死闘ジュクゴニア_マガジン

第40話「永久凍土」 #死闘ジュクゴニア

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前回

 ミヤビはハガネを見た。その表情は静かに微笑んでいた。

「ハガネ……お前は美しい」

 ミヤビの体が、花となって散っていく。

「ミヤビ……」

 ハガネはミヤビを見つめた。ミヤビの崩壊が加速していく。まるで花吹雪のように、はらはらと花びらが舞い散っていった。ミヤビは目を伏せると、何かを考えるかのように目を閉じた。

「ハガネ」

 再びその目が開かれた時、ミヤビの眼差しからは光が失われつつあった。しかし、その瞳の奥には未だ力強い覚悟が宿っている。

「お前は……」ミヤビはその眼差しでハガネの瞳をじっと見つめた。「何をしている……」

 ミヤビの表情が、まるで叱責するかのような表情へと変わっていく。

お前はここで何をしている!
「!」

 ミヤビはジンヤが去っていった空を指差した。そして言った。「追え……追うのだ、ハガネ!」その指先が、その腕が、花となって散っていく。

「お前は……私が認めたお前は。こんなところで立ち止まる男ではないはずだ」

 ミヤビは崩れ落ちそうになる己を強いて、最期の力を振り絞るにして言った。

「お前にはいるはずだ……護らねばならぬ者たちが。お前にはいる……そうだろう、ハガネ!」「ミヤビ……」

 ハガネは想いを押さえるように俯いた。そして、再び顔を上げミヤビを見て言った。

「……わかった。俺は行く。だが……」

 突然、ハガネは両手でぐっとミヤビの肩を掴んだ。ミヤビは驚いたような表情を浮かべ、その不屈の瞳を見た。ハガネはミヤビの瞳を覗きこむように見つめながら言った。

「俺は……お前との決着がついたとは思っていない」

 二人の間に静かな沈黙が流れた。間をおいて、ミヤビは俯き加減に横を向いた。それはまるで視線を逸らすかのように。そして呟くようにして言った。

「ふん……早く行け」
「ああ……」

 ハガネはミヤビに背を向けると、振り返ることなくライに向かって歩いていった。

「ライさん」
「あぁ、急いでやつらを追……って、え……? お、おい……」

 ひょいとライを抱きかかえる。

「しっかりと掴まっていてください」
「お、おい、ちょ、ちょっと待ってくれ、ハガネ」

 急に抱きかかえられ戸惑うライをよそに、ハガネはその不屈の眼差しをジンヤが去っていった方向に向けた。

「今の俺なら……」その瞳の不屈がバチリと輝いた。「やつらを追える!」

 不撓不屈の翼がバチバチと音をたてて拡がる。そしてハガネは飛んだ──ミヤビを振り返ることもなく。その羽ばたきは美しく煌めく。そして、力強かった。

「ふっ、行ったか……」

 ミヤビはそれを見届けると「ぐぅっ」力尽きたかのように膝をつき、そして仰向けに横たわった。

「おい……!」フウガが駆け寄る。「あんた、本当にこんなところで終わっちまうのか……それでいいのか、あんたは!」

「はは……」ミヤビは渇いた笑いを漏らした。
「口の利き方……」
「おっと……」
「ふっ……すっかり元に……戻ってしまったようだな……」
「すまねぇ……」

「いや……」ミヤビはフウガを見た。その眼差しは静かだった。そして言った。

「……すまない」
「……?」
「私はお前を巻き込んでしまった……お前はこれから……ジュクゴニア帝国に追われる身となるだろう……」

「はっ! 」フウガはその言葉を笑い飛ばした。「謝るとか、あんたらしくねぇなぁ、ミヤビさん。それに……」ニカリと歯を輝かせて笑う。「そうなれば戦いには事欠かねぇ。それは俺にとって本望ってもんだぜ」

「ははっ……そうか、お前は……そういうやつだった……な……」

 ミヤビの下半身はすでに消滅していた。その瞳からは急速に光が失われつつあった。ミヤビの意識は、もはや消えかかろうとしていた。

「……おい」フウガは奥歯を噛み締め、そして絞り出すようにして叫んでいた。

「おい! おい……しっかりしろ!」拳を握りしめる。「本当にこれでいいのか、あんたは! おい!」大地を叩く! 「しっかりしてくれ! おい……しっかり……してくれよ……」

 フウガの叫びはいつしか祈るような言葉へと変わっていた。しかしミヤビは応えない。「くそっ……!」フウガは仰ぐようにして天を見上げた。

 空は蒼かった。そこからはらりはらりと季節外れの粉雪が舞い降りてきた。「……?」フウガは感じていた。空気が、風の流れが変わりつつある。

「これは……!?」

 フウガはミヤビを見た。ミヤビの体から舞い散る花びらの動き、それがまるでスローモーションのように緩慢になっていき……やがて、まるで時が止まったかのように静止した。

「!」

 フウガは驚き顔を上げた。向こうから女が駆けてくるのが見えた。

「ミヤビ様ぁ!」

 叫びながら駆け寄ってきた女。その片腕は失われている。「おい……」女はフウガの制止を無視してミヤビに縋り付くと、さめざめと泣きはじめた。

「お前は……」

 泣き続ける女の顔を横切るようにして、四字のジュクゴが輝いている。それこそは

 永 久 凍 土 !!

 ミヤビの崩壊は止まった。それは永久凍土の力であった。しかしその代償として、その体からは熱が失われている。ミヤビの体は凍りついていた。

「これではまるで……」フウガは呟いた。そう、それはまるで、氷の彫像のように──。

「ミヤビ……ミヤビ様……」

 その女──ツンドラはさめざめと涙を流す。しかし、その表情には覚悟が秘められていた。

 調布郊外。レジスタンスの拠点、その屋外。

 ゲンコは焦っていた。ハガネの言いつけ通りに早く拠点を放棄しなければならない。すぐさま撤収を進めなければならない。

 すでにステラをはじめとした怪我人たちは台車に載せ、先行して出発させてある。あとは自分たち少数のメンバーを残すのみ。急ぎ先発隊の後を追えばいいだけなのだが……。

「うりうりうりー」
「うわー、やめろー、離せぇ!」
「あははは、ぷにぷにしてんなぁ、お前。かわいいなぁ」
「カガリさん!」

 ゴンタ抱え、ぷにぷにして喜ぶカガリ。(あぁ……この人、自由過ぎる……)頭を抱え、はぁっとため息をつくゲンコ。

「だから! もたもたしている時間はないんです! カガリさんも早く……」

「ん。ん~?」

 空を見上げ、怪訝そうな表情を浮かべるカガリ。腰に手を当て、呆れたようにゲンコは言った。

「もぅっ……どうかしましたか、カガリさん」
「あー。あーあ……」

 カガリは少し残念そうな表情を浮かべた。そして「ほいっ」ゴンタをゲンコに手渡した。

「えっ?」
「あのさぁ。もーちょっとこいつをぷにぷにしたかったんだけどさっ」
「ぷにぷに言うな!」じたばたとゴンタが怒る。

 カガリは再び空を見上げ、凶悪な笑みを浮かべた。

「なーんか。そーもいかなくなったみたいねぇ」

【第四十一話「アタシは強い!」に続く!】

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