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光で描く!カメラを使わない写真。フォトグラムの魅力とは?

●フォトグラムとは?

フォトグラム(photogram)とは、感光紙の上に、直接物体を置き、光を当てて撮影する写真技法やその技法によって得られた写真のこと。光にあたった場所と当たらない影の場所の光の差で像を得るため、カメラやレンズなどの機材がなくても撮影できる写真である。


●フォトグラムの歴史

最古のものは、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・ダルボット(William Henry Fox Talbot 1800-1877)が1834年頃に葉や花などを自ら発明した感光紙の上に置き太陽の光に当てたものであるとされ、1844年に『自然の鉛筆The Pencil of Nature』を発表している。

また、英国の植物学者、写真家のアンナ・アトキンス(Anna Atkins 1799-1871)は、サー・ジョン・フレデリック・ウィリアム・ハーシェル(Sir John Frederick William Herschel 1792-1871)が発明した、サイアノタイプ (cyanotype)の技法を用いて、アンナの父が科学者でもあったことから幼少期から植物や貝などの自然物に触れ収集する機会があり、のちにそれらを焼き付けた青写真を制作している。その青写真をまとめ複製がない、少部数の私家版、植物標本集『British Algae: Cyanotype Impressions』を1843年に出版している。

どちらもフォトグラムの手法を用いて、植物などの自然のかたちを原寸大で撮影した写真をつくり、その写真から科学的な眼差しが窺える。

またドイツのダダイスムの芸術家クリスチャン・シャート (Christian Schad 1894-1982)は、1918年頃、新聞の切り抜きや様々な印刷物を用いたコラージュを印画紙上で試み、この作品を「シャートグラフ」と呼んだ(※ 1)。

フォトグラムの手法をダダ的に用いて、無価値のモチーフを撮影し、これまでのレンズを通した遠近法的な写真を解体した。

「フォトグラム」という言葉は、バウハウスのマイスターであったラースロー・モホイ=ナジ(Laszlo Moholy-Nagy 1895-1946)の命名で、1922年に「フォトグラム」をはじめて制作している。ナジはこのフォトグラムによって、絵画における色や音楽における音の様に、光を造形素材として取り入れ、写真独自の表現を追求した。(※2)。

このように、光を造形素材として用いることで、写真そのものの持つ可能性を拡大することが出来た。ナジの著書、『ザ・ニュー・ビジョン』(The New Vision, New York 1930)に彼のフォトグラムによる光の造形理論が集約されている。

ネイサン・ラーナー(Nathan Lerner 1913-1978)は「光のボリュームの研究(ニューバウハウス 1937年・第一学期)」で、「通常、光は造形手段として考えられず、素材の存在を示す補助手段としてのみ考えられていた。しかし現在ではその特質、特徴から真の表現手段として光が使用される新しい時が始まっている。この写真的な実験は、光の流れるような柔軟性、その放射、透過、浸透、包囲性を明らかに示している。さらにこれらを通じて、光はネガティヴなパターンをも創りうることを示す。光のないボリュームは、おそらく普遍的に認められる光の反対物、すなわち光の反転として重要なものになるだろう。」と記し、光の持つ造形素材の特性、造形手段の豊さと可能性について言及している。(※3)

また同時期に、マン・レイ(Man Ray 1890-1976)は、1921年、現像作業中に、偶然フォトグラムの原理を発見し、この技法を自分の名前にちなんで「レイヨグラフ」と命名した。マン・レイは「写真は現在の記録を定着させるための方法であるという観念からすれば、ぼくは写真家であることにあまんずるけれども、その他の目的のために写真を利用する場合は、ぼくは画家であることを自負したいのだ」という言葉を残し、写真を絵画に奉仕するメディアとして扱うのではなく、絵画と同じ次元で独立した造形の一分野を開拓した。(※4) 

ナジとマン・レイは共に、芸術の新たな表現の可能性をフォトグラムに見出し、様々な実験を通して数多くの作品を生み出している。

日本では、瑛九(本名:杉田秀夫・QEi 1911-1960)が、切り絵などを用いてフォトグラムを制作し、「フォトデッサン」として、独特な世界観を表現した。1936年、杉田秀夫から「瑛九」という新しい名を得て、フォト・デッサン集『眠りの理由』を発表した。


