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【エッセイ】イギリス・ホームステイの想い出3つ

こんにちは! 
写真詩作家の辻本瞬です。

普段はこちらのブログで、写真と詩をコラボさせた作品「写真詩」を発信しています。

二月も終わり、今日から全国的に(?)三月ですね。
学生の方は春休みと言う方も多いかと思いますが、私は高校の夏休みに行ったイギリスへのホームステイが忘れられず、いつかnoteでエッセイにしたいと思っていたので、思い立ったが吉日!
今日書いてしまおうと思います。

それでは、始まります!


◆◆◆


私がホームステイしたのは、イングランド西部、ウェールズにも近いヘリフォードと言う場所でした。

私が演劇を好きである事を知ったホストの皆様が、地元のミュージカルに参加する機会を紹介して下さったのですが、一つ目の想い出はそんな中での出来事です。

地元密着のミュージカルだったので、学生さん、ボランティアさん、障がい者の方々も参加していらっしゃいました。
その中で、「仲間の学生達」と言う意味で次のような表現が使われていました。

fellow students (フェロウ ステュウデンツ)

fellowは仲間、友達、同僚と言った意味で、通例直後に複数形で「仲間の○○達」と言う意味になります。

所が、英語の覚束ない私はそれを真似しようとして、次のように言ってしまったのです。

following students (フォロウィング ステュウデンツ)

直訳すると、「追いかけてくる学生達」と言った所でしょうか。

何を言わんとしているかは伝わったのでしょう、しかし大笑いされました。

私も、今思い出しても腕を振り回し、ゾンビのように追いかけてくる学生たち……? をイメージしてしまい、自分で可笑しくなります。

外国語を勉強していると、母語を話す方々が思いもよらない言い間違い、書き間違い、勘違いをするものですが、その好例ですね。

fellowの意味をおそらく初めて知ったきっかけがこちらでしたので、大変勉強になりました。


◆◆◆


二つ目も勘違いエピソードです。

その日読んだ英語の本に、こんな言葉がありました。

second-hand ring (セカンド ハンド リング)

慣れていないので分からなかったのですが、これは「中古の指輪」と言う意味です。
現在手持ちの辞書でも、 second-hand は熟語で「中古」の意味だと確認出来ます。


当時も、
「ああ、何となく別の人の『手』に渡ったイメージで『中古』と言う意味なのかな」
程度には把握できたのですが、問題は此処からでした。

その日の日記に、私はこんな言葉を書いてしまったのです。

second-foot shoes (セカンド フット……シューズ??)

第二の足の靴、で「中古の靴」と言いたかったのですが、これまた大笑いされました。

「瞬、あなた、指輪だからhandを使うと思ったの? そうじゃないの、second-handは熟語で、靴だからfootを使うと言う訳にはいかないのよ~~~!」

成る程、これは一本取られた! と思ったと同時に熟語の難しさを思い知った事件となりました。

勿論大笑いしたホストファミリーは悪意があった訳ではなく、微笑ましく見守って下さる笑いだったので、今でも私の微笑ましい思い出です。

こうして、「感情と結びついた記憶」となったこの熟語。
失敗は一時の恥ですが、お陰様で一発で覚え、忘れられない言葉となりました。


◆◆◆


三つ目は、ホームステイ経験のある方でも中々出来ないのではないかと言う貴重な機会を頂いたお話です。

私はピアノを弾きます。
ホストファミリーのお宅にもアップライトのピアノがあったので、お借りして毎日二時間位弾いていました。

そんな私を見たホストマザーが、ピアノの先生を紹介して下さり、私は何と英語でピアノのレッスンを受ける機会に与ったのです。

レッスンは全部で三、四回だったと思います。
地元のピアノ教室に車で送り迎えして頂き、一時間ほど先生と二人っきり、ピアノの二台置かれた部屋でみっちりレッスンして頂きました。

練習したのは、ベートーヴェン作曲ピアノソナタ「悲愴」でした。

当時、私は何故か第一楽章と第三楽章は弾けたのですが、第二楽章(時々CMに使われたりもする綺麗なメロディーの曲なので、聴いたらご存知の方も多いと思います!)だけは、楽譜をさらった事も有りませんでした。

ですから、一念発起して第二楽章を「宿題」とさせて頂き、譜読みする所から始め、ホームステイのレッスン中に何とか弾けるようにまでなる事が出来ました。

英語でピアノのレッスンを受けるのは初めての事でしたが、日本語とそんなに感覚は変わらなかった、と言うのが実感です。


例えば、先生が
「あなたはここをこう言う風に弾きましたね。(ピアノを弾く)……そこをもっとこうしてみて下さい。(お手本をピアノで弾く)」
みたいなイメージです。

今となっては先生の言葉を一言一句再現する事は出来ないのですが、その当時何故か自然と普通にコミュニケーション出来ていたので、音楽の力って凄いと改めて思います。

合わせて、歴史上の作曲家の中には国を渡り歩いてパトロン探しをしたり、演奏旅行をしたりする方が在った訳ですが、その時語学の習得はどうしていたのか、当時から気になっていましたし、今も想像でしかありませんが作曲家も凄いなと思います。

現在でも、身近に国際的に活躍する音楽家の友人が居たりするので、語学の壁をどう克服したのか、気になると共に、いや、音楽があれば最早壁ではないのかも知れないと思ったり、様々に考えを巡らせます。

国際的に活躍されている音楽家の皆様、本当に頭が下がります。

話を元に戻しますが、結局「悲愴」の第一楽章、第三楽章もちゃんと習って、今でもそれは私の大切な財産となっています。

第二楽章を譜読み、つまりつっかえつっかえの段階から徐々に習熟していった様子は、ホストファミリーが先生に証言してくれました。
先生は、第二楽章だけ弾けないなんて、最初は信じてらっしゃらなかったみたいでした(笑)。

英語を学ぶんじゃない。
英語「で」「何かを」学びたい。

そんな夢を叶えて頂いたひと時となりました。


◆◆◆


如何でしたでしょうか?

私の英語力は現在でも決して高い方とは言えませんが、それでも英語の勉強は好きですし、英語でのコミュニケーションは好きです。

その原点は、やはりご紹介させて頂いたホームステイの想い出だと、今でも思っております。


また思い出した事が有れば、noteでエッセイに書きたいと思っています。

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それでは、またお会いしましょう!


 


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