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瀬戸忍者捕物帳 6話 『烏天狗の罠』5

「もう動けませんね。これで終わりです。そろそろ黒田さんの岡っ引き達が追いついてきます。あなたはこれから岡っ引き達に捕らえられ、大越さん殺害の罪で市中引き回しの後、首を刎ねられ処刑されます。彼らにこの僕・次郎が烏天狗だと言っても誰も信じませんよ。僕は人一倍真面目で仕事ができる人物だと信じられていますからねえ。あなたの戯言など誰も信じませんよ。茜さんにすらね。」

次郎がそう言った時、皐は俯いたまま「くく・・・」と笑い出した。

「何かおかしいですか?」

「哀れな奴だ。お前のような戦いに長けた奴が黒田のような奴に利用されるだけの道化に成り下がるなんてね。」

「あなたも似たようなものでしょう。生きていくために人は仕事が必要だ。あなたに仕事を与えた者がたまたま大越大助であった。僕の場合は黒田さんだった。ただそれだけの事です。僕はただお仕事をしているだけです。街で働く大工のように、漁師が捕らえた魚を売るように。僕は人を殺す。ただそれだけ。それが仕事です。」

次郎はジリジリと皐に歩を進めるが皐はごろりと尻を地面につけ、無事な左足を使って後ろへ後ずさる。

「人を殺すのがお前の仕事だと?なぜ黒田はお前に人を殺させるんだ?教えてくれ。なぜ大助さんは殺されなければならなかったんだ。」

「それは黄泉の国で直接大助さんにお聞きください。もうこれ以上あなたとお話しする事はありません。さて、念のためその左の足首を切断させてもらいましょうか。逃げられないためにね。」

次郎は刀を振り上げる。だがしかしそんな時にも皐はくすくすと笑い出した。

「まだヘラヘラと笑いますか?死に直面して本当に気が振れましたか?」

と呆れた次郎だが、そのとき何やらパチパチと弾ける音と、煙が少し皐の背後からたっていた。よく見ると先ほどから皐の左手は後ろに隠れていて次郎の立つ位置からは見えなくなっている。

「何を隠しているんですか?左手を見せて下さい。」

次郎は回り込むようにして皐の背後を確認したが、皐の左手に持つものを認識したとき、瞬く間に次郎の目の色が変わった。

皐が左手に持っていたのは、直径5センチほどの小さな球体だ。球からは導火線が出ておりその線の先にはパチパチと音を立てながら火花を放っている。火花は導火線を伝って球本体にどんどん近づいていき、今にも球に到達しそうだった。

「爆弾!?」

皐は右腿を貫かれた直後から腰につけた道具袋から爆弾を取り出し、同じく腰につけた摩擦板に導火線を擦り付け、火をつけていたのだ。

慌てて皐と距離を置こうと後ろに飛び退く次郎だが、皐は間髪入れず爆弾を次郎に投げつける。

「く、くそっ!」

次郎は退く方向を変えて何とか躱そうとするが間も無く導火線の火花が爆弾本体に到達しようとしている。

爆弾が炸裂した。

山の中で轟音が鳴り響いた。

次郎の体は爆風で後ろに吹き飛び、後ろの木に激しくぶつかった。手で防御はしたものの、爆弾の破片や落ちていた木の枝などが身体中に刺さり、かなりのダメージを負った。

「くっ!まさか あの至近距離で爆弾を使うとは 彼も無事ではないはず。」

次郎が爆発の跡を見ると、まだ白い煙があたりに漂っていて、皐の姿が見えない。おそらくもう姿を消しているだろう。爆発の規模は比較的小さく抑えられており、そのかわり煙を多く排出させ、その隙に逃げるために作られた爆弾だろう。そうでなければ次郎の体は今頃木っ端微塵に吹き飛んでいたはずである。

「やれやれ、この体で奴を追うのは無理だな。」

身体中を痛めてしまい、爆発で聴覚も少し麻痺しているようだ。爆発音を聞いてもうすぐ黒田達の手下が皐を追ってくるはずで、次郎も彼らに見つかるのは避けたい。皐に飛ばされた烏天狗の壊れた面を回収し、次郎は身を隠すことにした。

