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アートの場で新たな通貨をつくる「芸術祭通貨Life」の実践


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「芸術祭通貨Life」

 かつて、ミヒャエル・エンデが、パン屋のお金とカジノのお金は違うと説いた。現在、データで日々交換されるお金と芸術の現場のお金は違うのではないかと考える。

 筆者は、2016年に香川県で開催された「かがわ・山なみ芸術祭2016」で綾川町エリアのキュレーションを担当した。香川県の芸術祭といえば「瀬戸内国際芸術祭」があるが、島や海だけでなく、中山間地域での芸術祭として、地元の作家が中心となり企画・運営するボトムアップ型の芸術祭が、「かがわ・山なみ芸術祭」である。2回目の開催となった2016年は、今日の各地で芸術祭という場が次々に生まれていた。その中で、芸術祭自体を1つの創造力の循環圏とし、この芸術祭に参加する作家・地元の方々、外から来る来場者も含め、芸術の場の支援、あり方、その継続方法について思考する機会を生み出すメディアとして「芸術祭通貨Life」をつくった。つくるにあたり、地域通貨の研究家で北海道大学の教授(現在は専修大学)である西部忠氏のアドバイスを賜った。また陶器の通貨の制作には、香川大学の教授であり、この芸術祭の代表である倉石文雄氏と香川大学アートプロジェクトチーム「YAMANOKAMI」の矢野愛恵氏の支援のもと制作した。運営にあたり、オルタナティブ通貨について学ぶ機会を2回設けた。


●「芸術祭通貨Life」の創造コンセプト

 芸術祭通貨「LiFE」により、アーティスト、地域にとって、それぞれの「創造力」を 最大限に発揮し、継続的な文化活動を地域で行う事ができる地盤をつくりたい。使用に関しては、裏面に日時・使用者名・使用した事柄・交換相手を記録して使う。その記録が芸術祭自体のアーカイブとして機能することを期待する。全国様々な場所で開催されている芸術祭の評価指標は経済波及効果や入場者数などで計られることが主である。しかし、地域で開催される芸術祭は地域の方との協働がなくては成り立たない。しかしこの協働は、個人間で留まり共有されずに存在するものも多く、それを計れるものさしをつくることで、その協働の価値を共有でき、経済主導の原理に引っ張られない、新たな文化事業の評価軸が生み出せないかという可能性も模索していきたい。



●「芸術祭通貨Life」の意義・目的

1「LiFE」は人の創造力と創造力の交換に用いられるメディアである。

2 創造力とは芸術作品をつくるためだけではなく、人間の真に豊かな社会をつくりだす全てに発揮される力である。

3 「LiFE」は、その人らしさ・地域独自の資源を生かした活動を促進し、積極的な創造力の交換を生み出し、人と人の交流を創造する。

4「LiFE」は、法定通貨(¥・€・$ など)では見えなかった価値を創造する。

5「LiFE」は、慣れ親しんだ貨幣について再考する機会を創造する。

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●制作の背景

 現在、ある場所にアーティストを招聘し、その土地で作品を制作してもらうという試みは、数多くの芸術祭やその他のアートプロジェクトで見られる。その場所では、地域の自然や文化、見えない価値などをアーティストが発見し、造形し、それを地元の人や来場者と共有し、新たな価値や交流を創造される。それを主に支えているのは、町や市などの行政の助成金であり、そこに住む人たちの税金である。けれど、その助成金だけではアーティストの活動を十分に賄う事ができず、 どこかでアーティストは身銭を切り、多くの時間を制作に費やしている。潤沢な資金がない中で運営している芸術祭やアートプロジェクトのほとんどは、アーティストの負担によって支えられている現状がほとんどだろう。

 この「かがわ・山なみ芸術祭」も例外ではない。私は前回の「かがわ・山な み芸術祭 2013」にレジデンスプログラムで参加させて頂いたが、そこで支給 された金額では展示した作品をつくりあげるには十分でなかった。そうした中 でも参加した芸術祭を通して、香川で出会う人たちとの交流は、かけがえのな いものでお金には替える事のできない貴重な体験であった。しかし、である。こうしたアーティストの厚意でなんとか成り立っている状況をどうしたら改善 して行けるのだろうか。 今回このエリアのキュレーションのお話をいただいた時、担当する事になったエリアで、一体何ができるだろうかと考えた。将来の夢を選択する時、芸術がやりたくとも、経済的な不安からその道を再考しなくてはならない状況に悩 む人は多い。それは第一に、作家活動はお金にならないという先入観がある。 私も経験があるが、作家活動は経済活動の枠の外にあるという認識があると感じる。それでもアーティストになろうとする人は、作品制作だけではなく、制作活動ではない仕事で主な収入を得て、その収入をもとに、制作に必要な材料や道具を買い、生活費も払い生きている。こうした作家のリアルな問題と、潤沢な資金のない芸術祭を継続的に運営するにはどうしたら良いのか、そうした時「地域通貨」の概念と出会った。そこで、地域通貨をデザインし、効果的に用いる事で、少ないお金を増やすために助成金をかき集めるのではなく、規模を縮小するのでもなく、継続的に実現する道を見いだせるヒントがあるのではないか。 そして、芸術祭通貨「LiFE」を運用してみたいと考えた。

