ゴシップとジャーナリスム、公人と職業セレブ

けさ、テレビをつけると、
不倫している女優と俳優が居酒屋にいる
写真が映し出されていた。

ゴシップのような醜聞ネタと、
社会的なあたらしい問題を捉えた
ジャーナリスティックなスクープでは、
そもそも意味合いが違うので、
芸能人だからと言って、
私生活を盗撮されて晒されることは
あたりまえではない。

出産ですら衆人環視の中で生活していた
マリー・アントワネットのような
ヒエラルキー的に人外にいた別時代の「公人」と、
現代社会でのセレブリティという「職業人」を、
単純に「公人」というワードでつなげ
一緒くたに議論しているところに、
理解の齟齬がある。

「ゴシップ」という存在は、
レースクイーンがF1の世界から
切り捨てられてしまったように、
すでに、とっくの昔に、
現代の社会規範には合わなくなっているのだ。
だから、社会の役にも立たない。

しかも、誰も幸せにもならず、
みんなに知れれば悲劇しか生まない。

さて、みんなは知る必要があるだろうか。


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Shunya Nagamine

省察

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