第6話 目立ったもん勝ち


社長就任から数ヶ月、池袋にある本部では、一触即発のような、ひりついた空気が漂っていた。
事の発端は、僕が就任早々に打ち出した1つの改革のスローガンにあった。

【目立ったもん勝ち】

社長に就任してすぐに、僕は一人でオフィスの壁の1番目立つところに、A4のコピー用紙に1文字づつ「改革のスローガン・目立ったもん勝ち!」と書いてデカデカと貼り紙をした。
しかし、このスローガンに、当時の幹部であった部長達数名は、真っ向から反対してきた。特に、一番納得のいかない表情をしていたのが、営業の山岡部長だった。

「何じゃぁ? お前、やるのか! やらんのかぁ! 一体どっちやぁああ!」

山岡部長は事あるごとに、こんな感じでドスの効いた声で顔を真っ赤にしながら電話口で、店長達を怒鳴りつけていた。
この一喝で、大半の若手社員は雷にでも打たれたように、思考停止し、ロボットのようになり慌てて指示通りに仕事をする。そんな光景が毎日のように見られていた。

日本有数の巨大小売企業ダイエー。そのダイエーで部長職に付いていた山岡部長ら数名は、その鍛え上げられた営業手腕を買われ、オンデーズへと転職してきていた。
山岡部長は、部下が少しでもたるんでいると、声を荒げて怒鳴りつけ、成果を出すと「ようやった!」と満面の笑顔で褒め称える。まさにアメと鞭を巧みに使い分けながら、軍隊のような絶対的上下関係を植え付けて仕事を進めていく、所謂「昭和の猛烈サラリーマン」を地でいくような人だった。

しかし、こういう上下関係の構築の仕方は僕が一番苦手なタイプだった。
ある時、見かねた僕は、電話口で怒鳴りつける山岡部長を目にすると注意を促した。

「今時そういうやり方は古いし、それじゃあ、オンデーズの社員から個性や覇気を奪う大きな要因になってしまいますよ。山岡さんにとっては御しやすい部下に仕立てられるので、都合が良いかもしれないが、俺が作りたい会社のカルチャーには合ってないのでやめてくれませんか?」


僕よりも一回り以上も年長で、誰もが知る大企業の部長職を経験して、オンデーズに転職してきていた山岡部長は、子供にも近い年齢で、突然自分の上司として現れた僕に、自分の仕事の仕方を注意されプライドを傷つけられたのか、明らかに面白くないといった様子で、僕に喰って掛かってきた。


「わかりましたよ。部下に対する態度はできるだけ気をつけますよ。それはまだええとして、あの改革のテーマ『目立ったもん勝ち!』あれは一体何なんですか?ほんま意味わからんわ。子供に聞かせる運動会のテーマやないんだから、もう少しまともな改革の指示を出してくださいよ!」

山岡部長は、明らかに不満を爆発させていて、丸太のような腕を組んで僕を睨みつけている。

「はっきり言っときますけど、私は騙されたと思ってるんですよ。『上場に向けて体制を強化して欲しい』と前の経営陣にお願いされたから、数ある大企業のオファーを蹴って、こんな小さな会社に来てやったというのに、いざ来てみれば、会社の中身はボロボロ、誘ってきた経営陣達は1年もしないうちに逃亡。突然現れた若い社長は、訳もわからず無邪気に『目立ったもん勝ち!』とか言うてるし。こんなふざけたテーマに、一体どんな経営方針があるって言うんですか?そんなこと言うてる間に、この会社は潰れてしまいますわ!」

さすがにスパルタで有名な全盛期のダイエーで、部長として幾千の相手と渡り合ってきた50代半ばの不惑男には、全身に凄みが漲っている。
ただ、僕もこの時、30歳と世間的には若い社長だったかもしれないが、それでも20歳から会社を経営していて、10年間、死屍累々の世界をくぐり抜けて、それなりに修羅場も数多く経験してきていたので、この手の「高圧的な、わかりやすい威圧」にはもう慣れっこだった。

