第5話 改革開始


2008年6月 下旬

「社長、社長、起きました?」

長尾が、ハンドルを握りながら僕に声を掛けた。

「おう、いまどの辺?」

僕は寝起きの目をこすりながら、タバコに火をつけて一服ふかすと、飲みかけの缶コーヒーをグッと乾いた喉元へと流し込んだ。

「さっき蔵王を過ぎたので、もうすぐ仙台に着きますよ。もう一眠りしますか?」

僕と長尾は、朝から茨城と福島で3店舗のお店を視察した後、更に北上して、次の目的地、宮城県の仙台市に向かって夕暮れの東北道をひた走っていた。

ドタバタの社長就任劇から早くも3ヶ月あまりが過ぎようとしていたこの頃、僕はデスクワークの合間を縫っては、長尾の私物の軽自動車に乗り込み、北は秋田から南は宮崎まで、全国のあちこちに点在している58店舗のオンデーズを一店舗づつ視察に回っていた。

この当時、長尾は僕の秘書兼運転手でもあり、生活のほぼ全ての時間を一緒に過ごしていた。

「いや、大丈夫。あー、すっきりした!」

僕は両手を突き上げて背伸びをすると、ゴキ、ゴキと首を鳴らした。

「車内、寒くないっすか、少しエアコンの温度上げましょうか?」

「いや、大丈夫。このままでいいよ」

「それにしても社長も頑張りますね。オンデーズに乗り込んで以来、連日連夜、ぶっ続けで社員たちと飲み会続きじゃないですか。社長あんまり酒好きじゃないから、身体でも壊すんじゃないかと、いつもヒヤヒヤしながら見てますよ」

「ハハハ。まだ若いから酒で体を壊すほど弱くもないさ。でもさぁ、オンデーズって、社員たちの雰囲気が、なんだか暗いよな」

「僕も、地味で覇気がないなぁというのが第一印象でしたね」

「長尾もそう思ったろ? 俺たちはメガネというファッションアイテムを売っている会社なんだからさ、まずは社員が元気で明るく、カッコよく仕事をしていないと話にならないと思うんだよね」

「それで明るく元気な社風に変えるために、皆んなを飲みに連れ出してるというわけですか?」


「そう。とにかく、ベロベロになるまで酔わせて、羞恥心を取り払って大きな声で腹の底から笑えばさ、少しは社風も明るくなるんじゃないかなと思って。それに酔いに任せて本音を吐き出させれば、会社が抱えてる問題の本質にも辿り着きやすくなる。小難しい顔で説教を垂れるよりは、はるかに効果的で手っ取り早いじゃん」

「ハハハ。泥酔するまで酒を飲ませるのも、社長の再生計画の一つだったんですね。でも、確かに若手社員を中心に笑顔も増えてきたし、活き活きとした社風に多少は変わってきたような気がします。ちょっと破天荒で彼らには刺激が強すぎるところもあるみたいですけど、社長のやり方とか、方針を強く支持しているような若いスタッフもチラホラ出てきてるみたいですし」


「そう。話してみると、みんな結構いいやつらだよ。最初は遠慮して当たり障りのない話をしていたけど、酔いが回るにつれて、まあ愚痴や不満が、沢山出てくること出てくること」


長尾は、少し困った様子で言った。

「そう、本当、みんな愚痴ばっかりですよね」

「でも悪い事じゃないよ」

「え、何でですか?会社に関して愚痴ったり不満を言ったりしてるのが良いわけないじゃいですか?」

「いや、そうでもないよ。本当にもうこんな会社なんてどうでもよくって、さっさと辞めるつもりなら無関心になるだけだ。 愚痴や文句がこれだけ沢山出てくるっていうことは、ポジティブに捉えれば、少なくともまだ『オンデーズで働いていたい。だから良い方向に変わってほしい』という願いの裏返しだと思うんだよね」

