堀口恭司が凄いのだ_

堀口恭司が凄いのだ。

堀口恭司が凄いことをやってのけた。
舞台はニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデン。

この場所で、堀口恭司という男がとんでもないことを成し遂げたのだ。

「マディソンなんとか……んー。なんか聞いたことがあるな」

そう思った人も多いのではないだろうか。実は僕もそう思った。たぶんボクシングの世界タイトルマッチとか、なんかそういうのをよくやってる場所だ。そしてどうやら格闘技の聖地とか、格闘技の殿堂とか呼ばれているらしい。とにかく、なんか凄い場所なのだ。その聖地で堀口恭司はやってのけたのだ。

しかしここまで読んであなたは思っただろう。「やってのけたって何を?」「そもそも堀口恭司って誰?」と。そして日本では彼がやっている「MMA」という競技は残念ながらマイナーだと言わざるを得ない。

そこで「MMAとは何か?」「堀口恭司とは何者か?」というところから語り、彼がやってのけたことの凄さを伝える試みをしてみようと思う。

MMAって何?

「Mixed Martial Arts」の略。「えむえむえー」と発音する。日本では「総合格闘技」と訳されたりする。「Mixed」や「総合」と称されている通り、可能な限り制約をなくした形での闘いを実現した格闘競技である。もっとわかりやすく言えば「なんでもあり」の格闘技ということになる。

でもそう聞くと、

「え、やだ。なんでもありって凄く野蛮」

そう思った人もいるのではないだろうか。でもご安心ください。MMAはその草創期こそアングラで、いかがわしい雰囲気を持っていたようだし、時には凄惨な結果を生んだりもしたようだ。

しかし! 今ではまったく事情が異なっている。様々な過程を経て現在では「極めて健全なスポーツ」として成立しているのだ。その経緯は下記に詳しい。

ルールの改正を重ね、2000年からは、ニュージャージー州のアスレチック・コントロール・ボードが中心になって制定したMMAユニファイド・ルールの下で試合が行われるようになり(中略)特に2008年から2010年の3年間では、MMAを合法的スポーツとして認可する州が22州から42州にまで増え、現在、アメリカの全州において、MMAはユニファイド・ルールに準拠したルールで競技が行われる、合法的な格闘スポーツとなりました。

(上掲記事からの引用。)

アメリカ以外の地域では事情が異なる点はあるが、この「ユニファイド・ルール」が強い影響力を持ち、MMAの市民権獲得に大きくつながったことには間違いがない。

その結果、いまやMMAは世界中で熱狂的に支持されるスポーツのひとつとなった。事実、2018年にはMMAのアイコンの一人、コナー・マクレガーが「世界で最も稼ぐスポーツ選手」のランキングで第四位になっているのだ。

これは凄いことだ。なぜならあのサッカーのネイマールやテニスのフェデラー、ゴルフのタイガーウッズよりも稼いでいるのである! 現在のMMAはオリンピックに出ても不思議ではないレベルのトップアスリートたちがしのぎを削る舞台であり、「街の喧嘩自慢」が殴り合うといった次元とはかけ離れたものとなっている。

そういった世界中の凄まじいアスリートたちが制約の少ない格闘ルールで競い合う。そう考えてみると「なにか凄いことが起きているぞ」と感じてもらえるはずだ。

そのような世界的な潮流の中で、日本の事情はかなり特殊と言えるだろう。かつては「PRIDE」というMMA団体が隆盛を誇り、そこは当時としては世界でもトップクラスの舞台だった。しかしPRIDEは2007年、様々な問題からあっけなく消滅してしまった。

その結果、日本では健全なスポーツとしてのMMAが認知されないまま、世界から取り残された形で10年余りの時が経過してしまったのだ。

堀口恭司という男

堀口恭司は1990年生まれの28歳、群馬県出身。空手をバックボーンとして活躍するMMAファイターだ。

元UFCフライ級ランキング3位、現RIZIN世界バンタム級王者。──と書いてもなにがどう凄いのかわからないと思うのでざっくりと書くと、要するに60㎏前後の階級では世界屈指の選手なのだ。

堀口の最大の武器は空手で培った出入りの早さ、そして的確な打撃だ。遠い間合いから稲妻のような打撃を繰り出す。それはあまりにも早いため、対戦相手はまるで堀口が瞬間移動したように感じることすらあるだろう。

実際に試合の映像を見るとその凄まじさがわかるはずだ。

もちろん堀口の武器はそれだけではない。現在のMMAは打撃が強いだけで通用するような容易い競技ではない。MMAの技術要素を表す言葉として打投極(だ・とう・きょく)という言葉がある。つまり打撃、投げ、組技、そのすべてに秀でていないとMMAでは通用しないということを意味する。しかし現在のMMAはすでにその次元すらも超えている。

現在のMMAでは打投極、それらは文字通りMixedされている。つまり打撃や投げ、極めといったそれぞれの点のつながりによって構成されるのではなく、その攻防の際(きわ)も含めたすべての局面で全要素がシームレスに展開される。総合的で全局面的な動きと判断ができなければ世界レベルでは通用しない。そして堀口は世界レベルの選手だ。つまり堀口は空手の動きを核としつつ、全局面で対応できる。そういう選手なのだ。

