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僕が思う最強オールラウンダー。

"それでは、新入生を歓迎して、乾杯!"

"かんぱーい!!"

カチカチとグラスを重ねる音が、部屋中に響き渡る。

今日は、僕が入ったダンスサークルの新入生歓迎会。
僕にとって、一つの正念場だ。

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第一志望ではなかったけど、僕自身は満足して入ったつもりだった。

雰囲気もいいし、大学の授業も面白い。

友達だって、数は多くないけどできた。

だけど、何となく自分に合わないと感じていた。

たぶん相性の問題なんだと思う。

だから僕は、インカレのサークルを選んだ。

他大学の人と交流できるし、新しい見方も取り込みやすい。
どちらかと言えば消極的な自分を変えるためでもあった。

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6人掛けのテーブル。
奥の右端から時計回りで自己紹介をしていく。

僕は通路側真ん中の席、順番で言えば3番目だ。

自分の前にいる、目の大きな女の子。
最後に自己紹介をする、その子がふと気になった。

『村井優です!よろしくお願いします!』

村井さんが自己紹介を終えると、各々の細かい話を聞いていく。

他の人が色々と話をしていたが、
僕は何故か、村井さんのことが気になっていた。

村井さんは中学ではバスケを、高校ではダンスをやっていたらしく、
運動神経には自信を持っているらしかった。

「そうだ、なんで村井さんはこのダンスサークルに入ろうと思ったの?」

『優でいいよ!』

「いや、流石に初対面では…じゃあ優ちゃんでいい?」

『うーん、まぁいいよ』

「ありがとう。じゃあ改めて聞くけど、優ちゃんは何でこのサークルを選んだの?」

『このサークルに、高校の時のダンス部の先輩がいて。それで誘ってもらったんだ』

「え、そうなんだ」

『ほら、あそこにいる人』

優ちゃんが指した先には、大人っぽい格好をした女の人が。

「へぇー、あの人なんだ」

すると、その先輩がこちらに気づいたらしく、

"あ!優じゃん!"

と言ってこちらに近づいてきた。

"久しぶりじゃん!元気してた?"

『はい!天さんこそ』

"あ、私、3年の山﨑天。みんな、盛り上がってる~?"

少し赤みを帯びた顔で、ノリ良く接してくれる。

"じゃあさ、山手線ゲームしよ!テーマは…"

