自治体の「政策評価」の再評価を―その3 民間企業はアウトカムを測定しているのになぜ行政ではできないのか?―

1 民間企業はアウトカムを測定できるのになぜ行政ではできないのか?


今回は、自治体の政策評価へのよくある批判その2として、「民間企業はアウトカムを測定しているのになぜ行政ではできないのか?」という批判について考えてみたいと思います。

これはよく、民間企業の方が行政を批判する際に出てくる頻出フレーズですが、本当にそうなのでしょうか?

2 民間企業における評価基準

民間企業には、誤解を恐れずにいえば、「利益」のような明確な評価基準があります。

「企業の目的は利益ではない」「利益は、企業や事業の目的ではなく、条件である。」と、かの経営学者ドラッカーはいいます。この考え方からすれば、社会的な目的の達成や社員の自己実現というのも企業の目的、アウトカムの一つになるでしょう。これは全くそのとおりだと思います。

ただ、利益が上がらなければ、事業・企業の存続・拡大ができなくなることは間違いなく、このことを考慮すれば、企業のアウトカム指標の一つとして、「利益」は間違いなく上げられるといえるでしょう。

その他にも、マーケットシェア、ROA(Return on assets:総資本利益率)、ROE(return on equity:自己資本利益率)、EVA(economic value added:経済的付加価値)、ROIC(return on invested capital:投下資本利益率)といった指標や、新規獲得顧客数や顧客の減少数といった顧客に関する数値が評価基準として考えられます。

これらについても、行政が取り扱う問題と比べれば、ある程度わかりやすい結果が見えてくる指標といえます。

3 行政が取り扱う社会問題の複雑性=「悪構造」

一方、行政が取り扱う社会問題は、企業が取り扱う課題よりも遥かに複雑な構造を持っています。社会課題は「悪構造」であるといわれますが、悪構造には、「全体性」「相反性」「主観性」「動態性」の4つがあります。

「全体性」とは、個別の社会問題は他の問題と相互に関連しているというものです。たとえば、女性の社会での活躍を推進すべきと一言でいっても、地域の保育所や企業の託児所をいかに整備するかといった問題、親の介護を女性が担う傾向があるという問題、企業の意識をいかに啓発するかという問題・・・等、様々な要因が相互に関連しているという例が挙げられます。

「相反性」とは、1つの社会問題への解決策が他の問題の悪化につながる可能性があるというものです。たとえば、経済成長を追及した都市開発が環境破壊を進めてしまう、市内に保育所を増やすことで地元から子どもたちの騒音に関する苦情が多発するといった例が挙げられます。

「主観性」とは、あらゆる社会問題が他の問題と関連するとすれば、問題のすべてを理解することは困難であるため、当事者によって問題の定義や分類、評価の仕方が異なるというものです。全く同じ現象やデータがあったとしても、それぞれの人の立場や考え方によって異なる解釈が生まれ、問題の定義が異なることになります。たとえば、ある地域での犯罪の増加という問題について、コミュニティの希薄化に起因していると考える人もいれば、暗がりが多いから考える人もいるといった例が挙げられます。

「動態性」とは、社会問題の構造は常に決まっているわけではなく、時間とともに構造や要因は変化するというものです。たとえば、女性の社会進出は、過去には社会で働く機会を増やすことが主な問題であったが、社会で働く女性が増えてくると、子育てとの両立や管理職の少なさといったことが問題となってくるという例が挙げられます。

このように、社会問題は「悪構造」という特性を持っており、行政は企業と比べると非常に複雑な課題を取り扱うこととなります。複雑な課題を取り扱うということは、その成果の測定も難しくなるということであり、指標の設定も難しくなるということです。

4 行政のステークホルダーの多さと利害関係の複雑さ

ステークホルダー(利害関係者)の数も、行政は企業と比べて非常に多く、かつ複雑となります。

企業の場合、株主・経営者・従業員・顧客・取引先といったものが主なステークホルダーとなります。

一方、行政(自治体)の場合、住民・議会・首長・企業・法人といったように、企業と比べてより広いステークホルダーと関係することとなります。住民と一言でいっても、高齢者、障がい者、子ども、様々な思想を持つ人といったように、多様な属性や考え方を持つ人々であり、そのそれぞれへの対応が求められることになります。

行政のステークホルダーが多く、利害関係が複雑であるということは、そのアウトカムも測定が難しいということでもあります。

以上示してきたように、行政は企業と比べて非常に複雑な社会問題を取り扱い、かつ、その社会問題に関係するステークホルダーも非常に多く、複雑であるという特性から、アウトカムを測定するのが難しいといえます。これをよく理解した上で、政策評価を実施していく必要があるといえます。

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