●筆者のフォトグラムの表現との出会いと作品について

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上の写真は、障子に映った庭の植物の影。

障子に映る影は、朝、昼、夕方の時刻ごとに、様々な印象を与えてくれる。また季節によってその植物の影も変化する。私は、子供の頃から傍らにあったこの障子のスクリーンを通して「時間」の流れを感じていた。その影をつかまえようと鉛筆で、影の輪郭線をトレースして紙に写した事も。ぼーっと影をみながら、流れていく「時間」をどうにか留めたいと思っていた子ども時代。大学に入り、写真を勉強する中で、ジアゾ感光紙という建築図面トレース用の感光紙に出会い、それを野外に持ち出して撮影を試みた。植物の影の下に感光紙を置き、待つこと数秒…時間がすうっと感光紙に吸い込まれていくような不思議な感覚。現像してみると、美しい植物の影が現れた。私は、この方法によって、障子にうつる「時間」をつかまえることができるようになったような気がした。その時の喜びは今でも鮮明に思い出すことができる。

現在スマートフォンやデジタルカメラを誰もがもち、手軽に写真を写し、共有する時代になっている。この様な時代であるからこそ、映像の原理が気軽に体験できるフォトグラムの制作をおすすめしたいと私は考える。フォトグラムの制作では、光の効果を考え、光を操作し、露光中じっと待ち、現像することで一枚の写真が出来上がる。普段見過ごしていた日常の何気ないものの形や現象に注意深くなったり、制作時の様々な工程において、自らの工夫が生まれてくる実感を得る事が出来ることも、 フォトグラム制作の魅力の一つだ。暗室で行う銀塩の白黒のフォトグラムも面白いが、ジアゾタイプ やサイアノタイプ で制作するフォトグラムをお勧めしたい。

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ジアゾタイプ(左図)とサイアノタイプ(右図)の作例

ジアゾタイプやサイアノタイプのフォトグラムの特徴は青の鮮やかな図像が得られることから、青写真と呼ばれる。一般的に、ジアゾタイプは陽画(ポジ像)で光が当たった箇所が白くなり、物を置いた影の部分が青くなり、サイアノタイプは陰画(ネガ像)で、光が当たった箇所が青くなり、物を置いた影の部分が白くなる。

「青写真を描く」という言葉がある。「青焼き」や「ブループリント」とも呼ばれています。建築の設計図で多く用いられていたため、「青写真」というと構想や未来図を意味する。「青写真」は冬の季語でもある。

ジアゾタイプやサイアノタイプはとても感度が低い。その為、野外の太陽光で直接撮影できる点も特筆するべき点である。一般的な写真制作は暗室での制作になるが、明るい野外で制作するジアゾタイプやサイアノタイプのフォトグラムは、光の強弱、露光時間、撮影環境をコントロールすることは出来ない。その為、撮影者自らが、自然の状況に合わせて撮影する態度が必須になる。

かつて、作家スーザン・ソンタグは「写真論」の中で、「カメラが銃の昇華であるのと同じで、だれかを撮影することは昇華された殺人、悲し気でおびえた時代にふさわしい、ソフトな殺人なのである」と指摘した。カメラを用いてピストルを打つシューティング(シャッターを切ることもこの言葉を用いる)する撮影、すべての環境をコントロールし生み出される暗室での写真と対象的に、野外でのフォトグラムの制作は、自然を読み、こちらが刻々と変化する環境に合わせていく「農耕的な制作態度」が必要になる。

私はこの点にもとても大きな魅力を感じ、また写真表現において大きな可能性も感じ作品制作を行っている。

「8:15 8:6 2014(呼吸する影-被爆樹木シダレヤナギ-)」
『8:15 8/6 2014』
広島の被爆樹木の影を直接感光紙に焼き付けた作品
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広島の被爆樹木の影を直接感光紙に焼き付けた作品
「呼吸する影-被爆樹木のフォトグラム」シリーズの展覧会(gallery-G 2015年)
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広島の被爆樹木の影を直接感光紙に焼き付けた作品
「呼吸する影-被爆樹木のフォトグラム」シリーズの展覧会(Earth Plus Gallery 2017年)
現在の青図2017@中之条ビエンナーレ2
群馬県中之条町の博物館に収蔵されている縄文土器などをお借りして制作した作品
「現在の青図-中之条2017-」(中之条ビエンナーレ2017 伊参スタジオにて )
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群馬県中之条町の小学校6年生と中学校3年生の約250名と制作した作品
「現在の青図-中之条2019-」(中之条ビエンナーレ2019 旧沢田小学校にて)
現在の青図-Sightama2020-
さいたま国際芸術祭2020で市民の方と共に制作したインスタレーション
「現在の青図-Sightama 2020-」(別所沼公園・ヒアシンスハウスにて)


