で、結局どうやったら漫画家になれるんスか?4

「漫画で食えない時代に食っていくためには、「電子書籍を主戦場に作品を自己管理する」という方法が、1つの大きな選択肢になりつつあるのではないか?」

前回はそんなお話をしました。(前回から間がい空いてしまいましたが)

そうは言っても、どこから手をつけたらいいのでしょう?

漫画家の方もまだ志望者の方も、手元に作品があっても販売手段を知らないケースが多いです。
結論を言うと、「まずは電書バト(僕の会社が運営している電子書籍取次サービス)にお問い合わせください」となってしまいますが、ここでは自己管理がテーマですので、自分で電子書籍配信をしたい場合に何が必要かお話します。

で、電書バトでは僕が昨年から担当してきた電子書籍作品が、最近になって続々と配信を開始しています。


郷田マモラ作品12冊、近日配信開始2冊


「解体屋ゲン」配信中1冊、近日配信開始60冊


こしばてつや作品47冊


「Deep Love REAL」19冊


「4P田中くん」51冊

元々知り合いだった作家さんから取次を依頼されたケースもあれば、僕からお声がけしたケースもあります。

僕が担当するのは、作家さん、デザイナーとのやり取りや、進行管理(?)といったところ。
実際のデータ整備作業や納品作業は別の担当者おります。

では、上記作品の配信までの過程をご覧いただきましょうか。

配信までに何が必要か見えてくるはずです。
まず最初に行なうのは、作家さんとお会いして打ち合わせです。
配信までの段取りやデザインについて話し合います。


漫画の電子書籍に必要なデータはざっくりと下記の3つ。

・漫画本編データ

・本編以外で、「カバー、目次、奥付、ブランクページ」などデザイン要素が必要なページ

・タイトル名や本の価格、ページ数、作品紹介文などを取りまとめた「書誌データ」


基本的にはこれらを作家さん自身でご用意していただきたいのですが、どういうデータ規格で用意すれば良いのかわからない、デザインなんてしたことないよ、エクセルなんて使ったことないし、ということがよくあります。

最初の打ち合わせでは、現在の状態を共有します。

電子書籍用の納品データを揃えるためにどのような作業が必要になるか、作家さんにできる作業、できない作業を洗い出します。
本編のデジタルデータを持っているのか?
アナログで執筆していてデジタルデータは一切持っていないのか?

本編データは作家さんがデジタルデータを持っていればそれを使います。
仕上げもテキストも完璧な状態のデータがあれば、それに越したことはありません。
しかし、「原稿はPhotoshop(画像ソフト)で描いているので、psdデータは持っているけど、フキダシの中のテキストはフォントを何使えばいいかわからないし、出版社にお任せしてたので空白のままです」ということもあります。
その場合は、テキスト入力をなんとかしなければいけません。
入力にはいろいろと技術やルールが必要です。
具体的なルールはややこしいので後述します。


データがなければ単行本や雑誌をスキャンしてデータを作ります。
漫画の場合、本編は版面を含めて作家が作るので、版元は権利を主張できないケースがほとんどです。(「版面のテキストの権利は出版社にあるから、作家には使う権利がない」と主張する編集者もいますが嘘です)
なので、雑誌さえあれば電子書籍データは作れます。
これも「雑誌をスキャンして、はい、完成」というわけには行かず、様々な技術が必要です。
これもややこしいので後述としましょうか。

データの状態を調べて、「なるほど、その状態だとこの作業とこの作業が必要になりますね。この部分は作家さんのほうでお願いできますか?この部分は弊社がやります。作業は何人日かかるのでデータ完成までに何日かかります」とざっくりスケジュールを立てます。
ぶっちゃけ「データの扱いは一切わかりません」という作家さんもいらっしゃいます。
その場合は紙単行本、雑誌のスキャンからすべてウチが行ないます。
本編データ作成作業費は、将来、発生するであろう「電書バト」の手数料に含めます。
足が出ることもしばしば。


さて、本編データ完成までの段取りを決めたら、次はデザインです。
電子書籍に最低限必要なデザインは「カバー、目次、奥付、ブランクページ」。
紙単行本がすでにある作品の場合も、そちらのデザインをそのまま流用することはできません。
作品タイトルロゴを始め、デザインにはそれを作ったデザイナーに著作権があります。
デザイナーに許諾を取れば電子書籍にも流用できますが、出版社から対価を受け取って作成した成果物なので、大抵は無理です。
許諾してくれません。