先輩の主導で、テーブルは活気に包まれた。

終始、楽しい雰囲気で、歓迎会はお開きになった。

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歓迎会があった日の週末、早速練習が始まった。

まずは簡単なストレッチから、徐々に本格的な練習に入っていく。

先輩たちから振りを教わって、一旦個人練習に戻り復習する。

ダンス未経験者の僕にとっては、ついていくだけで必死だ。

一方優ちゃんは経験者らしく、どんどん振りを覚え自分のものにしていく。

素人目から見ても、しなやかで可憐な踊り。

ついつい見とれていると

『ん?どうした?』

「ううん、何でもない」

僕は慌てて、立ち位置表に意識を戻した。

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僕のダンススキルは、その後も少し遅れをとっていて、

必死にその遅れを取り戻そうと、居残りで練習する機会が増えてきた。

課題曲に合わせて踊っていると、優ちゃんが入ってきた。

『お疲れ~』

「優ちゃんも残り?」

『うん。あ、そうだ飲み物買ってくるの忘れた』

そう言って再び部屋を後にする。

しばらくして戻ってくると

『はい』

1本のスポーツドリンクを手渡された。

「え、いいの?ありがとう!」

僕はある違和感に気づいた。

「優ちゃん、1本しか持ってないけど・・・」

『あ』

人にあげることを考えていて、自分のものを買い忘れてしまう。
優しさを感じると同時に、普段のしっかりした姿からは離れたギャップに
僕はキュンとさせられた。

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ある日の練習終わり、優ちゃんから声をかけられた。

『ねぇ、一緒にカラオケ行かない?』

僕はてっきり、何人か誘っているものだとばかり思っていた。

指定された待ち合わせ場所の噴水に行くと、
そこには優ちゃんだけが立っていた。

「あれ?他の人は?」

『え?2人だけだけど…』

たまたまスケジュールが合わなかっただけなのか
それとも、最初からそのつもりだったのか。
僕は優ちゃんの真意を聞くことなく、
小さな部屋へと入った。

ぽむっ

荷物を置いて、黒色のソファーに腰掛ける優ちゃん。

ふーっ、と息を吐いて

『じゃ、何歌おうか?』

「うーん」

分厚いタッチパネルとにらめっこする2人。

『あ、これにしよ』

優ちゃんが選んだ曲は

'気づいたら片想い 乃木坂46'

どうやら、アイドルの曲らしい。

彼に片想いをした女性が
様々な思いや葛藤を抱えながら
好きという感情を受け入れていくという歌詞。
切なさを象徴するメロディーライン。

何より、優ちゃんの真っすぐで芯のある歌声。

僕はただ、彼女の歌声に聞き惚れていた。

「すごい…」

曲が終わった瞬間、思わず言葉に出てしまった。

『えー?!恥ずかしいなぁ…ありがとう』

「曲は知らなかったんだけど、なんかこう、
上手く表現できないけど、グッときた」

「もっと聞きたいな」

『待って、君の歌も聞いてみたい!』

「うーん…正直自信ないんだけどなぁ…」

まぁ、この雰囲気で自分だけ歌わないのも
気が引けるので、タッチパネルを操作する。

僕が選んだのは

'SAKURA いきものがかり'

僕が一番好きな曲だ。
女性ボーカルなので、1オクターブ下げて歌う。

桜と名のつく楽曲は数多くあるけど
僕はこの曲が一番印象に残っている。

主人公が桜を見て、過去を想い、
少しずつ前へと踏み出していく。

気づいたら、自然と歌声にも熱量が入っていた。

歌い終え、アウトロの間に優ちゃんを見ると
目から涙がこぼれ落ちている。

僕は思わず驚いて、演奏中止のボタンを押す。

「どうした?!大丈夫?」

『えー、なんか、感動しちゃったぁ…』
『すごい声が優しくて…震えちゃった』

自分なんかの歌で感動してくれるとは。

普段の明るさとは違う、心の綺麗な面を感じて
僕自身も優ちゃんに感動していた。

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2人でカラオケに行った後、
優ちゃんとの関係性が変化した。

