小説|目移りはしないけれど

即興小説
お題:女同士の関係
必須要素:えへへ
制限時間:30分
文字数:995字
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=440904


えへへ。
照れ臭そうに笑う彼女を見て、私はといえば呆れ果てていた。今はそういう表情をするべきではないし、そこに横たわった死骸が例えば本当に私の彼氏だったとしてもその反応は明らかに間違っている。
真っ黒な空間を照らし出す街灯がぼんやりと彼女の顔を浮かび上がらせていた。彼女の首に柔らかく巻かれたマフラーの、腰にまで垂れた片方の布の先が黒っぽい液体に染まっている。右手に握られた小さなナイフのようなものからもぽとぽとと同じように液体が纏わり付いていた。きっと今日も可愛らしいのであろう、パステルカラーのアウターが、大人しい丈のスカートが、どす黒く滲んでいる。
だいじょうぶ?
ユカはいつも通りのおっとりとした口調で私を心配した。頷く。大丈夫だけれど。
早く帰らなきゃ。
そう言ったのは私で、ナイフを持っていない方のユカの手を引けば大人しくついてきた。ユカの手は冷たいなと思って、自分の手も冷たいなと思った。カイロは持っていなくて、手袋なんてここ数年はどこにあるかさえ思い出せなかった。いつだったか誕生日に、ユカに貰った手袋。
いくつかの街灯を通り過ぎて右へ曲がって、独り身の集まるアパートに足を踏み入れる。カンカンカンと響く階段の足場の音に幾分かの安心を覚えながら手を握る力を強めた。ユカは特に何も言わなかった。玄関を開けて中に入る。電気を付ける。
はあー。
私の盛大なため息にユカはどうしたのお、と笑うように言って、服に付いた血痕の心配をし始めた。ああ、水で流したほうがよかったんだっけ、どうだったっけ。いや、今はそれはどうでもよくて。
あれただの酔っ払いだし刺さなくても大丈夫だって……。
そう呆れた顔で諭す。ユカはきょとんとした顔で彼氏じゃないの?と言って、そうして、うっそ!とマフラーをほどきアウターを脱ぎ血が床につかないように丸めて置くと抱きついてきた。スカートは汚れたままで。
そんなの分かるよお、ユキちゃん滅茶苦茶迷惑そうな顔だったもん。そう言ってケラケラ笑う。それ彼氏?と言って尋常でない顔で刺しかかってきたのはなんなんだ、そう問えば一回やってみたかったの!と弾んだ声が帰ってくる。
はあ、ともう一度ため息を吐く。
そんな事ばっかやってるから面倒になるんでしょ、と苦言を呈せば悪い笑みでユカが言う。
でも離れないんでしょう?
私は答えないで、スマホで血液の取りのぞき方を調べた。

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朱沼

小説と漫画

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