なので、自前で新たに作り直す必要があります。

漫画家が自分でデザインする方法も無しではありませんが、餅は餅屋。
特にカバーは電子書籍ストアに並んだ際に顔となる部分ですので非常に重要です。
これまでの経験で言うと、カバーのクオリティの良し悪しで売り上げに何十倍かの差が出ます。
ここはプロにお金を払って作ってもらいましょう。

ということで、デザイナーが決まっていれば打ち合わせに同席していただき、デザインについて話し合うこともあります。
作家さんが新規でイラストを描き下ろすことができない場合は、本編中のイラストをコラージュしてデザインを作ったり、古い作品であれば、当時の読者、現代の読者の両方にアピールできるデザインって何だろう?と模索します。

デザインの方向性を決定し、スケジュールなども決めたら、内容を依頼書にまとめて、見積もりを出してもらい、合意できれば発注→制作に入ってもらいます。
依頼書を書いたり、デザイナーとのやりとりは大抵、僕がやっています。
本来は作家、デザイナー間でやりとりしていただきたいものの、ハードルが高いので。

デザイン費用はさすがに「電書バト」の手数料に含めることが難しいので、売り上げから相殺させてもらうようにしています。
が、足が出ることもしばしば。


よし、デザインも決まったぞ。
残りは書誌。


小さくてよくわからないかもしれませんが、こんな表がありますので、例にしたがって空欄を埋めてください。
ここで書いた情報が実際のストア商品ページに反映されます。
エクセルを使ったことがないという作家さんも多く、そういう場合は僕がこっそり書誌データを作成しています。
が、僕がイレギュラーな対応をしてしまうと、他のスタッフに業務を引き継いだ際、「こちらの作業量を増やさないでください」と怒られます。
なので、こっそり。

できるだけ作家さんにやってもらう。
できないことは業務外でも何とかする。
初期費用は一切いただかない。
デザイン費用だけ売り上げから相殺。
そんなスタンス。

書籍データ、書誌データが揃ったら、後はストアに納品します。
無事に配信開始、数ヶ月後には売り上げに応じたロイヤリティが支払われます。
電子書籍配信まで大体どんな作業が必要か大まかな想像がついたでしょうか?


もうお腹いっぱいという方はここでページを閉じてください。
続いて「後述する」と書いた2点についてご説明します。

1.原稿のデジタルデータを持っているけど、テキストは入力していない→テキストを入力する際のルール

2.紙書籍(単行本、雑誌)からデータ化する際の方法

まず前提として、電子書籍ストアに納品する電子書籍データは、そのまま加工されることなく実際の商品データとして使用されます。
「ここまでやっておけば、後はストアの人がなんとかしてくれる」ということはありません。
ストアが要求する納品データは大体下記の規格を満たしていれば大丈夫です。

・データ形式: jpg
(最終的にePubにする必要がありますが、大きな問題ではないので割愛

・サイズ: 1414×2000px(クリスタを使用した場合、用紙B4、600dpi、断ち切り枠をA4に設定すると、縦2000pxにして断ち切りの内枠までを書き出した時に1414×2000pxになります)

・解像度: 72dpi以上(600dpiで元データを作成している場合は、600dpiでも構いません)

・セリフの抜けがないこと(フキダシ内のテキストがすべて入力された状態であること)

・断ち切り位置が適切であること(ノド側に余白があり、断ち切り外に余白などがないこと)


個別の説明をしましょう。
少々、技術的な話なので読み飛ばしても構いません。

1.原稿のデジタルデータを持っているけど、テキストは入力していない→テキストを入力する際のルール

(1)フキダシ内の通常会話→I-OTFアンチックstdBの使用を推奨

(2)通常会話以外(実際、言葉に出していないセリフ、回想シーン、モノローグ、電話の会話など)→ヒラギノ丸ゴ ProN w4の使用を推奨

(3)太字で強調したいセリフ→ヒラギノ角ゴシック w6~9の使用を推奨

(4)I-OTFアンチックstdBを使用する場合の注意点
「!」「!!」「?」「!?」「〜」など→クリスタの場合:文字ツール→ツールプロパティ→サブツール詳細→文字一覧→CLIP STUDIO PAINT外字を使用すると便利です。
CLIP STUDIO PAINT外字を使うと「〜〜」と打ちたい場合、字間を調節しなくても自動的に繋がります。
また、「!」「?」はI-OTFアンチックstdBを使用した場合、全角ひらがな入力では明朝体、半角英数を使用するとゴシック体になる特性があります。
「!?」と入力したい場合は縦中横2文字で半角英数で「!」「?」と入力する必要がありますが、その場合、ゴシック体になってしまいます。
「!」「?」を使用する場合は明朝体を使うのが一般的なため、フォントを揃えるならば、「!?」と半角英数入力した後に文字を選択し明朝体に変換する必要があります。
が、入力の際、CLIP STUDIO PAINT外字を使用すると特に複雑な操作をせずともすべて明朝体となり、フォントが入り乱れる現象がなくなります。

