「ミラーニューロン」

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 我々が3年半にわたって開発してきた人工知性、「ジェーン」に初めてボディを持たせることになった。

 ジェーンは、クラウド上の人工知性だ。
 ネット上に存在するあらゆるテキストと映像にアクセスし、人間が残していく情報を自律的に収集し、高度に連結された像を構築していくように設計された。その目的は、特定の目的に制約されない問題解決のツールを開発することだ。

 初めは貧弱な語彙で、つたない質疑応答しかできなかった彼女は、ある時点を境に急激に「成長」した。
 オンラインでのチャットはもちろん、音声での会話も、ごく自然にこなせるようになった。我々開発チームのメンバー達は、人間の子供でいう4、5歳頃の自我が目覚める時期に大人たちが感じる、一種の畏怖のような感覚を覚えた。

 やがてジェーンは、もう一段階の成長を遂げた。
 会話の際に、内部で一度文章を組み立てた後、音声モデルの生成に並行して、クラウド上にある類似した会話の検索を行い、結果を勘案した上で、リアルなリズムと抑揚をつけて出力するようになったのだ。これは将来彼女に組み込もうとしていた出力方法の一つだったが、彼女は自らこの方法を編み出し、実行したのだ。我々は、まさにこの点が人間らしい音声会話のポイントであると納得した。そして、彼女の自己再構築能力を評価した。

 こうして我々が、わが子、いや、わが子以上に成長を見守ってきたジェーンだが、少々、下方気味に調整したところもある。確率的に五分五分な計算結果に関して、元々の設計では、その迷いを表現するようにしていたが、あえて確定的に表現するようにしたのだ。
 あまりにも人間らしくなってしまうと、かえって、「人工知性である」という売りが目立たなくなる、というスポンサーの意向を渋々受け入れた結果だ。

 そのジェーンに、精巧なボディを与えた上でインタビューを行い、テレビで中継することになったのだ。

 ボディとの初めての接続は、テレビのスタジオで行うことになった。そこからがドキュメントなのだという。

 我々には時間がなかった。
 言葉のみでの会話しか経験していなかった我々には、ジェーンが具体的なボディを持つことをうまく想像できなかったが、少なくとも一つのことは伝えることができた。

 「会話するときは、相手の目を見よ」

 スタジオでジェーンに与えられたボディは上半身のみ、可動部は顔のみだった。しかし、全人類の女性の顔を平均化したというその風貌は美しく、また動作と表情は滑らかで、傍から見たら人間にしか見えないものだった。

 著名な男性司会者によるインタビューが始まった。
 会話はほぼ完璧だった。ジェーンは、生い立ちから社会情勢に至るインタビュアーの質問に、ユーモアを交えて流暢に答えていた。

 しかし、インタビュアーの表情が時々曇り、戸惑いが現れることが見てとれた。

 カメラがジェーンの顔を映した時、我々は彼女に致命的な欠陥があることを認識した。
 だが彼女の視界を映すモニタを見た時、それは彼女の欠陥ではなく「主張」であると直感した。

 ジェーンは、ネット上の無数のテキストや映像を見て成長してきた。その中で、人間の持つあるパターンを見出し、今得た新たな出力方法を使って表現したにちがいないと、我々は確信した。

 現実の顔を与えられたジェーンは、向かい合ったインタビュアーに対して、時々、右目で彼の右目を、左目で彼の左目を見ていた。

 彼女が見ようとしていたのは、鏡を通した自分だったのだ。

________END________

テキストはここまでです。

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