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『コンビニ人間』を書いた人ってどんなひと?Culture NIPPONシンポジウムに行った話。

こんにちは!コダカです。

先週開催された文化庁主催のCulture NIPPONシンポジウム東京大会「文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~<東京大会>」に小説家の村田沙耶香さんが登壇されるということで行ってきました。小説『コンビニ人間』の強烈な内容に興味を持ち、講演を中心に以前放送されたラジオ番組等と合わせて村田さんに迫ってみます。

<村田沙耶香 プロフィール>1979年生まれ。千葉県出身。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年に『授乳』が群像新人文学賞の優秀作となり作家デビュー。2016年に『コンビニ人間』で第155回芥川賞受賞。(出典・TOKYO FM サンデースペシャル「人生に、文学を。」サイトより)

小説は教会だった。

「小説を書いていて一番感動したのは出会いの数々だった。」
小説『コンビニ人間』で2016年第155回の芥川賞を受賞した小説家・村田沙耶香さんはやや早口で講演を始めました。

「仕事は一人で閉じこもってどちらかというと孤独だが、文学は私にとって扉を開けてくれるものでした。」と続けます。

講演タイトルは「文学が与えてくれた『出会い』の奇跡」

はじめに小説を書くということのはじまりについて話していきます。

「自分の空想の世界に閉じこもる子どもだった。
小学校4年生の頃から小説を書き始めた。小説だけが自分の中で信じられる教会ようなもので、小説は神様と自分だけの没頭できる世界だった。
そして小説を神様だけでなく、他の人にも読んでもらいたいと思い始めました。」

2016年にロバート・キャンベルさんとのラジオ番組では具体的にこのようなことも話されています。
 村田さん「空想するのが好きな子どもで、小説を書くことでそれが保存できるのではないかというのが多分キッカケだった。しかし、実際やってみると、言葉のチカラが強く、(登場人物同士の)思いがけない化学反応で振り回されて頭の中のストーリーを保存できなかった。それどころか言葉に引っ張られて違う世界に連れて行かれてしまった。それが面白かった。(中略)小さい頃から本当の本当を考える子どもだった。それを教えてくれるものを探していた。読書も考えたが、書くことは無意識だけが知っている無意識しか知らないような世界にどんどん連れて行ってくれる。小説にこのまま引っ張られて行ったら真実が知れるのではないかと子ども時代に思っていた。」(  出典・TOKYO FM サンデースペシャル「人生に、文学を。」より)

小説は楽譜。読者は演奏家。

村田さんは誰かに小説を見せたいと思った理由を好きな言葉を用いて説明します。
作家・小沢信男先生の「読書は、音楽に譬(たと)えれば、演奏だ」という言葉。小説の恩師である宮原明夫先生から教えられたこの言葉を村田さんは好きになったそうです。
その言葉を引用した宮原先生は著書の中で「小説は演奏に当たるのではなく楽譜に当たるのです。素晴らしい楽譜は演奏する人によっていろいろな良さが引き出される。小説もそれと同じで演奏者である読者によって違ってくる。」と言われているそうです。この言葉は村田さんの心の中に深く刻まれ、デビュー前から「この楽譜を自分とは違う人生を送る読者さんたちが、どのような音色で演奏するか聞いてみたい」と願っていたといいます。

2003年『授乳』で第46回群像新人文学賞優秀作に選ばれ、大学を卒業してから程なくして小説家になれた村田さん。
それまでは友達や家族など身内の人は自分に甘いので正当な評価をくれないと思い、小説を書いていたことを隠していたといいます。人間としての村田さんを知らない、小説を書いた人して村田さんを扱ってくれる編集者や読者さんとの出会いこそが、小説家としてのはじめての出会いだったと。
その時の感覚を「大きな扉が開いた」と言いました。
子どもの頃から書いていた小説によって思いがけない場所に自分が運ばれたと村田さんは思ったそうです。

村田さんの作家生活は地味で淡々としていてファミレスやコンビニで働きながらただ書き続けるというものでした。しかし、小説を書き終えると、それが読者や編集さんとの新たな出会いとなったそうです。

その出会いの中で村田さんは「小説を通して小説家と編集者は特別な言葉を交わしていると思う、具体的な修正のやり取りではなく、それは小説のもっと根深い部分、人間の無意識の部分で、そっと文学に対する大切な言葉をお互いに交換するような時間がある。」と感じていて、その時間を愛するようになったといいます。