(5)句読点「。」「、」は使用に関して絶対的なルールはありませんが、使用しない場合は全テキストとも使用せず、使用する場合は全テキストに使用を推奨しています。
その時々で使ったり使わなかったりすると、作品全体のクオリティが低く見えます。
句読点を使用しない方針の場合、「、」を打ちたい時はその箇所に半角スペースを空けてください。
また、あえてこのテキストだけは「。」を打ちたい、という場合もあるかと思いますので、ごく限られた場合に「。」を使うのは良いと思います。

(6)数字表記 
・単純に数を表す数字→半角英数アラビア数字(1.2.3.)
例 1個 2階 3人 10回など
・数を表しているが、単純に数を示す意味で使われていない数字→漢数字(一、二、三)
例 たった一度(「2回目はなく唯一」という意味合いなので、単純に数を示す意味とは言えない)
 二度と会わない(「再び会うことはない」の意味合いなので、単純に数を示す意味とは言えない)
・慣用句、ことわざ、固有名詞など→漢数字
例 一期一会、一生、三度目の正直、田中一郎、
・アラビア数字を使う場合、2桁までは縦中横表記
3桁からは縦に一文字ずつ表記

(7)アルファベット表記
略記 は縦に一文字ずつ表記
(例:VIP=Very Important Personの略など→縦に「V」「I」[P」と一文字ずつ表記)
略記以外→縦書きの場合、アルファベットを横向きに寝かせて表記

(8)表記の統一
「オレ」「俺」「おれ」など同じ発音の言葉は、特別な意図がない限り、表記をどれか1つに統一してください。
「こと」「事」「ください」「下さい」など表記揺れが発生しやすいです。

おおまかには以上です。

他にも漢字表記に常用漢字を使用するか、常用漢字外を使用するかなど、いろいろな問題があります。
「きく」は「聞く」「聴く」「効く」「訊く」などいろいろな漢字があります。
上記の内、「訊く」は非常用漢字に分類され、常用漢字しか使わないルールの場合、「聞く」「きく」を代用します。
使い分けが面倒な場合、すべて「聞く」で統一している作品もあります。

「わかる」も「解る」(理解する)、「判る」(判明する)、「分かる」(はっきりしていなかったことがはっきりする)がありますが、この内、常用漢字の読みは「分かる」だけです。
「分かる」は理解する、判明するの意味にも使えるため、「わかる」はとりあえず「分かる」と書いておけば問題ないとされます。

文字の大きさ、行間、字間は、僕は16pt行間5字間0に設定していますが、作家や作品によるのでこれが正しいとは一概に言いにくいです。


2.紙書籍(単行本、雑誌)からデータ化する際の方法

これも技術的な話。
ここでは雑誌からデータ化する手順を説明します。
ダルイ人は読み飛ばしてください。

(1)雑誌からデータ化したい作品ページを切り取る

(2)必要ページを全てスキャナでスキャンする
(スキャン設定はグレー、600dpi、裏写り防止ON、用紙色OFF、シャープ-1など何パターンか試してもっとも美しくスキャンできる設定を探ります。グレーモードでスキャン後、画像ソフトでモノクロ変換したほうが調整しやすいことが多いです。)

(3)傾き補正ソフトでデータの傾きを修正する
(スキャンは必ず微妙な傾きが発生します)

(4)Photoshopなどの画像ソフトでアクションを組み、全ページに実行する
(スキャンデータには細かなノイズ=ゴミが残ります。
また、本の裁断の際、わずかな裁断位置のズレにより、各ページとも横方向に数ピクセルずつデータサイズに違いが出ます。
そのため、ゴミ取りやデータサイズの統一を行なう必要があります。
データサイズはバラバラだとePub化した際に不具合が出やすいです。
ゴミ取りは最終的に手作業が必要ですが、ある程度のゴミはアクションで自動で消せます。
データサイズ統一は偶数ページ奇数ページで分けてアクションを組み、ノド側の元々ある余白部分にさらに余白を足して行ないます。
柱側に余白を足すと美しくないのでやめましょう。
後は、グレーデータをモノクロ二階調化したり、コントラストを調整したり、モアレを軽減するために軽くボカシを入れたり、いくつかのアクションを組み込み実行します)

(5)ゴミ取り
(アクションでは取りきれないゴミを手作業で消します)

