「三田紀房先生に残業代を請求したことについて」というブログを読んで感じたこと

漫画家の三田紀房さんの元で11年と7カ月間、アシスタントをしていたというカクイシシュンスケさんのブログを読みました。

三田紀房先生に残業代を請求したことについて


このブログは下記の記事に対して書かれたもの。

「週休3日、残業禁止、「作画完全外注」――漫画家・三田紀房が「ドラゴン桜2」で挑む働き方改革」

元記事には以下の記述があります。

「現在、三田のアシスタントが働くのは9時30分から18時30分まで。休憩は自由にとることができるが、残業は禁止されている。彼らは原則週4日勤務で、長期休暇を含めて年間約160日の休みが与えられている。」

それに対し、カクイシさんは「残業は今までさんざんしましたよね?」と疑問を呈しています。

「休憩を自由にとることができるというのは、トイレに行ったりコーヒーをいれに行ったりすることのことですか?それも休憩と言えば休憩かもしれませんが、ものの数分ですよね。喫煙者の先輩は15時からの15分休憩以外にも日に1回、タバコを10分ほど吸いにいっていましたが、せいぜいそのくらいであって。基本的にずっと描いてましたよ(中略)で、週4日勤務のうち、月曜から水曜は記事のとおり9時30分から18時30分できっちりしていましたが、木曜はほぼ毎週残業していましたよね。木曜は18時で一度20~30分ほどの夕食休憩をとり、その後22時、23時まで我々アシスタントは残業するのが常だったじゃないですか。24時過ぎたことだってありましたよ。25時までやったことだってありました。そしてその残業代は全く支払われていませんよね。11年7カ月の間、一度たりとも。」とも書いています。

僕は三田さんの職場の事実関係についてはわかりかねます。分からないことには言及しません。が、漫画家のアシスタントという立場と、漫画家として作画スタッフを雇用してきた立場を両方経験している僕としては、記事を読んで非常にモヤモヤしました。

僕は20歳から22歳までの2年3ヶ月間を、漫画家の福本伸行さんの作画スタッフとして過ごしました。
当時の雇用の実情は以下の通りです。

・週90時間〜140時間勤務
・初任給11万円
・昇給不定期(3ヶ月~20ヶ月目12万円、21ヶ月〜24ヶ月15万円、25ヶ月目から25万円)
・食事付き(休憩は食事時間のみ)
・交通費不支給、各種保険未加入
・残業代無し
・休日、月4~5日程度

労働基準法的にはガッツリ「アウト」です。24時間いつ何があろうと福本さんの指示に従わなくてはならず、休日、どんなに深夜に呼び出されようとも自転車を漕いで仕事場に駆けつけ、仕事をしなくてはいけません。「帰っていい」と言われるまで何日でも泊まり込みで仕事をし続けなくてはならず、「寝ていい」と言われるまで何日徹夜しようが寝てはいけません。外出も禁止。最長で47日間泊まり込みで仕事したことがあります。その間、外出は一歩もできず、睡眠時間は1週間合計で10時間程度。時給換算すると多分200円くらい。

僕は自分が雇用する立場になった時、スタッフの雇用に関して「ちゃんとしよう」と思いました。
僕の漫画家になった当初の雇用条件は以下の通りです。

・週40時間勤務
・初任給15万円
・昇給不定期
・食事付き(休憩1時間)
・交通費全支給
・各種社会保険未加入
・残業代無し(残業は原稿最終日のみ朝方まですることもあった)
・休日、月14~15日程度

新人漫画家としてはこの条件でも原稿料では赤字でした。週の労働時間は概ね40時間以内に収まっていたと思いますが、労働基準法的に言うと、まあ、「アウト」です。週40時間以下しか仕事がないことも多かった一方、残業代は特に支払っていなかったですし、厚生年金や雇用保険など社会保険を支払っていませんでした。そういう知識がありませんでした。知識不足、認識の甘さの両面からアウトだったんですね。

現在の作画スタッフの雇用条件は下記の通り。

・週40時間勤務
・初任給20万円
・昇給年2回、賞与年4ヶ月分
・交通費3万円まで支給
・社会保険完備
・残業無し(残業代も発生せず)
・休日、週休2日制、年末年始、夏季休暇5日

残業は一切ありません。週の労働時間は平均40時間ですが、実際には1日12時間働いて、超過分をまとめて有給にするというケースが多いです。「4ヶ月間は週5日1日12時間働き、5ヶ月目は1ヶ月間丸々有給」みたいな。「作画スタッフ =漫画家志望者」なので週5日、8時間勤務が延々と続くよりはまとめて自分の漫画を描く時間が取れるほうが働きやすいみたいです。僕は毎日8時間勤務の方がいいのですが、本人の希望に合わせて対応しています。が、グレーかもしれませんね。

僕の場合、電書バトという電子書籍取次業務を運営したり、Web雑誌を発行しているので、Webスタッフも雇用しています。彼らはおそらく、ごく一般的な雇用条件だと思います。

・週40時間勤務
・初任給20万円
・昇給年2回、賞与年4ヶ月分
・交通費3万円まで支給
・社会保険完備
・残業あり(法定賃金)
・休日週休2日制、祝日、年末年始、夏季休暇5日、有給年10日

