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スサノオノミコトが天照大御神を困らせた話

いまはむかし、スサノオノミコトという荒ぶる神がいた。喜怒哀楽の激しい神で、泣き叫ぶだけで天地を揺るがせ、神々を困らせた。激情的な行動が災いし、父のイザナギノミコトと姉の天照大御神、それぞれから追放処分を受けることになる。

イザナギノミコトは妻のイザナミノミコトに会いたいあまり、黄泉の国へと足を踏み入れる。そこで妻の屍を見てしまい、恨みを買って悪霊神に追いかけられるという災難に遭う。命からがら黄泉の国を逃げ出したイザナギノミコトは、清らかな水が流れる河にたどり着いて体を浄める。穢れを落としたからだから生まれたのが、「天照大御神」「月読命」「須佐之男命(スサノオノミコト)」の三神である。

イザナギノミコトは子どもたちに対し、それぞれふさわしい国を与えて統治を命じた。天照大御神は高天原を、月読命は夜の国を、スサノオノミコトは海原の国を治めることになった。が、スサノオノミコトだけが父の命にしたがわず、ただ泣き叫ぶだけであった。

イザナギノミコトが「お前はなぜ泣いているのだ?」と問いただす。するとスサノオノミコトは、「母に会いたくて泣いているのです」と答え、さらに「母のいる根の国(地下にあるとされる国)へ向かわせてください」と嘆願した。イザナギノミコトは激怒し、この国から出ていけと命令する。スサノオノミコトは「それでは仕方ありません。天照大御神に事情を話し、それから根の国に向かいましょう」と言って高天原を目指した。

スサノオノミコトの激情ぶりはすさまじく、ただ移動するだけで雷鳴がとどろき大地が鳴動した。異変に気付いた天照大御神は、弟が高天原を奪うつもりでやってくるものと思い込み、ただちに弓矢と鎧で武装して臨戦態勢に入る。弟と対面すると、毅然とした調子でこう言い放った。「あなたは何をしにやってきたのです」。

スサノオノミコトは「わたしはただ、母に会いたいだけで、その気持ちをお姉さんにもわかってほしいだけです」と言って、謀反の気持ちなどさらさらないことを弁明した。「では、身の潔白を証明しなさい」と天照大御神が言って、スサノオノミコトは「誓約を交わしましょう」と願い出る。ふたりは天の安河をはさんで向かい合うと、天照大御神はスサノオノミコトから十拳の剣を受け取り、スサノオノミコトは天照大御神から勾玉を受け取った。

天照大御神が十拳の剣をかみ砕いて複数の男神を誕生させ、スサノオノミコトが勾玉をかみ砕いて複数の女神を誕生させた。スサノオノミコトは、「わたしが生んだのは心優しき女神たちです。これでわたしに争う気持ちがないことが証明されました。わたしが誓約に勝ったのです」と一方的に勝利宣言を行い、天照大御神が所有する田畑を荒らし始めた。そのうえ、新嘗祭を行う神殿に侵入して糞尿をまき散らすなど、暴挙は収まらなかった。天照大御神は弟の乱暴に心を痛めるも、しばらく黙って様子を見守ることにした。

天照大御神はいったん小屋に引っ込み、下女に神衣を作るための機織りを命じた。するとスサノオノミコトが小屋の棟に穴を開け、何ものかを投げ入れてきた。それは馬の皮を剥いだものだった。下女が驚きのあまりのけぞり、そのはずみで機織り具の先端に陰部が突き刺さって死んでしまう。天照大御神は戦慄し、天の岩屋の戸にお隠れになった。太陽神である天照大御神が隠れたことで天界は光を失い、暗黒世界に様変わりする。天照大御神に何とか機嫌を取り戻してもらえないかと高天原の神々が集まり、知恵を出し合った結果、天の岩屋の戸の前で踊りを披露することになった。

なるべく騒ぎを起こしたほうが天照大御神も興味をもってくれるだろう。そんな計算が働いたのか、神々は奇抜な服装をまとうと、破天荒な踊りを披露してさんざん騒ぎまくった。なかには卑猥な格好をして周りを赤面させる神もいた。迫力ある光景に八百万の神は目を見張り、どっと笑いが起きた。何事かと思った天照大御神が戸の隙間からそっと顔を覗かせると、そこには用意された八咫鏡があり、自分の顔が映し出されている。油断したところを力持ちの神に手を取られ、勢いよく引っ張り出された。天照大御神が姿を現すと、久しぶりに太陽が昇って高天原も地上の国も光るのある世界に戻った。

スサノオノミコトはこの一件で罰を科され、高天原から追放されてしまうのである。


このとき神々が躍った舞いは能楽の原型とされ、のち五穀豊穣を祈るための伝統行事として定着する。民の生活に豊かさをもたらす稲の成長は、皇祖神の願いでもあった。その思いは子孫である現在の天皇家にもしっかり引き継がれている。天皇即位の儀式としてもっとも重要な大嘗祭では、新穀が皇祖および天神地祇に供えられ、新天皇が国家・国民のためにお祈りをするのである。



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