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瀬戸忍者捕物帳 6話 『烏天狗の罠』4

話を少し戻そう。

黒田達に囲まれた時、廃屋の中で茜と皐はある作戦を企てていたのだ。
追いつめられた時、皐は、

「茜さん、投降しましょう。」

と茜に言った。その後の二人にはこんなやりとりがあった。

「何でよ!正直に話せば黒田さんも分かってくれるはず。あんたが父を殺した犯人じゃないってこと・・・」

「いいえ。それはないでしょう。」と茜の提案をキッパリ断る皐。

「茜さん、正直に言います。驚くでしょうが・・・よく聞いて下さい。」

いつもと違い深刻な顔で語る皐にゴクリと唾を飲み込み構える茜。

「僕は黒田さんが烏天狗と繋がっていると思います。」

皐の告白に茜は飛び上がりそうになる。

「えっ!なんで・・・どうして黒田さんが・・・どういうことか説明して!黒田さんはあたしの尊敬する同心よ!?」

狼狽える茜を落ち着かせる皐。

「茜さん、落ち着いて聞いてください。僕が黒田さんは烏天狗と手を組んでいると思っているのには理由があります。この前の詐欺師・道念を覚えているでしょう?」

皐はこれまでに起こった全ての経緯を手短に説明した。

道念の気を読む特殊能力が本物だったこと、そして道念が言うには同心・黒田には怪しい『気』が纏わり付いていること。皐が少し前から何者かの監視の気配を感じていたこと、そしてあまりにも都合良く黒田達がこの神室山に現れたこと。

「全て黒田さんの策略でしょう。木霊、つまり烏天狗を操り、僕らにこの事件を解かせ、この山まで誘い込んだ。僕たち・・・というより僕を消すために。」

「そんな あたしがあんたと行動してるって事、黒田さんは知ってたって事?」

「ここ最近、僕は誰かから監視されてるような感覚がありました。すみません、こうなったのは僕の責任です。」

「皐 あたし信じられないよ 黒田さんが烏天狗とつるんでるなんて・・・」

茜の狼狽ぶりが心配であったが、あまりゆっくりとしている時間もないので皐は一つ提案した。

「茜さん、一つお願いがあります。黒田さんの周囲を探ってもらえませんか?」

茜はわずかに苦い顔をした。当然だろう、茜にとっては黒田は尊敬する同心。それを疑えというのはあまりに酷であろう。だが皐は続ける。

「いいですか、これは茜さんにしかできない事です!大助さんの仇が目の前にいるかもしれないんです!僕を信じるのは難しいかも知れませんが 」

「あたしは・・・」

皐から目を逸らす茜。

「こう考えて下さい。黒田さんの身辺を調査して烏天狗と繋がる証拠が何もなければ黒田さんの無実が証明される。それは茜さんにとってもいい事じゃないですか!その時はどうぞ僕の事を好きなだけ罵って下さい。」

「でも・・・あんたはあんたのその推理が確率は低いと考えてるわけでしょ?これまで一緒に行動してきたけど・・・あんたの推理や勘は大概当たってるからね・」

「ええ・・・まあ・・・」

「わかった!考えてる暇はないわ!黒田さんの事はあたしが出来る限りの事はしてみる。あんたはどうするの?」

「黒田さんが僕らの話をまともに聞くとは思えません。その時・・・もしもの時は、縄抜けして茜さんを人質にとります!」

皐はニッコリと笑ってみせた。相変わらず突拍子のないことを言う男だ。

「ど・・・どういう事よ!」

「僕は黒田さんの前で黒田さんが烏天狗と関わりを持っていると言うことを言います。茜さんはその時に僕に激怒してください。黒田さんは私の信頼する先輩だ!って感じでね。その時僕は縄脱けして茜さんを人質に取り、逃げようとします。茜さんはただ僕にいいように利用されていただけ。と、皆の目には移ります。茜さんは罪に問われることはありません。そうして僕は一人で逃げ切ります。」