「今回は僕の負け。と言うことにしておきましょう。次はこうはいきませんよ、皐さん。生きていればの話ですがね。」

捨てゼリフを吐き、次郎はその場を後にした。


爆弾を炸裂させた後、あの場を逃れ皐は半死半生で山の中を逃げた。自身も爆発に巻き込まれたが何とか四肢は無事のようだ。しかし次郎から受けた匕首が三本、それぞれ右肩、右脇腹、右腿に刺さったままだ。流れ出る血を地面に落とさないように、黒田さんの手の者に追跡されないように歩き続けた。しばらく山を下っていると、水の流れる音がわずかに聞こえてきた。乾いた喉を潤したい皐は聴覚を頼りに、フラフラの体を一歩一歩前に進めた。
朦朧とする意識の中で木々の間を抜けていくと開かれた場所に出た。白い石が沢山転がりその中心に小さな川が流れている。

「みず・・・」

皐は力を振り絞って渓流に近づくが、あともう少しのところで足に力が入らなくなり、前のめりに倒れてしまった。

「まいっ・・・たな・・・もう動け・・・ない・・・」

その時皐は近くに人がいるのにはっと気がついた。

その人物は大きな石の上に座り、釣竿の糸を川に垂らし釣りをしていた。蓬髪に伸びきった髭、すっかり土色に変色し擦り切れた衣服から判断するに、どうやら世捨て人のようだ。その外観から年齢を判断するのは容易ではないが、白髪が少しだけ混じっていることから、まだ40代、50代程度ではないだろうか。

世捨て人は皐の方をしばらく見ていたが、やがて無関心そうに目を背け釣りに集中した。血だらけの皐を見て、面倒ごとには巻き込まれたくはない。そういう空気が皐には伝わってきた。とはいえ、このまま何もしなければこのまま死んでしまう。皐は世捨て人に声をかけてみた。

「あの・・・すみません。た・・・助けて頂けないでしょうか?」

またちらりと皐の方を見た世捨て人だが、すぐに視線を釣り糸に戻す。

「も・・・もちろん・・・お礼はさせていただきます。お願いです。僕はまだ死ぬわけには・・・お願いです・・・助けて下さい」

茜は次郎が烏天狗だということを知らない。茜は次郎に対して比較的良い印象を持っているようだったから、2人が近づく可能性がある。すると、茜が黒田の身辺を調べていることがバレてしまう。つまり茜の身に危険が及ぶ。何としても次郎が烏天狗だという事実を茜に伝えなければならなかった。その為なら惨めであろうが命乞いでも何でもしよう。

だがいくら訴えても世捨て人の関心は皐には向けられなかった。

「死ぬなら向こうの方で死にな。川が汚れる。」

初めて男が言った言葉は何とも冷たい言葉だ。この男はまるで自分を助ける気がない。だが皐には男の心情も理解できた。自分も目の前にこんな怪しい血だらけの男がいたら、できるだけ関わりたくはない。

「ごめんなさい・・・川を汚したくない気持ちは・・・やまやまですが・・・もう動けないようです。」

そんな皐の言葉も他所に男は岩から立ち上がり、どこかへと去ろうとした。
皐は自分の命を諦めた。

「茜さん・・・すみません。僕はここまでのようです・・・。大助さん・・・すみません。仇を討て・・・なくて・・・。」

男は皐の言葉を聞いた時、ピタリと足を止めた。

「ああ・・・こんな事だったら、あの時無理やりにでも・・・茜さんにちゅっちゅしておくんだったな・・・。」

皐は自分を嗤った。

これまで戦場で本意ではないにせよ、何人もの兵を殺めてきた皐だ。ロクな死に方をしないだろうと考えていたが、こうして死に直面した時、山奥で誰にも知られる事なく1人死にゆく事に少し寂しさを覚えた。人の死とはこんなものだ。いつも思いがけなくやってくる。

薄れゆく意識の中で皐は茜と過ごした日々を思い出していた。短い付き合いだったが、茜と過ごしたドタバタとした捕り物の数々は楽しかった。まだ経験が浅いながらも必死で頑張る茜の成長する姿を見て皐は嬉しかった。皐がふざけた時には茜は皐のほっぺをギューっとつねって叱る。そんなやりとりが皐は好きだった。

「もう・・・少し・・・いっしょに・・・いた・・・かった・・・」

そう呟いた時に皐は意識を失った。

意識を失った皐の元に世捨て人の男が近づく。動かなった皐をジロジロの見てしばらく考えこんだ。

「今・・・大助と言ったのか?それに茜・・・だと・・・こいつは・・・一体?」


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