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バルセロナで何が起きているのか ~カタルーニャ独立運動のデモを間近で見て感じたこと~

いまスペインの"カタルーニャ州(Catalonia)"の州都、バルセロナに住んでいる。ここではあえて、"カタルーニャ"という単語を強調しておきたい。

日本人にとってバルセロナといえば、真っ先に思い浮かぶのはサッカーのバルセロナFCだと思う。メッシやスアレス、かつてはイニエスタなど世界的スターが在籍していて、Googleで"バルセロナ"と検索するとサッカー以外の検索結果が見当たらないくらいだ。

それ以外だと、地中海性気候で過ごしやすい最高の天気、パエリアやイベリコハム、ワインなどの食事、世界的にも有名なサグラダファミリアやカサ・ミラなどのガウディの建築物.... など挙げればきりがないほど魅力的な街だと思う。実際にバルセロナに住んでいて、ほんとうに住みやすい街だとも思うし、街並みは美しい。

バルセロナは世界有数の観光都市であり、市民160万人に対して年間3,200万人の観光客が訪れている。1990年代のバルセロナオリンピックを契機に観光都市として開発を進めてきたものの、膨らみすぎた観光客数が逆に問題になっているほどだ。

これだけ世界的にも有名な街なので、スペインといえばバルセロナ、とイメージする人が多いと思う。

が、バルセロナに住む多くの人にとっては、バルセロナはスペインではなくカタルーニャの一部という感覚のほうが強い。

現在の制度上、もちろんバルセロナはスペインの一都市なのだが、バルセロナを中心としてスペインの地中海側にあるカタルーニャ地域では、ここ数年でスペインからの独立運動が勢いを増している。

これまでもカタルーニャの祝日などをはじめ大きなデモは定期的に起こっていた。しかし、一昨日の10/14から、バルセロナではこれまでにないほどの大規模なデモが行われている。道路は封鎖され、街は自由に歩くことは出来ず、正直カオスな状況になってきている。なぜこれほどまでに大きなデモが起こるのか理解したくて、デモの現場に行き、現地の人々と話し、デモの背景や事情について肌で感じながら勉強してみた

今回の大規模デモの引き金は、スペイン最高裁が前カタルーニャ州の副首相をはじめ独立支持派の州幹部たちに反乱罪を適用し、最長で13年の禁固刑を言い渡したことだが、歴史的な背景も含めてなぜ今回のデモに至っているのかを書いてみたい。

カタルーニャ独立運動

カタルーニャ独立運動について聞いたことがある人はどれくらいいるだろうか?

日本ではあまりニュースになることはないし、歴史の教科書で習うことも基本的にはない。自分もバルセロナに住むまではカタルーニャという地名もうっすら聞いたことがあるかないかくらいだったし、Catalanという今も使われる言語があることも、カタルーニャで独立運動があることについても全く知らなかった。

バルセロナを中心としたカタルーニャ地域は、中世以前はカタルーニャ君主国として独立していて、一時期はイタリア南部など地中海周辺にも領土を持つような国だった。現在もカタルーニャ地方には独自の言語や文化・風習が残っていて、この地域に住む多くの人のアイデンティティはいまだにスペインではなくカタルーニャにある。

しかし1479年にスペインがほぼ現在のかたちで統一され、スペイン王国の傘下に入ることになる。ここからカタルーニャは独立を目指して中央政府とのいくつもの戦争を行っていくが、その都度政府に敗れどんどん力を失っていく。そして1939年にスペインでフランコ独立政権が誕生すると、政府はカタルーニャの言語、地名、旗、文化、伝統音楽や祭礼は全て禁止された(バルセロナ出身の友人の中には、フランコをスペインのヒトラーと呼ぶ人もいた。実際フランコはヒトラーとも交流があったそうで、独裁における政策面でも影響をうけたのかもしれない)。1975年にフランコが死去するとスペインでは民主化が進められ、現在に残るカタルーニャ自治州が発足している。

いまのカタルーニャ独立運動は急に湧いて出てきたものではない。1479年にスペインに併合されて以来、カタルーニャ地方に住む人々は常にスペイン政府からの独立運動を展開してきていて、いまのデモはその延長にある。