まず、呼び名だ。
『優ちゃんじゃなくて優がいい!』
と繰り返すので
「優」と呼ぶようになった。

後、練習終わりに夕飯を食べに行くようになった。

僕も優も一人暮らしなので、
どうせ外食するなら2人がいい、というのが理由だった。

練習場所近くのファミレスで
今日の反省点を振り返るところから始まり
近況報告や自分の大学の様子、
他愛のない話に花を咲かせる。

バイトの給料が入った日には
チェーンだけど、焼肉店に行くのがルーティンになっていた。

優は焼肉が大好物らしく、
特に『やっぱり牛タンでしょ!』と言って
ちょっと厚めの特製牛タンを好んで食べていた。

少し長めに焼き、程よく焦げ目のついた牛タンを
塩レモンタレにしっかり付けると
白く輝き、一粒一粒が立ったご飯に巻き付け
満足そうな顔を浮かべて食べる優。

あまりにも優が幸せそうな顔をするので
こっちも思わず微笑んでしまう。

それを見た優が

『ねぇ、なに〜』と顔を軽く膨らませる。
「いや…あんまりにも優が美味しそうに食べるからさ」

「かわいいなって」

『えっ、』

『は、恥ずかしいじゃん…』

目を逸らして赤らめる優。

でも、急に僕に目線を戻すと

『話変わるんだけどさ、』
『あ、あの、』
『ここ行きたい、一緒に。』

そう言って、指さした優のスマホには
テーマパークのホームページが写っていた。

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練習もバイトも休みの日、

僕たちはテーマパークにいた。

晴れやかな青空の下、優はずいぶんと楽しそうにしていた。

『ね!あれ買お!』と

強制的にお揃いのカチューシャを買わされると、
大きな瞳でじっと見つめてくる。

察した僕は、頭にカチューシャを付けると
満足そうに歩き出した。

その後は終始優のペースで、アトラクションに乗った。

メリーゴーランドに乗ると、楽しそうに僕の方に手を振ってくる。
コーヒーカップに乗れば、子供のようにはしゃぐ。

ジェットコースターでは、上下動にビビっている僕の横で
楽しそうに上から見える景色を満喫している。

ジェットコースターを降りると、優が
『今度はあそこ』と指を指す。
その先には、結構本格的なお化け屋敷が。

僕は一応聞いてみた。
「優はお化け屋敷大丈夫なの?」

『ううん、怖い…外観だけでもビクビクしてる』

「じゃあ、やめようか?」

『ううん、行く』

おずおずとゆっくり足を進める優。

『あぁ、嫌だぁ…』

じゃあ何で行くんだよ、という
僕のツッコミもむなしく、僕らはお化け屋敷に入向かった。

係員さんから懐中電灯を受取り、薄暗闇に入る。

どうやら、廃病院をイメージしたらしい。
バタバタという効果音など、
いかにも恐怖感を煽る演出が包む中、

肝心の優はというと、

僕の左手を掴み、
背中にぴったりくっついて離れようとしない。

『やめてくださ〜い、ごめんなさ〜い』
肩を上げ、硬直してしまっている。

ここまで露骨に怖がられると
僕自身が冷静になってしまって、

怖がる優のペースに合わせて、ゆっくり進むことにする。

お化けが後ろから飛び出してくる。

『きゃあぁぁぁ!!』

今までに聞いたことない大声で叫ぶ優。

『ねぇ、嫌だぁ!嫌だぁ!!』

駄々をこねながらも何とか進む優と冷静な僕。

僕らは、比較的大きな部屋に出た。
どうやら、手術室のようだ。

手術台には、人らしきものが横たわっている。
ゆっくりと足を進める。

うおぉー

お化けが叫ぶ。

『うわあぁぁぁぁ!!』

今日一番の大声で叫び、僕を出口方向へ思いっきり引っ張っていく。

出口と書かれた扉を、僕らは全力で開けた。

『わあぁー!怖かったぁー』

「優、大丈夫?」

『うん、君がいたから頑張れた。』

「そっか。ずいぶん怯えてたもんね」

『それは言わないでよ〜』

笑い出す優。
怖がりながらも、楽しんでいたようで安心した。

外はすっかり暗くなっていて、
建物には様々な電飾が彩られている。

僕らは、広場にあるイルミネーションに向かった。

白と青で構成されたイルミネーションは、
見事な輝きを放っている。

そういえば、お化け屋敷を出てからもずっと
優は僕の手を掴んだままだ。

特にほどく理由もないが、僕は思い切って
左手を振りほどいて、優の右手を握った。

優は大きな瞳を開いて、一瞬驚いた様子を見せたが
すぐに僕の手を握りしめてきた。

優の顔は、白い光に照らされて
赤く染まっていた。

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閉園時間も近づいたので、
名残惜しいがテーマパークを出る。

出口を出て、最寄り駅へ歩こうとした時、

優が僕の方を振り向いて

『ねぇ、君は私のこと、どう思ってるの?』

そう、語りかけてきた。

僕が思う最強オールラウンダー。
それは、「何でもそつなくこなせる人」じゃなくって
「たくさんのギャップを持つ人」だと思う。

それが、僕にとっては、優という存在なんだと思う。

僕は、優が求めているであろう返事を
ゆっくりと伝えた。

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