そして堀口の入場曲はFabolousの「My Time」。

この曲とともに入場してくる堀口はあからさまな強者のオーラを漂わせ、非常にかっこいい。

最近ではその爽やかでどこか少年のような笑顔、単身アメリカのジムに住み込み、格闘技漬けの生活を送るストイックさなども相まって、急激に女性ファンを増やしている(気がする)。

MMAのメジャー団体

MMAの世界には複数の有力な団体が存在する。まずアメリカのUFC。ここが世界最高峰の舞台だ。ついで同じくアメリカのBellator、シンガポールのONE Championshipが二番手集団。日本最大の興行団体であるRIZIN(ライジン)は単純な規模の比較で言えば残念ながらその下に位置すると考えていいだろう。

堀口はUFCでトップランカーとなり、その実績を引っさげて日本のRIZINに凱旋してきた。本来はフライ級(約57kgリミット)の選手でありながら日本では同階級に敵がいない。そこで一階級あげてバンタム級(61kgリミット)を主戦場とした経緯がある。

2018大晦日、ダリオン・コールドウェルとの闘い

ダリオン・コールドウェルは上述したアメリカBellatorにおけるバンタム級のチャンピオンだ。レスリング(吉田沙保里とかがやってるあれです)出身で高校時代は3度ニュージャージー州の王者となり、大学時代は2度オールアメリカンに選出されている。まさにトップ中のトップ、真のアスリートだと言える。

RIZINとBellatorのパートナーシップにより、そのダリオン・コールドウェルが2018年の大晦日、日本でRIZNのバンタム級王座をかけて堀口恭司と対決した。

ダリオン・コールドウェルは本来、バンタム級よりも一階級上のフェザー級(約65kgリミット)の選手である。対して堀口は本来、バンタム級の一つ下、フライ級(約57kgリミット)の選手だ。つまり事実上、二階級差のある対決だった。ダリオン・コールドウェルと堀口恭司の身長差は約13cm、リーチではなんと約20cmの差がある。その対格差は相当なもので、二人が並んだ写真を見るとそれがよくわかる。

しかし堀口は勝った。3R1分13秒、ギロチンチョーク。

マディソン・スクエア・ガーデンでの再戦

それから約半年。現地時間6月14日(日本時間6月15日)、マディソン・スクエア・ガーデンにて両者の再戦がおこなわれた。しかもただの再戦ではない。今度はBellatorのバンダム級王座をかけたタイトルマッチ。この試合が現地アメリカではどう受けとめられたのか。それは下記の記事に詳しい。

――プロモーションは異なれど、BellatorとRIZINの現役王者が現実に交わることで、ワールドシリーズ的な統一戦が行われる期待感を抱き始めている?

「明らかにそういう動きを煽っています。RIZINとBellatorがチャンピオンvsチャンピオンをやることによって、いまある程度確立されたMMA業界を壊して、その先があるんじゃないかという期待感をジャーナリストたちは持っていると、すごく感じました。今回の取材は会見ではなかったので、メディア毎に質問を用意してきていますが、どのメディアもその部分に集中していました」
――独占契約が常ですが、コールドウェルと堀口選手はBellatorの王座をかけて戦う。昨日、堀口選手がインタビューで、「初めて2つの団体のベルトをとることによって格闘技界に新しい流れができてくるのではないかと。例えばUFCのチャンピオンと戦うとか、いろんなことが可能になってくるのかなと思います」と語ったことに驚きました。

「そうですね。本当に要はやらなきゃわからないじゃないですか。だから『もしも勝者があの王者とやったら』という状態がずっと続くと思うんです。もしも堀口選手が勝って、UFCの現役王者とやったらどっちが強いのか──当然そこに行き着くわけじゃないですか。その議論を現実のものとして考える、そういう動きが起きているのだと思います」

(いずれも上掲記事からの引用。強調は筆者。)

そして。

堀口は再び勝った。

これで堀口は同時に二つのメジャー団体の王者となったのだ。これはMMAの歴史上、初となる快挙だ。さらには先に引用したように、世界のMMAメディアの論調はすでにその先、つまり真の世界最強を決める闘いへの期待感を抱きつつある。いまや、その熱い渦の中心にいるのが堀口恭司なのだ。

 常々、「日本、世界の格闘技を盛り上げるために」と言い続けてきた堀口は、米・メディアから同じ質問されるたびに「この試合で、世界の総合格闘技の流れを変えたい」と強調してきた。

 試合後の記者会見では「団体の垣根を越えて、自分が2団体の王者になった事は、ベラトールのスコット・コーカー代表、RIZINの榊原代表の協力があったからこそだと思いますし、本当に感謝です。2団体のベルトを獲った事によって、世界の総合格闘技の流れが変われば良いと思う。RIZIN、ベラトール、UFC、それぞれが別々ではなく、垣根を越えて闘える機会があれば良いと思います」と試合後の記者会見で語った。

(上掲記事からの引用。強調は筆者。)

今後、日本のメディアでも少しずつ堀口の露出は増えていくだろう。そしてこれは断言してもいいが、彼の試合は掛け値なしに面白い。見て損はない。要注目だ。

【おしまい】

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