「まあ確かにポジティブに考えればそうかもしれませんけど・・」

「だから、まずはその皆んなが抱えてる不満や、愚痴をしっかりと聞いて、何から順に改革していけば良いか参考にしようと思ってるんだよ。 会社が良くならないと自分の暮らしも良くならないってことは、誰もが心の底では理解しているから、みんな本質的な問題をきちんと見抜いている。でも今までは、そういう熱い想いを持っていても内に秘めて誰も声には出せずに、ただ上からの指示を待っているだけだった。だから、オンデーズはダメになった。そんなことを発見できただけでも、この1カ月間飲み歩いた甲斐があったってもんだよ」

「でも、それなら何も、こんなに無理なスケジュールを組んでまで、いきなり全部のお店を回る必要なんてあるんですか?とりあえずは関東の近場のお店だけでもガッチリと入り込んで、スタッフ達と営業のやり方を見直した方が良いような気もしますけど」

「まあ、確かにそうなんだけど、色々と手をつける前に、最初にちゃんと全部のお店の状態を見て回っておきたくて。あとまあ言ってみれば、これは義務みたいなもんでもあるし」

「義務、ですか?」

長尾がルームミラー越しに意外そうな顔で僕の次の言葉を待っている。
僕は多少、勿体付けるように寝起きの一服を嗜みながら、ゆっくりと話し始めた。


「そう、俺を含む新しい経営陣はオンデーズで最もオンデーズを知らない人間達だろ。このままでは再生はおろか、まともな経営なんて勿論できるわけはない。メガネに関してもド素人だ。そして社内も決して一つにまとまっていない。2人の前任の社長達が残したバラバラな経営方針が、今なお、まだらに広がっているせいだ。これらの実態を正確に、しかも短期間で把握するには、実際に現地を回り、お店をこの目で見て、働いているスタッフ達の生の声を聞く以外に無いだろ?」

「確かにその通りですね。でも、それならせめて、もう少し時間とお金をかけて周りましょうよ!せっかく全国を旅して周ってるというのに、こんなにバタバタなスケジュールじゃあ、各地の名物料理も楽しめやしない。近藤さんに聞いた話だと、本部の連中なんか、僕たちが会社を留守にしてる間に『新しいバカ社長は会社の金で全国を遊びまわってやがる』とかって、陰口を叩いている人たちもいるらしいっすよ。こっちは遊ぶ金どころか、寝る時間すらないってのに!メシはすぐに食える牛丼か立ち食いソバ、風呂と宿泊はサウナかカプセルホテル。それなのに、そんな言われ方までされて、全くやってらんないっすよ!」

長尾は、憤慨してハンドルをバシンと叩きながら、本部の社員たちに届けとばかりに、大声で叫んでみせた。


「あ~、仙台でゆっくり牛タン食いてーなー、あっ!仙台に着いたら、前に社長が言ってた、牛タンの名店『利久』でしたっけ?ねえ、あそこ行きましょうよ!」

僕は子供のように駄々をこねる長尾を、嗜めるように言った。

「まあ、言いたい奴には言わせとけよ。今の俺たちには、そんな奴らに構ってる時間もお金も無いんだから。とにかく全国のお店のスタッフが、毎日あと1本。たった1本だけでいいから多く売ってくれるようにモチベーションを上げていかなきゃいけない。 そしてあとあと『たった一本』を多く売るだけで、今のオンデーズが抱えてる、ほとんどの問題は解決するはずなんだ」


