調子が狂う

 アルツハイマー型認知症の母は、時々、目に見えない人と話をしています。この病気の特徴的な症状です。母の場合、多くはすでに他界した祖母や、大叔母と話をしていました。実は、私はこの話を注意深く聞いていました。母はもうすでに半分あの世に行っていて、実際に私達には見えない死者と話しているのではないかと疑っていたからです。と、このことを文章に書いて公開してしばらくしてからのことです。母がこんな事を言い出しました。
「あーちゃん(祖母)が来とる」
私はいつものように対応しました。
「そうですか。どこいますか?」
「私達の様子を隠れて見とる」
と母は答えます。隠れて見ていると言ったのは初めてでした。
私は言いました。
「隠れてないで、出てきたらいいのに。お茶くらい出しますよ」
すると母は少し間を置いて、こんな事を言いました。
「そんなことしたら調子が狂う。困る人もいる」
 真剣に考えたらそうですね。実際に死者に出てこられては、調子が狂います。私を含め、人目に隠れて、やましいことをやった事がない人なんていません。死者が常に私達を見ているとしたら、皆困るでしょう。
 祖母も母に会いに来ても、私が死後の世界の証拠を見つけようと待ち構えているので、隠れていないといけないのかも知れません。
 施設に入ってからの母は、目が覚めているときは、よく、目に見えない誰かと話しています。時々、私には何を言っているのか分かりません。重度の認知症患者が喋る聞き取れない言葉を喃語(なんご)と言うそうです。もしかしたら、色々なお客さんが来ているのかも知れませんね。私の知らない外国語かも知れません。目に見えない外国のお客さんが来ているのかもしれません。死後の世界があるかどうか分かりませんが、少なくとも母は客好きですから、楽しんでくれているといいです。
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イラスト by トラノスケ

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三浦周二朗

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