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ショートショートバトルVol.3〜「窓辺のゼンマイ時計」西軍(尼野ゆたか、今村昌弘、稲羽白菟)

(お題:猫)

第1章(尼野ゆたか)

 その日、カワゴエソウイチは木屋町に来なかった。

 祇園祭を見に行ったのだろう、とか。原稿が進んでいないのだろう、とか。鹿児島に講演に行ったのだろう、とか。さまざまに推測されたが、そのいずれでもなかった。
 彼は木屋町にいたのだ。ただし、大阪梅田の木屋町に。物言わぬ、骸(むくろ)となって。

「猫が人の骨のようなものをくわえている」という通報で発見された骨は、DNA鑑定の結果、カワゴエソウイチのものだと判明した。
 大阪府警の腕きき刑事であるノベノマサユキ警部補は、特別チームを編成。犯人の捜査に乗り出した。

 捜査線上に、容疑者は三人浮かび上がった。

 一人は、トオノコノエ。M医科大学病院に勤務する脳外科医である。家から、カワゴエのDNAが付着したメスが発見された。
「僕じゃないです」
 トオノは否定した。しかし動機はあった。
「そりゃあ、この前彼と小説を競作した時、僕の書いたものを全然違うものにされました。でも、全然根に持ってないですよ。ええ、本当に、本当に」
 トオノは笑いながら言った。しかし、その目は笑っていなかった。

 もう一人の容疑者は、サイトウタイチ。魚の調理を得意とする彼の家から、カワゴエのDNAが付着した刺身包丁が見つかったのだ。
「えっ、こわっ。なにこれ。僕とちゃいますよ」
 サイトウは否定した。しかし動機はあった。
「カワゴエさん、俺よりも目立っててチクショーとは思いましたよ。せやけど、別に羨ましいとか妬むとかそういうの全然ないですよ」
 言葉と裏腹に、サイトウのPCからカワゴエへの妬みをつづった15メガバイトのテキストファイルが発見された。

 最後の一人は、キノシタマサキ。木下藤吉郎秀吉の末裔を自称し、常に戦国武者の魂を心に抱いて生きている人物である。彼の家からは、カワゴエのDNAが付着した日本刀が発見された。和泉守(いずみのかみ)誉龍(よしたつ)。名刀である。
「拙者ではござらぬ」
キノシタは否定した。
「・・・」
それ以上の弁明はなかった。武士は言い訳しないということらしかった。

 全員が怪しい。捜査は行き詰まった。しかし、ノベノの心の中にはある一つの可能性が浮かんでいた。
「もしかしたら、こういういことかもしれないぞ」

※読者への挑戦状
この作品を含む三つのショートショートを最後まで読めば、犯人を推理することができる。推理のために必要な情報は、全て本文中にある。ぜひ、謎を解いてほしい。

※今村先生と稲羽先生への委任状
あとは任せました。よろしくお願いします。

第2章(今村昌弘)

『あとは任せました。よろしくお願いします。』
原稿はそんな一文で終わっていた。
ぼくは開いた口が塞がらなかった。
部屋の窓から、爽やかな風が吹き込んでいる。

一人の若い男ーーぼくのご主人は机のパソコンの前で先ほどから同じ姿勢のままだ。
「これは……ひどいニャア」
僕はため息をつく。ご主人はいよいよ深刻なスランプにはまっているようだ。やばい。これがどれほどやばいと分かっていないのなら、よりやばい。

僕のご主人が小説家になったのは6年前。

ぼくを主人公にした『にゃーん』みたいなタイトルで小さな新人賞をとったはよかったが、二作目以降の売れ行きは今イチで、ご主人は家で頭を抱えて奇声をあげる毎日だった。

収入はぼくの餌の質に直結する。デビュー直後は高級缶詰が続いていたぼくのごはんは、日を追うごとに安物になり始め、最近ではとうとう魚屋で譲ってもらった雑魚の切れ端になっていた。

飼い猫にだって福利厚生を求める権利はある。今時生の魚よりも人の愛情がこもった高級缶詰の方が絶対いい!

