死闘ジュクゴニア_01

第46話「もう一度お前と」 #死闘ジュクゴニア

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前回
 ──尋常ならざる敵。いまだかつてない恐るべき相手! カガリは心の中で叫んでいた。

(あたしは……あたしはここで踏ん張るんだ。そうすれば……そうすればもう一度お前と……そうだろ、ハガネ!)

 灼熱する青の鎧。ギラリと輝く劫火の二字。カガリは鋭くジンヤを睨んでいた。そのジンヤが放つおぞましい光に重なるようにして、ふと浮かぶ横顔──それは凛々しく前を見詰める、少年の横顔だった。

(ハガネ……)

 カガリの心に一瞬の静寂が宿る。脳裏に浮かぶその横顔を眺めながら、カガリはくすりと微笑んだ。そして直後、その表情に覚悟をみなぎらせる。

(任せろ……あたしに任せろ……! あたしはここで踏ん張るからさ……踏ん張ってみせるからさっ!)

 浮かぶハガネの横顔が薄れていく。そしてその視線の先。再び浮かびあがってきたのは、恐るべきジンヤの威容であった!

「ヤってやるよ……」

 その右手に青く輝く灼熱の光球を握りしめる。

「こっちから先に……ヤってやるってんだ!」

 腕を振りかぶり、ジンヤへ向けて光球を投げ──「ほ、威勢がいいの」「!?」

 カガリは驚き、弾けるようにして跳んだ。(なんでっ……いつの間に?)そして空中で身を翻しながら、その声の主を睨んだ。

 カガリが元いた場所、その背後の位置。そこに頭巾を被った一人の男が佇んでいた。小柄だが岩のような体躯。ただならぬ気配。そしてその拳──

 その右の拳には震天!
 その左の拳には動地!

 恐るべき震天動地の四字が、禍々しき光を放っている!

「お前……!」

 距離をとって着地をしたカガリは、歯噛みしながら呻いた。その呻きに応えるように男は目を細めてにぃっと酷薄な笑みを浮かべた。

「ワシはシンキ……震天動地のシンキじゃ」

 シンキの周囲には陽炎のように不気味なジュクゴ力(ちから)が揺らめいている。「さて」シンキは両手をだらりと掲げて構えた。

「ちょっとだけ、遊んでやろうかの」

 ──その遥か上空、ジンヤ第一層直上!

「ぐはぁ、ぐふはは!」

 腹を抱えて笑うのは屍山血河のフォル

「シンキのヤツ! ぐふ! ぴょーんって飛び出していきやがったなぁ! ぴょーんってなぁ!」

 ぐふほ……フォルは続けた。

「たしかに帝国軍はほぼ壊滅しちまったがよぉ。多摩・町田・八王子、三都市の殲滅なんてなぁ……俺らのうち、誰か一人だけいりゃあ楽勝だろうがよぉ! ぐはっ! なぁにを焦ってんだか、シンキのおっさんはぁ。ぐふはっ!」

 はぁっ──それまで目を瞑り黙っていた星旄電戟のバーン。それがため息をつき、そして片目だけを開けて呟いた。

「……嫌ですよ。僕は。三都市の殲滅なんて」

 その口調は冷たい。

「そんな泥臭い仕事、相応しくないですから。この僕には」
「ぐふはっ! 相変わらずだなおい、このお坊っちゃんはよぉ!」
「それに……」

 バーンは再び目を瞑った。

「シンキさんはあの女をいたぶりたい……たぶん、ただそれだけですよ。あの人、そういうのが好きですから」

 ──再び地上!

 カガリの頬に冷たい汗が伝う。

「どうした、どうした。威勢の良さはどこに消えた?」

 シンキが挑発するように嘲笑い、ゆらりとその手を動かした。対峙してわかる。勝てない。勝てるわけがない。こいつは明らかに次元の違う化け物だ。そしておそらくこの勝負は一瞬にして終わる──それも、あたしの完敗で……。しかし。しかしそれでも!

「ヤってやるよ!!」

 カガリは叫び、両手を天へと掲げた。その手の上で渦を巻くのは猛烈な熱風! 「ほほぅ」シンキは目を細めて笑った。カガリが手を掲げる先、空を埋め尽くすようにして青い炎の火球が次々と出現していく!

「どおぉおりゃあああああ!!!!!」

 カガリは叫び、その両の手を勢いよく振り下ろした。天を埋め尽くす火球が唸りをあげる! それは尾を引き、次々とシンキに向かって飛んでいく!

