろう。なぜか僕までオブザーバーとして終了後の反省会に参加することになってしまった。様子を見て回った役所のお偉方は、森本など現場の担当を集めて相当おかんむりの様子である。僕はこういう空気が本当に苦手だ。
市長が鳴り物入りで企画したイベントで、堅く見積もった動員数さえ達成できなかった。まあ、達成したところで大赤字イベントであることに変わりはないのだが、部長はじめ役所の人は当初予定の動員数に敏感らしい。 「ただテレビなどには露出していますので、広告宣伝効果などを算定すれば十分に成果は打ち出せると思いますから」
森本は返答するが、課長は顔を紅潮させ激怒している。
「何を言っとるんだ! 君、あれだけ集客は手堅いって言ってたじゃないか。となりまちで3万人集まったのに、うちで3万来なかったとなれば、市長のメンツを潰すことになるんだよ。 それに、うちみたいなまちは定住人口が減るからその分交流人口を増やすしかない、そのためにもまずは日帰り観光客数を伸ばそうという狙いのイベントだったんだから、その目標人数さえ達成できなかったとなったら一大事だ。この企画は観光政策とも連動していたし、市長もそこをよく強調していたのは、君だって知らないとは言わせんよ。部長のおっしゃるように、動員見込みを少なく設定すればこんなことにはならなかったんだ。君はいつもそうやって調子のいいことを言うだけで、実際にはまったく役に立たない。いいかね、これは企画をまとめた君の責任になることを忘れないように」いくら内輪とはいえ、ひどい言われようだ。全部の責任を部下に押し付ける上司の姿に、自分の会社がダブって見えた。非営利の行政組織だろうと、利益に向けて動く企業組織だろう と、結局は個人がやることは同じだ。手柄は上司のもの、失敗は部下のせい。むしろ表向き地域のために動いている役所は、ボランティアを動員してやり甲斐までも搾取してしまってい る。善意で関わった僕の前で、内輪の責任のなすり合いが平気で行われるのだから困ったものだ。
慣れないメンバーが準備期間もなく組み立てたこの企画。そもそも予算配分などすべて決まっていて、ほとんど何もなすことができない中で、ボランティア頼みのイベントへの過剰な期待が仇となったとしか言えなかった。
こういうときは沈黙を守るにかぎる。幸い、僕が座っていたのは端の席で、出口に一番近かった。実行部隊でもないのだからと、部長が同じ話を蒸し返している間に電話がかかってきたフリをしながら静かに席を立つ。森本がじっと僕の顔を見たが、申し訳ないがお前は被害者ではない、加害者の一人なのだ、と心の中で唱えその場を去った。
こんなことを続けていれば、そりゃ佐田の言うとおり地域は活性化どころか、むしろ衰退するのは間違いない。その佐田と、今夜は飲むことになっていた。まだ高校当時の怖いイメージ が拭えないが、イベントに参加するよりはよっぽど興味がある。こんなまちで、佐田はどうして事業を発展させられたのか。来るように言われたのは、佐田が経営するもうひとつの店だった。かつて地元の銀行が使っ ていた堅牢な建物を活用したレストランだ。店に入ると、すでに多くのお客さんで埋まっていた。今日あった憂鬱な出来事を抱えながら訪問するには、少し華やかすぎる気もする。「こんなに繁盛してるなんてすごいね。昼間のイベント会場と比較したら、笑っちゃうくらいだよ」
本当に、同じまちとは思えない繁盛ぶりだ。 「ここの店は、ちょうど1年前にオープンしたんや。もうこの地元にちゃんとした料理を出すところが減ってきとってな。どうにか自分でやりたかったんやけど、なかなかいいシェフがおらんかった。そんなときに、東京でよう行ってたレストランで働いていたこのまち出身の腕のええシェフが、独立して店やりたいって話しとってな。それなら一緒にやろうと口説いて、思い切ってオープンしてやったんよ」
たしかに、このまちもとなりまちも、かつて「いい店」と呼ばれた店がどんどん閉じてしまっている※12と聞く。

かつて「いい店」と呼ばれた店がどんどん閉じてしまっている※12…交際費の引き締めで、地元でお金を使う有力者や社用族も減少。残った地方の金持ちも絶対数が減ってお金を派手に使うと目立ちすぎるため、地元では使いにくくなったことも閉店の一因だ。