「あんたますます悪者になるじゃない!」

「僕の事はいいんです。茜さんが無事なら。僕なら何とか切り抜けます。その為のお芝居です。たからその時は茜さんは僕に合わせて下さい。」

「うう・・・あたしに出来るかなあ・・・」

芝居と聞いて尻込みをする茜。

「あはは!茜さんは演技がへたですからねえ!」

と茜を馬鹿にする皐に「うるさい!」と言い返し皐の頬をつねる茜。だが皐のこのやりとりが幾分茜の心をリラックスさせた。

「でも 気をつけて 烏天狗もまだ近くにいるわけだし。死なないでね・・・」

「では決まりですね!僕の手に縄をかけてください。急いでください、彼らはもうすぐ突入してきそうです!」

茜はせっせと縄を皐の両手にかけた。そして二人が表へ出て行こうとした時、

「茜さん、ちょっと待って下さい!」と皐が止めた。

「何よ、皐!急がないと・・・」

「しばらくのお別れです。お別れのちゅっちゅを・・・」

と言って皐は口をすぼめて口づけを請うた。

「なんでよ!ふざけないでよこんな時に!」

「でも・・・失敗すれば僕は死ぬかもしれない。これが最後になるかもしれないんですよ?」

「あんたはそんな簡単にくたばるような奴じゃないわ!ちゅっちゅしたいなら、生きてあたしに会いにきてしなさい。」

この言葉に皐は顔を赤らめる。

「ふふ!約束しましたよ!茜さん!僕が帰ってきたらたくさんちゅっちゅしてもらいますからね!」

心弾ませる皐の背中をばしっと叩いて二人は廃屋から出て行き、黒田達と対峙した。

廃屋の中ではこうしたやり取りが繰り広げられていたのだ。

つまり、茜は皐に騙されていた振りをして実のところは皐を信じ、黒田を疑い身辺を探ることに決めたのだ。もちろん、茜は黒田が潔白であってほしいと思っている。その為の調査でもあるのだ。

黒田の胸の中で複雑な思いを抱く茜は皐の無事を祈るばかりであった。


その頃、黒田の包囲網を抜け、息を切らしながら林を駆け抜ける皐。匕首で刺された右肩を庇いながら走るので、いつものスピードで思うように走れない。

だがしばらく走っていると、また林の奥から奇妙な気配を感じた。見るといつの間にか黒い着物を着たお面をつけた人物から猛追を受けていることに気づいた。

烏天狗だ。

負傷している皐に向かってぐんぐん距離を詰め、俊敏な動きで攻撃の隙を伺っている。

森を駆け抜ける二つの影が横並びになった。

皐は横目で見ながら「こいつは一体何者か?」と考えていた。

その時、烏天狗は腰に差している日本刀を抜き、皐に向かって切りかかった。皐はすかさず十手を腰から抜き剣撃を凌ぐ。

「何者だお前は!お前が お前が大助さんを殺したのか!?」

皐の問いには答えず、烏天狗は次なる攻撃を繰り出そうとする。

「ここで決着をつけてやる!」

手負いにもかかわらず負けじと皐は十手で激しい攻撃を繰り出す。動くたびに背中の傷が痛むが、渾身の力を振り絞って烏天狗に攻撃する。烏天狗も皐の攻撃を剣で受け、または器用に躱すが、十手と日本刀では重量が全く違う。手数では完全に烏天狗を上回っている皐が徐々に烏天狗を押し始めた。そして烏天狗の剣に向かって強烈な一撃を十手で加えた時、烏天狗がわずかによろめいた。当然皐はこの隙を見逃さなかった。

「今だ!」

皐は一気に距離を詰め、左手で烏天狗の右手首を掴んだ。つまり烏天狗の剣を封じた事になる。

「正体を見せろ!」

叫んだ皐はすかさず右手の十手を烏天狗の面の頰の部分に思いきり打ち込み、その衝撃で面は割れ吹き飛んでしまった。皐は面の下にどんな醜悪な顔があるものか、という思いで烏天狗の素顔を見たが、それは意外なほど綺麗な、しかも見覚えのある顔が出て来た事に皐は驚かずにはいられなかった。
黒田の岡っ引き・次郎。