 それとほぼ同時。「ぬぅん!」シンキは深く腰を落とし、拳を握りしめて腰だめに構えていた。そして深く息を吐きながら、その両の拳を螺旋状に突き出す!

「ふぅうんっ! 震天っ!」

 ズゥウウウンッ!!!

 シンキの拳に合わせて鳴動する大気! 歪んでいく空間! それは恐るべき力であった。カガリの放った火球の群れが悉く圧縮され、空間ごと押し潰されていく!

「まだだ……まだだ!」

 カガリは右手の人差し指をシンキへと向けた。直後、そこから放たれたのは全身全霊を収束させた輝き! まるでレーザーのように圧縮された青い炎──それこそはあのツンドラを打ち破った、カガリ渾身の必殺技である!

 それとほぼ同時。シンキは足を高く掲げそして降ろし、大地を力強く踏み抜いていた。

「ぬぅうんっ! 動地っ!」

 ズズゥズズズンッ!!!

 その踏み鳴らした力が伝播し、大地が鳴動する! カガリの立つ地面が割れ、そして隆起した。「あっ……」カガリの姿勢が崩れる。放った青い輝きは狙いを外し、彼方へと飛んでいってしまった。

「ほほ、終わりじゃ」

 シンキが目を細めた。そして──

「はぁああっ! 震天動地!!」

 ズズゥズズズズウウウウウウウウンッ!!!!

(あ……これ死……)

 直後、カガリの体から青い鎧が弾け跳び、そして消えていった。カガリは感じていた。己の足が、腕が、胴が、そして首が。体のありとあらゆる部位が、あらぬ方向へとねじ曲げられていく。そして悟った。もう、助からないのだと。

 カガリはゆっくりと倒れていった。空が見える。その空を見つめながらカガリは静かに思った。あたしの人生、何が間違っていたのかな……。いろいろとダメだったけど、やっぱあれかな。面白半分に街を燃やしたのは、やっぱりよくなかったなぁ。

 やり直したいなぁ。できればあいつと……。あいつとだったらやり直せる気がする。ダメかな。あたしじゃやっぱダメかな。はは。でもせめて最後に……。せめて最後に、もう一度あいつに会いたい。なぁ、ハガネ。お前の顔が見たい。でも……やっぱりダメなのかな。ダメなんだろうな。でも……でも。せめて。せめてもう一度。もう一度お前と──


 


「カガリぃーーー!!!!」


 


「ぬぅ!?」

 シンキは空を見上げた。そして上空に羽ばたく光の翼を見た。それはジュクゴの翼。不撓不屈の翼! シンキはゆらりと腕を動かし、迎撃の姿勢を構えた。そして見た。翼の真下で何かがきらりと輝く様を。

「ぬっ。うぅおおお!?!?」

 それは一瞬の出来事だった。

「バカなぁっ!?」

 シンキの背後へと稲妻が駆け抜ける。そしてくるくると宙を舞ったのはシンキの両腕であった。駆け抜けた稲妻、それは電光石火のライ! そして直後、大地へと降り立ったのは不屈のハガネである!

「うおぉおおおお!!」

 咆哮とともに不撓不屈の翼が翻り、シンキの体が横凪ぎにされた。両断され、宙を舞うシンキの上半身! 「なんと!」宙を舞いながら、シンキのその両目は驚愕で見開かれていた。「無様……油断……したっ! このワシとしたことが!」

 どさり。シンキの体が大地へと堕ちる。「カガリ!」ハガネは駆け寄り、その体を抱き寄せていた。

「カガリ……どうして……どうしてお前が……!」

 カガリは震える唇で絞り出すように声を出した。

「へへ……あたし……ゲンコちゃんとぷにぷに……あたし……ちゃんと守ったん……だぜ……」

 その瞳から光が失われていく。ハガネは悟った。カガリはもう……。

「へへ……なぁ……ハガネ……」

 光を失いつつあるその瞳が、じっとハガネを見つめた。

「あたし……あたしさ……」

 カガリは精いっぱいの微笑みを浮かべた。

「あたし……お前のことが……」

「へへ……」カガリは照れ臭そうに笑い、それから最後の力を振り絞るようにして続けた。

「あたしは……お前のことが好きだっ。好きなんだっ」

「………………っ」

 ハガネは悲しげに顔を歪めた。ハガネは……その言葉に何も応えることができない。だからカガリは──

「……ははっ」

 カガリは心底残念そうに笑った。そしてその鼓動は停止した。ハガネの、その腕の中で──。

【第四十七話「それは神のごとく」に続く!】

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