僕は、なるべく山岡部長の感情を逆撫でしないように、淡々と自分の主張を諭すように語った。

「このスローガンには俺なりに、きちんとした考えと信念があって決めたことなんで変えるつもりはありませんよ」

「ふん。『目だったもん勝ち』のどこにそんな、まともな信念がある言うねん!」

「世の中の全てのお店は、お客様に『存在』を知ってもらわないといけませんよね。せっかくお店を開いていても、誰にも気がついてもらえなければ、お客様は来てくれませんよね?」

山岡部長は口をへの字に曲げたまま、うなづきもせずに睨みながら聞いている。

「何か欲しい、あれを食べたい、と思った時に『確か、あの辺にお店があったな』と思い出してもらえなければお客さんはやって来てくれません。逆にその時に、思い出してもらうことさえできれば、来店してもらえる確率はかなり上がる。すなわち、商売は目立たなければ何も始まらないという事です。この考えに異論ありますか?」

話を返されると、一瞬、山岡部長は返答に詰まりながらも答える。

「そりゃそうでしょう。それやからこそ、ウチは目立つ場所にお店を出しているし、5・7・9千円というスリープライスで『解り易い安さ』の目立つ看板を掲げて商売しているわけや。もう十分やってますよ」

「目立つ場所と、目を引く安ささえあれば、お客さんがやって来て商売は成功するんですか? それならなんで今、閑古鳥が鳴いて閉店してしまうようなオンデーズのお店が、あんなに沢山出てるんですか?」

不快そうに顔を歪めながら山岡部長は、渋々と答えた。

「それは総合力でしょう。モノが売れるかどうかは商品力、値付け、接客が全部揃って初めて上手くいく。そのどれかが欠けただけでも、商品はうまく売れませんからね」

「そう。まさに、その通りの事を俺も思っていたんです。つまり、接客の大切さを指摘したいんです。接客は誰がするんですか? もちろん、店頭に立つスタッフですよね。そのスタッフが目立とうとしてくれなかったら、どうなります?お店も目立たなくなってしまうじゃないですか。
世の中の会社同士は、常に『目立つ為の競争』をしているわけだから、その会社を動かしている社員たち自身が『目立つ事』から逃げてしまっていたら、その企業は、企業同士の目立つ為の競争には絶対に勝てないんですよ。どんなに良いサービスや商品を用意することができたとしても、お客様に自分たちの存在に気づいてもらうことが出来なければ全部が無駄になってしまう。そうは思いませんか?」

僕は、山岡部長を感情的に刺激しないように、低いテンションも保ちつつ、さらに話しを続けた。

「それに、このスローガンの『目立つ』という言葉には『もっと自己主張をしなさい』っていう意味も込められているんです。困ったり、悩んだりしていても、誰かが気付いてくれるのをじっと待っているだけではだめなんです。自ら解決しようとして行動に移さなければ、誰も手を差し伸べてくれないし、その人も成長しない。世の中とはそういう厳しいものでしょう?

それに、皆んなが目立つ事を避けていたから、今まで会社に対して不満や意見が沢山あったのに、誰も自己主張も問題提起もしようとしない風潮が蔓延していたんじゃないんですか?だから、会社がここまでガタガタになってしまったんでしょう?」

この最後の一言が、癇に障ってしまったのか、山岡部長は顔を真っ赤にして猛然と声を荒げた。

「なんや、その言い方は!そんな若者の理想論、現実のビジネスじゃそんな簡単に通用なんてしないんですよ!
私らは、実際に今のやり方で年間二十億円を売っているんや!この数字は決して悪くはない。営業の状態だけ見れば本来ならば、買収されるような会社なんかじゃないんだ。悪いのは、その売り上げからきちんと利益を出せなかった、経営能力の無い今までの経営陣達でしょう!ならば、新しい経営者のアンタは、あらゆるコストをカットして、利益の出る財務体質作りに着手するのが、今真っ先に取り組まんといけないことやないんですか!
とにかく、営業部は今までのやり方を急に変えさせられるのは心外だ。長い経験を積み上げてようやく出来上がりつつある今のシステムを、昨日今日来た、素人の思い付きで引っ掻き回されたんじゃ、たまったもんじゃない。自分で考えてどんどん自己主張しろだ?その結果、命令系統が混乱して組織がバラバラになって、売り上げが落ちたらどうするつもりや!社員の個性や自己主張を、とやかくいう前に、社長ならもっと経費を削減して、安定した利益を出すことだけを考えて行動してくださいよ!」