「え、1本多く売るだけで、全部解決するってどういうことですか?」

長尾は、少し眉をひそめて疑わしそうな目をしている。僕は自信有り気にニッコリを笑みを浮かべて言った。

「そうだ。綺麗に全部解決する。全部な」

「ん? どういうことっすか?」

「今、オンデーズの年間の売上は約二十億だろ?」

「そうですね。それは皆んな知ってます」

「じゃあ、1ヶ月にするといくらだ?」

長尾は暗算が苦手なのを知っていながら、僕はわざと勿体つけるように長尾に質問をした。

「えっと12ヶ月だから、イチ、ニィ・・約一億六千万くらいですね。」

「はい。正解。じゃあ1日にするといくらだ?」

「1日ですか。えーっと・・30日で計算すると、だいたい五百三十万くらいですかね。」

「いいね。正解。じゃあオンデーズが今ある58店舗で割ると1店舗辺り1日いくらの売上になるでしょう?」

「まだ続くんすか?勘弁してくださいよ、暗算苦手なんですから。えーっと、530を割る58ですか・・ちょっと運転中なんで、もうわかりません!」

「ハハハ。まあいいよ。正解はざっくり言うと約九万円くらいだな。」

「九万円。1店舗の1日の売り上げがですか?へぇ、そう聞くと、なんか意外に少ないですね」

「そう。簡単に言うと今のオンデーズの1店舗辺りの1日の売り上げは平均九万円。そして客単価が約一万円だから、客数にすると9人だな。営業時間はどこのお店もだいたい12時間だから、平均すると1時間に1人も売っていない計算になる。だから、昨年の今日と比べて1時間あたり、スタッフの皆んなが『あと1本売ろう!』って頑張って、実際にその通りになればオンデーズの年商は約2倍の四十億円になる」

「なるほど。まさにチリも積もればってやつですね」

「そう。いきなり『この会社を再生させる為に、あと二十億円の売上を上げましょう』って言われたって金額がデカすぎて、皆んな思考停止になるだけだから、そんな言い方しても効果なんてない。二十億円なんて金額をいきなり売るための具体的なアイデアなんて浮かぶわけないだろう」

「確かにそうですね。『今の時間、あともう1本だけ売れる方法を考えよう!』だったら、なんだか簡単にできそうな気がします」

「そう。それに、今よりもあと1本多く売るだけなら特別に人員を増やしたり、何か大掛かりな設備投資なんかをしなくても十分に対応できるはずだ。そしてそれを全部の店舗で、全員のスタッフが本当に実行に移してくれれば、1年が終わる頃にはオンデーズの売上は倍の四十億円になっている。そうすれば借り入れ金の返済、新しい商品の開発、お店の改装、給与のアップ、簡単に全部賄える。いっちょ上がりだ。だからとにかく今は、1人でも多くの社員と直接話をして、お客様にあともう1本、多く買ってもらえるように一生懸命セールスする事で、どれだけ自分たちにとって多くのメリットがもたらされるかを理解してもらう必要があるというわけだ」


「確かに。今のオンデーズのスタッフのほとんどは、ろくに店内に入ってきたお客様に営業もしなければ、店頭で呼び込みなんて絶対にしてないですもんね。買う気で入店してきた人に売ってるだけの待ちの営業しかしてない。店の前には沢山の人が歩いてるんだから、チラシでも撒きながら大声で呼び込みすれば、そりゃあと1本くらいは当然、売れるようになりますよね」

「そう。まだ当たり前のことをちゃんとやってないお店がほとんどだから、そこを直すだけでも、結果は絶対に出るんだよ!」


この最初の店舗巡回で、突然、店舗に現れた僕に対する全国の社員たちの反応は様々だった。とても好意的に、まるでヒーローのように出迎えてくれるスタッフもいれば、逆に老舗のメガネ店出身のスタッフなどは、僕の姿を見ても遠巻きに嫌悪の視線を向け、露骨に反抗的な態度を示してくる人も多かった。

店舗視察ツアーの中盤戦、大阪の旗艦店である阿倍野橋駅店で、僕は中年のベテラン店長に明るく声を掛けた。

「まずは、昨年の今日より1本でいいから多く売れるように頑張ろう!暇な時間は、どんどん店頭に立って。ほら見てよ、店の前にはこんなに人が歩いてるんだから、大きな声を出して呼び込みすれば、もっと多くのお客様に、ここに眼鏡屋があるって気づいてもらえるし、店内にだって入って来てもらえるかもしれないでしょ?」

