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祖父と奇術

マジシャンの、マギー司郎さんが好きだ。笑点がはじまって、歌丸さんや昇太さんに「今日は、マギー司郎さんです、どうぞ!」なんて言われると、日曜日の夜でもテンションがググッとあがる。

マジックをしながら、飄々としたしゃべり口で観客の笑いを誘う。ストライプのハンカチを90度傾けて、「ボーダーに変えました」とサラッと言う。期待の裏切りで、笑いをさらっていくそのスタイルに、いつしか観る側は、ほかのマジシャンとは異なる期待をしてしまう。

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第14回奇術の祭典。真ん中にいるのは、ぼくの祖父だ。先日、酔っぱらって、得意げに写真をみせてきた。
ポイントは、左にいる俯き気味の女性が、嫁入り前の母親であるということだ。この頃、祖父とは、彼氏の父親という関係性でしかない。
じぶんの趣味でやってるマジックのアシスタントを、息子の彼女に頼むという図々しさに感心してしまった。

両親がまだ結婚していないってことは、30年ほど前の写真だろうか。この時、白い鳩を抱えるはめになり、恐怖でしかなかったと母は言っていた。
祖父のマジック次第では、もしかしたら、ぼくは生まれてなかった可能性がある。たとえば、ヘビなんかを使うマジックをしていたら、確実にぼくはこの世にいま存在してないだろう。
そう思うと、ある意味それがいちばんの奇術だ。将来生まれる子どもを消すというSFチックなマジックだ。


もっと前の写真が出てきた。

赤い蝶ネクタイに、黄色のハンカチ。ドリフターズのような髪型で、マジックを披露している。人形の姿が変わるのだろうか。祖父の若さと、披露するマジックの安っぽさに、クスクスと笑いながら話を詳しく聞くことにした。

マジックにしろ音楽にしろ、何かを披露するということは、それを観ている人がいる。
この写真の場合、観ている人たちは、地元の子どもたちだった。なにかの余興で行ったらしい。


2枚の写真に共通して言えることがある。祖父のマジックにはタネも仕掛けもありすぎる。見るからに、専門店か何かで買ったものを、堂々と披露している。
周りはそれに付き合わされていて、「とほほ…」という感情がどことなく匂い、それがすごくおもしろい。
ちょっと斜めの感情になりながら話をさらに聞く。


「今年も、クリスマスはマジックをやるんやでぇ」

祖父はうれしそうに語る。もしや、第45回ぐらいになってるだろう奇術の祭典に出るのか。
もし孫の彼女にアシスタントを頼むつもりなら、残念ながら、独り身である事実を述べなければからない。

「ばぁちゃんの、デイサービスで披露するんや」

祖母は認知症になってから、デイサービスに通うことになった。それ以来、毎年のクリスマスには、マジックショーが開かれることになっている。もちろん、出演は祖父のみ。
これが、たいへん人気らしい。施設側からオファーが来るようで、祖母も友だちから、「いいご主人ですね」と言われて喜んでいるそうだ。
徐々に、斜めになっていたぼくの姿勢は正される。

どんなマジックを披露しているのか聞いてみた。すると、となりの部屋に行きゴソゴソとして、いくつものグッズが出てくる。写真でみたような、見るからにマジックのためだけに存在する日用品の形をした、それである。

「もっとさ、なにか壮大なマジックはしないの?たとえば人を消すとかさぁ」
すこしいじわるなことを言ってみた。すると、祖父は遠い目をしながら、つぶやく。

「まぁ、消そうと思えば何でも消せるけどね、わしは鳩ぐらいがちょうどいいんや」
…何という名言だろうか。

何十年もかわらず、おなじマジックを披露していること。周りが付き合わされている祖父の道楽が、いつしか、たくさんの人たちを楽しませるものになっているということ。そして何より、祖父自身が楽しんでやっている姿に、とても感動してしまった。

鼻で笑っているつもりだったが、今回は完全にぼくの負けだ。

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そういえば、ちょっと前のテレビ番組で、マジシャンが本気のネタで対決をするという企画があった。
ふだん、バラエティでみるマジシャンと、いわゆる舞台専門の奇術師たち、海外のすご腕が一堂に会して、全力のパフォーマンスでたたかう。

それに、マギー司郎さんが出演していた。

彼はいつもとおなじ、飄々としながら、いつもとおなじようなマジックを披露する。テレビを観ているぼくが心配するぐらい、いつもどおりだ。「今日は、いつもの笑点の演芸のコーナーじゃないんやで、マギーさん!」と手汗を握る。

それでもマギー司郎さんは、ストライプのハンカチをボーダーにかえた。審査員たちは、クスクスと笑う。芸風を知ってるタレントたちは、「相変わらずだなぁ」という反応で笑う。

パフォーマンスも終盤。彼は紙袋を取り出した。タネも仕掛けもないような、ほんとうに薄っぺらい袋だった。
つぎはどんな笑いを作るのか、周りが期待した瞬間のことだ。

ゴトン!!

大きな音をたてて、とつぜんひっくり返した紙袋から、ボーリングの球が落ちてきたのだ。審査員は、唖然としていた。マギー司郎さんは、かわらず飄々としていた。
拍手を受けてニヤリとわらう姿に、テレビの前のぼくは「かっこいい!!!」と叫んだ。

そこから先の番組の内容は覚えていない。
誰が優勝したのか、どんなマジックだったのか、そんなことどうでもいい。とにかくマギー司郎さんのかっこよさに打ちひしがれた。

消そうと思えば、何でも消せたのだ。
出そうと思えば、何でも出せたのだ。

何かを極めたうえで、あえてそれをやらない。そんな選択ができる大人にぼくもなろうと、あの時、そう思った。


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マギー司郎さんの輝きと、デイサービスに行って周りを楽しませている祖父の輝きは、すこし似ている気がする。
もしかしたら、祖父はほんとうに、消そうと思えば何でも消せるのかもしれない。ボーリングの球を、紙袋から出せるのかもしれない。

誰かをよろこばせる技を持っている祖父がうらやましく感じた。そんな趣味や仕事をぼくも持ちたい。

「あのさぁ、ボーリングの球を紙袋から出したりもできるん?」

最後に祖父に聞いてみた。

「できんことはないと思う。そういうマジックも、専門店に行けば売ってるんちゃうかな」

堂々とそう言える姿に感心してしまい、思いっきり笑った平日の昼下がりだった。


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