この時、僕は(そうかもしれない)と思った。曲がりなりにも決して良い売上げではないが、安定した売り上げを維持しているのも事実だ。
(でも、やっぱり違う・・)僕は自分の考えを曲げそうになるのを踏み止まると、強い口調で反論した。


「山岡部長は、そもそも大事なことを忘れてますよ」

「はぁ、大事なことぉ?」

山岡部長は、濁った眼をギロリと僕に向けた。

「オンデーズは、もう実質的に倒産しているんですよ。山岡部長達は、俺を目の敵にして馬鹿にしてますけど、もしも、俺が買収に手を挙げなかったら、今頃この会社は良くて民事再生。悪ければ破産ですよ。そうなっていたら、山岡部長が言う『統率の取れた組織も、二十億の売り上げ』も、もうとっくに消し飛んでいたんですよ。違いますか?」

一瞬、返答に詰まる山岡部長を一瞥して、僕はさらに話を続けた。

「つまり、昔のオンデーズはもう死んでいるんです。現在のオンデーズは新体制のもとに新しく生まれた全く新しいオンデーズなんです。新生オンデーズには、守るべきものなんて何もありません。俺たちが、ゼロから創る全く新しい会社です。過去にとらわれず、時代に合わせて、より良い会社を作る必要があるんです」

山岡部長は、納得するどころか、さらに語気を荒げて感情的に怒鳴った。

「若い人が聞いた風な事を言わないでもらいたい!それじゃ、まるで俺たちがオンデーズを潰した張本人みたいやないですか?冗談やない!私たちは、アンタが六本木あたりでチャラチャラ遊んでいた時から、ガムシャラに働いてきたんだ。
私らから見たら、アンタは出来上がった家に後から土足で上がり込んで来て、雨風を凌いでもらいながら『あそこが悪い、ここがダサい』と偉そうに文句ばかり垂れているようにしか映らない。まったく、苦労して建てた家を乗っ取られた気分ですよ。本当に不愉快だ!私はハッキリ言ってアンタがこの会社を再生させられるとは到底思えない。悪いが引き継ぎが終わり次第、スグに辞めさせてもらいますよ」

こうして、結局この山岡部長は最後まで、僕の考え方を理解しようとはせず、この翌月に退社していった。更にその動きに前後して山岡部長と仲の良かった管理職や中堅社員たちも、立て続けに辞表を僕に提出してきた。多分、僕が来たときからすぐに転職活動を始めていて、次の就職口が決まった順に辞めていったのだったのだろう。

当人たちは、僕に辞意を告げに来る際に

(ふん。どうだ?会社の運営の中核を担っている俺たちが辞めていって、お前はさぞ困るだろう?)

といった雰囲気だったが、僕と奥野さんは、特に意に介してはいなかった。

「人件費が自然と削減できて良かったねぇ。これで改革に非協力的な人がまた一人減ったから、改革が進むなぁ」

そんな気持ちで、積み上げられた辞表の束を前に、安堵したという気持ちの方が大きかった。

資金繰りに困窮しきっていて一円のお金でも惜しいこの時期、僕の方針に賛同してもらえない幹部陣を社内に抱え、高い給料を支払いつつ、討論をのんびりと戦わせている余裕など僕たちにはなかったからだ。


第7話に続く・・

*本記事は2018年9月5日発売の【破天荒フェニックス オンデーズ再生物語 (NewsPicks Book) 】から本編の一部を抜粋したものです。

https://www.amazon.co.jp/破天荒フェニックス-オンデーズ再生物語-NewsPicks-Book-田中/dp/4344033507


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