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新聞紙に生活用品を焼き付ける作品シリーズ「現在の青図 - 社会の皮膚-COVID-19」
新聞紙に生活用品を焼き付ける作品シリーズ「現在の青図 - 社会の皮膚-COVID-19」展示風景
「宝船展2021」(埼玉県立近代美術館)


●フォトグラムのワークショップについて

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筆者は、「影をつかまえるPhotogram WorkShop」というカメラを使わずに太陽光と感光紙(ジアゾ感光紙)や感光布を用いて写真を撮るワークショップを地域芸術祭、美術館や学校現場、公共施設、地域の祭などで定期的に開催している。

「影をつかまえるPhotogram WorkShop」では、光による感光面の「日焼け」が写真であるという写真の原理がシンプルに体験出来、自分の大切にしている思い出の品や記憶の品、捨てられない品、会場の周りにあるものをモチーフに画面を構成して制作する。

青写真は4つのプロセスで手軽に制作ができる

光による影の生まれ方や、感光紙に映像が焼き付く時間を意識しながら写真を撮影するので目の前でじわじわと映像が生まれる体験が出来る。

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白い画用紙の上で素敵な影を探す制作
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身の回りの素材をモチーフにする制作
落ち葉やきのみ、魚の骨、貝、鉱物など。身の回りにあるいろいろなものが作品制作の素材となる
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感光紙の上にならべてみる
季節のものや、大切にしているもの、生活用品などがモチーフとなる
様々な素材を用いて影の様子を見ながら画面をレイアウトする
太陽光にあてることで影を焼き付ける(直射日光で約10-15分ほど)
水洗することで現像する
現像を行うとじわじわと影の像が現れる(サイアノタイプの現像は水で行う)
ジアゾタイプの現像は熱を加えることで行う


ポストカードサイズでの制作はそのまま手紙として活用もできる
写真等を切り抜いて遠近等を工夫することで様々なイメージを生み出せる


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ワークショップの様子。青の像が美しい素敵な写真が完成。
制作を通して写真の原理や映像がどのようにつくられるか楽しく体験できる
ワークショップブース展開の例
大人も子供も好奇心を刺激する体験ができる


ワークショップのご依頼も随時受付中。
ぜひお気軽にお問い合わせください。


●フォトグラムをつくってみよう!

2020年より、ワークショップで出会った人たちから「もっとフォトグラムを制作したい!」という要望があり、「サイアノタイプ・日光写真専用の感光紙」の販売を開始した。

筆者が作品をつくる時に使用する、厚口の高級水彩画紙を使用し、現像時の水洗いで破けてしまう心配もなく手軽に制作できるよう工夫。また薬液を塗布した感光紙の状態でお届けするので、すぐに制作可能。

https://asaworks.official.ec/items/62237522


A4サイズとA3サイズの2サイズをご用意しております。
初めての方にもわかりやすい制作マニュアル付きです。
枚数:10枚
付属:撮影マニュアル


●参考文献

(※1:「光の化石―瑛九とフォトグラムの世界」展図録 埼玉県立近代美術館1997年)

(※2:バウハウス叢書8 絵画・写真・映画 L.MOHOLY-NAGY 利光巧 訳 中央公論美術出版)

(※3:ザ・ニューヴィジョン L.MOHOLY-NAGY 大森忠行訳 ダヴィッド社)

(※4:ダダ論考 山中散生)






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おうち時間を工夫で楽しく

⚫︎写真作家・造形ワークショップデザイナー ・キュレーター・「時間」と「記憶」をテーマに制作。2012年〜ヒロシマの被爆樹木をフォトグラムで作品制作 ●中之条ビエンナーレ2019参加アーティスト ●さいたま国際芸術祭2020 市民プロジェクトコーディネーター