萩原 修 はぎわら しゅう

つくし文具店 店主

東京の郊外でデザインは可能か?

サラリーマンを卒業したのが15年前の2004年6月。42歳の時でした。正直、これ以上、都心への会社勤めを続けていたら、精神的に死んでしまうと感じての覚悟の逃亡でした。なんの保証も、次の仕事も決まっていませんでした。貯金もありませんでしたし、住宅ローンもたくさん残っていたし、娘二人の教育費もかかる時期でした。

けして、会社や仕事に恵まれなかったわけではありません。まわりから見たら、好きなことを好き

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アートとデザインとビジネスの関係

3年前に行ったアメリカのミルウォーキーやシカゴで出会った人から聞いた話が忘れられない。それは、「アートとデザインとビジネスの関係」の話だった。

アートをやるためにアメリカに渡り、今では通訳の仕事をしている日本人女性。(こう書いただけで、誰だかわかる人もいるかもしれない)その通訳の能力は、すごかった。事前にぼくのことを調べつくし、ぼくの一言をそのまま通訳するだけでなく、背景も含めて解説してくれた。

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デザインで、つながりをつくる。

特にやりたいことが言えなくて、何を目指しているのかと聞かれると「世界平和」と真面目に答えていました。それは、今でもそうで、世界が平和になって、すべての人が幸せになれないと、自分も幸せになれないと本気で考えています。

「そんなこと言われてもよくわからないよ」と友人に言われ、それはそうだよなと思って、自分の目指していることをいろいろと考えていたのですが、昨年、ふとしたきっかけで、自分の目指しているこ

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デザインとコミュニティ

美大出身でデザイン教育に関わる4人で、「デザインとコミュニティ」という本をつくりました。

ぼく自身は、2004年に会社を辞めて、地域でデザインの仕事を模索してきて、まだ14年。他の3人は、大学在学中から地域に関わりはじめて、30年以上もコミュニティを意識したデザイン活動を続けています。

2018年の現在でこそ、コミュニティデザインやらソーシャルデザインという言葉が浸透してきていますが、ぼくが大

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デザイン教育は、どこに向かっているのか

社会の中でのデザインの役割が変化して、大学でのデザイン教育も変わってきていると感じている。

ぼく自身は、4年前から明星大学デザイン学部の教授となり、美大ではない総合大学の中のデザイン学部というものをはじめて体験している。このデザイン学部は、受験にデッサンもなければ、専門的なデザイナーになることだけを目指している訳ではない。

デッサンと平面構成を予備校で鍛え、一浪して美大のデザイン学科に入学した

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美大生が下請けにならないために

美大生がもっと活躍できる社会を実現したい。そのためには、美大生がどう変わればいいのか。そして、世間の美大生をみる目がどう変化すればいいのか。

ぼく自身は、80年代前半に、美大を卒業している。その時代は、バブル経済に向けて景気が良くて、誰でも就職できるような状況だった。

デザイナーという専門職には、ならないと決めて、4年生の9月にスーツを買って、たまたま知った興味のある企業を2社だけ受けて、すん

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