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●創造力どうしを交換し循環させる「LiFE」

 図にあるように、「LiFE」は「創造力」という形になっていないものに対し支払われ、作家の日々の創造活動を支える。一日の創造活動に「LiFE」は支払われる。 その「LiFE」を使えば、地域の食材と交換し、食べていく事ができる。つまり円を使わなくとも、自分の「創造力」で 生きる事ができる。しばしば、地方の芸術祭に参加すると「差し入れ」という形 でその土地で採れた新鮮な食材を頂く事 がある。この交換にアーティストは作家 活動で支給された「LiFE」を生産者の方に渡す。生産者の方は、美味しい野菜を つくるために日々、草むしりや水まきなどの「創造的な活動」をしている。生産者の方に貯まった「LiFE」は次にアーティストの実施するワークショップやギャラ リートークの参加費として交換され循環する。こうした「創造力」の循環により、 アーティストと地域に生きる人たちとの対話も濃密になると考えている。
 この「創造力」どうしの交換によって、ヨーゼフ・ ボイスがかつて言った「全て の人間はアーティストである」「本当の 資本とは貨幣となんの関わりもないものであり、人間の創造力、創造性、そうしたものこそが唯一の資本である」といった場を感じられる現場にもなるものと考えている。


●現在の貨幣システムを再考する機会を創造する「LiFE」

 私は、今回の芸術祭で、「LiFE」というもうひとつの「貨幣」を創った。なぜなら、日常使っている貨幣とはなんなのかという対話を多くの人と試みたいからだ。貨幣が引き起こしてしまう問題は、貨幣をつくることでその解決のヒントを得られると私は、考えている。 「LiFE」は、芸術祭に参加する一人ひとりがその使い方を考え提案することが できるメディアを目指している。「¥・$・€ など」の法定通貨はすべて利子の 付く銀行負債によって生みだされている。法定通貨は、インフレーションの回避を目的とし、その希少性を人工的にかつ体系的に維持し続ける。貨幣はそれが何であるのか わからないものであるに関わらず、当たり前の様に日常の中で使われている。そして私たち は、記憶に新しい様々な貨幣の危機にしばしば 見舞われてしまう。

 「LiFE」によって貨幣経済では価値を見出し にくい活動や産業の創造力を可視化したい。 世界中で動いている 95% 以上の貨幣は、実 際の商品やサービスとの取引に用いられず、単なる金融上の取引に使われているというデータ がある。物々交換を円滑にするために考え出された貨幣が、金が金を生む投機や大きな利潤を 生むだろう投資に使われている。また、現在は 当たり前の貨幣が持つプラスの利子のシステム(貨幣を誰かに貸すと利息がついて増える)で は、より短期の利益を上げるものへの投資が主流になる。例えば日本の林業などはこのシステムでは割に合わず、多くの貨幣は他の利益をあげるものへ投資され、日本の森 は荒れて行く原因にもなる。芸術も長期のビジョンを持って継続的に「創造力」 の投資がなされなければ、豊かに育つことはないと考える。

 「LiFE」はこうした貨幣では価値を見出せないものの価値を明らかにする事を期待している。また長期的な視点を持って、アーティストと地域を共に育てていく気持ちも生まれたら嬉しい。「LiFE」を出発点として、現在起きている課題の根源へのまなざし を共有し、これからどう生きて行くのかを皆で考える時間になることに繋がると期待する。

●かがわ山なみ芸術祭2016
http://www.monohouse.org/yamanami/

●かがわ山なみ芸術祭2016綾川町エリア
http://kyaf2016ayagawa.wixsite.com/dialoguewithnow


以上が制作時に筆者が記したテキストである。


実際の運営は、構想していたことと大きなギャップや困難に直面し、成果と課題を浮き彫りにした。

ビットコインなどの仮想通貨が広く知られるようになった時代背景もあり、新聞などでも取り上げていただく機会があった。

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四国新聞 2016 4/29

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朝日新聞 2016 5/11


実際に運用してみて感じた成果と課題はそれぞれ3点ある。

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芸術祭で発表した作品。「芸術祭通貨Life」の外貨両替所

筆者が地元の方に制作アドバイスを「芸術祭通貨Life」で依頼し制作した。

手持ちの法定通貨との交換も可能。壁面には、芸術祭期間中も毎日レート変動しているので9種類の法定通貨のレートを表示した。

芸術祭で流通した芸術祭終了後の「芸術祭通貨Life」の裏面を以下に記す。

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⚫︎写真作家・造形ワークショップデザイナー ・キュレーター・「時間」と「記憶」をテーマに制作。2012年〜ヒロシマの被爆樹木をフォトグラムで作品制作 ●中之条ビエンナーレ2019参加アーティスト ●さいたま国際芸術祭2020 市民プロジェクトコーディネーター