そして、スペインの他の地域の人々とカタルーニャの人々とでは、独立運動に対する見方はまったく異なることも知った。

いま通っているビジネススクールにもスペイン人の同級生がいて、その多くはマドリッドやその他エリアの出身だ。とある友人は、バルセロナFCが大嫌いだと言っていて、バルセロナFCが政治(カタルーニャ独立運動)をサッカーに持ち込んでいるのが我慢ならない、のだそうだ。あくまで一例だが、それほどカタルーニャ地方の人々とその他の地域のスペイン人とでは、認識や感覚にも大きな違いがあり、スペイン人といっても一括りにはできないし、思ったよりも分断されていることを知った。

今回のデモについて

上記にも書いたとおり、今回のデモは、スペイン最高裁が前カタルーニャ州の副首相をはじめ独立支持派の州幹部たちに反乱罪を適用し、最長で13年の禁固刑を言い渡したことに端を発する。

カタルーニャ州政府の独立派を中心として独立の動きが高まり、2017年にスペイン政府との正式な合意なしに、州議会はスペインからの独立を問う住民投票を実施し、賛成多数の場合は48時間以外に独立を宣言することを発表し、そのための法を制定した。投票に際しては中央政府からも警察部隊が送られたり、投票用紙や投票箱が押収されるなら強硬な妨害もあったが、多くの投票所では投票が受け付けられ、結果として賛成票が90%以上を占めた。しかしながら中央政府&最高裁判所は投票を認めず、独立派の州幹部を逮捕。約2年後の今週、10/14に彼らに反乱罪が適用され、今回の大規模デモが始まった。

ちょうどバルセロナ出身の友人と今回の判決の速報をテレビで見ていて、これまでの歴史やカタルーニャの人々のアイデンティティ等について色々と教えてもらった。この友人はテレビを見ながら、「この判決は許せない。。。400年以上、歴史的にもカタルーニャはずっとスペイン政府に抑圧されてきたし、今の政府にもそんな権利はないはずだ。デモもほぼ平和的なのに暴力的なところだけをテレビなどで映している。カタルーニャは独自のアイデンティティ、文化を持っているし、独立を認めるべきだ」と言っていた。話しながら独立運動デモにも誘われた。

EUなどもどちらかというとスペイン政府側を支持しているように見えるらしい。なぜならEUにおいて経済的に問題を抱えているのは、ギリシャと並んでスペインも筆頭で、観光業などで稼ぎ頭でもあるカタルーニャが抜けることの経済的なインパクトが多く、スペインがさらに弱ってしまう。そうするとEUも困るからカタルーニャを支援しない、という話だった。どこまで事実かはわからないが、そういう見方もたしかにできるのかなぁとも思った。

今日で判決から4日ほどたつが、デモの勢いは日ごとに増している。この文章を書いている10/18(金)は、カタルーニャ地方から多くの人がバルセロナに徒歩で終結していて、大きな道路は完全に封鎖。これまでにない規模でのデモが起こっている。学校からも電車が使えず、2時間ほどかけて徒歩で帰ってきたくらいだ。食糧を持ち込んでデモに参加しよう!という呼びかけがSNSなどでされているらしく、ここ数日で最も人が集まっているのが一目見てわかる。

いまはPassing de Graciaというバルセロナの中心街のすぐ近くに住んでいるのだが、そこにデモ隊が終結していて、ものすごい人が今も外に集まっている。ここにはガウディの有名な建築物であるカサ・ミラなどがあり、普段は観光客も多いし、家のすぐ近くがこんなことになるとはバルセロナに来た時には思わなかったが、今回のデモを文字通り肌で感じることができている。

下の写真はPassing de GraciaとDiagonal通りの交差点。街の中心でデモ隊が集まり大声で抗議しているところ。

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多くの人がカタルーニャ旗を背中に巻いている。なんだかスーパーマンみたいとちょっと思ってしまった。

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デモに参加する人々がどんどん中心に集まってくる。

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昼間のデモはそこまで暴動になることも基本的にはなく、カタルーニャへのアイデンティティが本当に強いことを感じさせられる。年代もほんとうにバラバラで若者からお年寄りまでがデモに集まっているように見えた。これらのデモは届け出もされていて(もはや規模が多すぎて収拾がつかなさおうだが)、勢いはあるもののまだ平和的ではある。

