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瀬戸忍者捕物帳 6話 『烏天狗の罠』2

「はやく!はやく!」

茜の身に何か起これば 皐は死んだ大助に何と詫びればいいのか。脚の筋肉を100パーセント使い全速力でしばらく走ると、茜の姿が見えた。

「あっ!皐!ちょっとあんた早すぎるわよ!」

顔を合わすなり文句を言う茜だったが、その無事を確認できた皐はホッと胸を撫で下ろし、いつもの屈託ない笑顔をみせた。

「茜さん、良かった。無事で」

「えっ?どう言うこと?烏天狗は?」

「すいません。見失ってしまいました。僕は茜さんが狙われているのかと思って・・・」

「いや、奴はこっちには現れてないわ。」と茜は首を横に振った。

「そうですか。僕らはどうやらここにおびき出されたのかも知れません。ここはやはり一旦引き返しましょう。」

「ちょっ 何言ってるの?せっかく烏天狗を追い詰めるチャンスなんだよ?何を怖気付いてるの!」

茜はすごい剣幕で怒り出した。無理もない。殺された父の仇が今、この山の中にいる。茜の気持ちは逸っていた。その気持ちは痛いほど分かる皐であったが、皐にはどうしてもこれは仕組まれた罠なのではないかと言う思いがしてならなかった。

「茜さん、もし烏天狗が木霊で、最初から僕たちをこの山におびき出すのが目的としたら?」

「烏天狗が木霊?」

「だって、タイミングが良すぎませんか?奴が勘太に殺人を唆し、木霊の情報を聞き出し、この山に来た時に烏天狗が現れた。何らかの罠がかけられているとしか思えません。」

「いいわよ!あんたがそんなに臆病だとは知らなかったわ。烏天狗を追い詰めるチャンスなのに!あなたが行かないならあたし一人で行くわ!」

茜は皐を置いて山の奥へと足を進めて言った。こうなったら茜は言う事を聞かない。いくら止めても茜は歩みを止めないだろう。

ため息ひとつつき、茜の後を追おうとしたが、皐はまたザワザワと胸騒ぎを覚え、また辺りを見回した。

「何か・・・気配がする・・・烏天狗とはまた別の・・・かなりの数・・・?」

得体の知れない多数の気配を感じた皐は急いで茜を追った。

茜は先ほどの皐が見つけた廃屋のあたりに到着した。少し後に皐も茜に追いついた。

「あら、逃げたんじゃなかったの?」

顔を合わすなり、嫌みをチクリと言う茜に皐は苦笑いを浮かべる。

「もう茜さん イジワルしないで下さいよー。」と皐は頭を掻いた。

「あの中に・・・あの廃屋に木霊・・・烏天狗がいるの?」

「わかりません・・・あの中から気配は感じられませんが・・・念のため僕が先に入ります。」

皐を先頭に廃屋に近づく。至る所に蜘蛛の巣が張ってあり、長らく人の出入りしている様子は感じられない。入り口から注意深く中を覗き込む皐は、中に誰もいないことを確認した。蜘蛛の巣を払いながら廃屋の中に入った二人は、やはり生活の跡が感じられなかったことから、木霊という人物がこの廃屋に暮らしているという情報は間違いだろうと思った。木霊が勘太に『神室山に住んでいる』という情報を与えたのは、やはり皐達をここへおびき寄せる為のものだったのか?

その時、皐の敏感な忍者センサーが外の様子に反応した。

「何やら外で気配がします!それも・・・かなり多い!」

皐の言葉に茜は驚いた。

「え?・・・どう言う事?この山にいるのは烏天狗だけじゃないってこと?」

茜たちが廃屋の中で戸惑っていると、外からざわざわと人の話す声が聞こえて来た。それも一人ではない。かなりの人数だ。

茜は廃屋の空いた壁の穴から外の様子を伺った。外にはいつの間にかぞろぞろと人が集まってきていた。今まで身を潜めていたのだろうか?茜はその中に何人か顔見知りがいることに気づいた。

「あ・・・あれは 黒田さんの岡っ引き達よ!?何でここに!?」

「黒田さんの!?」

皐の嫌な予感が当たってしまった。何故黒田の岡っ引き達がここにいるのか。恐らくそれは烏天狗と黒田が繋がっているからであろう。では黒田の岡っ引き達はその事実を知っているのか?恐らくそれはないと皐は踏んだ。先の烏天狗模倣事件の時に、本物の烏天狗が現れた際、黒田の手下達は血相を変えて烏天狗の行方を追っていた。彼らの形相には烏天狗を許すまじ!と言った気迫が感じられ、それゆえ皐は彼らは黒田の正体を知らないのだと判断した。

そうこうしていると、太く大きな声でこちらに向かって叫ぶ者が現れた。

「大越茜!忍者同心皐!お前たちが中にいることは分かっている!大人しく出てくるんだ!」

その声は聞き馴染みのある声だった。

「黒田さん!?」

皐と顔を見合わせる茜。

「まずいよ!あたしとあんたが一緒にいる事がバレてる!」

「茜さん。僕らはやはり初めから嵌められていたんです。」

「どういう事?」と茜は聞いたが、皐は俯き加減にじっと固まってしまって、何か考え込んでいるようだった。皐はこの時点で烏天狗と黒田に接点があること確信が持てていたが、茜にはまだ黒田と烏天狗のことを話すかどうか決めあぐねていた。黒田は茜にとっては信頼する先輩同心である。皐が真実を話した所で茜は信じるだろうか?

外にいる黒田は更に茜達を追いつめるべくまた大声を放つ。

「茜えーー!諦めて出てこい!まさかお前が 凶悪犯と行動を共にしてるなんてなあ!がっかりだぜ!今まで良くしてやったのによー!親父さんの面子も丸潰れだなあ!」

大きな黒田の声が茜の心を動揺させる。

「ちょ・・・ちょっと皐!どうするのよ!このままじゃあたし達、追いつめられるわよ!」

急かす茜だが、皐は相変わらず硬直したままだった。皐の目が左右に泳いでおり、明らかに動揺していた。その様子を見て更に茜の不安も増大した。
黒田の演説は続く。

「茜!最後にチャンスをやる!忍者同心を縄にかけて出てこい。そうすればお前の共謀の罪は不問にしてやってもいい!」

この言葉に茜はさらに追いつめられる。

「そ・・・そんな・・・どうしたら・・・」

茜の手が震えだした時にやっと皐は顔を上げ、何かを決断したかのようにキリッと表情を引き締めた。何か解決策を思いついたのだと茜は皐の表情を見て思ったが、次に出てきた皐の言葉にさらに茜を混乱させた。

「茜さん、投降しましょう。」

「何言ってるのよ皐!あんた捕まったら・・・処刑にされちゃうかもしれないのよ!?」

「このままじゃ茜さんにまで迷惑をかけてしまう。それにこれだけ囲まれていたら、バレないよう逃げることも不可能です。」

皐は目を瞑り一度深く呼吸した。そして皐は茜の心を落ち着けるため、ニコリと優しい微笑みを浮かべて言った。

「茜さん、落ち着いて僕の話を聞いてくれますか?」

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