一応、ホワイトです。
有給年10日の他に、夏季休暇を自分の取りたいタイミングで5日程度取れるので休みは法定より少し多めかもしれません。残業代は法定通り支払っています。残業は月最大40時間以内とすることとしていますが、みんな40時間ギリギリまで残業しています。これは良くないことなので減らしていきたいです。が、それぞれのスタッフの業務処理能力にはどうしてもバラツキが出ますので、悩ましいところでもあります。先日、新規スタッフが加入しました。
昨年は担当スタッフの不手際が重なり、ある業務が完全にストップしてしまうという出来事があり、その時はスタッフが予定していた夏休みを返上して業務に当たったということがありました。受け入れてしまいましたが、やはり休んでもらうべきでした。
有給は多分、取りづらい雰囲気はないと思います。申請があって「承知しました」と返すだけ。休む理由を尋ねることはありません。みんな、毎月有給を取っています。
現在スタッフは作画、Web合わせて5名。人件費は年間2500万円くらい。

とりあえず、僕が経験、実行してきた雇用はこんな感じですが、「果たして、スタッフはどう思っていたのだろう?」と考えると、やはり、カクイシさんのように不満を持っていたスタッフはいただろうなと思うのです。そもそも論を言うと、作画スタッフは他人の指示で絵を描かされるのは嫌な人たちです。お金のためとは言いながら、他人の指示で描きたくもない絵を描かされてリテイクを出されて楽しいわけがありません。加えて長時間勤務やら不払いやらパワハラがあればなおさら。僕自身、福本さんの職場で働いている時は、「いつ逃げだそうか?」「いつベランダから飛び降りようか?」と、そんなことばかり考えていました。70時間連続勤務の後、「2時間だけ寝ていいよ」と言われて布団を敷いている時、背後から「オレも甘いなぁ〜、ここで寝かせちゃうんだもんなぁ〜…。はぁ〜…」というつぶやきが聞こえてきた瞬間は、殺意に近いものを感じました。同様に僕の職場を去っていったスタッフの中には、僕に恨みを持っている人もいるでしょう。何人か思い当たります。

カクイシさんは次のようにも述べています。

「我々は一度もヒットに応じたインセンティブなどもらったことはありません。(中略)結局のところ、立場が強いのはマンガ家の方なんだからアシスタントがインセンティブをよこせと言ってくるはずがない、言ってきたとしてもどうとでも言いくるめられる、というのが理由ではないでしょうか。それ以外に正当な理由があるのならぜひとも教えていただきたいものです。払いたくないから払わなかった以外の理由があるのなら。ないでしょうけど」

これは僕もスタッフから似たようなことを言われたことがあります。「ブラックジャックによろしく」が大ヒットしていた頃、「スタッフにも印税を分配するべきだ」と。この主張は明確に間違っています。作画スタッフが制作した絵は業務著作物です。成果物である絵の著作権は作家、あるいは作家の経営する会社に帰属します。ですので、著作権収入に当たる印税をスタッフに支払う義務はありません。作品のヒットで作家や会社の収入が増えた場合は、印税を分配するという考え方はせずに、昇給や賞与で対処すべきでしょうね。
印税が欲しいのであれば、経営に参加するしかないでしょう。その場合、収支が赤字になれば報酬が無いばかりか、借金を背負うことになります。あるいは記事中に登場するA社のように契約書にインセンティブを支払うような条項を加えるよう交渉してもいいと思いますが、基本給を減額するなど何か材料がないと交渉になりにくいでしょうね。カクイシさんも自分が漫画家になったときに、スタッフにインセンティブを支払えるか考えてみれば、難しいことに気がつくかもしれませんね。

僕は漫画家になる前、福本さんに対して「酷いな扱いを受けた」という気持ちが強くありました。自分が漫画家になってからは、人を使うことの難しさやお金のやりくりの大変さも知りました。今は「先生も色々大変だったんだな」と思っています。そして、同じことは繰り返すまいと、自分の職場では他業種と比較して遜色のない環境を用意できるよう努力してきました。「では、その環境が漫画家として独立したスタッフたちに引き継がれていったか ?」というと、今のご時世、漫画で大儲けなんて夢のまた夢です。結局、独立した元スタッフでスタッフに社会保険を支払っている人は皆無です。そのことは僕の大きな無力感でもあります。でも、お金が無いし仕方ないんだろうな。

どうしたらいいんでしょうね?
こんな業界一回滅べばいいんだろうな。

ちなみに「週休3日、残業禁止、「作画完全外注」――漫画家・三田紀房が「ドラゴン桜2」で挑む働き方改革」という記事は、三田さんをカッコ良く見せるためにコルクが仕込んだ記事のようにも見えました。ご本人はあんなとんがった雰囲気の人じゃないですし。「残業禁止」と三田さんがインタビューで本当に発言したのか?そこから考え直してもいいような。コルクの演出に乗って、三田さんと元スタッフが対立するのはお互い不幸だなぁと思った次第です。


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佐藤秀峰

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