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ショートショートバトルVol.3〜「夜明けの月に」東軍(円城寺正市、延野正行)

(お題:炎)

第1章(円城寺正市)

 黄埃万丈、月光を遮り、衆生の喚声、驟雨の水事の如くなり。

 耳を劈きし雷鳴の如き響動の中、黒煙は昇り、砂礫は降り落つ。

 炎に巻かれ崩落せしは、江戸城本丸近くの田安の御門。その瓦礫の上を踏み越えながら、「見事! 見事!」と宣いながら踏み越えしは異形の若武者なり。

 さらしにて顔を覆い、その隙間から覗けし肌は赤黒く腫れ上がりて痛々しい。其の手甲にのみ赤備えの名残を残す真田の残党。信繁の一子、真田幸昌。俗に大助と呼び慣らわす。

 大阪の戦より付き従いし同胞。望月、海野の両六郎の姿はすでになく、最後に残りし一人、鎌之介もたった今、百斤の玉薬とともに御門へと突貫し、炎の中に散りたる。

 眼前の江戸城はすでに元の名城にあらじ、嘗ての白壁は腸さながらの赤黒き肉に覆われ、野太き血の管がどくんどくんと脈を打つ。本丸までの道程にてのたうち回っているのは、蚯蚓と人との悍ましき相の子。城仕えの者たちの成れの果てである。

 大助は悍ましき魔物どもを見据えて鯉口を切る。

「東照権現! 其の首貰い受ける!」

 思えば数奇な運命である。大坂の大いくさにて死にぞこのうた其の時から、狂った運命は狂ったままに針を進める。

 大助が秀頼公の御傍らにて腹をば召さんと欲した其の時に、耳擦る声があった。それは外祖父吉継の声に似たり。其は自らを「魔」と称す。力を与えようと告げる。嘗て吉継に宿し「魔」は関ヶ原にて彼の亡き後、宿主を探してさまよい。ついに大助を見出した。

 抗う大介の身体を繰り動かし大阪の城を逃れる。

 そして紀州九度山にて潜んで時を過ごした後に、魔の力をもって、大介は家康の首を狙う。だが、数奇にも更に運命はさらに変転した。

 東照権現の名を得て、家康は魔の王へと変じ、江戸城は魔を孕んだのだ。

 夜明け前の月に祈りをささげ、大助は魔物の溢れる江戸城へと突入した。


※        ※      

第1章(延野正行)

「アテンションプリーズ! 本日は月旅行パームムーンをご利用いただきありがとうございます! 本機は月都市キヤマチに到着します」

 人工音声が着陸を知らせる。
 重力減速がかかり、月地間行船はやや機首を上げた。
 月の影に入り、遮蔽窓が開く。
 暗闇の中に、夜明けの星々のように誘導灯が点滅していた。
 薄く人工物の輪郭が見える。

 すると、突然まばゆい光が映り込んだ。
 ドーム状の中に宝石のようなネオンが光っていた。
 第117月都市キヤマチである。

 伊丹から発射された月地間行船は、38万キロの旅程を経てキヤマチのドッグに納まろうとしていた
 52時間に及んだ長い旅路が終わりを告げ、ホッと息をなでおろす。身体が怠い。疲れているのがわかった。
「ああ! もう! 終わりなの! 今からいいところなのに!」

 横の恋人が悲鳴をあげる。
 天井に収納された仮想窓を恨めしそうに見つめた。
「太郎が今から江戸城に突っ込むところで、炎に巻かれながら『家康、覚悟しろぉ!』という名シーンがあるのに!」
「プライムで見ればいいじゃないか」
「違うの。家康伝全20巻はここでしか見られないのよ!」
 僕の恋人は、52時間の旅を経ても元気だ。

 月地間行船が止まる。
 減圧が始まると、耳がキィンとした。
『本機はキヤマチに到着しました。長旅お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております』

 再び人工音声が聞こえる。
 ハッチが開き、僕たちは月地間行船を降りる。
「どうする?」
「外に行く」
「さっきまで散々外にいたのに?」
「行く」

 僕の恋人はとても外が好きらしい。
 インドア派の僕にはわからない。
 けれど、彼女といると楽しい。
 僕が知らない場所を教えてくれるからだ。
 ドックを出ると、早速僕たちは与圧服を借りて、外へ出る。
 月の見どころといえば、なんてことはない。
 ただただ白い砂漠が広がるだけだ。
 だけど、僕の恋人はハワイのワイキキにでも来たかのようにはしゃいでいる。

「今、何時?」
「日本時間で5時かな」
「え? ああ。そうだね。もうすぐ夜明けだね」
「違うよ、ほら」
 僕の恋人は指をさす。

 白い砂漠から見えたのは、月ではなくて、青い地球だった。
「地球の夜明けだね」
「うん。でも、僕たちの夜明けだね」
「え?」

 僕はインドア派だけど。
 月も白い砂漠にしか見えない。
 家康伝全20巻とか、その結末は何かわからない。
 九度山に潜むこともないだろう。
 でも、江戸城が燃えるようなことはないと思う。

 僕は彼女が好きだ。
「結婚しよう」

 月の上で、僕は僕の恋人にプロポーズをした。

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7月20日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催される「fm GIG ミステリ研究会第9回定例会〜ショートショートバトルVol.3」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:延野正行、尼野ゆたか、円城寺正市、木下昌輝、遠野九重、稲羽白菟(イナバハクト)、今村昌弘、最東対地、水沢秋生、大友青ほか

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。


タイトルになった「夜明けの月に」はこんな曲です。


「夜明けの月に」BBガールズ
作詞・作曲・編曲/冴沢鐘己


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