するとこのベテラン店長は、ふてくされたような冷笑を浮かべながら言った。

「あのねぇ、社長は現場を知らんから軽く言いますけどね、そんな簡単にいきませんよ。大声で呼び込みしろとか、八百屋じゃないんやから、眼鏡屋が店頭で呼び込みなんてやったら逆に不審がられてお客さんは逃げていってしまいますわ」

僕は口角泡を飛ばしながら力強く説明したが、このベテラン店長は、頭から否定的な態度で頑なに営業スタイルを変えようとしない。
見かねた僕と長尾は、そんな店長の存在を無視するように、店頭に立つと、スタッフたちに見せつけるように大声でビラ配りを始めた。

「どうぞ!良かったら見ていってくださーい! メガネ一式五千円からお作り出来ます!時間がなくても大丈夫!たったの20分でメガネをお持ち帰り頂けますよ!」

駅の構内中に響き渡らせんばかりに、大声を張り上げ、お客さんを呼び込んでいく。するとその活気に寄せられるように、すぐに店内に数組のお客様が来店してきた。

僕と長尾は、メガネのこともよく解らないまま、冷めた目で見つめるベテラン店長をよそに、すかさず接客につき、口八丁で2本、3本と売って見せた。
すると、その場では一応、渋々と一緒に呼び込みを始めて、後に続いて接客についていくが、僕らがいなくなると、またカウンターに引っ込んで、いつもの「待ちの営業」に戻っていく。そんなことの繰り返しだった。


更に、スタッフとの飲み会の中ではこんな話も聞かされた。

「売上が厳しいから、今月は自分で3本買わされましたよ。せっかく働いたのに、毎月の小遣いは全部メガネで消えてきますよ・・」

なんと売上目標達成の為に、社員は自腹での購入を半ば強制させられることが横行していると言うのだ。
これは小売業にとって一番やってはいけないことで、無理やり自分の会社の社員に商品を買わせて、売上を作るなんて、どんなに赤字でもやったらダメに決まってる。
僕は直ぐに管理職全員に対して「部下に対して自分買いを強制したものは厳罰に処し即刻、解雇する。自社の商品を買う場合は、必ず自分の自由意志でやること」と、きつく通達を出した。


こうして全国を巡回しながら、気づいたアイデアや改善点をその場で発信しつつ、緊急性が高いものはその場で対処して、時間のかかりそうなものは、後日、本社に持って帰って幹部会議にかけて対策を練っていく。
さらに毎日ブログにその改革の様子を書き綴って、全国のスタッフに向けて実直に発信して経営改革の透明性を出していく。
こういう日々を地道に繰り返して行くうちに、店舗巡回が終わり近づくにつれ、改革に共感してくれるスタッフが一人、また一人と増えていき、だんだんと各店舗の営業現場でも、その後の飲み会の席でも、社員と僕の間に、自然と笑顔が溢れる回数が多くなっていった。

モチベーションの上がり始めた一部の店舗では、早速店頭で積極的に呼び込みを始めるようになったり、自分たちで閉店後にセールストークを考えて勉強会を開くグループなども出てきて、売り上げも少しづつだが確実に上がり始めてきていた。

(よし、大丈夫。オンデーズの改革は、着実に良い方向へ進みつつあるぞ)

この段階では、奥野さんが掻き集めてきた最後の融資と、自分個人の今までの蓄えを吐き出し、取引先への支払いを待ってもらいながら、オンデーズを1日単位で延命しているだけに過ぎなかったのだが、不安とプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、微かな手応えが僕の胸には、池に投げ込んだ小石の波紋のように、静かに、でも確実に広がり始めていた。


第6話に続く・・

*本記事は2018年9月5日発売の【破天荒フェニックス オンデーズ再生物語 (NewsPicks Book) 】から本編の一部を抜粋したものです。

https://www.amazon.co.jp/破天荒フェニックス-オンデーズ再生物語-NewsPicks-Book-田中/dp/4344033507


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