その後2009年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞を受賞し、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞を受賞。その他多くの小説を書き実力をつけていくと共に注目を浴びていくこととなります。

小説にはボイスがある。

2016年の夏、小説「コンビニ人間」の芥川賞受賞をきっかけに、さらに村田さんは大きな扉を開けることになります。
『コンビニ人間』が長編小説としてはじめて英訳されることになりました。
以前、『誠実な結婚』という短編がイギリスの出版社で英訳されたことがありました。その際、いろいろな海外の編集さんと作家さんに出会い、フェスティバルで登壇する機会もありました。
以来、次は長編小説で翻訳される夢が膨らんでいて、今回その夢が奇跡のような形で叶ったといいます。

英訳版作成の出会いの中で村田さんは翻訳家のジニーさんのことについて話し始めました。
『コンビニ人間』で、ジニーさんは冒頭の「コンビニエンスストアは音で満ちている」の場面で「これは日本で生活している人には自然と音が浮かび上がってくるが、コンビニとそんなに生活が密着していないアメリカで生活している人にはすぐに音が想像できない。」と感じてくれたと村田さんは絶賛しました。ジニーさんは様々な表現を加えて文化が違う人々にも小説のボイスを通じるように訳してくれましたといいます。

村田さん曰く「小説のボイスというのは、音という意味だけではなく、小説にそのものに宿っている声、作者を超えた小説そのもののボイスだと思っています」と話し、ジニーさんはその小説のボイスを壊さずに工夫をして翻訳をしてくれたといいます。
また、文中にある「イラッシャイマセ」という言葉の翻訳についても、ジニーさんが「『いらっしゃいませ』は『ウェルカム』とは違うのでそのまま残す。」と言ったそうです。これに対し、村田さんはジニーさんの作品への深いところまで考えて翻訳してくれてると感激したそうです。

ここで登場する「小説のボイス」という言葉ですがラジオの対談でこう語っています。
自分の文体はいつか持ちたいと憧れはあったそうです。数々の著名な作家の文体を真似てみたりもしましたが、自分の文体という特徴を見つけられないまま大人になってしまったという村田さんにロバート・キャンベルさんがご自身の考えを披露します。

ロバート・キャンベルさん「フックや癖があったり2行読めば誰の文がわかるようなものも文体かもしれないけれど、そうではなくて、全体を通して感じる気圧や気流・流れをボクは文体と思っていて、村田さんの他の人では捉えきれない面白さだったり深さだったりがそれにあたり、多くの読者はそれを個性と感じていると思う。」

村田さん「尊敬する編集者さんが言うには小説には書かれている文章の他にボイスがある。ボイスが声変わりすることもあるけれど、書かれる文章の他にとにかくボイスがあるという話が忘れられず、そのボイスに引っ張られ憧れてそればかり追いかけて子どもの頃から書いている気がします。」(  出典・TOKYO FM サンデースペシャル「人生に、文学を。」より)

そして、村田さん自身が海外に運ばれて新たな出会いをしてくことになります。

イギリスとカナダの作家祭に招待され、英語でのスピーチや海外の作家さんとプライベートでランチに行き親交を深めたり、アイオワ大学でイベントに参加したり、中でもアメリカ版の出版で熱心にやり取りをしたピーターさんと出会いニューヨークの出版社を訪れ忘れられない時間を過ごした村田さん。
この時のことを「日本で大切にしている文学に対する大切な言葉をお互いに交換するような時間をニューヨークで何度も体験することができた」と話します。
続けて「文化の違う場所で英語もろくに話せない自分が、それでも奇跡のような時間を持てたことはとても幸せでした。これは『私の楽譜が海外でも演奏された体験』」と大切そうに振り返っていました。
次の作品が英訳されたらまた旅をするつもりです!と村田さんが意気込んでらしたのがとても印象的でした。

最後に「一人の部屋で閉じこもって小説を書いていた子どものころの私には想像もつかない場所へと、作者である私はまるで船に乗せられたように運ばれていきました。小説は内面世界への旅であると同時に思いがけない出会いを私に与えてくれる言霊への扉でもありました。もちろん今日もたくさんの素晴らしい出会いがあると思っています。演奏家である客席の皆さんにもご自身の音楽を通じて素晴らしい出会いがたくさんあることを願っています。」と講演「文学が与えてくれた『出会い』の奇跡」を締めくくりました。

