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防衛大「いじめ」事件を見過ごしてはならない─旧日本軍内部の「いじめ」は占領地での残虐行為と表裏一体であったことを想起せよ

防衛大で蔓延する下級生いじめ

 防衛大学校を退学した男性(24)が、当時の上級生ら8人にいじめをうけたとして損害賠償を求めた訴訟で、福岡高裁は2月、違法な暴行があったと認定し、7人に計95万円の支払いを命じた。東京新聞3月18日朝刊によると、いじめの被害をうけた男性は「この判決を機に、大学の体質が変わってほしい」と訴えているそうだ。

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防衛大の内部調査で確認されたいじめの内容(東京新聞同)

 防衛大では、学生全員が集団生活を送り、上級生が下級生を指導することで知られているが、こうした行為は明らかに指導の域を超えたものであり、いじめ・暴行の類と考えなければならない。
 いうまでもなく防衛大は幹部自衛官を育成する機関であり、実際に訴えられた当時の上級生ら8人のうち7人は幹部自衛官となっている。自衛隊上層部がいじめの加害の経験者であれば、そこにはいじめを容認する雰囲気が生まれるだろう。そして、その雰囲気は、自衛隊全体をいつか覆うことになるであろう。実際、平成16年の護衛艦「たちかぜ」におけるいじめ自殺事件などパワハラやいじめなどが発生しており、自殺者も複数出ている。このたびの防衛大でのいじめ事件は、自衛隊全体のいじめの問題と関連するものとしてとらえ、対応しなければならない。

旧日本軍におけるいじめ・私的制裁

 事実上の軍隊である自衛隊の幹部を育成する防衛大での陰惨ないじめの実態は、旧日本軍で蔓延していたいじめ・私的制裁を想起させる。例えば旧日本軍では、両手で体を浮かせ、自転車のペダルをこぐ真似を長時間させる「自転車乗り」(「自転車こぎ」「自転車伝令」などともいわれる)といういじめがあった。「自転車乗り」を強いられた新兵は著しく体力を奪われるとともに、自転車をこぎながら周囲の古参兵によってからかわれ、あざわらわれ、精神を崩壊させられた。

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行縄仁「自転車乗りの場」(吉田裕『日本軍兵士─アジア・太平洋戦争の現実』中公新書より)

 その他にも様々な陰湿ないじめが存在したが、もはやいじめという言葉では表現できない直接的な暴力の行使も横行していた。古参兵が新兵の顔を形がかわるほどの殴打したり、「軍人精神注入棒」なるこん棒を使用して暴行をくわえるなどのいじめが日常的に行われ、怪我はもちろん兵士の死亡や自殺が頻発した。
 しかし、そうしたいじめによる兵士の死は隠ぺいされ、戦病死などとして処理されていった。軍医がいじめによって死亡した兵士の検屍をしようとすると、死亡した兵士が所属していた部隊の分隊長が「検屍では軍法会議にかかり困るから死亡診断書を書いて欲しい」といわれたこともあったといわれる。
 また陸海軍刑法には、こうしたいじめを取り締まる明確な条文がなく、いじめが罪として裁かれることはほとんどなかった。さらには兵士がいじめにより充分な休息をとれず、しかも食事を早くかきこむことを強いられ栄養不良となることによって体力を低下させ、結核などの病気が蔓延することもあったといわれている。

いじめ・私的制裁と占領地での残虐行為

 旧日本軍におけるいじめは、何年も戦地にいる古参兵にとっての「憂さ晴らし」であり、これまで平和に暮らしてきた新兵への「嫉妬」でもあった。長く戦地にいて残虐な行為に慣れ、人間的な感性を失い、しかし軍隊生活への不満が鬱積した古参兵による弱者への非合理な激情の爆発がいじめであったのだ。
 注意しなければならないのは、そうした「弱者への非合理な激情の爆発」は、軍隊内部のいじめだけではなかった。占領地での住民に対する暴行や略奪などの残虐行為もまた、兵士たちの不満のはけ口であった。軍隊内部の秩序も乱れ、なかには古参兵が新兵をまとめ、徒党を組み、殺人を含む上官への反逆行為を起すこともあり、さらには将校が兵たちの不満をおそれ現地住民を強姦するようけしかけるといったこともあったようだ。
 現在、自衛隊によるPKO業務が拡大し、自衛隊は世界各地で任務を遂行しているが、南スーダンPKOでは銃撃戦に巻き込まれるなど、自衛隊の海外任務は危険性を増している。また安保関連法による「駆け付け警護」の実施容認なども自衛隊の海外任務を危険なものにしている。そこにおいて隊員の鬱積した不満の「憂さ晴らし」「非合理な激情の爆発」が、いじめのみならず、旧日本軍のように海外の住民への残虐行為としてあらわれないとは限らない。
 このたびの防衛大いじめ事件をあいまいにすることなく、防衛大はもちろん自衛隊全体の問題として真剣に向き合う必要がある。

(参考文献:吉田裕『日本軍兵士─アジア・太平洋戦争の現実』中公新書)

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