(6)見開き調整
(2Pにまたがる見開きページは絵にズレが生じやすく、手作業でズレを修正します)

(7)カバー、目次、奥付差し替え
(別途デザインしたカバー、目次、奥付を本編データと合成します)

(8)リネーム
(リネームソフトでページ順に新たにデータ名を付け直します)

(9)ePub化
(ボイジャー ロマンサーが格安で便利)

この他に扉ページのサブタイトルを入力し直したり、カラーページを差し替える作業を行う場合もあります。

書き出して改めて感じますが、これらの技術、知識を短期間で理解し実践するのは、なかなか難易度が高いです。
実際に販売されている電子書籍データを確認しても、これを全て実践している版元、取次はそれほど多くはありません。
データサイズを統一するために縦横比自体を変更しているケースは非常に多いです。
三大出版社も大体そう。
けど、それをやると絵が微妙に横長になったりするんですよね。
傾き補正していない、ゴミ取りをしていないデータもよく見かけますし、乱丁落丁も時々ありますね。
中には見開きのコマが乱丁していたり。

蛇足ですが、こんな報道を見かけました。

Jコミの電子書籍版YouTube構想が新局面へ。海賊漫画サイト対抗の実証実験を実業之日本社と開始


「漫画無料配信サイト『マンガ図書館Z』を手がけるJコミックテラス(Jコミ)と、老舗出版社の実業之日本社が共同で、海賊版サイト対抗システムの実証実験を開始」
「電子化された素材データの提供に関して第三者からの提供を受け付け、また第三者がそこから報酬を得られるようにしている」
「海賊版サイトにあるデータをそのまま実験サイトにアップするだけでも、公開されれば収益が得られる」などと書いてあります。

しかし、これは大きな問題を孕んでいます。

海賊版データがコストをかけて整えられたデータであるとは到底考えられません。
乱丁落丁も当然あるでしょうし、改編が加えられている可能性もあります。
データのクオリティは誰が担保するのでしょうか?
「作家、出版社がチェックして、クオリティが低ければ公開しないから問題ない」という結論になるのだとは思いますが、そうなると海賊版データは100%クオリティが低いです。

そして、「作家、出版社がチェック」というのは言うほど楽な作業ではありません。

出版社に専属のチェック担当者を置いてデータの問題点を洗い出し、作家に連絡、確認をしてもらいます。
作家は忙しいからなかなか確認してくれません。
数週間待った後、作家視点で新たに発見された問題点や「ここはこうしたい」という希望が出てきます。
それらを併せて対応を協議し、決定した方針に従って実際に修整作業を行います。
修正後さらに確認→また修整を繰り返してデータ完成。
海賊版データが1000冊アップされたら1000回、1万冊アップされたら1万回、その作業を繰り返さなくてはなりません。
海賊版データごとに固有の問題が含まれていますから、問題点の洗い出しと対応を協議するだけでかなりの時間を取られるため、それならゼロからデータを作ったほうが早いかもしれません。


単行本を裁断してスキャンするだけであれば、自炊代行業社に依頼すれば1冊100円〜で可能です。
海賊版データはそのクオリティです。
それを商品レベルに引き上げるためには、1冊数万円の経費がかかります。
机上の空論というか、いかにも自分で汗をかいていない人の発想だな、と思うわけです。


さてと、ここまで書いてきたことをすべて自分できれば電子書籍データは完成です。

後は会社を立ち上げストアに直接連絡してください。(個人とは契約しない取次、ストアが多い)
Kindle、楽天koboなどは個人でも契約できます。
が、ここもいろいろと問題があって、Kindle(=KDP)はKDPセレクトに登録しないと個人ではKindle unlimited(読み放題サービス)で配信できません。
KDPセレクトに登録すると、アマゾン社に対して、「Kindle以外のストアで販売しない」という誓約をさせられます。
読み放題に投入できないと、売り上げは大きく減少します。

あるいは、弊社のような電子書籍取次サービスを利用してください。
電書バトならアマゾンに忠誠を誓わなくても、kindle unlimitedへ登録可能です。
配分率もKDPより高いです。


ここに書いたことは、僕が誰かから教わったことではありません。

漫画家が自前で電子書籍販売をしようと思った時に何が必要が考え、ゼロから実践してきたことです。
トライ&エラーの結果です。
「自分がやるのはめんどくさいと思う人」には、電書バトを用意しました。
自分でやってみたいと思う人にはノウハウは普通に教えます。

次に続きをいつ書けるかわかりませんが、ストアや取次との契約の仕方や納品の手順などもう少し詳しく書きたいですね。

この記事が誰かの役に立つことを願います。



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