「このくらいの規模のまちやと、どこの誰がいつどんな飯を食べて、どんなワインを開けたかなんてすぐわかってまう。地方の金持ちは、地元でボッタクリにあうことさえあるんや。『この人はようけ金持っとる』なんて地元では知られたもんやから、時価ならぬ人価によって高額請求を受けたりするんやな。そういう匿名性のなさを嫌って、わざわざ東京に出てお金を使う人は少なくないんや。誰がどこで何を食べようと、東京では気づかれへん。金持ちだってゴロゴロおるから、たいして目立ちもせん」「でも、なんでこのお店はこんなに成功しているの? それだけお金を使える店がなくなってしまったのにこのまちにこんなお店があるなんて、なんか違和感があるくらいだね」
こういう店は人のいるまちだからこそ成立する、つまり、都会じゃないと無理なんじゃないかと思っていた。
「お客さんって地元の人なのかな」
まわりを見ても知り合いはいない。同じまちなのに、昼間のイベント会場とは180度違う空気がここにはあった。まるでまったく別のまちに来たような客層の違いだ。「人はうまいもんがあったり、明確な目的があれば、車で1時間、距離にして30キロメートルくらいは軽く移動する。市町村の単位なんて行政上だけのもんで、人の移動なんて都道府県も普通に越えるんや。とはいえ、6割はこのまちのお客さん。けど逆に言えば4割のお客さんは 地元ではないところからわざわざ車走らせてここまで来てくれてる。あとは、そもそも昔からあったいい店がなくなってもうたからこそ、チャンスが巡ってきたってところもあるわな。減ったとはいえ、近所でたまにはいい店に行きたいという客はゼロではないんや」
まちというものは、何となく固定されているというイメージを持っていたけど、それは思い込みだった。人が移動して「まち」は常に変わるのだ。昼見たのもこのまちだし、今いるこの店もこのまちだ。店内を動き回るスタッフも機敏で、飲み物の聞き方からして気持ちいい。「接客もすごいいいよね。こんないい店員さんってどう集めてるの?」「うちは繁盛しとるからどんどん店増やしてるように思われとるけど、実際ここのまちでは闇雲に増やさんようにして、新しい店を出すときは、いまある店をひとつ閉める※13ことにしてるんや。

いまある店をひとつ閉める※13 …店舗数が多くなると、全体を管理するための中間管理コストが発生する。各店長からバイトの管理まで気を配ることが多くなり、とくに人材難の昨今、いい店員を集めるのは至難の業だ。闇雲に店舗を増やして潰れた店も多いため、あえて店舗数を絞り、いい店員をプールしながら、業態を常に変更する方法が合理的なのだ。

新しい業態をつくりたいなと思ったら、スタッフは一時的に別の店に異動して働いてもらいつつ、 新しい店をつくる。オープンしたら再集結してもらう。いいスタッフは絶対手放したらあかん」
そんな工夫までしているのか。佐田たちのような民間と、イベントで付
き合った役所の温度差が、肌で感じられた。同じまちにいて、ここまで違 う。
少し恥ずかしくなったが、僕は今日の昼間の出来事を打ち明けた。「あ、あのさ......。急に暗い話で申し訳ないんだけど、今日のイベント、やっぱり佐田くんの言うように、まったく意味なかった。むしろみんなで時間を費やしているだけでも、本当にマイナスだと思った。そんなことに少しでも協力した自分が虚しくなったんだよね」
暗い顔をして話す僕を見ながら、佐田は笑った。 「まぁそんな腐るなや。おれも昔、その手のイベントに駆り出されていやな思いをした。けど、あるときに一切、あの手の企画には関わらないことに決めたんや。ま、今回の一件で瀬戸がわかっただけでも上出来や。別に、今後関わらんければいいんやからな」
たしかに、言うとおりだ。佐田は笑っていた表情を引き締めて続けた。
「だからおれは店をやっとる。この店の食材のために農家と契約して、耕作放棄されてた土地を借りあげて作物をつくってもらってな。月に50万円でも買い取れれば、年間にすれば600万円地元に金が回る※14ことになる。