見るに見かねたぼくは、ある秘策を用いたのだ。

窓辺に置かれたゼンマイ時計。ご主人は知らないけれど、あれはゼンマイが止まると同時に人間の時間を止める魔法の一品なのだ。

数年前、ぼくは時間が止まったのを見計らい、ご主人の原稿を大幅に変更した。そうして完成したのが『家康伝』だ。あれは好評をえて、増刷に増刷を重ねて全二十巻まで刊行され、ぼくのごはんは高級缶詰になった。

だが、ぼくにも計算違いがあった。ご主人が調子にのったのだ。

その次の『ロイド戦記』はすべり、次の『謝罪病』はすべりにすべった。

ここいらで軌道修正しないと、いよいよ作家生命にかかわる。もうすぐ恋人にプロポーズをしようというのに、なに考えてんだ。

改めて目の前の文章に目を戻す。

知り合いの名前を羅列した上に、安直な読者への挑戦状。
こんなもので奇をてらったつもりになるのは愚か極まりないのにゃ!
いかん、つい猫語が出てしまった。

とにかく、うちのご主人にミステリは絶対無理。このままじゃ中国のミステリファンにも笑われる、いや怒られてしまう!

強引にでも軌道修正しなければ。

ぼくは迷いに迷った末、最後の「もしかしたら、こういうことかもしれないぞ」という一文をこう書き換えた。

「果たして、本当にカワゴエソウイチは死んだのか? 俺は巨大な罠にはめられているのではないか? おそらく裏で糸を引いているのはーー」

ゼンマイを巻く。時が再び動き始め、パソコンの画面を見たご主人の悲鳴が響き渡った。

まあせいぜい頑張るにゃ!


第3章(稲羽白菟)

──

なんだこれ……。あの超売れっ子本格ミステリー作家がこんなベタなメタ・ミステリー? しかも、動物視点?  あーイライラする。
「まあせいぜい頑張るにゃ!」──だと?

これ、「にゃ」の語尾をよく使ってツィートしてる綾辻行人さんを犯人にしろって前振りのつもりなのか? どこまで内輪ネタなんだよ。……いや、もしそうだとしたら内輪ネタかどうかすらもわからねーよ。

どいつもこいつも内輪ネタに次ぐ内輪ネタ。

読む方の身にもなってみろよ……。

あー今日はイライラする事ばっかりだ。

ここに来る前、局の近くでパスケースは落とすし、それを拾ってくれた変なオヤジには変な絡まれ方されるし……。

あのオヤジ、何て言ってたっけ。たしか──

「ねぇちゃん、定期入れ落としたで。……お、ねぇちゃんベッピンやなー。ん、この名前……。あれ? 顔だけやのうて、名前もキレイな名前やないかー。あの元華族のキレイな女優さんの名前にそっくりやんか。えーっと、あの、なんちゅうたか……そうそう。久我美子」

なにがクガヨシコだよ。

私の名前はソガミチコだよ。

かぶってるのは「ガ」と「コ」二文字だけじゃないか。

あー。イライラする。

あのオヤジもだけど、それよりも今ですよ。今。

私はなんでこんな変なものばかり読まされているのか。

……あ、noteでこれを読んでいる人のために説明しますね。私は作家たち三人が起承転結──いや、三人だから序破急といった方が良いですね──物語を大喜利のように繋げて戦うショートショートバトル。会場で作品を読み上げているソガミチコ。そして、この物語の犯人です。

犯人。

ちゃんとミステリーとしてのオチがつくんですか?──って?

そうなんです。

私、この木屋町の会場に来る前に、大阪の茶屋町のMBSに寄って、カワゴエソウイチを殺してきたんですよね。その話を、なせがアマノユタカは知っていた……。

自分の殺人を小説にされて読み上げる私のこの気持ち……。

あー。イライラする。

こうやって、告白しちゃったから、もう、この会場の人間全員、殺すしかないかなー。カワゴエソウイチを殺した、この刺身包丁で。

あれ? これ、ミステリーじゃなくてホラーになってますね。

私、ミステリー作家のイナバハクトに書かれていたはずなのに、何故か、対戦相手のサイトウタイチの物語の中に紛れ込んちゃったみたい。

うふふ。

あー、読み終わってもイライラするわー。

※この物語は最終的にホラーになった。よって、第1章の読者への挑戦は無効とする。

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7月20日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催される「fm GIG ミステリ研究会第9回定例会〜ショートショートバトルVol.3」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:延野正行、尼野ゆたか、円城寺正市、木下昌輝、遠野九重、稲羽白菟(イナバハクト)、今村昌弘、最東対地、水沢秋生、大友青ほか

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「窓辺のゼンマイ時計」はこんな曲です。

「窓辺のゼンマイ時計」籾井優里奈
作詞・作曲・編曲/冴沢鐘己

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