皐の打撃によりこめかみから血を流すも余裕のある表情を浮かべる次郎。

「お前は・・・黒田の・・・?」

理解が追いつかず一瞬唖然として皐の動きが止まってしまう。今度は烏天狗・次郎がこの隙を見逃さなかった。

次郎は左手で素早く懐から匕首を取り出して、それを皐の右脇腹へ突き刺した。


「うぐっ!」と思わず呻き声を上げる皐。やられたままではいくまいと、右手に持った十手で再び烏天狗・次郎の顔面を殴る。お互いの体は後ろに下がり、再び一定の距離を保ったまま睨み合いがしばらく続いた。だが皐の受けたダメージの方が大きく、肩を上下させながら息をつく皐。そんな皐を勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、見据える次郎。

「どうやらここまでのようですね、忍者同心・コウタロウさん。いや皐さんと言った方がいいかな?」

皐は左手で匕首が刺さったままの右脇腹の傷口を抑える。だが皐の目はぎらりと光り、次郎に向けて殺意が篭っていた。

「お・・・お前が・・・烏天狗なのか?お前が大助さんを・・・殺したのか?」

皐の言葉には答えず、相変わらず不気味な笑みを浮かべる次郎。

「やはり・・・黒田と烏天狗は通じていたようだな。街で俺の事を監視していたのもお前だな?そして・・・今回の事件も、勘太を唆(そそのか)して事件を起こさせ、俺たちに事件を捜査させ黒田達の待ち受けるこの山へとおびき寄せた。」

次郎は無言でニヤリと口角を上げる。

「とうして なんで大助さんを殺したんだ!?」

皐の言葉を無視したまま、次郎は笑みを浮かべ一歩一歩と皐に近づいたが、皐はそれに対し後ずさる。やがて次郎が皐の問いに対し口を開く。

「なぜ殺したか・・・?さあ・・・なんでなんでしょうね?あまり覚えていませんので。」

「ふざけるな!」

皐は悪びれもせず首を傾げる次郎に憤怒する。

「僕は命令があったから殺しただけ。そこに個人的な思想感情はありません。」

人を食ったような表情で淡々と語る次郎の様子は皐をさらに激情させた。

「お・・・お前・・・ふざけるのも大概にしろ・・・人の命をなんだと思っているんだ!」

「それが忍の言うことですか?」

「何だと!?」

「忍びとは主人のため、粉骨砕身し命を全うする者。皐さん、あなたもかつてはそうあったはず・・・違いますか?その動き、あなたも戦時中は忍として戦ったのではありませんか?動きで分かります。僕も忍びでしたから。」

「何だと!?」

驚く皐月であったが、次郎の俊敏な動きを見て納得がいった。この次郎も幼い頃から忍としての訓練を受け兵士として育てられたのであろう。

「僕らは似た者同士ですね。お互い戦に身を投じ、戦が終われば僕らは用無しとなる。そしてあなたは大越大助さんに、僕は黒田さんに拾われた。」

「に・・・似ているだと・・・俺はお前のように嬉々として人を殺したりしない!」

「でもあなた、戦で人を多く殺めましたよね?僕と何が違うのです?本質的に僕もあなたも殺し屋です。」

次郎はうっすら気味の悪い笑顔を崩さず持論を展開する。

「確かに・・・俺はお前と同様、人殺しかもしれない。だが大助さんと出会って、俺は変わった。主の為ではなく、人々が平和に暮らせるように世の中にするために生きていこうと。・・・くだらない事で笑い合い、家族を作って暮らしていく。それが本来の人々の姿なんだ。こんな俺でも人の為に生きられることを大助さんから教わった。こうやって人助けをしているのは、少しでもあの時の・・・大戦時に人を殺してきた俺ができる、せめてもの罪滅ぼしなんだ!誰彼構わず人を斬るお前のような奴と一緒にするな!」

皐は右手に持った十手で次郎に襲いかかるが、傷の痛みが邪魔をし俊敏さを欠いた攻撃となった。次郎は軽々と躱し、皐の右側に出ると、代わりにまた次郎の匕首が皐の右の腿を貫いた。

「ぐああ!」

皐はたまらず地に膝をつく。すでに背中、脇腹、傷は皐の白い着物を赤く染め上げている。

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