絵柄について

絵柄ってなんでしょうね?

先日、某ゲーム会社の依頼で描いたイラストがボツになりました。
資料(同系統他ゲーム画像の束)を渡され、「自由に描いてください」とのことでした。
で、本番を提出したら「佐藤秀峰とわかる絵柄で描いてください」と描き直しを命じられた次第。

僕は佐藤秀峰なので、「佐藤秀峰の絵柄で描く」という意味がよくわからなかったので、お仕事をお断りしました。


こちらは僕の初連載作品「海猿」1巻の画像。
原稿用紙にGペンと証券用インクで描いていました。
この頃は、新井英樹さんや高橋ツトムさん、曽田正人さんに絵柄が似てると言われることが多かったです。


最終12巻の頃の絵柄はこんな感じ。
まだデジカメが普及しておらず、鏡を机の前において、自分で表情を作りながらそれを見て描いていました。
25歳で描き始め、27歳で描き終わりました。



続く「ブラックジャックによろしく」1巻の頃。
まだまだ完全アナログ作画です。
28歳。


最終13巻
32~33歳だったかな?
酷い頭痛に悩まされていました。
数年後、検査したところ、古い脳梗塞の痕跡があると言われました。
多分、この頃が脳梗塞だったんじゃないかと思います。
そのせいかデッサンが狂い方が独特です。
首が太い。


「新ブラックジャックによろしく」最終巻。
この頃はデジカメを導入し、スタッフにポーズをとってもらい撮影した写真を見ながら作画するようになっていました。
形は以前よりは正確に取れるようになってきました。
が、今度は首が細い。
まだアナログ。
確か38歳。

それにしても「ブラックジャックによろしく」1巻と比較して同一人物とは思えない変化です…。


「特攻の島」最終巻。
第二次世界大戦を舞台としていたので、これまでもより泥臭く、生臭い絵柄を目指していました。
オシャレとは正反対なもの。
43歳。
この作品の途中から作画を完全にデジタルに移行しました。


これも「特攻の島」の中の1コマ。
人物の絵柄の話とは別になりますが、この頃から背景画を自分で描くことが増えてきました。
それまでは忙しさもあり、背景画は作画スタッフにお任せすることが多かったのですが、本当は自分で全部思い通りに描きたかったのです。


そして現在。
「Stand by me 描クえもん」。
「マンガ on ウェブ」という、自分で作ったWeb雑誌で連載中です。
1年前から背景を含め完全に一人で描いています。
「特攻の島」よりはポップな方向を目指しています。

どれも僕です。

「デッサンが狂っている」「絵柄が古い」「下手だ」と言われつつ、それぞれの時代、その時の自分の最善を尽くしました。

実際、漫画の絵にはピークがあると思います。
絶頂期の絵を20年後に求められても再現は難しいでしょう。
「あしたのジョー」のあの頃、「Dr.スランプ」のあの頃、あの作品のあの頃。
それがその作家のピークだったと判断できるのは、いつでも後の時代になってから。

僕はピークを過ぎてしまったのかもしれません。
いや、まだまだ上手くなれるはずです。
葛藤しながら今の絵を作っています。

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佐藤秀峰

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コメント1件

先生の人物は、本当に生きている迫力があります。生ぬるいわたしをとがめて来ます。電子漫画を立ち上げられた経緯も何となく存じております。先生はまだまだお若い。ご活躍を期待しております。ありがとうございます。
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