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タイムパトロール

 「岐阜県高山市荘川町です。

白川郷から少し奥に入ったところですね。

そこのジュラ紀化石産地ですって」

事務員のモネちゃんがプリントアウトされた命令書をひらひらさせてニヤリと笑う。

「今回はジュラ紀?

あんな危ないとこ何しに行ったんだ」

俺はぼろっちくて、なんだか少し匂うソファーに身体を投げ出していた。

ホッピーはいつだって呑み過ぎちまう。 

あれだな。

ナカの足し過ぎだな。

「また二日酔いですか?

所長に言いつけますよ。

・・・昨日ちゃんとお風呂に入りましたか。

なんかくさいですよ」

モネちゃんが鼻をつまむ真似をする。

「えっ、ホント?

でも心配しないでね。

腐敗じゃなくて発酵だと思う」

「誰も心配なんかしてませんよ?

しゅんさんに取り付いた微生物が、しゅんさんの分泌した何か汚らしいものを分解して、その臭い匂いになったのでしたらです。

微生物はばい菌・・・有害な細菌で間違いないでしょう。

人に有益な微生物の働きを発酵と定義しますからね。

しゅんさんの微生物は私に有害な働きをしてるのですから100%腐敗だと断言できます。

減らず口をたたく暇があったら仕事してください」

モネちゃんは無表情で酷いことを言う。

小娘のくせに博士号なんか持ってるから口が減らないんだな。

俺はモネちゃんの小さくて可愛らしい鼻に目の焦点を合わせた。

「鼻毛出てるよ」


 タイムパトロールなんて言っても、平成や令和の界隈には使いッ走りのノンキャリしかいない。

俺らには知らされない未来のどこかの時点で時間管理機構ってやつが発足した。

そう聞かされたけど、詳しいことは教えてもらえない。

本部は時間流の外にある亜空間に置かれていて俺も時々呼び出される。

だが俺程度のタイムヒエラルキーじゃ玄関ロビーの待合室まで入れてもらえるのがせいぜいだよ?

 タイムパトロールのエージェントは未来には行けない。

行けるのは過去だけ。

それも事務所のスタッフや顔見知りの誕生日より過去にしか行けない。

どんな仕組み成ってるかは分からないけれど、パーソナルデータがきっちり調べられていてタイムリープに制限が掛かってる。

エージェントが過去で、自分自身や知り合いと出会わないようになってるわけだね。

 それなら何百年も昔まで出張任務があるかと言うとそんなこともない。

ノンキャリは現時人を採用するからね。

文化的にも肉体的にもせいぜい百年から二百年くらい前までしか対応できない。

だから本部もうんと昔、五百年とか千年前なんて無茶ぶりはしてこない。

遠過去や超遠過去、超々遠過去はキャリア組のエリートエージェントの領域だ。

連中が何をやってるかは知らない。

 ただ時間管理機構の唯一にして絶対の目的がこの時間線の保守点検だからね。

例えば広域時間事故が起きて未来改変が起きそうなら、大騒ぎになってるんだろう、多分。

俺らには知らされないけどね。

聞くところによると時間事故は、結果放置ってことも多いらしいけどね。

事故で大規模タイムパラドクスが起きれば、世界線の分枝が生じてこの時間線とは関係なくなるらしいよ?