ただ一方で、夜になると状況は大きく変わる。同じ場所に若者が終結し、報道にもある通り、デモに乗じて好き放題暴れまわっているのをたくさん見た。

上の写真と同じPassing de GraciaとDiagonal通りの交差点。夜中には多くの若者が集まる。

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火炎瓶を投げたり、ゴミやバイクなどを燃やしている。奥にはより大きな炎があがり、多くの人が騒いでいる。

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Passing de Graciaでは多くのパトカーが待機。この後、上の現場に10数台のパトカーが突入して、多くの若者が走って逃げていくのを見た。

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マスクで顔を隠しながら、ゴミ収集用のコンテナを引きずり倒し、道路の中心でゴミやバイクに火をつけ、店の窓ガラスも多く割られている。テレビでは、街の中心地で数人の若者が一人の男性を襲撃して暴行しているシーンも見た。警察も多く出動しているが、数が多すぎて収拾がついていないように見える。

彼らは若者で、カタルーニャのためというよりも、ただ暴れたくて集まっているような印象を受けた。実際、度を越して騒がしくなってくるとパトカーが10台ほど一気に駆けつけてくるので、彼らは一目散に逃げ去っていく。

朝になると、前日の夜に若者が暴れまわったあとを街の至る所で目にする。焦げたコンテナやバイクが放置されていたり、ガラスが割られていたり。。。それを市の清掃職員が早朝から片付け、道路を清掃しているのを見かける。

下は家の最寄りのゴミ収集コンテナ。前日若者が道路に引きずり倒していたが、朝にはほぼ元の位置に戻されていた。

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普段より多くの清掃職員が街の至る所で清掃作業にあたっている。

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魅力的な部分もたくさんあるバルセロナで、これらの暴動を目の前で見ていると悲しくなった。実際カタルーニャにとっても損失だし、カタルーニャ州政府自体もこれらの行為については強く非難している。こういったデモ、とくにアイデンティティが絡むものが大きくなってくると、それに伴って暴力行為が増えてくるのはある程度は想像できるのだが、それを間近で見ることになってしまった。

バルセロナのデモを見て感じたこと

今回デモを見て、現地の人々とも話してみて、ヨーロッパと日本での感覚の違いを強く感じた。こっちに来てみて感じたことだが、世界中で日本ほどアイデンティティが統一されている国はないと思う

ヨーロッパでは現在の国のかたちが出来上がったのはごく最近で、アイデンティティの拠り所が住む地域だったり、民族や文化だったりで異なることがけっこう普通だ。

一方で日本は島国であり、他の国に支配されたり国境線が変わるという経験をほとんどまったくしていない珍しい国だ(もちろん歴史上で藩制度などはあったものの、常に同じ日本人というのに近い意識はあったと思う)。単一民族国家だし、2000年以上続いていて、現代社会で自分が日本人であることに疑いを持つ人は少ないはずだ。だからこそ阿吽の呼吸のような感覚が日本人にはあるし、言わなくても伝わる、という感覚も残っているのだと思う。

そんな自分たち日本人が、今回のカタルーニャ独立運動のような事象を理解するのは本当に難しいと思った。日本にいると、「なんか独立運動してるなぁ、バルセロナFCがスペインリーグから抜けるのも嫌だし、独立してほしくないなぁ」なんていう声も聞くし、それが普通の感覚なのかなぁとも思うが、現地の人々をみると、カタルーニャ人(Catalan)としてカタルーニャ語で話し、自分たちの文化や歴史をずっと持ち続けていて、スペイン人として見られることのほうが違和感があるのだと思う。

カタルーニャのデモを間近で見て、日本国外に出たときに人々のバックグラウンド、そこから来る考え方は自分とは全く異なるし、人々に話を聞いてみて、歴史を知って、背景を理解することの重要性を改めて感じた。

香港などでも大規模なデモは起こっているし、改めてカタルーニャとも比較しながら考えてみたいなぁと思っている。

カタルーニャ独立運動は日本ではあまり報道もされていないと思うし、備忘録の意味もこめてnoteにまとめてみたが、もし興味があればぜひ一度カタルーニャ独立運動について調べてみてもらえたらと思う。





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