地元に金が回る※14… 駅前再開発ビルやロードサイドやショッピングモールにチェーン店が立ち並ぶと立派なまちになった気になるが、結局のところ利益は都市部のそれぞれの本社に戻り、もっと儲かりそうな別の都市に投資されていく。地元の店、企業が発展していかない限りは、常に利益をどこかの地域に取られていく。地域の経済構造を意識し、地域にお金が回り、残る事業に取り組むことが大切である。まちをひとつの会社に見立て、(1)地域外から ヒト・モノ・カネを稼ぎ、(2)地域内で取引を拡大させ、(3)地 域からヒト・モノ・カネが出ていかないようにする「三位一体」 の考え方が必要となる。

小さな店やが、お陰さまでそれなりに繁盛しとるやろ。自分で商売やれば、自分が考えるように地域に関われる。こっちが普段から地元の人のものを使っとれば、 ハレの日には農家の人もこの店を使ってくれる。農家のおっちゃ んやってな、いつも日本酒とか焼酎だけでなく、たまにはワインも飲みたいんやで!」「なるほどなぁ、イベントなんかよりよっぽどそっちのほうが地域のためになるね」
お世辞じゃなく、僕は心底感心した。
「たとえばな、この店のメニューを開発するために提携している農家と議論して、ほかでやっ てない特殊な品種を作付けしてもらったりするんや。スープに合うかぶの品種もあるし、温めるとうまいレタスもある。普通のスーパーに並んどるのは流通のために日持ちがよくて、傷つきにくい品種やったりするけど、ここでは傷つきやすくても、うちのメニューに合う品種のほうが特徴になるし、何よりそっちのほうがうまいからお客さんも喜ぶ。実は地方都市ってな、 作物を生産できる田畑に近いところで飲食店を経営できるっていう強みもあるんや。何もB級グルメなんてする必要あらへん。地元のものを地元でちゃんと料理して出す店は意外とない。 だからこんなこと始めたんや。始めたときは地元中から3日で潰れるって言われたけどな。ははは」
潰れるなんて言われたら僕ならビビってやめちゃいそうなものだが、佐田は笑ってばかりで何も考えていないようでいて、実際誰よりも考えている。だから挑戦したらきちんとカタチになるのだろう。何より、明るい佐田のまわりにはいい人が集まる※15

いい人が集まる※15…結局、地域活性化の成否は、明るく楽しく、覚悟を決めて事業に取り組むメンバーが集まるかにかかっている。私は地方に行ったときに「地元のイケてる店のオーナーと親しくなれるかどうか」を、事業ができる地域か、できない地域かの判断基準にしている。そのまちでセンスのいい人が集まり、儲かっている店はどこか、を聞いてそこにいき、オーナーと話をする。そこで話が合えば、そのまちでできることはいくらでもある。何より、イケてる店には感じのいいお客さんが集まり、そのお客さんが口コミで呼ぶお客さんもまた感じがいい。そういう店のまわりには、同じような事業に取り組む気のいい経営者が集まる。地方における企業経営、店舗経営においてはこういう人的資本の集積がとても大切だ。

暗いやつより、明るいやつのほうがいい。もとは怖いと思っていたけれど、もう今日の話を聞いたら、頼り甲斐のある印象が勝っていた。「ところで、昨日、話が途中になっとったんやけど、今度店閉めるっていうお前の実家使って、一緒に事業やらへんか?」
あまりにストレートな突然の提案に、僕は飲んでいたワインを吹き出しそうになった。


「え。う、うちの実家で?」「そうや言うとるやないか。前々から気になっとったんや。絶対にあのまま壊して売るのはもったいないって。あのちょっと安っぽい外装とか剥がしたら建物やって立派やし、裏庭だって活用すれば、絶対にいい店ができると思うんよな。あとちょっ と知り合いが何人かオフィスも探しとってさ、2階をオフィスにして貸し出せば回るやろ」
あまりの話の展開に思考がまったくついていかない。けど、 佐田となら何かができるのではないか、いや、やってみたいという気持ちはどこかにあった。問題は、すでに実家を解体して売っぱらう話を銀行にしていた こと、そしてその銀行との打ち合わせは明日だということだった。前向きな話からの落差が大きい。現実に引き戻され、僕は再び頭を抱えることになった。

(次回へ続く)

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