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瀬戸忍者捕物帳 6話 『烏天狗の罠』1

皐は茜の父、大助が烏天狗に殺された夜のことを思い出した。

天下を分ける大戦が集結した後、皐の様な兵士が不要になり、皐は路頭に迷っていた。その時に偶然出会った大助に、忍としての特殊能力を買われ、非公式ながら大助の岡っ引きとして皐は働いていた。

一年前のあの夜は雨が強く降り雷がしきりに鳴っていた。

大助はその日、知り合いと会う約束があると言って出かけた。その時の大助の様子は皐から見て少し変だった。誰と会うのかも教えてくれないし、普段の快活な大助とは違って、何かを隠しているような、そんな雰囲気を皐は感じたのだ。大助と別れた後しばらくして、皐は胸騒ぎを感じ、大助に見つからないように跡を尾けた。大助は人があまり住んでいない寂れた地域の、あるボロボロの一軒家の中へ入って行った。皐は暫く外で様子を見ていたが、やがて大助のものと思しき悲鳴が聞こえた。

皐は飛ぶようにその廃屋の中に入って行ったが、その時六畳の客間の畳の上に倒れていた大助は左肩から袈裟斬りにされた状態で、息も絶え絶えの状態だった。その客間を仕切る襖は全て倒されていて、隣接する部屋には面妖な仮面を被った、全身黒ずくめの男が血だらけの剣を握って立っていた。烏天狗である。この頃から既に烏天狗の悪名は天下に轟いていた。


大助の左腕が切断されていたことから、大助は烏天狗の斬撃を左腕で防御し、その事で剣撃の勢いを和らげ、体を真っ二つにされて絶命する事は防いだのだろう。だがそれでも大助の傷は致命的であった。

皐はすぐさま烏天狗に飛びかかろうといたが、大助の惨状にショックを受けた事で行動が一歩、烏天狗より出遅れた。

烏天狗は後ろへ飛び退き、皐と距離を置く。そして懐から匕首を二本取り出し、瀕死の大助に向けて投げた。当然皐は大助を庇う行動を取らねばならない。皐は大助に近づき、左手に付けた鉄製の手甲で匕首を弾き飛ばした。同時に皐も苦無を烏天狗に投げつけたが、烏天狗は既に障子窓を突き破り廃屋の外へ逃れていて、皐の投げた苦無は空を切った。

皐は烏天狗を追おうとしたが、大助の右手が皐の足を掴んだ。烏天狗の追跡を止め大助を介抱する皐。

「大助さん!しっかりしてください!何で烏天狗がここに!?」

大助は何か喋ろうとしていたが、既に瀕死の状態で口からゴポゴポと血が溢れてきて、話せる状態ではなかった。

「待ってて下さい!すぐに助けを呼んで来ます!」

だが大助は首を横に振り、近くに転がっていた大助の十手を拾い、皐に差し出した。

「だ・・・大助さん?」

差し出された十手を握る大助の手を皐は両手で包んだ。大助は何かを言おうとしていたが口から溢れる血が邪魔して、呻き声にしか聞こえなかった。

「大助さん・・・!」

大助は最後に皐に笑いかけ、力尽きた。十手を握る大助の右手から次第に力が抜けていき、だらりと地面に手を落とした。皐の手には紫の房のついた十手だけが残った。

「大助さん!そんな・・・大助さん!起きて下さい!」

皐は大助の肩を揺すったが、もう彼は息絶えていて反応が返ってくる事はなかった。皐の目から涙が溢れて来た。外で様子見なんかしているべきではなかった。あの後、すぐさま大助を追ってこの廃屋に突入すべきだった。そうしていたら違った結果になっていたかもしれない。