そんな時はへたに介入しない方がいいらしい。

本線さえ無事なら支線はどうでも良いってのが時間管理機構の本音だからね。

まあ、支線にも時間管理機構はそっくりそのままあるわけだから、後はそっちでよしなにってことらしい。

 そうは言っても今は本線らしいこの時間線だって事故の起き方によってはいつ支線に成っちまうか分からないそうだよ。

どんな事故なら本線が支線になるのかは、平成令和界隈のノンキャリには教えてもらえないけどね。

俺らは本部からよこされる命令に従って、ノンキャリにできるケチなお仕事をこなしてる。

ただそれだからさ。


 二日酔いの脳天にモネちゃんの肘落としを食らってしばし意識が飛んだ。

その後近所のファミレスで、和牛ステーキドリンクデザート付きを奢らされた。

命令書の交付はモネちゃんの御機嫌が直ってからだった。

 命令書には本部の係長から課長、部長までの判が付いてある。

と言うことは中程度の案件と言うことになる。

局長、本部長クラスのハンコが押してある命令書は、俺らみたいなノンキャリの下っ端には降りてこない。

 こんな命令くらいなら端末に寄越しゃいいと思うが、技術が進み過ぎると情報の秘匿には紙がうってつけなんだと。

この命令書も朝一でモネちゃんのところへタイムアタッシェの末蔵君が届けに来たそうだ。

末蔵君は本部勤めのキャリアで未来人だけど気のいいやつさ。

モネちゃんのことが好きなんだけどいまいち相手にしてもらえないらしい。

末蔵君は俺らの時代の居酒屋が好きで、時々付き合うんだけどね。

酔っぱらっては、モネちゃんのいけずを愚痴るヘタレでもある。


 末蔵君が持ってきた命令は、岐阜のなんちゃらっていうとこにあるジュラ紀化石産地に行って人の化石を回収してくることだった。

明後日、どっかの大学の院生が掘り当てちまう未来があるらしい。

まあさ、恐竜が全盛期だったジュラ紀の地層から、人の化石が出ちゃったらまずいよね。

 ネジとか永遠に落ち続ける砂時計とか。

いわゆるOパーツが出土しても実はごまかし易いんだなこれが。

ホントに古いものなら分解しちゃうしね。

比較的新しいものは回収したり小理屈つけてごまかせば時間線に影響はない。

影響がある様なら消去の命令があるだろうしその時はキャリア様の出番さ。

俺らには関係ない。

先日も五日市の戦国時代から続く旧家で、先祖伝来のジッポーなんてのが見つかった。

ジッポーってのはアメリカ製のオイルライターな。

もちろん旧家のご先祖さん、江戸時代のお人らしいけどね。

そのご先祖さんが家宝に決めた頃にジッポーはまだ発明されてない。

これなんかは俺らみたいな本職が出張るほどの案件じゃなかったので、下請けが処理したらしい。

池袋の居酒屋でみんなで騒いだ時モネちゃんが教えてくれた。

 だけどね時々いろんな時代の地層から見つかる人の化石はそうもいかない。

Oパーツに比べると比較にならないくらい時間線への影響が大きいらしい。

Out Of Place ARTifactSを略してOパーツっていうんだけどさ。

あり得ないところから出土しちゃう人の化石は Out of Place humAn fossIl 、略してOパイっていうんだよ。

最初聞いた時「全然略になってないんですけど」って、思わず突っ込み入れちゃったよ。

所長が変な笑い方してたからね。

もしかするとOパイはあのおばさんが考えたヨタかもしれない。


 俺はこれから一泊の旅支度して岐阜まで出張ってことさ。

今晩寝る前に添付レポートに目を通して明日の朝事務所に顔を出す。

そうしてモネちゃんに切符とお泊りチケットをもらうことになってる。

有給取って一緒に行かないって誘ったら正拳突きを食らったよ。

ホント、凶暴な娘さんだよ。

 ところで明後日、うっかりジュラ紀の地層から人の化石を発掘しちまう院生ってのが女子学生らしいんだけどね。

写真をみたら彼女が可愛いんだよ。

つまんない仕事だけどね。

それがちょっぴりだけ楽しみさ。


 俺も時間管理機構なんて御大層な組織のエージェントをやってるけどね。

タイムリープで過去に出張の経験なんて片手で数えるほどしかないよ?。

それもえぐいのばっか。

 一番えぐいのは1945年3月11日午前二時に浅草へ出張した時。

指定された場所で黒焦げの御遺体を回収して本部に持ちかえる案件だったな。

東京大空襲のさなかでさ・・・。

仕事とは言え現場周辺じゃとんでもないものを見ちまった。

俺のひいばあちゃんやひいじいちゃんの時代だよ。

酷い有様だった。

 無意味な感情論って自覚はあっけど、なんで歴史介入しないんだろって本気で思ったさ。

ご遺体連れて帰還したら、本部の皆さんが沈痛な面持ちだったからね。

世界線の分枝に関連したなんか重大任務にあたってた人の御遺体かもしれない。

 有難いことに俺の仕事のほとんどは現時間でのOパイ案件なんだ。

Oパイ案件だって、キャリアの人たちが超々過去でなんか派手に立ち回ってる結果なんだろうけどさ。

もう石に成っちまってるわけだから、匂いもしないしビジュアル的にもえぐさはない。

 それにしても今回の案件だけど、ジュラ紀の地層で化石に成っちまうなんてね。

いったい何をやらかした人なんだろ。

・・・俺には関係ないけどね。



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