理容店と羊

理容室をのぞくと中年の男性が二人いた。そろって初老である。うすい水色のユニフォームに身をつつんだ彼らの身なりは折り目正しく清潔だ。わずかに残っている髪の毛は刷毛でひいたようにきれいに撫で付けられている。
彼らには悩みがあった。
客が来ないのだ。つまり暇でしょうがない。
散髪の練習をするにもお互いに髪の毛は薄くなっているから、満足した練習はできない。
そのかわり、というわけではないがひげはよくのびた。
二人とも口と顎に半永久的にのびるひげをもっていた。
あまりにもひげの成長がはやいものだから、ひげを剃らずにのばして上にあげて髪の毛の変わりにしてもいいな、と自虐めいた冗談を言ってはよく笑った。
ある日のことでる。
理容店なのに髪の毛を切る機会がほとんど無いせいで、二人は散髪の腕が落ちるのではないかと危惧しはじめた。カットモデルを募集しても、ひとりも集まらない。だから彼らはひげ剃りの練習をよくした。一人が理容椅子に座ってもう一人がひげを剃る。朝方に剃ったひげは夕方になると元に戻っていた。
はじめた頃は何度か失敗して、血がシェービングクリームに薄くにじむことがあったが、最近はない。彼らはひげ剃りのエキスパートになったのだ。
ひげそりの練習を何日も続けていくうちに、彼らはあるひとつの疑問を抱くようになった。
どうして髪の毛は、切る必要があるのだろうか?
切るにはハサミが必要だし、バリカンも必要だ。道具が多いし、人それぞれに頭のかたちが違うから、同じように切ったとしても、結果が同じだとは限らない。そんなの面倒だ。
切るのにくらべて剃るのは簡単だ。剃れば無くなる。だから剃ろう。シンプルでいい。切るのではなく、剃る。
どうしてこんな簡単なことに今まで気がつかなかったのだろう、と片方がため息をつくと、もう片方が、ああそうだ、どうしてこんな簡単なことに今まで気がつかなかったのだろう、と繰り返した。

それから数日が過ぎた頃である。彼らは理容店と名乗るのをやめて、剃り専門店として営業していくことにした。

剃ります。
なんでも剃ります。
きれいに剃ります。
髪の毛からおひげまで。ありとあらゆる体毛を残さず剃ります。

失敗だった。
彼らは過信していたのだ。剃ればすべてが解決すると思っていた。
しかし現実は違った。誰も「剃り」を「切り」よりも上位に置こうとはしなかった。
なぜか?
髪の毛のせいだ、と二人は口を揃えて言った。
髪の毛のせいで切るのが必要なのはわかる。でも、どうせ切るのならば、手間暇かけずにパパッとやってしまえばいい、というのが彼らのロジックなのだが、多くの人はそうではなかった。ああ。

ひげは?
調べてみると、どうやらひげもただ剃ればいいというわけではないらしい。もちろん、そういう人がいるものの、身だしなみとしてセットしたいって声も一定数あるってことがわかった。
二人は驚いた。それから顔を見合わせた。お互いがあまりにも似ているものだから、どっちが自分かわからなくなった。
これはまずいな、と一人が言った。
ああ、これはまずいな、ともう一人が言った。

「なにがまずいのだ?」と一人が言った。
「似すぎていて、おれがわからない」
「ひげのことじゃないのか?」
「ひげのせいさ」
「ひげのセットなんてことを考えたことがなかった」
「ああ。ひげをセットするなんてバカげた話さ」
「剃ればいい」
「そう。剃ればいい。おれたちは極右的剃り派だからな」
「でも。問題がある。客が来ない」
「剃るべきか。剃らざるべきか。それが問題だ」
「剃らざるべき」
「問題はおれたちが剃らないことに耐えられるか? だな」
「この大量のひげ剃りをどう処理するか考える必要がある」
「経済の話だな」
「おそらく」
「売ろう」
「売って儲けるのか?」
「ではない。在庫を処理する」
「それからだな」
「そうだ」
「で、なにをする?」
「おれたちは経済でうまく立ち回るのは三流だ。だが剃りは一流」
「つまり剃るのだな」
「ああ。剃る」
「なにを?」
「決まってるじゃないか。もちろん、ひ、、、ああ」

二人は大量のひげ剃りを売ることにした。在庫処分だ。そして誰も欲しがらない。ああ。
どうしておれたちは「剃る」ことに注力してしまったのだろうか? 誰もが欲しがらない技術をおれたちは、寡黙に信じてやってきた。そして気がつくと誰もいない荒地に来てしまったのだ。誰かが声をかけてくれてよかったのに、と二人は後悔したものの、彼らは彼ら以外の友人を持っていない。
「きつい世の中だな」
「ああ」
「死のうか?」
「剃ってみるか?」
「スパっといけたらいいのにな」
「ああ」
「北海道に行ってみないか? あそこなら羊がたくさんいる。村上春樹の小説で読んだ。死ぬ前に羊を剃ってみたい」
「いい案だ。でもおれは行かないほうがよさそうだな」
「どうして?」
「まだ死なないからさ。おれはまだ死なない。死ねないんだ」
「どうして? おれはお前に剃ってもらいたいのに」
「おれはお前を剃りたくない」
「剃るかのるか、だな」
「のるかそるか、だよ。おれはお前を剃らない。のりもしない。ここでおしまいだ。もう別れよう。お前は北海道でジンギスカンを食べて羊を剃ればいい。おれはもうやめだ。もうこれ以上剃りはしない」
「ひげはどうするんだ?」
「のばすにまかせるさ。前にもってくればいい。そしていつの日か切るのさ。カットだよ。おれはひげをカットする」
「ああ」
「ひげをカットするなんて考えたこともなかったよ。でもおれはカットする。そしてもう一度理容店としてやっていくんだ」
「お前一人で、か?」
「ああ。おれ一人だ。よく考えてみたんだ。おれたちはあまりにも似すぎている。初老でうりふたつのおっさんが二人だなんて奇妙だと思わないか? 奇妙どころかホラーだよ。おれはお前をみるたびにそう思うようになった。そしてこうも思うようになった。客が入らないのは、容姿のせいじゃないかって。いやもちろん、そんなことはない。世の中の良心はおれたちの外見なんて気にかけないさ。でもその前におれがやられてしまいそうなんだ。耐えれなくなった。もうこれ以上お前と一緒にいることはできない」
「そうか。おれはその世の中の良心ってやつを信用できなかったのかもしれないな」
「そうかもしれないな」
「世の中ってのはうまくできているよな。逆はないんだ。正解しかない」

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Shun Mimura

米国駐在中です。音楽と映画と野球ゲームが好きです。Twitter https://twitter.com/Shun_Mimura
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