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旅鉄.without GR051/大曲

夕日のタイミングと合わずに小海線の撮影は不調に終わった。

その帰り道,ほんの20分ほどの道のりなのに,なおみはシートに沈むようにして寝てしまった。疲れているのに無理をしてついて来た。

ふとタローの気配が濃かった。後部座席にずしりと質量を感じた。辺りが不思議な色に包まれている。

マジックアワーって言うヤツかな。精霊が現れる時間だと聞く。胸が苦しくなって車を停めた。山と空だけが明るい。

「どうした,タロー。」

…そうか。

わかった。鉄撮りに行ったからだ。

昔のこと…鉄道をほとんど利用しないボクが邪道の「乗らない鉄撮り」を始めたわけはタローにあった。

タローはふだん,家でも職場でもリードをする習慣がなかったので,旅好きなパパと出かけても観光地を歩くのを嫌った。観光地は犬にとって決して楽しいところではない。回りに気を使う飼い主と一緒に,じっと耐えながら歩くだけである。その様子を見るうちにもともと人ごみの苦手なボクは,しだいに「愛犬と楽しもう」的な観光地から遠ざかり,旅先を趣味の史跡巡りにシフトしていった。マイナーな史跡では滅多に人と会うことはない。遠くから人が来る気配がすればタローを呼びよせて暫時リードをすればよい。タローはとても喜んだ。

もうひとつが鉄撮りである。旅先でローカル線があれば時刻表を調べて列車が来るのを待つ。村はずれの踏切とか田んぼの中とかそれこそ人が来ることは稀である。タローとドレミがさんざん遊ぶ間にボクはあちこち画角を探す。その時間がとても楽しかった。

史跡巡りの方はタロー後も自転車旅の目的地として復活したが,鉄撮りの方はとんと辞めてしまっていた。久しぶりに鉄道を撮りに来たのは,知人に大曲のことを聞き興味を持ったからだ。来てみればそれはそれで楽しい。ドレミとボクは小海線を待つ間のわくわくと緊張感を久しぶりに味わった。たぶんその心に反応してタローも出て来たのだろう。

こうしてタローに会えるなら邪道の鉄撮りを再開してもいいかなと思った。今年,小海線を追ってみようか。

マジックアワーの山を撮影して,車に戻るとドアの開閉に気づいてドレミが目を覚ました。

「どうしたの?」
「タローが来てたんだ。」
「そう」
夕日はすっかり落ちて,明るかった山や空も暗くなっていた。

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