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結婚しなくても幸せな時代に、結婚する意味はなんだろう

無邪気に婚姻届を出してから、一年が経った。

この一年間、実際にはいろいろなことがあった。

でも、今こうして思うと、あっという間、の一言しか残らない。

・・・

今から二年前のこと。
妻と恋人同士になった瞬間を、まだ鮮明に覚えている。

「うちと付き合ったらな、なんでも実現してしまうねん」

付き合ったその日、彼女は言った。

「うん、そんな気がする」

僕はそう答えた。

・・・

人はなぜ、結婚するのだろうか。

法律で決められているから?
親を安心させたいから?
愛している人とずっと一緒にいたいから?

僕は、本気で、よく分からない。
長い間、「なんで結婚しなくちゃいけないの?」と、ずっと思っていた。

結婚は、制度上のお話。
一人の人をずっと愛し続ける自信も、覚悟も、全くなかった。

よく分からないけれど、それなのに、僕は結婚をしてしまった。

・・・

何事も「二人」でカウントする生活が始まった。

掃除、散歩、家賃の支払い。
料理、就寝、遠くへの旅行。

何をするにも、二人で行う。

それまで全く他人だった人間が、自分の人生の登場人物に加わった。
それは不思議で、ちょっとこそばゆい体験だった。

・・・

結婚してしばらく経った、ある日のこと。
「あっ」
あるエスカレーターで、学生時代からの友人Kとすれ違った。

上がる僕と、下がる彼。
交差した後、振り返った。
Kもまた、こちらを振り返っていた。

それはまるで、ドラマの一コマのような再会だった。

・・・

Kと僕は、昔からすごく相性があった。
お互いに本の虫で、アカデミックなテーマを議論するのが好きだった。
大学を卒業してからも、たまに連絡を取って飲みに行くような関係だった。

・・・

二人で立ち話をしている中で、僕は打ち明けた。
「…俺さ、結婚したんだよね」
「ええ!マジで!?」
「マジマジ。自分でも驚きだけど」
「おめでとう。いやでも、うわーマジかーショックだなー俊平はずっと仲間だと思ってたのになー」
Kはあからさまに残念そうな声を浮かべた。
「マジかーマジかー」と繰り返しながら、天を仰いでいた。

「てか、なんで結婚したの?俊平は、悪いけど絶対、あんまり早く結婚しない人だと思ってた」
「それなんだよな〜。自分でも分からない」

なんで結婚したのだろう?
僕は改めて自分に問いかけるが、「勢い」以外の回答は出てこない。

するとKが再び、話し出した。
「でもなんとなく、お前が結婚するのは、俺は『わかる』な」
「なんで?」
「最近ある本を読んでたんだけど。その中に、『全てのものが絶えずアップデートされ続ける社会になる』って書いてあって。iPhoneのソフトウェアが勝手にアップデートされるみたいに、全ての物が変化し続けるんだよ。それって、便利だけど、実は社会として考えると、全然落ち着きのない世界になるんじゃないかなって思って。
でも、結婚すれば一応、永遠の愛が手に入るだろ。変化し続ける世界において、不変なものっていうのは、誰もが求めているものだと思う」
「なるほど」

永遠の愛。
そんな言葉は大それているかもしれない。
でも「安心感が欲しかった」といえば、確かにそれは、そうだろうな。

「そういえば俊平は、小説は書かないの?」
「書かないよ。時間、もったいないだろ」
「俺は今年も新人賞に出すぞ」
Kは、一度も読ませてくれたことはなかったが、学生時代からずっと小説を書いているらしかった。
クレバーで、エリート企業に勤めていながら、変な趣味があるもんだな、と思っていた。

「インターネット全盛期の今、小説を書くなんて、最高の逆張りだろ」

・・・

Kの言った通り、それからの僕は、とても安定した。

それは、心の安定だった。

iOSは断続的にアップデートされるし、インターネットには日々膨大な量の情報が生産されていく。

それでも僕の隣には、いつだって変わらない存在がある。

・・・

しばらく、充実した日々を過ごした。

仕事はチャレンジングで刺激的だった。

休日には、妻と二人で家の近くを散歩したり、時々遠くへ旅行にでかけた。

何もかもが順調で、素晴らしい毎日だった。

・・・

でも、心のどこかで、何かが足りないと感じていた。

衣食住、そしてパートナーまで手に入れた上で、僕は何を必要としているんだろう?
不思議だった。
どこまでも欲深い自分が悲しかったし、理解に苦しんだ。
なんで自分はこんなに傲慢なんだろう?

ずっとずっと考えて、それでも、足りないものが何なのか、僕には全然わからなかった。

・・・

ある時、自宅のリビングで、妻が言った。

「俊平はもっと、文章を書いたほうがいいと思う」

それは唐突な主張だった。

「なんで?」
「俊平は、素敵な文章を書くから」
「えっ。俺の文章、全然読んだことないよね?」

その頃の僕は、文章をほとんど全くと言っていいほど、書いていなかった。

「確かに、あんまり読んだことはないけど。でも、わかるんだよ〜。とにかく、書きなよ」
「うーん、忙しいしなぁ」

そこで会話は終わってしまった。

僕は考えた。

文章を書いたほうがいいのだろうか?
本当に、そうなのだろうか?

・・・

それからしばらくして、僕は、小説を書き始めた。
短編ではない。長い小説だった。
自分でも驚いたけれど、それはとても自然な行動だった。

平日の夜中と、休日に、家でポチポチとタイピングをした。
スラスラと書くことができて、1ヶ月あまりでそれは完成した。

「小説(みたいなもの)が書けた」
「読みたい!」

妻にプリントアウトして、それを渡した。

しばらく経って、誤字などに線が引かれて原稿が返ってきた。

「面白かった。また書いてね」

たった一人の読者のために書かれた小説は、決して素晴らしい出来栄えとは言えなかったけれど、僕にある確信をもたらした。

・・・

今、こうして、noteに文章を書いている。

僕は、「文章を書く」ことで、本当の自分になれるのだった。

それは、ずっと昔から気がついていたはずなのに、なぜか長い間、忘れてしまっていた。

僕にそのことを気づかせてくれたのは、紛れもなく妻の一言だった。

・・・

結婚がもたらすものは、確信だ。

隣に誰かがいる、という確信。
人生で何をするべきか、という確信。
自分は生きててもいいのだ、という確信。

そういう確信は、時に、愛と呼ばれる。

そういったものを求めて、僕たちは結婚するのだと思う。
結婚しなくても十分すぎるほど幸せな時代に、人々が結婚する意味というのも、おそらくここにある。

・・・

平成最後の「山の日」は、僕たちの最初の結婚記念日。

この1年間で得たものに対して、もう何の疑いの余地もない。
それは決して目には見えないけれど、とても強くて、偉大な力を持っている。

「ねぇ、この1年、すごく長かったと思わない?私たち、ほかの夫婦の数倍のスピードでいろんなこと経験してるよね」

隣でニコニコ笑う妻を見ながら、僕は感謝の気持ちを噛み締める。

そして、今度は、僕が彼女に、確信を与えてあげないといけないな、と胸に誓った。

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