「ごめんなさい・・・僕のせいだ・・・」

皐は自分を責めた。

その時、大助の悲鳴を聞いた見回りのものがやって来た。提灯と護身用の長い棒を持った2人組の男がドタバタと入って来て、血だらけの皐と大助を見た。

「お、お前 何モンだ!」

「おい、みろ!あれは同心の大越さんじゃねえか!」

男達は倒れているのが大助と認めると当然、血だらけの十手を持つ正体不明の忍者風の男・皐の仕業と疑う。

「お、お前!何をした!?」

「よくも大越さんを!」

二人の男は提灯を置き棒を構えた。

「ち、違うんです・・・僕は・・・」

だが皐は言葉を憚った。こんな黒ずくめの忍者装束の怪しい男の言うことを誰が真に受けるだろうか?今先ほど烏天狗がこの場にいたことを誰が信じるであろうか。

皐はさっと振り向き、男たちとは反対側、先ほど烏天狗が逃げ去った窓から同じように逃れた。

「とっ捕まえるぞ!」

男達は皐を追ったが、無論普通の男達が追いつけるはずがない。男達を撒いたあと、皐は足跡を烏天狗の行方を追おうとしたが、烏天狗らしき足跡は確認できなかった。特殊な走法で足跡を残さないようにしているのか。剣術の達人というだけでなく、烏天狗は皐と同様、忍びとしての技術にも長けているのか。
しばらく逃げた跡、皐は血の付いた大助の十手を見て足を止めた。あの時、大助の言わんとしていたことは何だったのか。十手を皐に託した意味は何だったのか。

「大助さん・・・」

皐の目からは止めどなく涙が溢れ出した。命とはなんと唐突に失われてしまうのだろう。激しい雷雨の中で皐は膝を突き絶望を感じた。それと同時に烏天狗を捕まえることに身命を賭すことを誓ったのだった。


場面を神室山(かむろやま)に戻す。

皐と茜が謎の人物『木霊(こだま)』を追って神室山へ来た時、その憎き殺人鬼が目の前に唐突に現れた。

烏天狗だ。

皐の血が一気に滾った。

烏天狗は皐達二人の姿を認めると、踵を返して山奥の方へと飛ぶように駆け去っていった。

「まて!」

ゴムにはじかれたパチンコ玉のように皐は凄まじいスピードで猛追する。

「皐!ちょっと待って!」

茜もそれに続こうとしたが、常人離れした二人の脚力に追いつける訳無く、あっという間に二人の姿を見失ってしまった。舌打ち一つし、二人に追いつこうと山の奥へと急いだ。

一方視界に烏天狗を捕らえている皐は目にも止まらぬ速さで烏天狗を追跡し、追いつめようとするが、なかなか距離を詰められない。

帯刀している分、烏天狗の方が刀一つ分の重みが皐より余計にあるにも関わらず、烏天狗は皐に捕まること無く皐の前を悠然と逃走を続ける。

「なんで烏天狗がこんな所に・・・あれは黒田なのか・・・?」

と走りながら考えを巡らしている隙に、烏天狗は懐から匕首を取り出し、上半身だけ振り向いて皐の方へ投げ飛ばした。

隙をつかれ、僅かに対応が遅れた皐。その匕首は皐の顔をかすめたが、ギリギリの所で躱すことが出来た。皐の頬から少し鮮血が流れた。だが、その隙に烏天狗を見失ってしまった。

「くそっ!」

皐は舌打ちした。烏天狗自体は見失ってしまったが、烏天狗が逃げたであろう方向へと再び追跡した。

しばらく山の中を進むと開けた場所に出て、そこに古びた小屋が立っていた。家の壁の板は所々腐食していて穴が開いていた。

「この小屋は・・・あの勘太が言っていた木霊と名乗る者が住んでいるという小屋・・・?」

勘太に殺人を唆した『木霊』と言う人物・・・勘太の証言によるとこの神室山の奥の小屋に住んでいると言うことだった。

「まさか・・・木霊が・・・烏天狗?」

皐は最悪の考えが浮かんだ。もしも烏天狗が木霊であるなら、勘太を唆して殺人を行わせた目的は?

「僕たちにこの事件の捜査をさせること?」

でも何の為に?皐は詐欺師の道念の話を思い返した。彼は人間の纏う気を視認することができ、同心・黒田はその名の示す通り禍々しいドス黒い気を纏っていると言った。

「烏天狗は黒田なのか?」

たが皐は烏天狗イコール黒田とどうしても結びつかなかった。そもそも体格が違うように思える。黒田は体格も良くどっしりとした出で立ちなのに対し、今しがた目撃した烏天狗は少し黒田よりも小さいように見受けられる。そして黒田の図体では先ほどのように皐と同等に渡り合える素早い身のこなしは出来ないであろう。一年前に大助の殺人現場で烏天狗と対峙した皐だが、その時に見た烏天狗のイメージも、どちらかと言うとそう言うイメージで、黒田とは結びつかない。烏天狗は黒田ではないのか?では何の為に一連の事件を引き起こしてここへ皐たちをおびき出したのか?

「まさか、ここへ誘い込んで僕らを始末する為?でもなぜ姿を現さない?」

皐は胸がざわつき始めた。

「まさか 茜さん!?」

烏天狗は茜を狙っているのか?皐は慌てて来た道を引き返した。


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