最後の夏だから

 最後の夏だと言えど、当たり前のようにそんな事はなくて、来年だって再来年だって同じように夏は来るのだ。それはもしかしたら今年より暑い夏なのかもしれない。
 今日も蝉が鳴いている。今日も蛙が鳴いている。
 少しだけいつもより暑い、いつも通りの夏。

 平成が終わるという事実に感慨を覚えているのはどの世代なのだろう。平成の始まりを目にした世代なのか、若しくは平成の中で大人になった世代か。

 そんなことを考えたからといって僕にはそれをどうこう思うノスタルジーは持ち合わせていなくて、だから今日も扇風機の風に煽られながら、瞬く間に溶け落ちんとするアイスを食べている。
 アイスは好きじゃない。好きなのは夏の空気の充満した部屋でアイスを食べるという行為で、今の季節だからこそ、どうせならやっておきたい行為。形式的な情緒に覚える感情は嫌いではない。
 まるで自分が世間の一員になったようで。

 蕾が付いたきり枝の折れてしまった小さな向日葵と、からからの地面で萎れている朝顔の葉と、色をより濃く我先にと伸びていく雑草と。
 暑さでぼんやりとした頭にはその事実がただ通り抜けていくだけで、何をどうするべきかまでは思い至らない。日照り続きでひび割れてしまった土を見ながら、暑いんだな、と、分かったようなことを思う。

 暑いから少しくらい頭だっておかしくなるさ。

 ひび割れた土にぼたぼたと染み込んでいく血液は、陽射しを浴びて余計に赤い。そのまましゃがんで指の先を地面に近付け、芽を出したばかりの何かの葉の茎の根元に垂らしていく。
 不意に足元に転がったままだった鎌と、刃と柄にこびり付いた血液が目に留まったために見ていたら、避けていた葉に血液が垂れた。真っ赤なそれは落ちる気配を見せずに、だから僕は、ああ、そこで干からびてしまうんだな、と、そう思った。
 そうしてしばらくの間垂らしていたのだが、勢いがなくなって、ついに血液は一雫さえ垂れ落ちなくなってしまった。肘の下の辺り、内側を切りつけた跡はもう塞がりかけていた。
 僕は暑さで朦朧としていたから、だからやっと家に入れると、ふらつく足に力を入れた。

 僕の血を吸った草がその後どうなったのかは知らない。血液が原因になって枯れたのかもしれないし、暑さで水分が足りずに枯れてしまったかもしれないし、誰かに抜かれたかもしれないし、今でも元気に育っているのかもしれない。
 見ていないから知らないのだ。あの日以来僕はろくに外に出ていない。それはただ単に、暑いから。

 夏は暑いから、だから全てはあやふやになっていく。そうしてこれは最後の夏だから。だから少しくらい記憶に刻み込まれるようなことがあったって構わないと、そう溶けた頭で思ったのだ。

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朱沼

小説と漫画

いろんな物語です。
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