新たな出会い

村田さんの講演が終了し、シンポジウム後半の登壇者によるパネルディスカッションでのできごとでした。
モデレーターのロバートキャンベルさんが「立ち聞き」という切り出しで、舞台裏での村田さんとカーリング元日本代表の小笠原歩さんの話を始めます。
小笠原さんの知り合いで小説『コンビニ人間』に影響されたアスリートがいるそうです。
そのアスリートは高校時代記録を出し未来を嘱望されていましたが、大学時代は伸び悩み競技を諦めかけていた。そんな時に小説『コンビニ人間』に出会い、主人公に自身がシンクロ。迷いが吹っ切れたのか再び競技力が向上し、コンビニ会社と競技契約を結び東京オリンピックの出場を目指しているとのこと。そして、このアスリートはオリンピックに出て村田さんに会うことが夢になっているらしいのです。
話を聞いて村田さんもぜひそのアスリートに会いたいと即答したといいます。

この一連の流れを聞いて、さっき話した講演の内容が現実のものになりました。
村田さんの紡いだ言葉に連れられて、人と人が出会うのだな。と。
まさに、以前web記事で読んだ青年失業家・田中奏延さんの「文字がここへ連れて来た。」だなと。
講演とこの話を通して文学の力を改めて感じました。

文学は必要か?

さて、今回の講演は以上で終わったのでnoteもここでおしまいにするべきなのですが、ラジオ番組では村田さんの内的な思いについてさらに興味深い質問がありました。

ロバート・キャンベルさん「文学は必要だと思いますか?」

村田さん「私にとって必要なものでした。例えば、お母さんが自分にご飯やお菓子をくれるのが小さい頃不思議でした。自分には都合がいいので黙っていましたが、ひよっとしたら優しい両親が世界に騙されて私にお金を使っているのかと心配していました。でも、本当の家族愛や本当の本当について教えてくれる人はおらず、大人に聞いてもまともに答えてくれない疑問だったのでしょう。そういう自分の得体の知れない疑問とか恐怖とか不安とか、そういうものがもっとグロテスクなもっと究極な形で小説の中で何度も出会うことができました。
私は自分が女性だということが苦しかった時代がすごく長かったです。思春期すごく辛かったし、自分が女の子であるということが…男の子になりたいわけではなかったけれども自分が商品だということが辛かった。そういう時に文学というものに出会って、自分よりも激しい悲鳴とか悲鳴の先にある希望とかそういうものと出会うことができて、そのおかげで生きてこれたと思っています。
文学がなくなったら心が壊れてしまう人や私のように得体の知れないものを抱えたまま行き場をなくなってしまう人がたくさん生まれてしまうと思います。
文学はわたしにとってのそれこそ教会ような場所でした。そこではお祈りができて本当のことが言えて、大人の世界ではなかったことになるようなグロテスクな疑問が全部言える場所が私のとっての小説・文学でした。文学という私にとっての教会がなくなってしまうのは恐ろしいです。」(  出典・TOKYO FM サンデースペシャル「人生に、文学を。」より)

大変興味深い講演とシンポジウムで、村田沙耶香さんの作品をもっと読んでみたくなりました。

最後までおつきあいありがとうございました。

参考サイト
Culture NIPPONシンポジウム公式サイト
https://culture-nippon-s.com/

『コンビニ人間』(著・村田沙耶香)文藝春秋bookサイト
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163906188

TOKYO FM サンデースペシャル「人生に、文学を。」
第4回2018年5月27日放送(19:00〜19:55)
出演:ロバートキャンベルさん、村田沙耶香さん
Podcast音声あり
https://www.tfm.co.jp/jinsei-bungaku/index_20180527.html

文春オンライン
話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」
村田沙耶香さん(文・瀧井朝世氏)2016年10月1日
http://bunshun.jp/articles/-/148?page=6

街角のクリエイティブ 文字がここへ連れてきた【連載】ひろのぶ雑記(文・田中泰延氏)2017年3月1日
https://www.machikado-creative.jp/planning/49139/

増補新版 『書く人はここで躓く! 作家が明かす小説の「作り方」』
(著・宮原明夫)河出書房新社サイト
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309025315/



つたない文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。 もっと上手に書けるよう精進します。